インタビュー
気候変動と人口動態から考えるサステナビリティ 2024-2025(前編)
Date: 2025.01.24 FRI
#グローバル動向
#気候変動
#エネルギー
#ESG投資・開示
GGP事務局企画、サステナビリティの視点で1年を振り返るシリーズ第5弾[*1]。昨年に続き、世界のメガトレンドである気候変動と人口動態を話題の中心に据え、座談を行いました。参加者は日本総合研究所 創発戦略センターの村上芽氏、SMBC社会的価値創造企画部の芦田健汰、社会的価値創造推進部の大萱亮子です。
今後の日本社会をより住みやすい環境にしていくために今どのような行動をすればよいのか——。この国の将来像について、世界情勢を踏まえたマクロな視点から、そして生活者としてのリアリティなどミクロな視点から、GGP事務局が聞き手となり伺いました。
トランプ政権で2025年以降の気候変動対策は変わる?
——気候変動に関して2024〜2025年にかけて注目すべきポイントを教えてください。
日本総合研究所の村上芽氏 写真:山田愼二/シーン・セカンド
村上 世界情勢を見るとまず、2025年は米国大統領にトランプ氏が就任します。温室効果ガス排出量が世界第2位の米国が、パリ協定から離脱する方針をトランプ氏は打ち出しています。これが気候変動にどう影響を及ぼすか、戦々恐々とした雰囲気が漂っています。 でもエネルギーに関して言うと、前回のトランプ政権下では米国での再エネ投資は減少せず、実は増えていた事実があります。バイデン政権が導入したインフレ抑制法のおかげで、共和党が強い州で再生可能エネルギーへの投資額が増えました。ですから、潤った州は再エネ優遇策への転換を望まないとすれば、さほど悲観しなくてもよいのではないでしょうか。
そして、米国だけでなく中国やインドなど、エネルギー消費量も再エネ発電量も増加している新興国やアフリカ大陸の動向にも今後は目を配っていかなければならないと思います。
温室効果ガス排出量の国別の推移 環境省「世界のエネルギー起源CO2排出量(2021年)」を基にGGP作成
芦田 IRA法の中では、トランプ政権になるとEVや洋上風力への補助を止めるところが出てくると言われています。また、中国からの輸入品への関税引き上げによりサプライチェーンが変わることが懸念されています。例えば太陽光パネルなどのコストアップが企業の脱炭素化にどう影響するかは気になるところです。
米国がグローバルに及ぼす影響という視点では、やはりパリ協定からの離脱です。2024年のCOP29では年に3000億ドルの気候資金に合意がされました。しかし米国からの供出が期待できなくなると、国際合意が達成できるのかという懸念もあります。気候変動への公的資金が減ると、アジアを中心とする新興国は自力での対策が難しくなるので、気候変動対策が本当に進むのか…と。
気候変動にはmitigation(緩和)とadaptation(適応)の対策がありますが、気温上昇により甚大化する自然被害を軽減する適応対策が重要になってくると思います。
SMBC社会的価値創造企画部、芦田健汰
村上 対中への関税引き上げは、いったい誰の利益につながるのかを長い目で冷静に見ていく必要があります。中国がいつまでも世界の生産国であるとは限らないので、2025年以降どのような動きになるかに注目したいです。
また、新興国に対する投資では、中国がアフリカで道路などの基本インフラに巨額を投じている状況があります。誰がどこに、省エネ・省資源で長持ちする投資をするかが、将来的に気候変動と大きく関わってくると思っています。
芦田 中国はEVも太陽光発電もかなりの技術力があり、世界で確固たる地位を築いています。将来的に米国の権威が失墜するとしたら、中国が台頭していくのか? それによってグローバルサウスだけでなく、EUも日本も中国とどのような関係を築くか、注視する必要がありますね。
村上 気候変動に関する新しい産業では、電池に注目しています。スウェーデン拠点のノースボルト社に期待が集まっていましたが、残念ながら経営破綻してしまいました。環境に関わる市場はもともと政策ドリブンなので、政策によって企業の経営に影響を与える傾向があります。でも、個人的にはノースボルトのような新しい企業が生まれることをすごく楽しみにしています。日本ではそうした動きはありますか?
芦田 経産省、環境省が中心となってサーキュラーエコノミー(CE)を推進する動きがあり、企業もCEに対する関心が高まっています。プラスチックなどの資源有効利用促進法ができ、今後は重要鉱物のリサイクル法もできます。
いっぽう、今後日本でEVの生産量が増えると、再利用だけでは資源が不足して生産を賄えなくなる恐れがあります。資源とのバランスをとりながら、国は政策を推進していく必要があります。
循環経済(サーキュラーエコノミー)と成長志向型の資源自律経済 出所:経済産業省「成長志向型の資源自律経済戦略」
村上 今までは気候変動とCEの話はあまり繋がっていませんでした。でもそれは切り離せないので一緒に考えようという潮流に変わってきて、それは良いことですよね。
芦田 私はSMBCの中で気候変動に関する企画立案を業務としてきました。おっしゃるようにCEや自然資本も一体的に議論する機会が増えています。
求められる個人の行動変容
村上 東京都の環境審議会委員をしていて私が感じるのは、今後の気候変動への対策は家庭や個人へのアプローチが重要になるということです。 中大規模の建築物に対しては建築物省エネ法による義務化などで、一定の成果が出てきました。でも住宅については努力目標が多く、今後やるべきこととして家庭部門・個人への施策が考えられています。
個人と一口に言っても多様な生活に合わせた施策が必要になります。例えば、どんどん増加する単身世帯の高齢者が省エネで暮らすためにはどうすればよいのか、とか。 個人の行動が変わらないと実際の成果に結びつかないという話はさまざまな業界の方から伺います。金融グループとしては、どのようにお考えですか?
環境省では、国民・消費者の行動変容やライフスタイル変革を推進する国民運動「デコ活」を展開中 出所:デコ活
芦田 鉄鋼業界ならばグリーンスチール、化学業界ならばグリーンケミカルを伸ばすためには、少なくとも初期段階は消費者のコスト負担につながります。それがどの程度許容されるか分からない中で、企業は投資に踏み切れないという話をよく耳にします。個人への具体的な施策というよりは、企業はグリーンプレミアムの将来性に関心を抱いているのだと感じます。つまりカーボンプライシングなど政府による制度設計で方向性を示すことに期待しています。
村上 明らかに夏が暑くなっているので、気候変動を意識している人は増えているはず。でも行動はしないというのではなく、2025年は個人レベルの行動変容を見てみたいですね。
芦田 市民の啓発という視点では、気候変動に対する報道が海外と比べると日本は少ないと感じます。気象予報士らによる「気候変動問題解決に向けた命と未来をつなぐ行動を加速させる」という共同声明があったりして、日本も変わりつつある。
一方でグリーンウォッシュという別の課題もあります。個人に対して行動を促すのであれば、正しい情報を届けないといけません。
村上 そうですね。欧州ではグリーン市場が大きくなったからこそまがい物が出てきて、消費者保護が必要になりました。日本ではまだグリーン市場が大きくないにもかかわらず、グリーンウォッシュに対する懸念が先行しています。厳密になり過ぎているがゆえに企業内のリソースが不足し、それがグリーン市場の育成を阻む原因になっていると見ています。
——欧州ではEU気候法などの規制により人々の意識がいわば強制的に変わったと認識しています。日本ではどのような施策が必要でしょうか。
芦田 開示基準や規制が進むと変わってくると思います。日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2022年に設立されました。そして2027年3月期有価証券報告書より、時価総額3兆円企業を対象にサステナビリティ情報の開示が義務化されます。カーボンクレジットに関してもCOPでルールが整いました。あとは実装されるかどうかに注目したいですね。
気候変動に適応していくために
——今後、私たちは気候変動にどのように対応していくとよいでしょうか。
村上 台風など突発的な災害だけではく、日常生活にも気候変動の影響が出ています。 たとえば熱中症対策で夏に屋外で遊べない子どものために室内で遊ぶ有料のプレイグラウンドのニーズが高くなっているそうです。これはアジアの暑い国で人気が出たビジネスですが、日本の温暖化への適応ということですよね。適応の観点で、芦田さんは今後どのような産業が伸びていくとお考えですか?
芦田 トランプ政権下では、適応分野の企業の活躍機会が増えると言われています。気温上昇を所与として、いかに事業継続できる仕組みをつくっていくのか——。例えば防波堤などインフラをつくる企業の株価が上がっていたり、スタートアップを含めた水関連の企業に投資家の関心が高まったりしています。
村上 気候変動とCEの関係が密接になったという話をしましたが、さまざまな産業や事象が関連付いて複雑化し、解くべき連立方程式が増えている印象をあらためてもちました。 適応への気運が高まるのは良いことですが、その対処のためにエネルギーを使うとなるとそれは違います。できるだけ省エネで、自然資本を大切にして欲しい。防波堤もコンクリートでただ固めるのではなく、自然を生かす工法を選べないか。そうしたことを総合的に判断し、できるだけ早く対処することができればよいと考えています。
水に関しては、上下水道などの維持管理も人手不足だと言われています。すでにあるインフラを維持しながら災害にも対策をしていく必要があります。適切にリソースを活用するために投資が回る仕組みができることに期待したいです。
芦田 適応分野への投資はリスク軽減策です。投資自体は収益を生むものではないけれど、その投資がなければ損失や被害が増える。銀行としては、そこに課題を感じています。これまでは利益を生む投資に対して融資を行うことが基本的な考え方でした。マイナスを防ぐためのファイナンスという考え方も必要です。それを銀行だけでなく機関投資家含めて取り入れていくと適応分野の企業を後押しし、投資が進む。
村上 適応への投資は、返済原資が何かというところが難しい。全てが税金負担になってしまうと、話が進まなくなってしまいます。何かに対する予防をしたり、ときには縮小したりすることのプラスの面をどうやって評価して、具体的な収益に変えていくのか——。健康を例に挙げると、「やりすぎない」ことが評価されていますよね。
芦田 保険業界では健康診断結果で保険料が下がるという商品がありますよね。そういう個人の取り組みをヒントに企業ベースに広げていく考え方もあるのかもしれません。
——投資とリスクについて会計上のバランスをどうとっていくかもありますね。リスクを防ぐため・減らすためにコストをかける行為は損益計算書(PL)や貸借対照表(BS)に損失や負債としてしか計上されないから誰もやらない、という現在の会計の仕組みが背景にあるように思います。例えば、BS上で将来の減損が回避できる可能性を表現できれば、資本市場からも違った評価が得られるようになるのではないでしょうか。
芦田 面白い考え方ですね。会計制度を変えてしまえば、銀行はそれを財務分析に反映しやすくなります。あとは因果関係に関するデータをどこまで精緻に整えられるかが課題になりますね。 金融当局は今まで移行リスクのシナリオ分析への関心が多かったのですが、物理的リスクに対する関心が高まっています。リスクに対する研究がより進むと、銀行もリスクに対する考え方を採り入れられるようになります。
村上 会計制度の変化が修理・修繕や維持管理に対する評価の向上にもつながると望ましいですね。維持管理費は安ければよいという考え方がまだ根強いですが、しっかりメンテナンスして良いものを長く使い続けることに対する評価がされるようになって欲しいです。
芦田 2024年は選挙イヤーと言われ、2025年も引き続き世界的に政治に変動が起こります。こういったことを契機にあらためて気候変動についても考え、個人の行動変容につながる社会のうねりが生じれば良いと考えています。
(2024年12月6日オンラインにて 聞き手:岡本めぐみ/SMBC 木村智行・瀬名波雅子/日本総合研究所 文:有岡三恵/Studio SETO)
*1 「2020年の10大出来事と2021年の見通し」「2021年を振り返る 足達英一郎氏が見る2021年とは?」「サステナ注目トレンド 村上芽氏が見る2023年とは?」「気候変動と人口動態から考えるサステナビリティ 2023-2024 前編・後編」に続くシリーズ