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水から生まれて水に還る。水素エネルギーが実用化される世界を見据えて――水素バリューチェーン推進協議会

Date: 2023.03.15 WED

  • #気候変動

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水素バリューチェーン推進協議会の福島洋事務局長

これまで主流だった化石燃料エネルギーから再生可能エネルギーへの本格的な転換が切実に求められています。太陽光・風力・地熱・水力・バイオマスなど、クリーンエネルギーの開発研究が進む中、注目を集めるのが水素エネルギーです。燃料電池やガスタービンによる発電利用や、燃焼による熱エネルギーとしての利用、また船や自動車などのモビリティでの利用など、幅広い用途で利用できるクリーンエネルギーとして期待されています。また、水素は石油や天然ガスなどの化石燃料[*1]、下水汚泥、廃プラスチックなどのさまざまな資源からの製造の他に、水と電気から製造することもできるため、エネルギー安全保障の向上にも寄与する可能性があります。

2017年に日本が世界に先駆けて水素の国家戦略を発表して以降、202011月にはアメリカのエネルギー省が、水素の研究・開発・実証に戦略的枠組みを提供する「Hydrogen Program Plan」を発表。中国も20223月に「水素エネルギー産業発展中長期規画(2021~2035年)」を発表、さらに5月には欧州委員会が、エネルギーミックスに占める再生可能エネルギーの目標値を定める再生可能エネルギー指令に基づく委任規則案で、脱炭素化を実現するためのエネルギーとしてクリーン水素を重視すると発表。主要各国の水素エネルギーへの前向きな取り組みが相次いでいます。

国内で水素エネルギーの普及を牽引するのは「水素バリューチェーン推進協議会(The Japan Hydrogen Association、略称:JH2A)」です。水素社会の構築に向けてさまざまなステークホルダーが議論を重ねていくための団体として202012月に設立。会員は88社でスタートし、22年末現在、企業や自治体など338社・団体が加盟して活動を続けています。そもそも“水素”というエネルギーの特徴は?水素社会の実現にハードルとなっているものは——。今さら聞けないたくさんの質問を携えて、JH2Aを訪ねました。

取材は霞が関ビルのオフィスにて

「水素バリューチェーン推進協議会」があるのは、虎ノ門と霞が関のちょうど境目に立つ霞が関ビルディング。ビルを取り巻く街の景色は、半世紀以上を経てすっかり様変わりしています。
JH2Aが一角にオフィスを構える最上階の36階は、もとは展望台だったといいますから、当時どれだけ高い場所だったかが分かりますね。高度経済成長を経てみるみる高層ビルが立ち並び、最近では虎ノ門エリアも劇的な変化を遂げつつある。成長の裏にはエネルギーの存在があったんだよな、と窓からの景色を眺めながら思いますね」
そう話すのは、JH2Aの福島洋事務局長。まずは協議会の設立の経緯からお話しいただきました。

日本は、水素に関してはパイオニア的存在なんです。水素エネルギーの可能性に着目した取り組みでは世界に先行していて、たとえば2009年に各社から発売された『エネファーム』は、都市ガスやLPガスから取り出した水素と空気中の酸素の化学反応で電気と熱をつくり出すシステムです。2014年にトヨタが販売開始した『MIRAI』は、酸素と水素を燃料電池に取り込んで電気をつくってモーターを回す自動車で、燃料電池自動車の市販車としては世界初でした。
近年、世界各国でカーボンニュートラルに向かう動きが活発化する中で、水素への注目がにわかに高まってきています。ヨーロッパ各国を皮切りに、アメリカ、中国……と、水素エネルギーに関する動きが非常に活発になっていくのを背景に、日本でも改めて、民間のレベルでも水素に関するムーブメントを加速しないとならないという機運が強くなってきました。そうして202012月に、企業の有志が集まって水素にまつわる議論をする場として設立したのが、私たちJH2Aです。ちょうど設立の直前辺りには、菅義偉前首相が日本は2050年にカーボンニュートラルを実現すると、所信表明で宣言しました。それ以前の2050年の目標はCO280%削減でしたから、ゴールのハードルはかなり上がったことになる。そんな状況に背中を押され、設立からの2年で水素に対する期待はさらに大きくなりつつあります。協議会は2022年に一般社団法人となり、この霞が関ビルに事務局を構えました」

  • トヨタ自動車の「MIRAI」。酸素と水素を「燃料電池」に取り込んで電気をつくり、その電気でモーターを回して走る。 写真提供:JH2A

  • パナソニック社の家庭用燃料電池(エネファーム)。ガスから取り出した水素と空気中の酸素を化学反応させて電気をつくる。 写真提供:JH2A

2022年11月末時点で、会員企業や団体は338社・団体。会員名簿にはエネルギー、インフラ系の企業はもちろんのこと、建設業、家電メーカー、食品メーカー、小売業など多様な企業が並びます。福島氏が以下のように話します。
「従来のいわゆる業界団体とは異なり、水素を“作る人”、“運ぶ人”、“使う人”とあらゆる業種の企業・団体に参加を頂いているのは私たちJH2Aのとてもユニークな点ですね。金融機関や小売業といった業種も加盟しています。共通して持っているのは“カーボンニュートラル”というゴール。ゴール達成のためのひとつの手段として、水素についてのさまざまな側面を知っておくべきだという意識が皆さんにある」

「法人としてのJH2Aは、水素普及に向けた課題整理や、その課題解決に向けた政府との連携、会員企業への水素についての情報提供や、会員同士の交流の促進などに取り組んでいます。水素を作ることにせよ、使うことにせよ、エネルギーの話は1社では完結しえない。ですから企業同士の情報交換によってマッチングを促していくことが有効です。水素関連のビジネスはすでにいくつもあって、たとえば水素ビジネスに関わる部品を作っている企業は、その売り先を知りたい。でもどんな企業が興味を持っているのか分からなかったりもするので、そういう意味での企業のマッチングを行ったり……ですね。水素ビジネスにまつわるプラットフォームとなっていきたい」と福島氏。さらにJH2Aでは、政府に対しての政策提言も積極的に行っていると話します。
「2022年のいちばん大きな成果は、2021年の政策提言でも要望した水素とアンモニアを非化石エネルギーとして法律上に位置づけて頂いたことでしょうか[*2]。これまで、カーボンニュートラルのエネルギーというと、太陽光発電、風力発電、バイオマスといったものが主流でしたが、水素とアンモニアがしっかりとポジションを得ました。またこれに付随して、政府が3年に1度発表するエネルギー基本計画にも、2030年には発電用エネルギーとして1%は水素・アンモニアとすることが明記されています。わずか1%とはいえ、これは大きな歩みだと考えています」

日本の水素技術の例 JH2A資料を元に筆者作成

世界が注目し、実用化に向けてしのぎを削る水素エネルギー。日本では技術革新に早くから着手してきた反面、これまでなかなか実用化が進まなかったのは、いったいなぜなのでしょうか? 

「今はまだ“水素産業”が存在しないんです。水素を作ったり、使ったりしている企業は少しずつ増えているけれど、まだまだ普段の暮らしで目に見えるところには水素がない。どこの企業も水素をやらないといけないとは理解していても、どこで買えばいいのか、どうやって使えばいいのか、といったことが分からない……というか、まだ「作る」から「使う」に至るルートが成立していない。これらをまとめ上げて産業化することは、どの企業にとっても初めての試みなんです。
たとえば天然ガスや石油ならば、世界各地の掘削地から巨大なタンカーで日本へ運んできてタンクに貯める、それを石油会社が運ぶ……といったサプライチェーンは、私たちの誰でも大体分かりますよね? 水素はこれらをすべてゼロから構築していかないといけません。日本だけではなくて、世界中がこれに挑んでいるんです。インフラも含めて整備し、ビジネスを成立させていく。これはどうしたって時間がかかります。
実現に向けてそれぞれ悩みがあるけれど、答えもまだ分からない。JH2Aの企業同士の交流は、これまで存在しなかった答えを探す場でもあります。その際には、法律の面でも水素社会に対応できていない面があるので、政府との対話も欠かせないのです

産業をゼロからつくっていく上で、今いちばん大きな課題となっているのはコスト面だと、福島氏はさらに続けます。

化石燃料に比べると、コストがまだ圧倒的に高いんです。現在ですら、エネルギーの高騰が身の回りの品々やサービスのコストを押し上げて、生活を圧迫していることが大きな社会課題となっています。水素に切り替えることでこれがさらに高くなったら、やはり元も子もありませんよね。サステナブルなあり方ではないので、産業としては成立しえない。今の化石燃料と同程度の値段で、各種の企業や国民の皆さんに提供していけるところを目指さないといけないんです。
そのためには、当然ながらさらなる技術向上も必要ですし、“量”が必要になります。どんな商品も、量産体制が整って“量”があまねく行き渡ると、値段は下がるし、効率的に作ったり、使ったりすることができるようになる。
この話は、ニワトリ/卵の議論ではあるので大きな葛藤はありますが、いずれにしても、多くの方に使ってもらうほど、値段はどんどん下がっていきます。『まだまだ高いけど、普及させてコストを下げるためには使わないといけない』という葛藤を抱える過程の段階をどう乗り切るかは、各企業・各消費者にかかってくる。
たとえば、燃料電池自動車(FCV= Fuel Cell Vehicle)は、2030年に80万台の普及目標が設定されているのですが、現状は普及が進んでいるとは言いがたい。これをたとえば、全国規模の運送業や郵便局、小売店といった企業が一気にFCVを導入すれば、状況は変わるかもしれない……。少し高くても、カーボンニュートラルなエネルギーを買う、そういう行動が行き渡ると、結果的には、低コストで地球に優しい製品が普及していく

まずはサプライチェーンの構築から始める……と聞くと、全く自分には関係ない話のように思えるけれど、それを支えるのは私たちの一人ひとりの意識。そう知ると水素のこれからは、急に身近になってきます。私たちは本当に、カーボンニュートラル社会に向けた選択をできるのでしょうか?「これまでにだってちゃんと実績はあるんですよ」と福島氏は話します。

「たとえば1980年代の終わりに、フロンガスによるオゾン層破壊が世界的な問題となりました。エアコンや冷蔵庫に使われるフロンガスが環境にダメージを与えていると。各国が法改正なども含めて積極的に取り組みました。たとえば冷蔵庫の冷媒は、現在はイソブタンが主流になり、ノンフロンになっている。このイソブタンも、昔はやはり高価だったんです。それが、量が普及することで価格が下がり、社会の隅々まで行き渡るようになりました。結果的にフロンガスの排出は大幅に抑制されて、オゾン層は修復されつつあります。それからハイブリッドカーだって、発売当初は高価だと言われていましたけれど、各社の競争や消費者の意識改革によって、今では車を選ぶ際の当然の選択肢になりました。消費者一人ひとりの力の集積によって、これまでにも世界は変わってきているんです

2021年に閣議決定された地球温暖化対策計画によって、2030年度には温室効果ガスの46%削減(2013年度比)を目指すことが表明されています。2050年のカーボンニュートラルを大きな節目とすると、この2030年度の目標は、その達成のための布石。それはもう7年後に迫っているのです。JH2Aでも、この2030年度の節目を強く意識していると福島氏は話します。
「もはやすぐそこなんですよね。2030年の時点で、エネルギーの一部に水素を使った社会を形成できていないと、2050年には繋がりません。インフラを作るにしても、数年はかかりますから、投資判断はこの数年でなされなければならない。
そういう意味では、金融機関もJH2Aの会員になっていて、地球に優しい融資・投資といった議論ができることは利点です。それから消費者とのタッチポイントとなる小売業の会員にも期待が大きいですね。環境に優しい商品を直接売ることのできる方々でもあるわけですから。
まだまだ越えるべき壁は高く厚い。それでも、どこでもつくれる水素をエネルギーとする社会は、これからの時代にフィットすると思っています。これまでのように化石燃料に頼り続けることは、特に日本のような資源のない国にとってはやはり弱点ですから。自前で全てのエネルギーを作ることができるようになるのは究極の理想ですが、そうでなくとも、各国からも含めて安定してクリーンエネルギーが供給される社会となるように、外交レベル、民間レベル、消費者レベルが手を取り合って、未来を目指していけるよう、これからも活動を続けていきます」


(取材・文/阿久根佐和子、特記なき写真/田村孝介)

*1]化石燃料由来の水素製造ではCO2が発生するが、CO2回収・貯蔵技術を用いてクリーンな水素を製造するプロジェクトが世界各地で検討されている。
*2]経済産業省「安定的なエネルギー需給構造の確立を図るためのエネルギーの使用の合理化等に関する法律等の一部を改正する法律案」の閣議決定

福島洋(ふくしま・ひろし)
岩谷産業株式会社取締役専務執行役員。
1962年埼玉県生まれ。東北大学大学院工学研究科応用化学専攻修了後、1987年通商産業省入省。大臣官房参事官(技術・高度人材戦略担当) 、製造産業局審議官、商務流通保安G審議官(産業保安担当) 、大臣官房技術総括・保安審議官を歴任。2019年岩谷産業株式会社入社。2022年より現職。

一般社団法人水素バリューチェーン推進協議会
2020年88社にて団体設立。22年4月一般社団法人 水素バリューチェーン推進協議会を発足。221124日現在、会員数は合計338社・団体を数える。

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