インタビュー
【サステナ注目トレンド】村上芽氏が見る2023年とは?
Date: 2023.02.02 THU
#グローバル動向
#気候変動
#ソーシャル
写真:稲垣純也
環境と金融、SDGsなどを専門に研究する日本総合研究所の村上芽氏に、2022年の出来事の分析や2023年の動向について伺います。
国際紛争による意識変化
——2022年は、全世界的にロシアによるウクライナ侵攻が注目されました。このことでさまざまな人々の意識はどのように変化したと捉えていますか?
2019年からのコロナによるパンデミックが落ち着いてきたと思った矢先の出来事でした。侵攻直後、ESG投資家からは、「2014年のクリミア侵攻の時点でロシアに対する国別評価を見直しておくべきだった」という意見が聞かれました。長い歴史の中で脈々と続く地政学的な問題があったことを改めて認識しました。
SDGsの観点からは、17個ある目標の16番目が「平和と公正をすべての人に」です。私は大学で講義を行う際、学生に「何番に興味がありますか?」と聞いています。これまでは4番の教育や5番のジェンダー平等が多かったのですが、2022年は16番への注目度が高くなったと思います。そこには「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し(後略)」と書いてありますが、「戦争をしない」とは謳われてないことにも気づきました。平和に対する日本人の感覚がどう変わっているのか、今後の内閣府の世論調査にも注目したいと思います。
ウクライナ侵攻をきっかけに、平和だけではなく、エネルギーや小麦の価格高騰など景気の悪化やインフレーションなど経済的な問題も注目が集まりました。
人権と問われる企業姿勢
——ロシアを含め、人権侵害が問題視される地域では、日本企業がそこでビジネスをするかどうかの判断を迫られる局面がありました。
日本企業がどこでビジネスするかという判断が迫られる事案がここ数年続いたと思います。経済産業省は2022年、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」をつくりました。欧米でも人権デューデリジェンスの法制化が進む中、業種に関わらずどのような企業でも取り組まなければならない切り口になってきたと思います。
何か事案が起こると、「人権侵害に影響を与えることを無視してビジネスをするとは何ごとか」「撤退すべし!」という論調が強く出やすいのが現状です。ミャンマー軍とのビジネス関係があったキリンホールディングスは、撤退することで損失計上しました。ロシアでは、ただ営業していただけでも批判された企業もあります。
また、サッカーのワールドカップが開催されたカタールについては、中東の移民労働者の問題が報道されました。しかし、スタジアムが寂しい雰囲気になることはなく、南米や北アフリカからの観光客が大勢いて、人権侵害のことはあまり意識されていないのが現実だと痛感しました。人権に対する感度は、国によって違っています。昨今、民主主義の国が減っているということが言われていますが、私たちが重要だと思ってきた人権を重視しない国の人口が高まっている傾向を感じました。
ウクライナ侵攻とも関係しますが、欧州はロシアからの天然ガス輸入廃止を考えると、中東とビジネスをしない選択肢は基本的にありません。自国民が寒さで震えることを考慮すれば、どの人権問題を優先するのかという選択が迫られています。
自国から見て経済的につながりが薄い場所の人権問題に対しては、そこでビジネスをしない選択ができますが、ロシアや中東などエリアが拡大していくと、撤退するか否かの問題だけでなく、企業のビジネスと人権の問題は一段階違うものになっていると思います。
EUにおける天然ガス、石炭、石油の供給先 bp Statistical Review of World Energy 2022 | 71st edition(https://www.bp.com/content/dam/bp/business-sites/en/global/corporate/pdfs/energy-economics/statistical-review/bp-stats-review-2022-full-report.pdf)を元にGGP作成
資源調達とサステナブルなビジネス
——2022年はエネルギーや食糧など資源受給バランスがくずれ、物価上昇が顕著でした。どのような企業が難局を上手く乗り切れるでしょうか。
写真:稲垣純也
物価上昇の勢いが非常に大きいため難しいですが、比較的元気で、希望を見出した企業の共通点を敢えて挙げると、原材料やエネルギーに関して国産や地産地消に注目していたことです。例えば農業では、輸入肥料に依存しすぎず食品ロスを使った堆肥などを使っていたところ。コストが合わないと止めずに継続していた経営者は持ちこたえています。身近な資源や未利用なものに注目していた企業が強いと言えます。化石燃料が上がると再生可能エネルギーが安く感じたり、省エネに費用をかけても結果的に経済性がよくなったりするため、これまでの常識とは異なる採算になっていくのかもしれません。
もうひとつは、量を追求していない企業です。SDGsの観点からは、衣料品の大量生産・大量廃棄を止めようという意識が年々高まっています。ある程度の量を生産して回転させながらリサイクルすることに加え、修理をしてより良質なものを長持ちさせる方向に向かっています。この背景には、価値観の変化もありますが、修理の可否を機械で判断できるとか、在庫管理のコストがIT技術で下がったなど技術的な側面もあります。
長く使い続けられるものは、基本的に高価ですが、それに対してもシェアやサブスクリプションなどの所有形態の変化で、最初にお金がなくても手に入れることができるようになってきました。大量生産が安いという公式が変わってきていると思います。
都市でも創エネの可能性広がる
——再生可能エネルギーは今後どのようになっていくでしょうか?
再生可能エネルギーに関する大きなトピックは、東京都が2022年、住宅メーカーに対して新築住宅に太陽光発電の設置を義務化したことです。これまでは、日射がある適地のたった4%にしか設置されていなかったそうです。これまで何にも使われていなかった屋根の上で発電し、都市でも電力をある程度自給ができることを証明できる施策ではないかと思います。他の自治体にも展開できる大きな潮目だと思います。
太陽光発電に関しては、メガソーラーが森林破壊につながるとか、太陽光パネルのリサイクル問題など、批判的な意見もあります。でも、これまでの発電所に対して、例えば核燃料の処理などリスクを完全に排除した上で建設を進めてきたかというと、そうではありませんでした。新しいものに対して批判するのであれば、これまでにやってきたことと比較しないと公平ではないと思います。これをきっかけに、再エネも原発も、廃棄のコストも含めて問題点を解決する方向に意識転換できたらよいと思います。
再生可能エネルギーのポテンシャル 再生可能エネルギー情報提供システム(https://www.renewable-energy-potential.env.go.jp/RenewableEnergy/)REPOSを元にGGP作成
国別の発電電力に占める再エネ比率 資源エネルギー庁資料を元にGGP作成
その一方で、脱炭素にむけて化石燃料から勢いよく撤退していたESG投資家にとって2022年は逆風でした。化石燃料の企業が利益を上げたのにそこに投資していなければ、利益を得ることができません。ESG投資も収益を上げることが前提ですから、化石燃料からの撤退が収益の悪化に結びついてしまうと、勢いが弱まりますよね。その点から、空気が変わったように感じました。
自然資本/生物多様性との向き合い方
——ESG投資のもうひとつの動向として、自然資本や生物多様性への関心はどのような傾向にあるのでしょうか?
2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)の第二部を見ていると、過去最大級の投資家や金融機関がカナダのモントリオールに集まり、これまでにない盛り上がりだったと思います。これからはこの分野に投資したいから、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)などの情報開示のフレームを推進したり、規制強化を歓迎したりする流れにあると感じました。
——企業は自然資本や生物多様性とどのように向き合っていくとよいのでしょうか?
企業は、社会や環境との向き合い方を、マテリアリティ(重要課題)を決めて整理します。企業が社会や環境から受ける財務的影響に注目するものを「シングルマテリアリティ」、双方向の影響を考慮するものを「ダブルマテリアリティ」と言います。
気候変動は、異常気象によって企業が受ける影響、環境税やカーボンプライシングなど、シングルマテリアリティで考えられる場合が多い。一方、自然資本に対しては、水の枯渇や山火事などが企業にどう影響するかに加え、自然資本に企業がどのような影響を及ぼしているかという、ダブルマテリアリティの視点が必要です。つまり、企業が自然資本に与える影響をしっかり意識しましょうということです。
これはまったく新しいことではなく、製造業の場合、排気汚染や水質汚染への対策など環境対策をずっとやっています。歴史ある公害対策では、基準値を守るのは当たり前ですが、それに加え、地元の川の実際の変化との関係など、より複眼的な視点で考える必要が高まっていると言えます。
環境対策を熱心にやっているフィルターメーカーの話を聞いたことがあります。ミクロン単位の細かいメッシュのフィルターを食品メーカーなどに販売している会社なのですが、顧客が有害物質を流さないことをもっと訴求すれば、自然資本に貢献するビジネスとして売り出すことができると感じました。
自然資本は、水、空気、森林などの天然資源で、時間をかけて培っていくものです。林業など特定の業界では長期の視点で循環を考えることが脈々と継承されています。これまで自然資本をあまり意識していなかった企業もそういうところから学ぶことができると思います。
縮小社会とウェルビーイング
——日本では2022年、出生数が80万人を下回ったと報告されました。人口減少の中で経済も縮退していくのでしょうか。
日本は、予想以上のスピードで人口減少が進んでいます。世界的に見て、人口を減らしている国は、シリアやロシア、ウクライナ、東欧などです。言葉を選ばずに言うと、その国で幸福を感じられないと、移民として出て行ったり、死亡率が高かったり、人口減少が進んでいます。日本は、そうした国と同じ規模で人口が減っているのが現実で、もうそれは不可避です。
近代化の中で人口がどんどんと増えましたが、一気に減少しています。
日本と海外の人口比較 日本総合研究所のデータを元にGGP作成
人口縮小社会をポジティブに生きることは大きな課題だと思います。人口が減っても同じGDPを維持しようとすると当然一人あたりの生産額を増やさなければなりません。人口が減るからマーケットが縮小すると、ネガティブに捉えるだけでは希望がなさ過ぎます。一人ひとりが楽しく豊かな人生を送こと、ウェルビーイングへのこだわりを増やすことが肝心かなと思います。
一人ひとりが幸福というのは、自分さえよければいいというのとは違います。他国と比較して日本人を論じるときに「小さな島国でひしめき合って住んでいて、他人様に迷惑をかけないことを重視する」特徴が上げられることがあります。ただ、協力しあって住むことと、個々が独立して幸せであることを両立させないといけない。日本人はそれが苦手だと思いますので、そこを頑張らなければならないと思います。
——どのような行動を起こせば、個々の幸福度を重視する社会につながるのでしょうか?
企業では、売上が全てという意識からなかなか逸脱できません。量がなくても満足ということをどうやって表現できるのかが課題です。
これも長い目で見ることが必要で、これまでの売上偏重の価値観を支配してきた人は、他の視点をもたなければなりません。これから変えたいと思っている人は、そのことをきちんと伝えなければならないと思います。自分に関係することは聞いてもらう権利があるし、言わなければダメだと思います。言う側も聞く側もぐっと我慢してそこに立ち向かうことを丁寧にやっていかなければならないと思っています。
企業が労働時間を減らして、もっとワークライフバランスをとりなさいという方針を出すのはよいことですが、仕事をしていない時間を実際に私たちは有効活用しているのかと自問自答したほうがよいと思います。子どもの話をよく聞くとか、地域で他の人とコミュニケーションすることに時間を使えているのか——と。
一人ひとりが楽しく豊かであるということの総体として、その国の魅力が決まってくると思います。
————最後に意思決定の方法についてお伺いします。選挙に行かない若者が増え、シルバー民主主義という言葉もあります。社会の意志決定の方法として、今後どのような方向性があるでしょうか?
制度の側と個人の両方に改革の余地があると思っています。
日本では、既存の制度を大きく変えなくてもやれることはもう少しあるのではないかと思います。例えば子ども議会と地方議会の関係を築くなど、制度の側にはまだまだ可能性があると思います。被選挙年齢の引き下げにも期待したいです。
個人レベルでは、人口構成が少子高齢化している以上、シルバー民主主義になるのはある程度は仕方がないと思いますが、シニア世代が将来のことを考えてどれだけ投票できるかが重要だと思います。
また、選挙権がある民主主義によってどれだけの選択肢がもらえているかをしっかりと考えるべきだと思います。日本では、戦後の民主主義は自分たちで築いたものではないという論調もありますが、もしも選挙ができずに自分の人生が勝手に決められてもいいのかということを、教育や組織の側がそれを伝えていく必要があるのではないでしょうか。海外の事例を調査していると、東ドイツ出身の母親に選挙の重要さを教育されて、子ども議会の活動を大事にしているという人の話を聞いたことがあります。日本でも戦前を知る人が、民主主義や意思決定に参加する重要さをもっと伝えて欲しいです。
政治やお金の話に声を上げない風潮が日本にはありますが、企業経営者も社会の意思決定に参加することの重要さを社員に訴える責任があると思います。
——1票の効力感が実感できず、選挙に行くよりもSNSで問題提起をした方が世論を動かせるという感覚も若い世代にはあると感じます。
そうですね。小さなコミュニティならば、みんなで決める直接民主主義の方がよいという研究もあります。オルタナティブな意思決定は地域の中から生まれてくるのかもしれません。例えばデジタルテクノロジーを使いながら新しい意思決定モデルをつくっていくこともあるのではないでしょうか。
2022年12月22日 オンラインにて 聞き手:GGP事務局