解説記事
脱炭素社会に備える上で知っておきたい「タクソノミー」とは?
Date: 2021.08.20 FRI
#グローバル動向
#気候変動
#初学者
日本総合研究所 二宮昌恵
各国が気候変動対策強化に舵を切る中、目標達成に向け、資金をどう誘導するかという観点から、サステナブルファイナンスの重要性は一層高まってきています。その中で、「タクソノミー」という手法が論点として浮上しています。タクソノミーとは、何を指すのでしょうか? 策定の背景と今後の展開について見ていきましょう。
「タクソノミー」とは
「タクソノミー」は、元々生物学において「分類」を意味する用語です。その考え方を応用し、サステナブルファイナンスの対象となる「持続可能性に貢献する経済活動」を分類・列挙したものが、金融におけるタクソノミーとなります。
タクソノミーでは、事前に「持続可能性に貢献する経済活動」の分類を定めます。例えば、グリーンボンドを発行する際、資金使途の対象事業がその分類に当てはまれば「適格性」が認められ、投資家等が簡単にグリーンな事業に資金が投じられているかどうかを判断できます。
「タクソノミー」策定の背景――先行するEUタクソノミー
タクソノミーの議論において先行してきたのはEUです。EUは、2020年6月に「タクソノミー規則」(以下EUタクソノミー、*1)を法令化し、以下の6つの「環境目的」を規定しました。
今年4月には、そのうちの「気候変動の緩和」及び「気候変動への適応」の細則として、それぞれ88個・95個の経済活動について、どういうものが「グリーン」な経済活動に当てはまるのかを示しました。(*2)。残る4つの環境目的についても、細則案の公表に向けて、8月に原案が公開されています。これは、EUが以前から進めてきたサステナブルファイナンス戦略・脱炭素化に向けた産業戦略とも密接な関係があります。
タクソノミー策定は、EUが2018年3月に公表した「サステナブルファイナンスに関するアクションプラン」の実施項目のひとつとして掲げられ、以降2年超にわたってその内容が議論されてきました。何が「持続可能性に貢献する経済活動」なのか、その内容を事前に定め、共通認識を築いた方が、投資家が安心して投資することが可能となり、サステナブルな事業に資金が集まりやすくなるという判断が働いています。加えて、2019年12月には「欧州グリーンディール」が公表され、2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロとすることを表明。その目標に向けた産業構造の転換のために、今後10年間で毎年2,600億ドルの追加投資が必要であると試算しています(*3)。EUタクソノミーは、こうしたサステナブルな社会の実現とそのための産業転換に向けて、投資家の資金と企業の設備投資を「脱炭素化」に集中させる金融戦略としての機能を担っているのです。
なお、先述の通り現在のEU タクソノミーは、サステナブルファイナンスの全ての分野ではなく、気候変動の緩和と適応分野のみをカバーするに留まっています。さらに、一部の業種、例えばCO2排出量が石炭等より少ない、天然ガスや原子力による発電などの取り扱いは先送りされ、利害関係者間の駆け引きが続いているのが現状です。グリーンな経済活動をカバーしていた従来の「EUタクソノミー」に加えて、7月には社会的事業を分類する「ソーシャルタクソノミー」案が公表されるなど、今後、タクソノミーが対象とする領域が、拡大されていくことも想定されています。
今後の見通し――タクソノミーは広がるのか?日本の動向は?
ここまではEUタクソノミーを説明してきました。では、このタクソノミーの議論は、日本には無関係なのでしょうか。そうではありません。
EUタクソノミーは、該当する経済活動に関する情報開示も定めており、その対象は、EU域内の「大企業(従業員500人以上)」や金融機関です(*4)。日本企業の場合、EU現地法人がこの要件を満たす場合は開示の義務が生じます。但し、開示対象外であっても、EUの投資家が日本企業の株式や債券を保有している場合、対応する開示を求められる可能性があります。加えて、現在「大企業」の要件を引き下げ、対象企業の範囲を拡大する議論も行われており、注視が必要です(*5)。
また、EUタクソノミーを契機にタクソノミーを巡る議論は活発になりつつあり、中国、マレーシア、シンガポール、カナダなども独自の制度や案を示しています。また、2019年にEUが設立し、現在17カ国が加盟する「サステナブルファイナンスの基準共通化を進める国際的プラットフォーム(IPSF)」では、タクソノミーの国際共通化基準作りが議論されています。
日本は現在、タクソノミーを整備しておらず、「グリーンか否かの二元論だけでは企業の着実な取組が評価されない恐れがあり、移行段階となる『トランジション』も同時に重要」との立場を発信しています(*6)。一方で、IPSFには昨年11月に金融庁が参加し、議論に加わっています。
なお、EUはかかる「タクソノミー=二元論」との議論も踏まえ、7月に「ブラウン事業(環境目的を著しく害する事業)」を改善するトランジション活動のタクソノミーを含めた、「拡張タクソノミー」案を公表しています。意見募集を踏まえて、秋にも最終案を作成する方針です。タクソノミーを巡る国際的な議論が活発化する中、「グリーンか否か」を超えた新たなタクソノミーを示すことで、国際基準としての地位を確立する意図があります。
世界各国が脱炭素を含むサステナブルな社会への変革を迫られる中、そのための資金誘導を図ると同時に「グリーンウォッシュ」を排除して真に効果的な経済活動に資金を集中させるべく、タクソノミーの議論はEUに留まらず広がりを見せています。今後、タクソノミーを整備する国が増えてきた場合、日本のスタンスが市場にどう評価されるか、また、国際基準化が図られた場合、日本のスタンスとの整合性が取れるのか――。今後の議論の行方に注目が集まります。
*1:欧州委員会「タクソノミー規則」 2020年7月より施行
*2:欧州委員会「委任法(付属書)」1・2
*3:欧州委員会「欧州グリーンディール」
*4:欧州委員会「the Non-Financial Reporting Directive (NFRD) 」
*5:欧州委員会「Corporate Sustainability Reporting Directive(CSRD)」
今年4月に公表された案では、対象を「大企業」及び全てのEU規制市場における上場企業に拡大。また、「大企業」の要件は、「従業員250名(事業年度平均)」「売上高4,000万ユーロ」「総資産2,000万ユーロ」の内、2つ以上該当するもの、とされている。
*6:経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
著者プロフィール
二宮 昌恵
株式会社日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト
証券会社にて、法人営業や債券引受業務に従事し、公的機関の発行するSDGs債の引受実績がある。2021年から現職。