インタビュー
SDGs投資・事業の世界基準「SDGインパクト」とは何か?——渋澤健氏に聞く
Date: 2021.07.21 WED
#ソーシャル
#ESG投資・開示
国連開発計画(UNDP)による「SDGインパクト」という投資や事業の認証制度が始まろうとしています。これはSDGs達成に向けて、民間からの投資拡大を狙ったもので、SDGsに資する投資や事業の世界基準を策定し、その基準に適合した案件を認証していく取り組みです。この制度のSteering Group(運営)委員を務める渋澤健氏(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役)に、「SDGインパクト」が今後の企業や投資にどのような影響を及ぼすのか、またどのように取り組むとよいのか、お話を伺いました。
聞き手:日本総合研究所 渡辺珠子
CONTENTS
1.SDGインパクトとは
ーーSDG インパクトとは何でしょうか。またその特徴について教えてください。
渋澤 SDGインパクトは、国連開発計画(UNDP)のプロジェクトです。UNDPは、途上国の支援をする国際機関です。コロナ禍以前は、SDGs達成のために途上国に対して毎年2.5兆ドルの追加予算が必要だとされていました。それに加えアフターコロナ、ウィズコロナで先進国も対象になると、さらに資金が必要となります。各国政府の援助予算や伝統的な助成機関の予算だけでは不足するのが明らかなので、民間から投資を募り、お金を循環させようという問題意識が根本にあります。
SDGインパクトの存在を最初に知ったのは2年前で、外務省から運営委員会(*1)のメンバーになって欲しいと相談を頂いたときです。SDGインパクト基準(スタンダード)を策定し、その基準を満たした事業などを認証していくプロジェクトです。
日本人は認証好きだから(笑)、そういうものがあればSDGsを普及させることに貢献できると思い引き受けました。最初は基準が何かもよく分からないまま参加したのですが、議論を重ねる中で見えてきたのは、インパクト評価を行うためのレポーティング基準をつくるのが目的ではないということ。目指しているのはどちらかというと「原則や拠りどころ」や「説得力」です。基準を策定した人の言葉では「ハイレベル」と表現していますが、包括的に、さまざまなステークホルダーに対する共通言語を見いだそうという考え方です。
ーーSDGインパクトには「プライベート・エクイティ(PE)ファンド向け基準」「SDGs債(ボンド)向け基準」「事業(エンタープライズ)向け基準」の3種類があります。そして、それぞれに「戦略」「マネジメント・アプローチ」「透明性」「ガバナンス」という4つの基準が示されています。これらの基準をどのように理解すればよいでしょうか。
図版提供:UNDP
渋澤 1の「戦略」は、組織や事業の存在意義や理念とSDGsがいかに接続しているかということ。WHYとかWHATといった事業の根幹に値するすごく重要な考え方です。2の「マネジメント・アプローチ」は、どのように執行するか。つまりHOWです。3の「透明性」は、どういう成果がでているか、そしてそれをどのように可視化するかということです。1〜3のWHY、WHAT、HOWと成果がコミットメントをもって実行されているかを検証するのが4の「ガバナンス」になります。
非常にロジカルな基準ですが、これを表明していくのはすごく難易度が高いと感じています。
なぜかというと、これらが目指しているのは、事業の存在そのものがSDGs達成にコミットしているかを確認することだからです。事業がSDGsの17のゴールの何番に結びつくかという単純なマッチングではないし、企業の中のひとつの部署がチェック・ボックスを確認して提出すれば認証がもらえるという仕組みにはなっていない。つまり企業にとっては自社の存在意義を基準に沿って表現することが必要なので、経営トップおよび社内の各部署などのコミットメントがなければ、認証のための資料が作成できません。
日本企業の方から「認証を受けるには、どうすればいいんですか?」とHOWについてよく質問を受けます。でも、まずWHYから整理しないといけない。僕自身は「基準」がそのように設計されていることは、非常によいことだと思っています。
ですから認証を獲得できた企業は、それ相応のコミットメントがあるということの表明となり、それがまた認証制度の価値にもつながっていくと思います。
ーー現在は基準のバージョン1.0を策定しているとのことですが、認定までのスケジュールを教えてください。
渋澤 3月末の段階ではPE向け基準の最終形が発表されており、ボンド向け基準も4月1日に発表されました。現在、事業(エンタープライズ)向け基準に対するパブリックコメントが行われていて夏ごろに最終形となる予定です。3つのカテゴリーに対する基準が揃ったとところで、認定業務の設計が現在行われています。最初の認定がおそらく今年中くらいに与えられるのではないでしょうか。
ちなみにこの認定はUNDPが行うのではなく、UNDPが指定した第三者の団体がその業務を行うことになります。日本国内でも何社(団体)が意欲を示しています。カテゴリーごとに団体が変わるのかなど、詳細は今後つまびらかになっていくと思います。
2.どのように民間投資の促進につながるのか
ーーSDGインパクトの認証制度がどのように民間投資の促進につながるのでしょうか?
渋澤 UNDPのSDGインパクトの活動の中には、基準作りだけではなく、インベスター・マップというのがあります。これは、各途上国でどのようなSDGs投資が必要なのかを可視化していくプロジェクトです。
UNDPのインベスター・マップ、図版提供:UNDP
UNDPとしてはこのマップを使ってもらって、ニーズのあるエリアにきちんと資金が流れることを狙っているのは明らかです。きちんとした事業であれば、UNDPはそれを認証することで、資金調達と認証をセットで考えていると思います。
2021年4月にWEBサイト「SDGインベスター・プラットフォーム 」(https://sdginvestorplatform.undp.org)が公開された。そこでは国別、目的別のSDGs投資有望領域の検索ができる。図版提供:UNDP
SDGインパクトを議論していても、まだ具体的な投資の流れについては理解が進んでいないという印象です。とくに先進国では「認証があるといいよね」というくらいのレベルだと感じます。ですから、途上国と先進国など、国や地域によって意識が違っていると言えます。
認証の獲得と、インベスター・マップで可視化しているところに資金が流れるかの関係性は、5月の運営委員会で確認したところ、必ずしもそうはならないようです。ただ、もちろんUNDPの期待は、投資家から、そのマップに提示している課題エリアに新たな資金が流れることにあると思います。
ーー原則や指針ではなく、「認証」にした理由を教えてください。たとえばESG投資ではさまざまな原則があり、その指針に合わせた情報開示やレポーティングが必要とされます。でもSDGインパクトでは、基準に合わせて情報開示をしてくださいと言っているわけではなく、認証する団体がそれを判断するのがこれまでと違うことだと理解しています。
渋澤 ガイドラインに沿った情報開示というよりは、「事業活動がSDGs達成に確かにコミットすることを求めている」というのが私の理解です。だから企業が情報開示というレポーティングをするのではなく、きちんとやっていることの証として第三者が「認証」するのだと思います。
ーー認証する側の基準に対する理解レベルの一致が大事になってくると思います。SDGsに関しては、各国が置かれている状況や社会課題などによって、重視されることが異なります。その中で、認証基準をどうやって設けるのかについて、議論があるのではないでしょうか。
渋澤 おっしゃる通りです。グローバル基準のローカリゼーションについて委員会で課題提供しましたので、認証の制度設計で検討する事項になると期待しています。
3.企業は将来を見据えたインパクトを
ーーSDGインパクト基準が示す戦略やマネジメント・アプローチは、単なる企業理念の具現化や、現在の事業に対する環境評価といった内容にとどまりません。将来を見据えて積極的にどんなインパクトを出していくのかにコミットすることを求めているように見えます。 現物主義的な側面がまだまだ強い日本企業には、ハードルが高い内容のように思えますが、どこから取り組むのがよいでしょうか。その足がかりをどこに求めればよいか、ご意見をお聞かせください。
渋澤 そうですね。最初に言ったように、僕もハードルが高いと思っています。そこで具体的な足がかりになるのは、統合報告書ではないかと思います。
4つの基準が変わることはないので、この基準を踏まえて、統合報告書を作成するときに自分たちの言葉でどういうふうに表現できるか検討することが肝要ではないでしょうか。
いろんな部署を横断しないとできないという意味でハードルは高いけれど、株主総会の資料やCSR報告書の作成に合わせて、ぜひ挑戦してほしいですね。まさに企業価値を考えながら、サイロ型の大組織を地ならしできるのではないかと期待します。そして、統合報告書とSDGインパクト基準の考え方を接続する中で出てきた学びを社内のSDGsの部署にフィードバックしていくことが大事ではないでしょうか。
ーーSDGインパクトは企業の根幹にかかわるもので、認証をとるためには社内のインナーコミュニケーションが大事だということですね。
渋澤 それは不可欠ですね。経営者の思いがきちんと表現されていて、統合報告書を毎年楽しみにしている会社があるのですが、そこは経営者が作成ミーティングに年間20回くらい参加していたそうです。かたや担当部署がつくって、最後にトップ・メッセージが必要だからと秘書が書いたものにトップが目を通す会社もあると思います。どちらがよりSDGインパクトの認証レベルに近いかというと確実に前者ですよね。
SDGsは「ゴール」と称していますが、僕はツールだと思っています。大事なことは世の中が持続可能で包摂的になることです。そのために企業としての存在意義をどのように位置づけるのか。すぐに正しい答えが出ないとしても、SDGsを活用してそれを問いかける力をつけられると思います。
ーー企業の中でこれまでは言語化できていない、当たり前だとおもっていた内容を、きちんと言語化しなさいと、この基準では記していたと思います。
渋澤 そうですね。暗黙の了解、三方よしではSDGsインパクトは獲得できない。上場・非上場に関わらず、企業は自分たちが何をやっているか、株主だけではなく従業員や顧客、さまざまなステークホルダーに公的な実態として説明する責任があります。自分自身も10年前に立ち上げた会社の設立趣旨を従業員に言葉で伝えようとしたとき、難しさを感じた経験があります。ビジョン、バリュー、ミッションの違いさえも最初はよく分からず、その上パーパスという言葉も飛び込んできて、全然意味が分からなかった(笑)。でも、表現しようと考える過程で、その4つの言葉が何を求めているかを理解できた。そういうことが、企業の存在価値を表明するためには大事なのだと思います。
ーーESG評価を受けている企業の場合は、比較的ミッションやパーパスなどを明示しています。SDGインパクトでは、明示してこなかった企業もそれらを明確にして社内に浸透させることが必要になるということですね。SDGsの達成目標とする2030年まであと9年。SDGインパクトの制度が定着するかどうかは、日本において企業の認識が間に合うかどうかに依るのではないかと思います。
渋澤 そうですね。今、企業を中心に話をしましたが、そこで働いている人の意識も重要だと思います。自己紹介をするときに、日本では○○の渋澤ですと所属している組織名を言います。自分の存在意義は、その組織名を言うことで説明責任が果たされていることになっている。
でもSDGsとかごちゃごちゃいわれると、自分の存在意義を考えずに仕事をしてきた人も、何でその会社に勤めているのかなとか、会社の理念に自分が賛同しているのかとか、考えるようになりますよね。だからSDGsなどのファクターが入ってくることが、働いている人の意識チェックにもつながると思っています。高度成長の時代はそんなこと考えずに、企業に入ってレールに乗ってしまえばそれで大丈夫だったけれど、今の時代はそれが大事なのではないかと思います。
ーー最近では、新卒採用の際に若者に関心を持ってもらうためのコミュニケーションワードとしてSDGsが使われるようです。SDGsという言葉をつかって企業の存在意義を説明することで、単純に給料が高いということではなく、企業理念を理解して共感する人材が入ってくる。そして事業を円滑に進めるために必要なことをみなで議論する土壌ができるのだとか。私もそれには共感します。 最後にSDGSやSDGインパクトに取り組もうとしている企業の人にメッセージをお願いします。
渋澤 一言でいうならば、世界を自分の目で見て、自分で世界に発信すべきだと思います。それを感じたのは、運営委員会での衝撃的な体験でした。
「SDGsは、欧米だけの価値観を世界に押しつけるものではない。アジア的な価値観もある」という話題になったときに、とある委員が「中国ですね」と。「そうですね。他の国もありますね。例えばタイとか」というジャパン・パッシングの流れだったので、僕は手を挙げて「Please come to Japan!」とお願いした瞬間があった(笑)。要するに、日本では企業だけではなく地方自治体などもSDGsが浸透して意識が高い方だと思っていたけれど、それは世界では認知されていないということなんです。
日本人は真面目にHOWに取り組むけれど、それを外の人に発信する力、説明する意識がすごく弱いなと思います。例えば聖火リレーですが、蒸気機関車とランナーが走る映像を見て驚きました。国内の鉄道ファンには感動的なシーンだったと思います。ただ、世の中がカーボンニュートラルへ舵を切っているときに、日本が世界に発信する映像は、まるで1964年と同じで、僕はがっかりしました。日本の魅力を伝えるのであれば、聖火ランナーから見えている世界をドローンなど新しい技術をつかって見せる映像が作れたと思います
自分が世界に出てみると、日本が見られている世界の視点が分かるので、「実は日本はこうだ」と自ら発信する意識が高まります。それを高めなければいくらSDGインパクトの認証をもらって「えへん」となっても、それはガラパゴス化であり、世界で認知されずにやってないのと等しくなってしまうと思います。
ーー企業や個人がSDGsに取り組むときのご示唆をいただきました。ありがとうございました。
(2021年3月29日、オンラインにてインタビュー)
*1 UNDPのアヒム・シュタイナー総裁を含む世界各国の12名で構成。
Profile
渋澤 健
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役、コモンズ投信株式会社取締役会長
複数の外資系金融機関およびヘッジファンドでマーケット業務に携わり、2001年にシブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業し代表取締役に就任。07年にコモンズ株式会社(現コモンズ投信株式会社)を創業、08年に会長に就任。経済同友会幹事およびアフリカ開発支援開発PT副委員長、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Group(運営)委員、東京大学総長室アドバイザー、等。著書に「渋沢栄一100の訓言」、「SDGs投資」、「渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え」、「超約版 論語と算盤」、他。