インタビュー
気候変動と人口動態から考えるサステナビリティ 2024-2025(後編)
Date: 2025.01.27 MON
#ソーシャル
#グローバル動向
GGP事務局企画、サステナビリティの視点で1年を振り返るシリーズ第5弾。昨年に続き世界のメガトレンドである気候変動と人口動態を話題の中心に据え、日本総合研究所 創発戦略センターの村上芽氏、SMBC社会的価値創造企画部の芦田 健汰、社会的価値創造推進部の大萱亮子が座談を行いました。
後編は、人口動態の中でも特に「少子化」に焦点をしぼり、こどものための施策について論じました。
何のための少子化対策なのか
——人口減少が続いていく中で、どのような視座や行動変容が必要になるとお考えでしょうか。
村上 日本総研の調査では2024年も出生数が過去最低になるという予測が出ています。この流れは変わらない中で日本はどうしていくのか——。
今の少子化対策の枠組みは狭すぎると個人的には考えています。2023年4月にこども家庭庁ができ、少子化対策が強化されました。その中身は子育て支援や働き方改革の後押しなどで悪いわけではありません。
でもなぜ少子化対策が必要なのかという根本がずれている。すでにある社会保障システムを維持することが目的になっているからです。人口が増加し、人口減少を想定していなかった時代のものを維持することにそもそも無理があります。少子化対策は、今生きている人が日本に生まれてきて良かったと思えるためにやることが大事ではないかと思います。 さらに加えると、児童手当の支給が即座にこどもの人数増加につながるという短期的な捉え方では効果は出ません。それよりも、将来はこんな社会にするというヴィジョンが共感を得て、現在の小中学生が家庭やこどもをもつことにもっとポジティブになれることの方が大切です。そうすれば10〜15年先に効果が生まれるのではないでしょうか。
日本総合研究所の村上芽氏 写真:山田愼二/シーン・セカンド
——こどもが減少して社会保障が大変だから少子化対策が急務だと私もつなげて考えていました。でも社会保障の維持のためと言われると、こどもに背負わせるために産み育てるのかと疑問を感じますし、ある種の強制のように感じる方もいるかもしれません。その結果、子育ての負担ばかりにフォーカスされ、こどもを持つ必要はあるのかという価値観の増加につながっている側面もありそうです。辛いことばかりでなく本来のポジティブな面に目を向けられる社会の方が健全だと思います。
村上 少子化対策という言葉が外国にもあるものだと私も単純に思い込んで調べたら、実はなかったのがものすごく衝撃的でした。ジェンダー平等政策とか、ファミリーポリシーとかチャイルドケアポリシーはあるのですが、“少子化対策”とは言っていません。その発想の転換が日本には必要なのだと感じます。
少子化対策の目的が市民感覚とずれていることに加え、自治体が子育て支援施策で子育て世代を誘致しようとしていることにも違和感があります。国土を維持していくことを考えると、都市への一極集中ではなく人口が分散することの価値を見出すべきだと思うからです。そうだとすると、各自治体は少子化対策を周辺の自治体と競って人口を取り合うよりも産業政策やエネルギー政策などに目を向け、だれもが働きやすい環境をつくることが優先される方がよいのではないかと思います。
また、人口減少自体が本当に悪いものかというと、実はそうでもありません。4〜50年前には、世界人口がどんどん増え、エネルギーや食料不足になると言われていました。日本でもこどもが増えすぎないようにした結果、今につながっています。
——人口増=経済成長を引きずった社会システムになっているのが問題で、ボリュームよりも人口構成そのものが大事だということですよね。
村上 そうですね。近代以前は死亡率と出生率が両方とも高い多産多死の時代でした。でも医療の発達で多産多死から多産少死になり、裾野の広い三角形のピラミッドになる。人口爆発などが懸念されたりこどもの数を絞っても大丈夫だと分かったりして、少産少死で安定する。私が初めて人口について学んだ30年前は、理論上そこで人口は安定するかのように言われていました。
——現在のような逆三角形の人口ピラミッドではなく、四角形で定常化する想定だったわけですね。でも価値観の多様化などで、必ずしもこどもを持つことを選択しなくなったということなのでしょうか。
村上 国連が出している人口統計のペーパーによると、人口増加が深刻なアフリカでも、少子化が深刻な国でも女性が不自由さを抱えていることが共通していると書かれています。 アフリカでは女性に対する教育が重要で、妊娠の回数を女性が望むようにコントロールできるようにすることが肝要だとしています。一方、出生率が1に近い国などでは、女性が家庭と仕事を両立させる生き方を選択できることが大事としています。
人口増加も減少も、それぞれの国で女性が不自由なく出産できる環境をつくることは難しい。個人が人口構成の調和を求めて行動するはずがないから、出生率の数字をちょうど良くするのは難しいのですが、それを前提としてよりよい状況を探していくしか他に選択肢はないと思います。そうした問題を理解し行動することがリーダー層には求められていると思います。
こどもが幸福であるための権利とは
——こどもの数を増やすことだけが目標ではなく、そのこどもを取り巻く環境の質を整え、幸せに生きられることが重要だと思います。社会的価値創造推進部でこどもの教育格差に取り組んでいる大萱さんに具体的な取り組みを伺います。そもそもなぜこの活動の必要があると考えたのでしょうか?
大萱 現在、SMBCとして注力しているのがこどもの教育及び体験格差の解消です。当社がそこに舵を切ったのは、2023年からの中期経営計画の施策で「貧困・格差の解消」を明示したことが契機と考えています。 貧困・格差を解消する方法はさまざまですが、我々のマザーマーケットである日本では少子高齢化やこどもの「相対的」貧困が深刻であることから、日本においてこどもに対してできる施策を考えたいと思いました。また、実際にそのような状況に陥る前に「予防」する取り組みを考えました。
日本において深刻なこどもの相対的貧困は、主に親世代の経済的格差による連鎖が原因です。親の経済状況で十分な教育や体験の機会を得ることが困難となり、結果的にこどもが成長し進学や就業を考える際の選択肢が狭められてしまう。それが経済的な要因によるものであれば、「教育」や「体験」がこどもたちの未来を切り拓く有用な手段なのではないかと考えました。
余談ですが、私は3歳から小学校時代をアパルトヘイト時代の南アフリカ共和国で過ごしました。当時、日本人は「名誉白人」として白人と同じ学校に通うなどの権利は有していたものの、心の底では対等に見られていないとこどもながらに感じていました。インドのカースト制度も同じだと思うのですが、このような自分の努力だけではどうにもならない壁がないという意味では「日本」は幸せだと思っています。
進学や就学が、困難な状況から脱却し連鎖を断ち切る契機となります。その上でも教育は未来への先行投資だと考えています。学習だけに限るわけではなく、スポーツなどこどもたちが得意なものや好きなものを見つけていくお手伝いができれば良いと考えています。
社会的価値創造推進部、大萱亮子
——こどもの教育格差解消のための具体的な活動を教えてください。
大萱 2023年から公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)と連携し、「SMBCグループ・スタディクーポン」事業を始めました。
2025年までの3年間で3億円の資金と事業を運営する当社から社員を派遣しています。 スタディクーポンに着目した理由は、前述の通り学校外での教育の支援の目的に対し、直接的に当社が支援できる仕組みが良いと思ったからです。
こどもへの支援が拡充する中、行政などによる経済的支援では、親の口座への振込などがされ、実際に「教育」の使途に利用されるかは担保できません。一方クーポンの仕組みを活用することで、必ず塾や習い事の事業者宛てに資金の支払いがされることからとてもよい仕組みだと考えています。
CFCと1年間協働してきてあらためて気づいたのが、こどもの「体験」格差についてです。「教育」よりももっと手前に、例えば旅行に行った経験がない、自然体験をしたことがない児童などが相当数いることを知りました。そういう意味で放課後、余暇など学校外での格差がますます広がっているわけです。「将来こういう職業に就きたい、そのために勉強しよう、スポーツを頑張ろう」など、こどもたちが意欲をもち、挑戦したいと思えることを見つけるお手伝いを「体験」の支援というかたちで行っていきたいと考えています。
2024年は『アトリエ・バンライ』という事業に取り組んでいます。あらゆるこどもたちに「想像力や好奇心が交差し新しい自分を育んでもらう」創造の場となる施設を開設することで、「体験の財産」を貯めて欲しいと思っています。同じ想いをもつ多くの企業、地域、NPOなどと協働し、2025年3月に銀行の旧板橋中台出張所跡地にオープンします。
2025年3月にオープン予定のアトリエ・バンライ。1階のホールスペース完成予想図
アトリエ・バンライ2階のこども食堂・ダイニングスペース
——活動の中での気づきや、今後の課題について教えてください。
大萱 高学年のこどもたち向けの奨学金など教育・学習にはこれまでもさまざまな企業や行政からの支援がありましたが、習い事や自然体験など「体験」の重要性の認知度はまだまだ低く、支援はまだ限定的です。
ともすれば「体験や習い事なんて贅沢」と考える人がいるかもしれませんが、こどもたちが豊かな体験を経て成長し、思うような人生を送ることが結果的に社会全体を持続させ、豊かにすることだと考えています。我々の事業も社会の「幸せな成長」を基盤に成り立っていると考えれば、とても重要な取り組みであると考えています。
——こども時代に幸せな体験を増やすことは、村上さんが研究している子どもの権利[*1]にもつながると思います。子どもの権利というと、児童労働や虐待など圧倒的なマイナスを解消することに意識が向きがちですが、好奇心が育つ環境を整えることもまたこどもにとっての権利なのだとあらためて気づきました。 村上さんはなぜ、「子どもの権利とビジネス」という一見あまり結びつかない研究課題を設定したのでしょうか。
村上 「子どもの権利」と「ビジネス」の組み合わせに私が注目したのは、自身の子育て体験に基づいたものです。
育休から復帰したときに、自分がどのくらい時間的・精神的余裕があるかということと、こどもの日々の機嫌の善し悪しが関係している気がしました。
でもそのことを社会が認識して動いているようには感じられませんでした。 仕事に専念するためには、聞き分けのよいこどもが黙々と保育園に通ってくれれば親は楽です。でも果たしてそれがこどもにとって良いことなのか、そうやって成長してほしいのかという疑問を抱くようになりました。そして、こどもの希望や意見をきちんと聞き、彼らが参加することが大事で、それが子どもの権利なのだと気づきました。それはこども自身にとっても良いことだし、おそらく社会全体にとってすごくメリットがあるのではないかと考えるようになりました。
いっぽう、仕事で多くの企業とお付き合いさせていただく中で、企業はこどもがすごく遠いところにいると感じており、そこを埋める活動をしたいと10年越しで考えてきました。ESGとSDGsへの理解が高まってきて、ようやく機が熟してきたので、本格的に研究課題に据えて活動量を増やしている段階です。 中でももっとも関心をもっているのが「製品やサービスを通じて、企業がこどもにどんな影響を及ぼしているのか」ということです。
——企業がこどもを消費者と捉え製品やサービスを提供するというのは分かり易い視点ですが、「子どもの権利」とどのように関係づけられるのでしょうか。
村上 おもちゃメーカーのようなB to Cの話でしょ?と捉えられることもあります。 でも社会は変化していて、デジタル社会では企業が出す情報をこどもが直接的に受け取ることができます。これまで企業は家族や親、あるいは学校を通してこどもに関わってきたと思いますが、これからの企業は、親とこどもは別と考えてコミュニケーションをとった方が良いのかもしれません。
こどもたちは親や先生が知らないことでも、自分が興味を抱いたらどんどん調べ、突き詰めることができるようになっています。つまり選択肢があることがすごく大事。大人にとって満足度が高い商品であっても自分が選択したと思えなければこどもの満足度は上がりません。こどもにとって十分な選択肢がベースになっていくことが「権利」なのだと思っています。
大萱さんから、自然体験は贅沢という見方があるという話がありました。そうした価値観は、社会の特徴や状況、環境や歴史、文化によって違います。だから、子どもの権利とは何か、何が必要なのかということから議論できる基盤を整えたいです。
大萱 同感です。一部の自治体では「権利」を認識した施策などが開始していますが、まだまだ子どもの権利についての認知度は我々保護者も含めて意識が低いと思います。 特に日本では教育に子どもの権利がまだまだ意識されていない気がしています。
茲許は探究学習などこどもがプロアクティブに選択する幅が広がってきていますが、元々は、先生が教える授業(受動的な)の講義スタイルが主流です。私自身はインドネシアで子育てをした経験があり、娘も授業で常に「あなたはどう思うか、あなたはどうしたいのか」と問いかけられる訓練を小さいころから受けていました。自然とこどもたちが選ぶ「権利」を意識するようになるんですよね。ただ正しい選択をできるかはやはりまだ保護者や大人の指導も必要だとは思いますが。
——今後の活動や事業展開について教えてください。
村上 活動としては、短期的に成果を上げるものだとは思っていないので、2025年以降も子どもの権利について関心を持つ人が増えていくことを第一義に継続していきます。
大萱 SMBCとしても、この「教育・体験」のテーマに関心を持ち一緒に実践してくれる企業の仲間が増えていくことを目指しています。
(2024年12月6日オンラインにて 聞き手:岡本めぐみ/SMBC 木村智行・瀬名波雅子/日本総合研究所 文:有岡三恵/Studio SETO)
*1 GGPでは、年齢に区切りなく心身の発達段階にあるすべての人に対して「こども」という表記を採用。本記事内では、国連の「子どもの権利条約」に関わる部分については日本ユニセフ協会の表記に基づき「子どもの権利」と表記している