インタビュー
世界情勢に関わらず、気候変動対策は避けられない
Date: 2024.10.25 FRI
#グローバル動向
#気候変動
村上芽氏(左)と前田麻里(右)
世界各国の政策が大きく変化する可能性がある2024年、気候変動対策やサステナビリティに関わる施策に変化は訪れるのでしょうか。
また、日本企業はどのような行動変容を起こせばよいのでしょうか。
2024年7月の欧州議会選挙、11月の米国大統領選挙などの世界情勢を見据え、日本総合研究所の村上芽氏とSMBCサステナブルソリューション部の前田麻里が、今後の日本企業の動向について洞察しました。
「目の前の短期的変化だけでなく、長期的な視点で取り組むことが新たな企業価値を生む」と村上氏は示唆します。
Contents
1. 中小企業にも変化を迫る欧州の厳しい環境規制
村上芽氏
前田 欧州はこれまで強力な規制を軸として、グリーンを推進してきました。
しかし7月に欧州議会の選挙があり、やや現実路線の中道左派に戻りました。2029年まで欧州委員会委員長を続投することになったウルズラ・フォン・デア・ライエン氏はその演説の中で、これまでの「欧州グリーン・ディール」で企業負担が大きかったことを踏まえ、「クリーン産業ディール」という言葉を使っています。産業競争力をより強化し、経済安全保障とグリーンのバランスをとって両立させていく方向です。
この動きを村上さんはどのように捉えているのでしょうか。
村上 フォン・デア・ライエン氏が2019年に欧州委員会委員長に就任した時は、緑の党との連携が強く「グリーン・ディール」と謳っていました。そこから今回は保守の方向に少し戻り、グリーンやESGという政策の方向性が薄まったと思います。
でも欧州にとって環境政策が競争力にならないというわけではなく、これまでは規制をテコに競争力を強めていたと私は見ています。
前田さんは国内外の脱炭素関連の政策規制動向の調査をしていますが、興味深い動きはありますか?
前田 欧州の政策が日本の企業、特に中小企業に影響を及ぼしている現状があります。
まずはEU炭素国境調整メカニズム(CBAM)です。
一般的に、グリーン政策の導入が進むEUでは、排出量の少ない製品を生産しようとすると、どうしてもコストがかかってしまいます。一方で政策規制の導入が進んでいない諸外国では、排出量を気にすることなく、安さを重視して製品の生産ができてしまいます。そうした安いが排出量に配慮していない製品がEU内で流通してしまうのを防ぐための施策がCBAMです。海外から輸入するものについて、欧州と同じ炭素コストをかけて同程度の価格にしようという取り組みです。
これによって日本企業も影響を受けます。特に影響が大きいと言われているのがネジやボルト。
これらを欧州に輸出している企業は、二酸化炭素の排出量を算出し、欧州の輸入事業者に報告をしなければならないという制度になっています。
ネジやボルトを生産する日本の中小企業にとって、これまで二酸化炭素の排出量はそこまで重要視されていませんでした。実際に排出量を算定するとなると、やり方が分からず、大きな人的リソースを必要とするのでやる意味が見い出せないという声もあります。
しかし今後は排出量に応じてEUの輸入事業者がEU政府に支払うコストが増えるため、サプライヤーとなる中小企業が排出量を正確に算定、報告、削減していかないと、取引先として選ばれなくなる、という事態にもなりかねません。
村上 大企業だけでなく中小企業にとっても排出量算定は通らざるを得ない道になってしまったということですね。
前田 そうですね。もうひとつ注目しているのがサーキュラーエコノミーに関わる政策です。EUは2024年7月から「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(ESPR)」を施行しました。製品の設計段階で、二酸化炭素排出や水の利用量を減らすことを目的としています。多くの製品において、製品の修理や解体、リサイクルを容易にできるような製品設計を求める内容になっています。この規則を守らないとEU内では販売できなくなる恐れも出てきます。
これが日本企業に大きな影響があると考えられており、CBAMよりも企業にとっての打撃が大きいとの見方も出ています。
CBAMでは排出量分のコストを輸入事業者が負担すれば販売できますが、ESPRの場合、製品設計を根本から見直さないと販売できなくなる恐れがあります。しかも対象製品は食品、飼料、医薬品以外の広範な領域に及びます。欧州で製品を販売したいと考えるすべての企業に関係するので、今後の日本企業の対応を注視していきたいと思います。
2. ハリスかトランプか——日本企業への影響はどうなる?
前田麻里
前田 米国では11月の大統領選が目前です。選挙結果は、今後の気候変動政策にどのような影響を与えるのでしょうか。村上さんの注目ポイントを教えてください。
村上 気候変動政策については、ハリス氏は基本的にはバイデン政権の政策を踏襲し、環境政策を推進する立場にあります。
トランプ政権下の共和党では、環境政策に否定的だった印象があると思いますが、実は再エネ投資は順調に増えていた事実があります。
政権とはあまり関係なく、再エネの方が儲かるのであればそこにお金が流れるというのが米国です。
一方で民主党政権下の今、なぜ石油やガスが復活しているかというと、2022年のロシアによるウクライナ侵攻の影響が大きいです。これを収束させていくためには、再エネによる経済メリットが本当にあるかどうかによるだろうと注目しています。
前田 共和党優勢のテキサス州でも、石炭や火力より再エネの方が安く供給できる状況が生まれています。再エネのプロジェクトがインフレ抑制法(IRA)の恩恵を被っているからですね。
そう考えると、ハリス vs トランプで、もしもトランプ氏が勝ったとしても米国全体の気候変動・エネルギー政策全体としては大きな変化はないだろう、ということには同感です。
村上 米国では、排出削減だけでなく、カーボンの回収に大きな投資がされる動きもあります。エネルギーの需要を減らす将来像を描くよりも、温室効果ガスの回収技術を具体化させようということです。
こうした環境に関する経済界の動きは、選挙結果に関わらず注目していくと良いと思います。
3. 気候変動のメガトレンドをどう捉えるか
前田 政治や政策の変化と気候変動対策の関係は、それぞれの国によって状況が異なります。
日本でも自民、立憲民主の総裁選が行われたことは記憶に新しいですが、企業の気候変動対策に影響はあるのでしょうか。
村上 欧州や米国、そして日本でも選挙は民意を表していてその結果は重要なことだと思います。
それによって政策が変わることもありますが、それらは短期的な変化に終わることもあります。
企業に求められるのは、気候変動や人口動態のような長期的な変化に対する理解を深めることです。メガトレンドと短期的な現象の間を行ったり来たりして、常に矛盾を抱えていることを前提に、どちらも見ながら上手く儲けなくてはならないのがビジネスの現実なのかなとも思います。
サステナブルな社会への貢献を基盤としたうえで、着実な変化をビジネスがつくっていくイメージです。
前田 海外と比較して、日本の政策と企業の関係で特徴的なことはありますか?
村上 私は20年くらいサステナビリティに関わる仕事をしてきました。下図は再生エネルギーについて調査していたときのダイアグラムです。技術があり、そこから産業が生まれ、市場がそれについて行くという一般的な構図を横軸に示しています。
加えて、再エネに関しては、政策ドリブン色が強く、価格の低い石炭に対して、当時はコストの高かった風力や太陽光が太刀打ちするために政策が引っ張る必要がありました。
財政だけではなく民間金融の力も必要だということを示しています。
図提供:村上芽氏
村上 エネルギーだけでなく、環境問題に関してはこの構図は基本的に変わっていないと思っています。少し変化しているのは市場からのリクエストが大きくなってきていることです。
海外でも構図は同様ですが、政府や民間がそれぞれ、目的を達成するために押すべきツボを押している印象があります。
でも、日本はそこまで構造的ではなく、その時々の判断が目立ち、全体で再エネを育てようというビジョンの推進力を感じにくいです。気候変動政策やサーキュラーエコノミーに対しても同様ではないでしょうか。
前田 日本は台風や集中豪雨の被害が多く、気候変動は喫緊の課題だと思います。何か有効な手立てはないのでしょうか。
村上 気候変動対策でいうと、日本で特徴的なのはGX移行債[*1]です。
これが成果につながっていくかどうかが日本企業にとって大きいと思います。一気にグリーンではなく「移行」であることが、海外からも評価されはじめています。
これからGX移行債のレポーティングに入ったときに、どういう報告書が出てくるかに注目したいです。その報告書で何が示せるかが、今後の海外投資家の評価に影響すると思います。
前田 GX移行債は、国が発行するトランジションボンドとしては「日本が世界初」とアピールしていましたね。
一方、おっしゃる通りGX移行債に対する投資家の需要が現状必ずしも強いとは言えないような気もしており、まさにGX移行債の報告書で、いかに投資家にとって魅力的な情報を発信できるかが重要ですね。
村上 本来ならば2050年までに急激にカーボン排出量を減らさないと意味がないのですが、確実に排出削減できるならゼロよりは評価できるのではないでしょうか。
ただしその投資効果が顕在化する前に、異常に暑い夏を毎年迎えることになってしまうのかな……という懸念は大いにあります。
前田 気候や環境が変わるのは、投資をしてから大分先の話ですからね。
村上 日本は温暖化の影響がものすごく出てきています。
例えば今夏の米不足も、気温上昇に対応する品種の開発が遅れていたからこうなったというのは後からはいくらでも言えます。前田さんが言うように、今投資しても効果が出てくるまでには当然時間がかかります。ゆえに、いつから何を仕込んでおくかという見通しを立てることが大事です。
前田 2050年のカーボンニュートラルに向けて、経営者が長期的な問題に取り組んでいく視点が大事だということですね。
村上 はい。でも経営者だけではなく、社員1人1人が向き合う必要があると思います。
ある食品メーカーの社長と対談させていただいた時に、環境やサプライチェーン対策に対して高い意識を持っていらっしゃいました。けれども変革が必要な提案をすると、現状を維持したい社員から跳ね返されることがあるそうです。
前田 どうすれば社員が自分ごととして、本業の中で気候変動対策に取り組めるようになるのでしょうか。
村上 現場だとどうしてもコストのことを優先しなければならなかったり、これまでの仕事の仕方を変えるための軋轢があったりすると思います。ですが、皆が自分のことを「ちっぽけな存在」と思わず、自分の仕事が社会や相手企業、地球環境にも影響を及ぼしているということをもう少し意識してもよいのではないでしょうか。
前田 会社の中では仕事が細分化されすぎていて、個人として全体像が見えにくくなっているのはよく理解できます。
個人の仕事の社会的価値を自身と企業が評価できる仕組みがあるとよいのかもしれません。全社的な顕彰制度など好事例を発信して伝播していく仕組みもよいかもしれません。
村上 米国大統領選挙なども日常業務とは直接的に関係がないと捉えられがちですが、自分が携わる業務が世界のメガトレンドに沿っているかどうかをチェックしてみるチャンスだと思います。米国と取引していなくても、ぜひやってみていただきたいと思います。
4. 政策の情報キャッチで新たな商機を
前田 日本ではGXの政策を進めるため2040年に向けたビジョンをつくっていこうという動きもあります。
カーボンプライシングなど、先んじて取り組む企業にはGX移行債を財源としたグリーンイノベーション基金などの補助金が予算化されています。なかなか取り組まない企業には徐々にカーボンプライシング、つまりは炭素排出によるコスト負担をかけていく。
当初2028〜2030年の開始予定だったのが、2026年から大企業にはカーボンプライシングを導入する議論が始まっています。いわば飴と鞭のような政策かもしれませんが、こうした政策は、大企業からすると影響の大きさが肌身にしみていると思います。
一方で中小企業や非上場企業はこのような政策に対してどのように備えておくとよいでしょうか。
村上 都道府県の政策で、中小企業に役立つ情報であるにも関わらず伝わらずに眠っていることがあります。
例えば東京都が企業の情報を集めて分析している報告書制度や、先ほども話に出た各企業のCO2排出量などの情報です。これらは政策をつくるための調査で、情報は発信されているのですが残念なことにあまり知られていません。
行政はこうした情報を企業が最大限活用できるように工夫して欲しいと思います。中堅中小企業は、地元では大きな力を持っていることが多いと思いますので政策のベースとなる情報にアンテナを立てると良いと思います。
前田 自治体が出している政策情報は自治体として取り組みたい内容で、それと関連する企業を応援したいという意図が溢れているはずです。それを見て自社の舵取りをするとチャンスにつながるかもしれません。
例えば排出量算定ならば、そのツールの導入に補助金を出している自治体もあります。そういう情報を積極的に取得するのは、企業規模にかかわらず大事なことですよね。
村上 そうですね。自治体だけではく、顧客の力や時には取引先銀行の営業窓口など、今あるリソースを最大限に活用するとよいと思います。
そうすることで、例えば環境技術などの文脈だと、それが大きな取引に繋がることもあると耳にします。GGPで発信している情報がそうしたチャンスに繋がると良いなと思います。
(2024年8月30日、文:有岡三恵/Studio SETO 写真:村田和聡)
*1 「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」(2023年成立)に基づき、日本政府が発行する債券。10 年間で 150 兆円を超える GX 投資を官民協調で実現するため、国としてGX 経済移行債を活用し 20 兆円規模の大胆な先行投資支援を実行。投資促進策は、新たな市場・需要の創出に効果的につながるよう、規制・制度的措置と一体的に講じる意向。