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ネイチャーポジティブ評価が胎動——企業活動変革への新視点

Date: 2024.07.18 THU

  • #自然資本

  • #気候変動

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)など、企業にネイチャーポジティブ(自然再興)の経済活動が求められる時代です。
日本では20243月に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が発表され、その動きはますます加速しています。そのような中で、企業は自社のビジネスに対して、何の情報を収集し、どのように開示すればよいのでしょうか。

GGPではそうした潮流を受け、トークイベント「生物多様性を手繰り寄せるシリーズ」を企画。そのvol.1として515日、「生物多様性とデータとビジネス」をロフトワークと開催。東京・渋谷の会場で約30名、ウエビナー配信で約150名が参加しました。

ゲストは大成建設クリーンエネルギー・環境事業推進本部 自然共生技術部自然共生推進室長の鈴木菜々子氏と東北大学大学院環境科学研究科准教授の金本圭一朗氏。それぞれ実践と研究の観点から、生物多様性に関するデータをどのように示し、また活用すればよいか議論を深めました。

鈴木菜々子氏

「自然に対する意識を高め、地域の行動変容につながった」。鈴木菜々子氏はそう語り、大成建設が事業主として設計施工を行った「富士山南稜工業団地」事業を紹介しました。静岡県富士宮市に2010年に竣工し、施工時から10年以上かけて自然の森を育ててきたプロジェクトです。約48haの敷地内に11の企業が入り、敷地の外周部に緑地を集約することで、通常の工業団地に比べて高い35%以上という緑化率を実現しています。

この事業の特徴は、大成建設が建設だけでなく、竣工後もフォレストセイバープロジェクトと名付けた森の育成事業に10年もの間関わり続けたことです。「人と自然を結びつける」を開発のコンセプトとし、地域の環境NPOを中心に市や大学、周辺地域の住民と共に自然の森づくりを行いました。

緑地を外周に集約し緑化率を上げた。また各企業の敷地内における利用可能な面積も90%と土地の有効利用を実現 資料:大成建設提供

進出企業に対して、フォレストセイバープロジェクトへの参加と森づくり基金を支払うことを義務化したのが一般的な工業団地と一線を画するところです。「通常の工業団地よりも高価ですが、CSR活動を工業団地が提供するというメリットが進出企業側にありました」と鈴木氏は説明します。

産官学民連携による森づくりのスキームを構築 資料:大成建設提供

植樹のルールも特徴的です。樹木間の競争を促すため、様々な種類の苗木をランダムに植え、自然の力を利用して森づくりを行ったとのこと。その結果、植栽した樹木の生存率は62%となり、周辺地域から様々な種類の植物の種が敷地内で根付き、草や木の種類が増え、環境に合った「人工的な自然の森の形成に成功しました」(鈴木氏)。

15年間の森の変化 定点観測で、モニタリングを行っている 資料:大成建設提

10年間の森づくりの活動では、工場で働く人だけでなく、その家族や周辺地域の人が参加するイベントを多数開催しています。開発前には地域の子どもに残したい⽊を選んでもらい計画に取り入れたり、開発後にはアロマ材料採取の市民講座を開催したり、ヒメボタルの鑑賞会を行うなどです。除草活動や年に1度のお祭りなどは、企業間交流にもつながっています。

森の活用を促すため、様々なイベントを開催 写真提供:大成建設

10年で企業の従業員のイベント参加率が10倍以上にアップ

10年でのべ3,500人以上が活動に参加し、企業の従業員の参加比率が年々高まったデータを示し、「企業の自然共生に対する意識を高めることに成功した」と鈴木氏は説明します。

最後に鈴木氏は、これからの建設業のあり方について次のように言及しました。
「これまでは自然資本と社会基盤はトレードオフの関係にありましたが、今後はシナジーの関係であるべきです。⾃然資本にプラスの影響を与えながら社会基盤をつくっていきたい」。

世界規模のサプライチェーンと環境分析の研究を行っている東北大学の金本圭一朗氏は、TNFD対応に向けた企業の生物多様性への影響評価方法について、プレゼンテーションを行いました。

企業の調達と生物多様性を評価するための流れ 図提供:金本圭一朗

金本氏は「生物多様性とサプライチェーンの相互作用についてはまだまだ分かっていないことが多い」と言います。そのため、「企業の調達に関わるデータを共有することが重要」と位置づけます。とくに農業製品など一次産品の調達国、調達産品、調達量などをGIS(地理情報システム)と重ね合わせたポリゴン(面)データとし、可視化することが理想的だと述べました。

「生物多様性をはじめとする自然資本は、場所が決定的に重要」と金本氏はGIS活用の意図を語ります。同じ大豆でも、北海道で栽培されたものと、ブラジルで森林伐採をして栽培されたものでは生物多様性への影響が大きく異なるからです。

金本氏による「理想的なサプライチェーンでの生物多様性評価方法」 図提供:金本圭一朗

では、生物多様性評価のために可視化されたデータとは、具体的にどのようなものでしょう。金本氏は、サプライチェーンによる環境負荷を可視化した「環境フットプリント」を使って解説します。

例えば、人間による製品やサービスの消費が、サプライチェーンを通じてどれほどの種を絶滅危機にさらしているかを定量化し、地図に落とし込んでいます。以下の「絶滅危惧種と貿易の関係を示す図」では、日本の消費でマレーシアの34.2種が絶滅の危機に陥っていることを示しています。

絶滅危惧種と貿易の関係を示す図 出典:Lenzen, Moran, Kanemoto et al, 2012

また、自身が開発した、農業と生物多様性保全の競合を分析するモデルSpatial Footprintを紹介。これは、48の農畜産物別、輸入国別に生物多様性への影響を評価するものです。8,428種の生物の生息域を推定し、このデータを基に「保全優先度(CP Index)」という新たな指標を導入しているのが特徴です。

Spatial Footprintの「小麦」の画面。保全優先度と作物の栽培面積を重ね合わせ、農畜産物の生物多様性への影響を示している

右下にあるマス目が、横軸を保全優先度(01)、縦軸を土地利用(%)とし、生物多様性への影響を色で示した凡例です。右上の濃い青がもっとも当該作物の生産面積が大きく、保全優先度が高いことを示したものになるということです。つまり濃い青のエリアの作物ほど、生物多様性のリスクが大きいことを示すデータです。Spatial Footprintのサイトでは、全世界の48種類の農畜産物について、このデータが見られます。

EUでは、森林破壊に関わる製品を販売、輸出できなくなるEUDR(欧州森林破壊防止規則)が発効されたことを挙げ、金本氏は「大きな時代の変化。Spatial Footprintなどを調達の参考にして欲しい」と言います。

ロフトワークにおいて生態系のメカニズムを探究するSPCS(スピーシーズ)で活動を行う浦野奈美氏(左)をモデレーターに、鈴木氏(中央)と金本氏(右)がクロストーク

クロストークでは、今現在の企業活動として、いかにネイチャーポジティブに取り組むかが話題の中心となりました。

鈴木氏は、大成建設が2023年から「ネイチャーポジティブ評価手法」の開発に取り組み始めた現状を紹介。設計ツールとしての活用だけでなく、施主にとってもウェルビーイングや情報開示の指標となることを示唆しました。「複合的な問題を解決できるのがネイチャーポジティブ」と鈴木氏。新しい価値観を取り入れることで、建築や都市環境構築の選択肢を増やすことにつながることを強調しました。

金本氏は「森林は土地の所有者だけでなく、地球にとっての価値を経済価値と考えるべき」と価値基準の転換の必要性を語ります。「ネイチャーネガティブをいかに少なくするかが重要。自社の農作物の場所、鉱物の採掘場所の情報を集めることからやると、その情報が役立ち、TNFD評価に繋がっていく」。企業自身が自社の製品やサービスに関わる情報を収集し、開示していく重要性を示しました。

イベントを通じて金本氏が「まだまだ試行錯誤」と繰り返すように、情報開示のデータ収集方法、その評価手法は黎明期といえるでしょう。それでも、投資家や社会の要請に応えるためにも情報収集やデータ開示の必要性は高まっているのが現状です。事業活動の中で、企業はネイチャーポジティブとどのように向き合い、自社の価値を高めていけばよいのでしょうか――。

GGPではそうした問いに向き合う「生物多様性を手繰り寄せるシリーズ vol.2」を8月6日に開催予定です。 (詳細はこちら

会場では、トークセッション後に参加者とミニ・ワークショップを開催。テーマは「自身/自社の経済活動やサプライチェーンにおける自然への影響とは?」

2024515日、ロフトワークにて 文:有岡三恵/Studio SETO 写真:ロフトワーク)

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