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住宅の地震対策の効果は本当にあるのか?  災害対策に潜むジレンマ -地震対策効果の可視化による防災の促進を-

Date: 2025.03.18 TUE

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日本総合研究所 籾山 嵩

日本は世界でも有数の地震大国であり、今後も南海トラフ地震や首都直下地震など大規模な地震の発生が予測されています。

現行の耐震性能基準を満足する住宅の耐震化率は、2018年時点では全国平均で約87%であり、2003年の約75%から着実にその割合が増加しています[*1]。

出所:国土交通省 「住宅・建築物の耐震化について」住宅・建築物の耐震化の現状と目標 を基にGGP作成

しかし、残り約13%といっても、戸数にすると約700万戸に上り、戸建て住宅では耐震化率が約81%に留まっているのが現状です。
また、耐震化率は都市部で高くなる傾向があります。例えば、令和6年能登半島地震で大きな被害を受けた石川県の珠洲市や輪島市では住宅の耐震化率が約50%と全国平均を大きく下回っていたことが被害の拡大につながったという指摘もあります。

出所:国土交通省「住宅・建築物の耐震化について」都道府県別・市区町村別の耐震化率に関する状況

では、住宅の地震対策が進まない理由は一体何なのでしょうか。
内閣府の調査[*2]によると、耐震補強工事の実施予定がない主な理由として、①効果が不明であり必要性を実感できないこと、②お金がかかること、が挙げられています。

出所:内閣府政府広報室「地震防災対策に関する特別世論調査」の概要、2007年11月 を基にGGP作成

ここには「自宅の耐震補強をする必要性がありそうだが、お金をかけてまで実施する意味を実感できない」というジレンマが潜んでいると考えられます。地震対策の必要性と効果を住民や家主に実感してもらえること、必要な支出額を減じることができれば、耐震補強工事の実施に向けた行動につながる可能性があります。

ここで厄介なのは、①の「地震対策の効果が不明であること」です。
なぜなら、対策を講じたとしても、巨大地震が起こってみなければその建物が大きな揺れに耐えられるかどうか分からないからです。さらに、仮に揺れに耐えられたとしてもその理由が耐震補強にあるのか、または他の要因があるのか、個々に判断しにくいためです。

過去の大地震時に「耐えた」住宅についての分かりやすい情報は決して多くはありません。能登半島での耐震化率が低いことが被害につながっていたと言われても、我が家・地元に結び付けて考えにくいのが現状ではないでしょうか。これが、対策する・しないのジレンマにつながっています。

ジレンマを解消するためには、自分の家を巨大地震が襲った時に、地震対策の有無に応じて被災状況がどう異なるかを住民や家主が把握できるようにすることが、第一歩になると考えられます。

また②に関しては、地震対策にかかる全ての費用を単なる“支出”で終わらせてしまうのではなく、地震対策を実施したことを金銭的なメリットに転嫁する仕組みの構築を通じて、実質的な費用を減じることが効果的であると考えられます。

①の課題解決に重要なことは、地震対策を実施しなかった場合の被害想定を分かりやすく把握できるようにすることだと考えられます。
そのために、例えばFEA(有限要素解析)[*3]などのシミュレーション技術を活用します。地震対策をした場合としなかった場合の自宅の被害を可視化し、“危機感を適切に醸成する”サービスが効果的でしょう。
これにより、家主や住民にとっては、漠然とした心理的不安ではなく客観的・技術的な根拠に基づいて地震対策の要否を判断できるようになります。
また、ここでは住宅の骨組み(柱・梁)の劣化状態を非破壊検査技術などにより把握し、その結果をシミュレーションに反映できると検証の精度も高まります。

②の課題解決に向けては、例えば上記の耐震性能評価の結果に応じて地震保険の割引を行うなど、地震対策のインセンティブの設定が効果的であると考えられます。すでにそのようなビジネスが一部で行われていますが、現時点では個別の住宅の劣化状況を精緻に反映したかたちで行うまでには至っていません。
例えば個別の住宅についてその後の耐震性能の低下予測を行えるようになると、住民のみならず損害保険会社などにとってもメリットが期待できます。

近年では非破壊検査や形状計測の技術の進歩、AIと解析技術の連携も進んでおり、このような取り組みを進めるための技術的な基盤も整いつつあります。
例えば、個別の住宅の劣化状態に関する膨大なデータを蓄積しながら、これらのサービスを一貫して担うプラットフォームビジネスなどが展開されると、家主や住民にとっても地震対策のハードルは大きく下がるでしょう

ジレンマの解消を起点として地震対策を推進する仕組みを構築することにより、住宅の地震対策の「あと一押し」を進めることはできるのではないでしょうか。

1) 出所:国土交通省ウェブサイト「住宅・建築物の耐震化について
2) 出所:内閣府政府広報室、「「地震防災対策に関する特別世論調査」の概要」、2007年11月
3) 有限要素解析:物体や構造物を小さな要素に分割し、それらの要素の性質を数値化して計算を行うことで建物全体の挙動を解析する手法

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