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スポーツとサステナビリティ——自転車ロードレースのプロ化に挑む片山右京氏に聞く

Date: 2022.05.31 TUE

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東京駅近くにジャパンサイクルリーグは事務所を構え、全国各地でのロードレース展開を目指す(写真:稲継泰介)

2028年ロサンゼルスオリンピックの自転車ロードレースで金メダルをとる選手を育てたい——」。そう熱く語るのは、日本人3人目のF1レーサー、あの片山右京氏です。2020年に株式会社ジャパンサイクルリーグ(JCL)を立ち上げチェアマンに就任。2021にはプロのサイクルロードレースリーグを発足しました。Team UKYO SAGAMIHARA、宇都宮ブリッツェンなど地域密着型の10チームがリーグに参加し、自転車競技を盛り上げていく意向です。片山氏がなぜ自転車競技を推し、その活性化やプロ化に心血を注ぐのでしょうか。その理由とヴィジョンを「スポーツとサステナビリティ」というテーマで伺いました。

F1ドライバーとして注目を集めただけではなく、引退後はル・マン24時間耐久レースやパリ-ダカールラリーなどタフなモータースポーツを極めた片山氏。2000年代には自転車ロードレーサーの選手としても活躍。2021年にはTeam UKYO(現:Team UKYO SAGAMIHARA)としてロードレースチームを立ち上げ、国際自転車競技連合(UCI)の上から3番目のカテゴリにあたるコンチネンタルチームとして登録した。

なぜ自転車競技に? そうした素朴な疑問を投げかけると、「お金がなくなってエンジンが買えなくなったから(笑)!」とユーモアで場を和ませた後、自転車がいかに魅力的なスポーツかを熱く語り始めます。

サイクルロードレースに挑む片山氏(写真提供:JCL)

そもそも自転車の魅力に取り憑かれたのは小学1年生の頃。登山家の父親の影響を受け、冒険家を目指した右京少年は、相模原市の自宅から相模湖や富士五湖までサイクリングに出かけていたそうです。

冒険のための道具を超えて、自転車にさらなる魅力を見いだしたのがサイクルロードレースのチーム力でした。ツール・ド・フランスなどのレースでは、エースの他にアシスト、クライマー、スプリンターなど得意な走法もつ選手でチームを構成します。エースを勝たせるために、その他の選手は、風除けになったり、坂道でペースをつくったり、敵対するチームに仕掛けて疲れさせたりなど、チームの総力で戦います。

「誰かのために一生懸命尽くすのは大変なこと。エース以外の選手が疲れてペースが落ちると、後方に吹きだまりのようなものができる。これをグルペットと言うんですが、全員がゴールしないと次の日にチームがスタートできないから、違うチームの選手がまた助け合う。敵同士なのにですよ! コンペティションも大事だけど、実はみんなが支え合っている。それを見たとき、社会の縮図だなと僕の琴線に触れた」

身体の極限状態の中でチームが勝つための合理的な方法を考え、互いに協力しながら達成すること。片山氏によると、それが自転車レースの真骨頂なのです。競争がありながらも個人主義や自由主義に偏りすぎることなく、協調すること。それは、これからのサステナブルな社会のあり方を示しているのではないでしょうか。

F1レーサー時代、時速300kmで車体とガードレールとの隙間がたった5mmというコーナリングをするとき、「まず音が聞こえなくなり、次に色が見えなくなった」とゾーンに入ったときの情景を振り返ります。それを可能にしていたのは、想像を絶する鍛錬の積み重ねです。時速300kmでコーナリングする最中に、なんと連立二次方程式を解くそうです。すなわち極限状態で冷静に思考するトレーニングをしていたということです。

ロードレースもまた、最大で時速約70kmというスピード感、地形や気象条件との戦いなど奥深いゾーンがあり、「自分って何なんだろう」「生きるってどういうことだろう」と哲学的な思考を養うことにつながると言います。そうした貴重な経験や知恵が社会や仕事の中で、ときには災害など非常時にも十分発揮できるというのが片山氏の持論です。

「肉体やメンタルを鍛えるとかいろいろな目的があるけれど、その中でどう自分が向上するのか……。スポーツのすべてが教育に帰着すると僕は思います。だから、アスリートやスポーツ業界だけではなく、人間にとってスポーツは必要な活動。つまり生きることそのものなんです」

「子どもは本当は負けず嫌い。悔しい思いをすればいい」
2000年代に話題となった運動会の手つなぎゴールに対して、片山氏は釘を刺します。

「次に頑張るために背中を押してあげることが実は大事。『なんで勝てないの?』と攻めるのではなく『いい勉強をしたなぁ』と声をかけ、なぜうまくできなかったか原因分析をしたり、考え方を変えたり……。そうした的確な助言をできる“ガイド”が育っていない」

“ガイド”。この独特な表現は、山岳ガイドに由来するもの。子どもたちを対象にTeam UKYO10年以上主催する「Team UKYO Challenge School」での教訓をこう語ります。

「もっと頑張れと言われて辛いだけだと山を嫌いになってしまう。でも、いいガイドさんと一緒に行くと“本当に大切なこと”を教えてくれるから山が好きになる。そうした経験を次につなぐ、ガイドのプロが必要なんです」

ここで言う “本当に大切なこと”とは何か……。自然と人間の関係を体得したり、サバイバルに強くなったり、体験者それぞれにとっての功利があることは想像に難くありません。それに加えて片山氏の答えはより実践的なものでした。

「チャレンジして失敗することが重要。それを前向きに捉えて向上していくこと。さらにチームをつくり、その中で自分をつくっていくこと。それができれば自分では気づいていないすごく個性的な能力を磨くことができる」

学業が優秀であることが重視されがちで、スポーツ選手やミュージシャンなど個性的な道を目指すと親や教師から将来を心配されることがあります。そんな現代日本社会の風潮に対して一石を投じる発言です。選手の脚質を知り、適材適所に配置する個性重視のロードレースと考え方が共通します。

自転車に限らず、才能豊かなアスリートがプロとして社会的な地位を確立し、それぞれのスポーツ界の“ガイド” として次世代を育てること。どうやらJCLがプロ化を目指す狙いの一つは、そこにあるのかもしれません。日本ではまだ黎明期だったモータースポーツ界に飛び込んだ片山氏だからこその発想と言えるでしょう。

JCL本社にてインタビュー。背景には地方密着型のロードレースチームのパネルが並ぶ(写真:稲継泰介)

超人的スポーツ体験談に続き、これからの自転車競技を産業として育てるアイデアと可能性について片山氏に訊きました。そもそも、スポーツをプロ化していく社会的な意義はどこにあると言うのでしょうか?

自転車競技の歴史は古く、1886年の近代オリンピック第1回目アテネ大会からあり、数年後の1903年にツール・ド・フランスが開催されています。

「自転車は、ヨーロッパでは騎士道のスポーツと言われている。日本にも『武士は食わねど高楊枝』とか、高潔な武道の精神があるけれど、近代化あるいは戦後の経済成長の中で、人々の関心が経済に偏重してしまって、チャレンジや痛みを恐れるようになったりしたのかな」

日本では、野球とサッカー以外の多くの競技がアマチュアを中心とした“実業団主義”につながっている要因を片山氏はそう読み解きます。国民的人気イベントの箱根駅伝出場者ですら、社会人になって競技を続けようとすると会社員となり、仕事をしながらアマチュアとして活動している現状があるからです。

「スポーツ選手がどれだけ真剣で大変かが伝わってなくて、遊んでいるように見られる傾向があると思う。スポーツは仕事であり、産業であるということが社会に浸透していない。バレーもバスケットも、自転車もまだまだ過渡期…。それはスポーツが文化として定着していないことの証左で、文化としてスポーツを支える土壌が日本ではまだできていないのだと思う」

自転車の世界は、競輪選手は平均年収が1200万円以上ですが、ロードはまだまだ選手の地位が低いのが現状だと言います。UCIでは最低年俸の保障があり、ヨーロッパでは年収が数億という選手もいるそうです。

「その課題がクリアできないと競技としてサステナブルとは言えない。お金がすべてではないけれど、経済なき道徳は寝言に近いですからね。でも、お金だけ求めると薄っぺらになって、それもまたサステナブルとは言えなくなります」

プロ化の目的は、スポーツとその教育的効果を文化として定着させていくこと。そしてそのためには裾野を広げ、産業として経済的に支えていくというのが片山氏のヴィジョンです。

INNOVATION LEAGUEのコラボレーターとして、2022年に横浜みなとみらいで新しい観戦体験の実証実験。パナソニックや休日ハックなどの企業も参加。エキシビションレースや、子どもへの自転車教室なども行った(写真提供:JCL)

ところで自転車の原型は、19世紀初頭の産業革命時代にドイツで開発された「ドライジーネ」という木製のものでした。開発の動機は、馬車の代用品をつくること。異常気象による低気温で飼料が育たず、馬の大量死が起こったのがモビリティ転換の引き金を引いたようです。現代もまさにモビリティの転換期。鉄道や車を中心とした幹線網だけでなく、スモールモビリティによる移動が、地域活性やニューノーマルな生活様式の起爆剤となることに期待が寄せられています。

「自転車は、車では気がつかない景色を観ることができ、燃料を使わずに徒歩ではいけない距離を移動できる、原初的でサステナブルな移動手段。すばらしい発明品です」

そうした自転車人気を高めるために、現在JCLが取り組んでいるのがDXによる資金調達や地域ごとの楽しいロードレース空間をつくること。2021年から、スポーツ庁とSPORTS TECH TOKYO(電通主催のアクセラレーションプログラム)が推進する「INNOVATION LEAGUE 2021」の実証連携団体に選定されました。経済産業省や自転車活用推進本部などの後援を受け、タイトルスポンサーの三菱地所や数多くの民間企業スポンサーと共同のチャレンジが始まっています。

みなとみらいでの実証実験では、観戦者の満足度を向上させるため、独自開発した応援グッズ(ハリセン)を提供。また、観戦と同時にまち歩きも楽しめるように、ハリセンには周遊型の謎解き体験ができる仕掛けがされていた(写真提供JCL)

「根性だ! というような古い体質に対して、スポーツ庁や民間企業が新しい取り組みを始めた。こうしたコラボで、1+12を超える付加価値を生み出したい。みんなで参加できるイベントを増やせば、それが自転車人気につながり、活性化につながる。これを契機に今、変革していかないとダメだと思う」

地方都市でのロードレースを増やすことにも意欲的です。プロリーグ立ち上げ初シーズンの2021年度には15だった公式レースを2022年度には20レース以上に拡大していくとのこと。(レースの詳細はhttps://jcleague.jp

「国内の自治体と一緒にレースを開催し、自転車が楽しいと多くの人が感じるイベントを開催していきます。さらに、例えば旅行会社など他の業界ともコラボし、楽しく健康なまちや空間づくりに貢献したい」

UCIのチームカテゴリーとグランツール参加までにタイムライン(図提供:JCL)

プロ化を目指すと同時に、「これまで努力してきた選手を押し上げて行きたい」と片山氏は、スター選手の育成にも余念がありません。

「歴史上初めての日本代表選抜チームをつくって、ツール・ド・フランスなどグランツールで戦いたい! パリ・オリンピックは難しいかもしれないけど、ロサンゼルスでは金メダルを取れる選手を育てたい!」

ついに20223月、世界のグランツールに参加するプロのUCIワールドチームの立ち上げプロジェクトを開始しました。有望な選手を欧州などに派遣していく制度も整備中です。

片山氏が現役レーサーだったF1黎明期、夜中に欧州から中継されるレースにワクワクと釘付けになった人も多いことでしょう。あの興奮が今度は自転車競技で……。しかも、JCLが目指す先には、みんなが参加できる楽しい仕組みがあり、地方都市で新たな産業を生む可能性が広がっています。スポーツが生む好循環は、サステナブルな社会のひとつの礎となっていくことでしょう。

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片山右京 Ukyo Katayama

株式会社ジャパンサイクルリーグ チェアマン


1963年5月29日生まれ。1992〜97年F1にレギュラー参戦し、日本人最多出場記録を持つ。1999年ル・マン24時間レースにトヨタTS020にて出場し、日本人チーム最高位2位記録。2001年Team UKYO設立。2007〜09年食用油の廃油を原料とするバイオ燃料を使いダカールラリー参戦。2009年子供たちを対象に野外活動を中心とした「片山チャレンジスクール」を開校。2012年国際自転車競技連合(UCI)登録サイクルチーム「Team UKYO」チームオーナー兼監督に就任。2012年オセアニア大陸コジオスコ登頂し、世界7大陸最高峰の中6峰を制覇。2019年日本自転車競技連盟理事就任 ・全日本実業団自転車競技連盟理事長就任。2020年株式会社ジャパンサイクルリーグ設立。
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