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自律協生社会のデザイン──主体的・自律的に生きる社会の実現に向けた美術大学とシンクタンクの共同研究

Date: 2023.02.14 TUE

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SMBCグループのシンクタンクである日本総合研究所(JRI)とGGP連携パートナーの武蔵野美術大学の共同研究拠点「自律協生スタジオ(Convivial Design Studio、通称:コンヴィヴィ)」が2022111日、同大学の市ヶ谷キャンパス内に開設されました。産官学の垣根を越えたネットワークによる現場での実践と研究を通じて「自律協生社会」の実現を目指します。

自律協生社会とは、自律的した個が互いに協力しあう中で生まれる、生き生きとした喜びに満ちた社会の意。同日、キックオフイベントとして「自律協生社会のデザイン」と題したシンポジウムを開催しました。

長澤忠徳氏

最初に、武蔵野美術大学(以下MAU)学長である長澤忠徳氏が、同大学のソーシャルクリエイティブ研究所とコンヴィヴィの開設の経緯について説明を行いました。

2009年、MAU創立80周年記念イベントとして2つの国際シンポジウムが開かれ、そのうちの「世界美術大学学長サミット」において、「利益と効率のみを追い求める今日的状況を超える新たな価値を創造」し、「社会との連携を深め、協力して世界に貢献する」開かれた美術大学の必要性が宣言されました(「東京宣言」)。ここでの議論がきっかけとなり10年後の2019年、創立90周年を機に市ヶ谷に新キャンパスが設置されるとともにソーシャルクリエイティブ研究所が発足しました。

同研究所では、産官学共同プロジェクトのほか、行政サービス、デザイン教育、ライフスタイルなど、さまざまな領域における課題に対し、今後の展望や理想的なあり方を研究し企画提案するなど、企業や地方自治体と協力しながら、実践的な取り組みを行っています。

実際に、良品計画と協力し市ヶ谷キャンパス内で無印良品の産学共創店舗を運営するなど、すでに複数の企業との連携が始まり、研究が進められています。また、日本全国各地域との連携についても大きなテーマとして捉え、教育や研究にとどまらず、人づくり、まちづくりなど、美術やデザインの観点による持続可能な地域振興や住民との関係構築を目指しています。

コンヴィヴィ開設にあたり、ソーシャルクリエイティブ研究所で展開している事業に対して、社会に開かれた評価軸を求めてシンクタンクとの協働を願ったと言います。

長澤氏はコンヴィヴィへの期待を「全国で地域の方々と学生たちとの交流が展開されています。すなわち学生たちは地域から学んでいる。同時に美術大学は表現する能力を学生たちに授けています。この資源を共通のものとして持ち合えば、日本の新しい未来が拓けると信じています」と語りました。

広井良典氏

続いて、京都大学の人と社会の未来研究院教授である広井良典氏が「人口減少・成熟社会のデザイン──自律協生社会への期待」と題し、コンヴィヴィの活動方針の裏付けとも位置づけられる基調講演を行いました。

まずは「人口減少社会の意味」について課題と展望を示しました。日本社会は現在の出生率のまま推移すると2050年頃には人口が1億人を下回ると予想されますが、広井氏は「多くの問題が生じるのは間違いありませんが、同時にさまざまなチャンスが宿っているのではないか」と語ります。そのひとつとして挙げたのが、「若い世代のローカル志向」です。

日本社会はどのような方向に向かっていくのか。2050年になっても日本は持続可能な社会を保っているのか。AIを活用したシミュレーションを行った結果、持続可能社会の維持のためには「地域分散型シナリオ」を採ることが望ましいという結果が導き出されたそうです。では、そのシナリオはどのように実現できるのでしょうか。

ホモサピエンスが誕生してからの世界の人口推移を見ると、急激に増えて定常化するサイクルが、狩猟採集、農耕、工業化社会と3度あったといわれます。中でも広井氏が注目しているのが、狩猟採集期と農耕期において、人口の拡大成長期から定常化に移り環境や資源の限界にぶつかったときに、文化的な創造が生まれている点です。だとするならば、私たちはかつてと同じような大きな文化的創造が起こっても不思議ではない時代を生きつつあるのではないか。その萌芽──地球環境の有限性(プラネタリー・バウンダリー)を認識し、風土や文化の多様性を理解しながら、個人を超えてコミュニティ、自然、生命とつながるような営為──を広井氏は「地球倫理」と呼びます。

広井氏は「地球倫理」につながる事例として、岐阜県郡上市の石徹白(いとしろ)地区で活動する平野彰秀さん、馨生里(かおり)さん夫妻の活動を挙げます。岐阜県出身の2人は東京での就職を経て石徹白に移住し、小水力発電を軸にした地域再生を進めています。エネルギーや資源の奪い合いというグローバルな問題がいよいよ顕在化している現代。平野さん夫妻は、こうした問題を解決しようとするならば、ローカルなレベルから食料やエネルギーを自給できるようにすること以外に方法はないのではないかと考えたそうです。

最後に、先進諸国の中で国民の「社会的孤立度」が最も高い日本の現状に対し、自律協生社会の必要性を説きました。古いコミュニティが崩れたにもかかわらず、新しいコミュニティが生まれない状況が孤立化を進めている。広井氏は、道路中心の都市のあり方がその原因の一端なのではないかと分析します。そこで「分散型社会のイメージ」をヨーロッパの街並みに倣うことを提案します。例えばドイツの人口10万人ほどの地方都市では、自動車を規制し街の中心部を歩行者中心の空間とすることによって、環境、福祉、経済の相乗効果が見られ、多くの人で賑わいを見せています。

広井氏は「日本では、地域(ローカル)が複数の極としてそれぞれ自律しながら展開することで、世界に先導的な持続可能な福祉社会のモデルづくりを実現できる可能性があります」と積極的な案を示し、講演を締めくくりました。

パネリスト
金井政明(良品計画代表取締役会長)
若杉浩一(武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授/ソーシャルクリエイティブ研究所長)
井上岳一(日本総合研究所創発戦略センターエクスパート)

モデレータ
岩嵜博論(武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授)

モデレータのMAU造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授、岩嵜博論氏による広井氏の講演に対する感想を口火に、パネリストが各々プレゼンテーションを行いました。

金井政明氏

まずは、良品計画の金井政明代表取締役が「自律協生社会の共創」について、「幸せとはなにか?」という問いとともに、これまで無印良品に込められてきた想いをひとつの例として語ります。

無印良品は1980年、セゾングループ代表を務めていた堤清二氏とグラフィックデザイナーの田中一光氏が中心になって誕生しました。「体制」的なるものに対して疑いを抱きながら弱い者や儚いものへのまなざしを忘れない2人の個性が集合することで、常に時代の一歩先を表現することが可能だったと言います。そして、このような無印良品の思想からも、経済的な損得を評価ベースとせずおよそ3,000人もの仲間をつくった「日本全国スギダラケ倶楽部」での若杉浩一氏の活動への共感を示しました。

金井氏は、「幸せとはなにか。人の役に立てている実感を得て、困ったときはお互い様という感覚を共有できる社会を一緒につくっていく仲間たちがいることではないでしょうか。日本の人口が半分になってもみんなが心地良く暮らせる社会構造を僕らはつくらなければならない。一人ひとりが日々の生活を良くする視点を持ち、良いコミュニティや良い社会を主体的につくっていく。良品計画の現在の目標はこうした暮らしや社会に向かって皆さまと共創する企業体です。ここに向かって汗をかこうと、ここ市ヶ谷においてもがんばろうと思っている次第です」と、「自律協生社会」の実現を目指すコンヴィヴィへの協力を約束しました。

若杉浩一氏

次に、MAUの若杉浩一ソーシャルクリエイティブ研究所所長が「関与する喜びがこれからの資源」と題したプレゼンテーションを行いました。若杉氏はプロダクト・デザイナーとして活動する傍ら、色や形を決めるだけがデザイナーの仕事なのだろうかと疑問を抱き、21年前に「日本全国スギダラケ倶楽部」を立ち上げました。スギに着目し、産地を訪れ、そして地元の方たちと協力してスギの加工、流通、デザイン、販売を行うプロジェクトです。この倶楽部活動を通じて、デザインとは地域の魅力や未来を翻訳する仕事であり、幸せで懐かしい未来のために表現が存在するのではないかという気づきを得たと言います。また、クリエイティブイノベーション学科の演習「産官学連携プロジェクト」では、北海道森町、宮崎県東諸県郡、熊本県天草市などで学生と共に拠点づくりを行っており、各地域の人々との交流を通じて、本当の価値を宿すのは地域のコミュニティであり、そこに関与する喜びがこれからの大きな資源になる、デザインの本質であると学生たちが感じとっていると言います。

若杉氏はその上で「いままでデザインは産業を支えていくための道具であったかもしれません。しかしこれからは行政と企業と市民をつなげながら社会を支えていく新しいデザインのありようが求められる。これがなかなか難しい。この3者を結びつける方法を解き明かしていきたい。新しい共同体をどうデザインするか。それがわれわれがこれから取り組む内容です」と、自律協生社会に向けてコンヴィヴィが成すべき方向性を示しました。

井上岳一氏

最後に、日本総合研究所の井上岳一創発戦略センターエクスパートが、なぜ今「自律協生」をテーマにするのか、また、MAUと日本総合研究所が協働することの意義を詳説しました。

「自律協生スタジオ」の英語名は「Convivial Design Studio」であり、「Conviviality」とは、オーストリア生まれの思想家イヴァン・イリイチ(19262002)が『コンヴィヴィアリティのための道具』(1972)で述べた概念であることを説明。陽気さや宴会・祝祭という意味もあるこの言葉をイリイチは、道具や制度に隷属せず、人が自律的に生きる時に感じる「生き生きとした喜び」という意味で用います。これからはローカルな価値を再発見していく時代であることは間違いない、しかし一方で現状は、多くの地方都市において人口流出により税収も減っていく中、公共事業依存、中央依存、男尊女卑など個々の課題に対応できず機能不全に陥っている。ではどうすればよいのか。政府や市場への依存から脱却して、主体性、自律性を回復して、地域の人々が自らほかの存在と力を合わせて生きる中で得られる喜びこそが根源的な価値であり、その舞台として地域を再発見することを「自律協生社会」であると定義したと井上氏は言います。

また井上氏は、日本総合研究所がMAUと共に研究拠点を共同設立した点について、「地域を前向きに変えていく集団、自律協生の地域づくりを行うための運動体──ローカルコレクティブ──をつくっていくための研究をしていきたい。リサーチとコンサルティングの結果をさらに進めて社会デザインにまで高めていくためには、創造的思考力や表現力が不可欠です。MAUのみなさんと一緒に活動して実感するのは、課題より可能性に目を向ける態度であり、その力は地域の人たちのポジティブ・マインドの醸成に大きな力を発揮するはずです」と大きな期待を表明しました。

さらに地域に入って具体的にどのような活動を行うかについて、井上氏は「若杉さんの言い方を踏襲すれば『愛の押し売り』をしていきたいと考えています。最終的には各地域に寺子屋をつくり各地域の主体性をどんどん創発させるような拠点をつくっていきたい」と語ります。コンヴィヴィでは、先の展開が読めない、つまり価値が見定められない案件を扱うことを想定し、効果が出ないうちはビジネスとしてではなく研究として進めていく考えを示しました。また、自治体の枠組みに縛られない協力関係──企業のあり方を変えることにも通じる地域を変えていく作法──の構築に力を入れることで、さまざまな企業に対してコンヴィヴィへの参加を促せるのではないかと期待を寄せます。

パネリストのプレゼンテーション後に行われたシンポジウムでは、モデレータの岩嵜氏が「経済を追い求めていった結果、幸せではなくなっているのはなぜなのか。そういった社会において自律協生社会がもつ新しい物差しとはどのようなものか」という質問を投げかけました。パネリストの間では、資本の論理を満たしつつ、われわれの社会がこれまで排除してこざるをえなかった経済的な指標以外の喜びや楽しみを発見するために、損得勘定で割り切れない世界に触れることが新しい指標となり得るのではないか、との議論が交わされました。

次に岩嵜氏より「自律協生社会においては、なぜ地域が鍵となるのか改めて確認したい」と問いが立てられ、パネリストからは、都市が喪失した共同体に代わる新たな共同体の可能性や、複数の地域で同時多発的に小さな変革を起こしていくためのティッピング・ポイント(tipping point)として地域の重要性が挙げられました。

また、若杉氏は「東京では私ひとりがいようがいまいが何の影響もないのに、地域に行くと私ひとりの可能性が満ちあふれているのです」と語る学生の声を紹介。さらに「地域を縮退する社会の最先端と捉えれば、新しくものをつくるフィールドとしても最先端であり、自分と地域の未来をともにつくる可能性となる。ひとつの成功事例が可視化されて現実化し、これが豊かさだと分かった瞬間に連続して広がっていくと思えてなりません。学長の前で公に口にするので責任が重いのですが、武蔵美が全国に染み出していく仕組みをつくりたい。それとともに芸術教育の新しい未来ができるのではないか」と続けました。

左より、岩嵜博論氏、金井政明氏、若杉浩一氏、井上岳一氏

谷崎勝教氏

最後に日本総合研究所代表取締役社長である谷崎勝教氏より閉会のあいさつがありました。今回のシンポジウムに総勢600名の応募があったことへのお礼とともに、「『自律協生』を『共生』でなく『協生』としたのは、たんに共に生きるのではなく、協力して生きる──一人ひとりが主体性をもって多様な価値観について対話をすることによって新しいことを生み出す──きっかけとなるようにと意味を込めたからです」と、本日のキックオフイベントを契機に踏み出すこれからの自律協生社会のデザイン、そしてコンヴィヴィのビジョンを展望しました。

(取材:スペルプラーツ)

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