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「ケア」の実装で、企業が社会のリアルに向き合う

Date: 2025.05.29 THU

  • #ソーシャル

日本総合研究所 八幡晃

社会課題が、もはやビジネスの前提となった現代。
私たちが何気なく「社会」という言葉を使う時、果たして誰のどんな暮らしをイメージしているのでしょうか?そこに社会のリアルが存在しない時、どのような解決策も上滑りしてしまうでしょう。

本稿では、企業が社会のリアルに向き合うためのヒントとして「ケア」という概念をご紹介するとともに、それを企業に実装するためのアプローチを提案します。

CSR元年と言われた2003年から20年余り、ESG投資の国内投資残高は大幅に増え[*1]、SDGsは経営アジェンダとして浸透しました。
これだけ見ると、社会課題への取り組みは大企業を中心に順調に進んでいるように思えます。
しかし実際には、企業が大きくなればなるほど、社会課題を解像度高く理解することは難しくなる傾向があります。

それは、企業規模が大きいほど組織の内向きの活動が活発化し、社会との接点が少なくなってしまうから、また時間が経つほど「変化し続ける社会」との距離が離れてしまうからです。

結果として大企業による社会課題への取り組みは、社会から見たリアリティを欠き、上滑りするリスクを抱えていると言えます。

図:日本総研&Deep Care Lab作成

でも、どんな大企業も昔はベンチャー企業。創業時、社会の中で抱いたリアルな問題意識にいざなわれ事業を興したはずなのに、時間の経過と規模の拡大に伴い、企業の中の人の問題意識がリアルな社会から離れていってしまう。

では、どうすれば創業時に抱いていたようなリアルな社会の感覚を取り戻せるのでしょうか?

「ケア」という概念にそのヒントがあると考えます。ここでいうケアは、介護用語ではありません。
「他者とのつながりに気づき、想像したり、関わりあったりすること」と定義しておきましょう[*2]。
社会との距離が離れ接点も少なくなってしまうのであれば、もう一度自分たちから社会とのつながりに気づき、想像し、関わりあいを持てばよいのではないか——。簡単にいうと、そういうことです。
社会の中で抱いたリアルな問題意識を改めて自分事化する営みとも言えるでしょう。

例えば、製薬会社であれば、患者さんのみならず「患者さんの家族の暮らしぶりに自社はどう関わっているのか」まで想像し関わりを持ってみる。
不動産開発事業者であれば「街づくりにより、もともといた虫たちはどこに行ってしまったのか、また虫の少ない環境で育った“虫嫌い”の子どもたちは生態系にどんな影響を及ぼすのか?」を想像してみる。
そういった、実は自社とつながっている「人間以外も含めた他者(=あらゆるいのち)」を想像し実際に関わってみることで、社会のリアルが一人一人の中で立ち上がっていくと考えています。

しかし、大企業、特に上場企業は株主への説明責任もあり、短期的かつ業績に直結する成果を求められます。
短期的な業績への貢献が見えづらい「ケア」のような活動は、ますます進めづらくなっている中、どうすれば突破口が開けるのでしょうか?

近年、大企業に勤める社員の方と話していると「本当は、もっと幅の広い(短期的な収益は望みづらいが、社会にとって意味があり自社に何かしらの形で還元されると思われる)活動をしたいんですが…」と時に苦笑いを浮かべ、時にはにかみながら話す場面に頻繁に出くわします。
企業の「社員」としての自分と、一生活者「個人」としての自分との間に、ささやかではあるがぬぐい切れない矛盾を抱えており、そのことに自覚的である人が増えてきていると感じます。
みんな喉に小骨が刺さっているのです。この小骨をとってあげる、つまり「社員」と「個人」の間に位置づけられるような活動レイヤーを企業として新たに設定し、社会のリアルを企業に取り入れる接点として機能させること。これが私の提案する、企業への実践アプローチです。

このレイヤーで行われる活動とは、低所得世帯の子どもたちに無償で勉強を教えるような活動かもしれません。
一見、昔ながらの社会貢献活動に思えるかもしれませんが、「企業が 企業として 企業の論理で行う活動」ではなく、「社員が個人の想いに基づき、企業から(例えば旅費や交通費の補助や企業名の使用等)何かしらのサポートを受けながら行う活動」という点で、意味合いの異なるものです。

このような活動は、社員にとって自己矛盾の解消機会となるでしょう。
また企業にとっては、どの文脈に位置づけるかにより期待効果は大きく3つのパターンに分けられます。

1つ目は、社会起点の事業を育む土壌として新規事業創造の文脈に位置付けるパターンです。
これまであまり目を向けていなかった社会のリアルとの関わりは、社会起点での新たな「問い」をもたらします。
どうして〇〇は誰も手を付けていないのか?解決されないままなのか?といった新たな問いは、必然的に社会起点の事業を育む土壌となります。

2つ目は、自社の原罪と向き合う活動としてCSRやサステナビリティの文脈に位置づけるパターンです。
多くの企業は原罪を抱えています。自動車メーカーは交通事故から、酒類メーカーはアルコール中毒から目をそらすことはできませんが、本業で取り組むことは難しいです。
よって、社会の中の「原罪」が存在する場所や関係する人をケアすること、また、その原罪を少しでも緩和できるような新たなエコシステムを構築することが各々の企業にとっての本来的なCSR活動になっていくのかもしれません。

3つ目は、自社の社員と向き合う活動として人財戦略や施策の文脈に位置づけるパターンです。
エシカル就活という言葉が表すように、若年層ほど、また優秀な人材ほど企業が社会とどう向き合っているのかを冷静に見つめています。
「社員」としての自分と「個人」としての自分との矛盾を感じることなく働ける会社が選ばれる時代になりつつあるのではないでしょうか。
「社員」と「個人」の間に、新たな活動レイヤーを設定し社員に開いていくことで、選ばれる企業への第一歩が踏み出せるかも知れません。まずは会社公認の部活のような形でスタートしてみるのも良いと思います。

*1  NPO 法人 日本サステナブル投資フォーラム, “サステナブル投資残高アンケート 2024 調査結果速報”
*2 ケアの概念については、「あらゆるいのちへの、ケアする想像力を。」をミッションに掲げる一般社団法人DeepCareLabを参照

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