2020.07.17 fri

「未来世代」は視野にあるか ステークホルダー資本主義 隆盛

Earth新潮流 日本総合研究所理事 足達英一郎氏
2020/1/31付

今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)が24日に4日間の日程を終えた。トランプ米大統領の「米国は誰も予測だにしなかった好況のただ中にあり、世界中に米国より良き場所などない」という実績誇示のスピーチが際立って報道されたきらいがある。一方で、50回を迎えた同会議が今年「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」というテーマを掲げた点が注目された。世界経済フォーラムの創設者クラウス・シュワブ会長は会議に先立ち、「ステークホルダー資本主義の概念に具体的な意味を持たせたい。パリ協定と持続可能な開発目標(SDGs)に向けた進捗状況を監視している各国政府と国際機関に貢献したい」と語っていた。

「ステークホルダー資本主義」は、昨年あたりから国際的な流行語にすらなっている観がある。2019年8月に、米経済団体ビジネス・ラウンドテーブルが「米経済界は株主だけでなく従業員や地域社会などすべての利害関係者に経済的利益をもたらす責任がある」とする声明を発表。約30年にわたって企業は株主の利益のために存在するとしてきた視点からの大きな転換を表明したことなどが、追い風となっている。

世界経済フォーラムも、自身の事業を方向付ける文書となった1973年の「ダボス・マニフェスト」を今回、「ダボス・マニフェスト2020」として改定し、「企業は顧客、従業員、地域社会、そして株主などあらゆる利害関係者の役に立つ存在であるべきだ」とする理念を一層、強調するに至った。こうした状況の下、日本の経営トップの一部からは「欧米企業もようやく株主至上主義の弊害に気づいた」「三方よしのような伝統的な日本的経営の価値観が世界からも見直されている」と「我が意を得たり」とする反応が一部にあるようだ。しかしそれは本質を捉えていないように思える。

欧米の「企業は誰のためにあるか」の議論は、らせん階段を上っていくような形で刻々と進化を遂げている。真上から見ていると、地上階で静止している伝統的な日本的経営の価値観と重なって見える瞬間もある。しかし、横から見れば、高さを相当に異にしているというべきであろう。一連の「ステークホルダー資本主義」というコンセプトの隆盛に対して、批判の声もまた大きい。資本の自己増殖をけん引し、その最たる受益者となっている世界のエリート達が、自分達に向けられた批判を回避するために、外向きの看板を掛け直しているだけだという指摘がその典型だ。「グローバル企業は、この30年、企業の社会的責任を口にしながら、経済的な富を巡る格差の拡大や人命や財産を脅かすところまで深刻化した気候変動に結局、何ら歯止めを実現できなかった」という批判は急所を突いている。

世界の政財界リーダーによる「今後起き得る長期リスク」(上位5項目の推移)

2019年 20年
1 異常気象
2 気候変動への対策失敗
3 自然災害の激甚化
4 データ偽装と詐欺 生物多様性の喪失
5 サイバー攻撃 人為的な自然環境の毀損

(出所)世界経済フォーラム「グローバルリスク報告書2020年版」

とりわけ経済的な富を巡る格差拡大のような「現在世代」に関わる問題に、「人命や財産を脅かすところまで深刻化した気候変動」のような「未来世代」に関する問題が加わり、解法が複雑さを増してきているところに難しさがある。
米国のビジネス・ラウンドテーブルの声明でも「顧客への価値創造」「公正な賃金や従業員への投資」「公正で倫理的なサプライヤーとの取引」「地域社会への支援」という4つのコミットメントを、株主以外に向けて挙げたが、「未来世代」をステークホルダーに据える姿勢はなかった。「ダボス・マニフェスト2020」でも、「企業は未来世代のために地球の管財人のように振る舞う」という一文が載ったのみだ。多くの政治家が漏らす本音に「未来のことなど語っても票にはならない」があり、これまでの近代以降の政治システムにおいて、「現代世代」と「未来世代」の資源配分問題が真正面から取り上げられたことはない。企業経営においても「未来のために、今期の成長を抑制する」との決断が稀有(けう)な例であることは確かだ。

ただ、他方で、この数年で急速に進んできている「公正な移行」を担保する政策、「ジェット燃料税、国境炭素税」の導入、「サステナブル・ファイナンス」の規制化などの動きは、従来の政治システムの欠陥を何とか補正しようとする挑戦のように目に映る。「必要なのは悲観論でなく、楽観論」「いつの世にもいる破局を口にする予言者は無視すべきだ」とトランプ米大統領は、今回のダボス会議で演説した。同様に世界のグローバル企業は、従来、「問題の解決のためには経済成長は不可欠」と繰り返してきた。しかし、経済活動の側面でも、植物由来タンパク食品への注目、シェアリング形態の浸透、資源とエネルギーを多用するモノの生産と消費の相対的な縮小、テレコミューティングの普及による移動・通勤の減少など、産業の栄枯盛衰を加速させる兆しを見いだせる。

停滞していく経済活動もある領域ではハッキリと現れ、この先、20年くらいのあいだに、成功と呼べるビジネスのかたちは様変わりしていく。「ステークホルダー資本主義」の延長上にあるのは、ドラスチックな産業構造の変化と、従来はなかった規制や国際標準に伴う競争優位のための前提条件の変容だと予想される。すべての既存産業セクターが、同じように繁栄を享受できる状況はもう長続きしない。そのうえで、企業戦略の巧拙が個々に評価されていく時代になるのは確実だろう。

[日経産業新聞2020年1月31日付]

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