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未来X(mirai cross) GREEN×GLOBE Partners賞記念:サステナビリティをブームで終わらせない! アカデミア集団が目指す研究開発と人材育成

Date: 2023.06.15 THU

  • #新規事業

  • #ESG投資・開示

Scrumy最高経営責任者・サステナビリティ総合研究所所長 笹埜健斗氏

2023年4月21日、SDGs(持続可能な開発目標)を経営や教育に応用するための「サステナビリティ学」に関する研究開発と社会実装をリードするスタートアップ、Scrumy(スクラミー)の笹埜健斗最高経営責任者(CEO)と、日本総合研究所の足達英一郎常務理事、同社創発戦略センターの橋爪麻紀子シニアマネジャーが鼎談しました。2021年創業のScrumyは、サステナブル経営とサステナブルファイナンスを専門とする戦略コンサルティングファームで、2023年1月には三井住友銀行などが開催したアクセラレーションプログラム「未来X(mirai cross) 2023」で「三井住友銀行GREEN×GLOBE Partners賞」を受賞しました。

ESG(環境・社会・企業統治)の観点から、投資家や国際的な非営利組織(NPO)などが企業に対してサステナブル経営に関する情報開示を強く求めています。経営者から現場担当者まで対応に追われる中、目先の対策に終わらせず長期視点でサステナブル経営に取り込むにはどうすべきか。笹埜氏のビジョンを軸にサステナビリティを巡る課題と対策について議論しました。

日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャー 橋爪麻紀子氏

橋爪:本日はScrumy CEOの笹埜さんと共に、サステナブル経営をブームで終わらせないために私たちがすべきことについて考えていきたいと思います。日本総合研究所は過去25年ほど気候変動問題を始めとするサステナビリティ課題に携わり、企業の環境対応への取り組みなどを調査・診断してきたほか、そうした企業活動を金融面でサポートする仕組みづくりにも関わってきました。

現在、当社は21年に自社のパーパスを「次世代起点でありたい未来をつくる。傾聴と対話で、多様な個をつむぎ、共にあらたな価値をつむいでいく。」と定め、これまで以上に若い世代の視点を取り入れていこうとしています。目先の情報開示といった今の世代のニーズを満たすだけではなく、次世代のニーズとしっかりと両立させていくためです。持続可能な社会の実現に向けて取り組むべき課題について、皆さんと議論したいと思います。

まずは笹埜さんにお伺いします。なぜScrumyを起業したのか、その熱い想いをお聞かせいただけますでしょうか。

笹埜健斗氏

笹埜:きっかけは高校時代に「国際哲学オリンピック」に出場したことです。国内予選で金賞をいただき、オーストリアのウィーンで開催された世界大会に日本代表として参加しました。金賞を取ったテーマは「愛」についてでしたが、世界大会ではフランスやイギリス、イタリアなどの代表と「エコロジー」をテーマにした議論で盛り上がりました。生態系の観点をシステムとして、社会や経済、文化などに取り入れていくことはできないか、ということを毎晩議論したのです。そこで「世界ではこんなに面白いことを考えている人がいるんだ」と気づかされました。

その経験から巡り合ったのが「サステナビリティ」という言葉でした。私はもともと、医師、特に精神科医や公衆衛生医師になることを目指していました。患部にメスを入れて治すようなスタイルというよりは、最も長期的な視点で患者さんと向き合うスタイルで仕事をしたかったからです。

そのようなことを考えていた頃、自分が大怪我をしてしまい、生と死に真剣に向き合うことになりました。献身的に患者と向き合う医師がいる半面、患者が病院をたらい回しにされたり、医療従事者から心ない言葉をかけられたりといった話も耳にしました。医療をサステナブルにしなければならない、それには医療制度そのものを変える必要があるのではないか。そんな視点を持つようになりました。

制度を変えるには、法や政治を学ぶ必要があります。そう考え、医学部から法学部への進学を決意しました。多くの先生に教えてもらいましたが、ずっと腑に落ちないことがありました。「公共の福祉」とは何か、ということです。公共の福祉は一般的に、「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」と説明されます。しかし、憲法学や政治学の文献を読み漁ってもよくわかりませんでした。

それでも国際政治や国際法など学びを広げる中で徐々に理解が深まり、「公共の福祉」という考え方は、もしかすると人権のみならず、国全体の社会システムや経済システムのサステナビリティを高める基本原理として再解釈できるのではないかと思い始めたのです。憲法の前文には「国政は国民の厳粛な信託によるもの」と書かれています。しかもそれは「人類普遍の原理」であると。これは面白い、と興奮しました。

サステナビリティをブームで終わらせないためにも研究は欠かせませんし、心から楽しいと思える営みです。他方で、論文がどれだけ引用されたかで評価されるだけではなく、私の考え方が社会に受け入れられるのか、自ら実践して世に問い続けたいと強く思うようになりました。その手段のひとつが、SDGs社会起業だったのです

橋爪:「愛」の哲学から医学、法学、社会システム論の研究、そして起業につながるというのは珍しい流れですね。サステナビリティについて、笹埜さんが社会を根幹から変革しようと挑戦していることが伝わってきました。

日本総合研究所常務理事 足達英一郎氏

足達:ESG関連のコンサルティングでは、多くの場合、目の前にある温室効果ガス排出削減目標をどう達成するか、投資家から求められている情報開示をどうするか、という目先の対策に終始する場合が少なくありません。しかし、笹埜さんの関心はそれだけではなく、もっと深いところにあるということがよく分かりました。

サステナビリティの取り組みで大切なのは未来を想像する力です。やや脱線するのですが、私は休みの日に自分のルーツ、先祖を調べる作業を個人的に続けています。「我々はどこからきて、どこへ行くのか」と考えることがサステナビリティの取り組みの原点のような気がします。企業における人材育成でも欠かせない要素ではないかと思っています。

そういう意味で、笹埜さんが人間の本質を問う哲学から出発してサステナビリティに行き着いたのは必然かもしれません。
今だから言えますが、私も1998年の金融ビッグバンを受けて「エコファンド」という投資信託を考案し、親会社の住友銀行(当時)が販売するとなったとき。個人投資家は、果たしてその価値を分かってくれるかどうか確認してみたいという気持ちがありました。
笹埜さんはこれから、どんなことを社会に問うてみたいですか。

笹埜:まず、資本主義と民主主義の関係性を見つめ直してみたいです。選挙ひとつ取ってみても、紙で投票することが民意を伝えることなのかといったことにも疑問が投げかけられる時代になりました。これまで当たり前としてきた社会の仕組みがこの先も持続可能なのかどうかが問われているのです。私たちのように政策を研究している者は、こうした新たな問いに答えていかねばなりません。

そうした中でぜひ追求していきたいのが、従来の株主資本主義の課題を克服しようという「ステークホルダー資本主義」についてです。ステークホルダー資本主義では、未来への「時間の拡張」と、国境を越える「空間の拡張」が起きていると言えます。なぜなら現在の株主利益だけではなく、将来世代の利益を、グローバルな視点で捉える必要があるからです。こうした世界の潮流が、最終的に米国が期待する株主利益の拡大、つまり経済合理性につながるのかどうかを研究し、実践していきたいと考えています。

昨今、功利主義が悪者扱いされていますが、私は功利主義の可能性をもう一度考え直したい。「神の見えざる手」で知られる経済学の父、アダム・スミスは国家の介入を嫌いましたが、当時はそれが市場のサステナビリティを高める上で最も効果的であると考えたからでしょう。

一方、未来の予測が難しい「VUCA」[*1]の時代と呼ばれる今は、ステークホルダー資本主義の下で豊かさの定義を拡張していけば、サステナビリティと経済合理性を両立できると考えています。「経済合理性を追求したらサステナビリティは実現できない。だから資本主義はダメだ」というのではなく、私は資本主義に希望があると思っています
それを試すために、まずは2つのことをやろうとしています。

憲法学やサイバー法の権威である米ハーバード大学のローレンス・レッシグ教授は、人や社会、組織は4つの規制の力に動かされると提唱しています。「法(Law)」「社会規範(Social norms)」「市場(Market forces)」「アーキテクチャー(Architecture)」です。ここでのアーキテクチャーとは、プライバシーを管理するソフトウェアの仕組みなどを指します。
私は、この4つの規制の力のうち、取引の場である「市場」は別格だと考えています。そこでScrumyとしては「社会規範」と「アーキテクチャー」をどうつくるかについて取り組んでいきます

まず社会規範の領域で言うと、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)[*2]など国家ではない非営利組織が国際的なルール形成を進めています。その中で、どのように独自の役割を果たせるのかを実践してみたいと考えています。場をつくる、基盤をつくる、ということまで責任を持ってやりたいと思います。次にアーキテクチャーの領域では、大規模言語モデル(LLM)を使って、人工知能(AI)チャットボットと対話しながら、企業の未来を可視化したり、質の高い情報開示につなげたりできるプラットフォームの仕組みを研究開発しています。

橋爪:私たちも、典型的な株式会社という枠組みだけではなく、別の仕組みもあってもよいのではないかと考えています
先日、あるお客様から、ベネフィットコーポレーション等に関する調査を受託しました。現在、政府が掲げる新しい資本主義や、ステークホルダー資本主義の文脈で注目されているコンセプトですが、株主の利益だけではなく、より広く公益のために活動するベネフィットコーポレーションのような取り組みは、まだ理想には遠い状況かもしれません。それでも理想に近づけるための地道な活動や作業を進めることが求められています。

足達:私は、これまでISO26000(組織の社会的に責任に関する国際規格)の作成にも関わってきました。笹埜さんとはルールづくりに関わる点で共通しています。その観点でサステナビリティについて考えると、例えば欧米が中心となって策定したルールを日本に持ち込む際の難しさはどこにありますでしょうか。

笹埜:例えば、サステナビリティの担当者は「マテリアリティ(materiality=重要課題)」という言葉を必ず耳にすると思います。しかし、この言葉ひとつとっても、欧州的な発想と、英米的な発想では違いがあります。そこを理解しないと正しい議論ができません。

非財務情報開示の枠組みである「グローバル・リポーティング・イニシアティブ(GRI)」[*3]は当初、米ボストンに設立されましたが、その後、オランダのアムステルダムに本拠地を移しました。GRIが定義するマテリアリティは「マテリアル・トピックス」と定義されています。ここでは広い意味での環境や社会などの重要課題と位置付けられます。

一方、米サステナビリティ会計基準審議会(SASB)[*4]は米サンフランシスコにあります。SASBのマテリアリティは「マテリアル・インフォメーション」として定義されています。これは、会計上の重要な情報という意味が由来になります。

世界各国の担当者がロンドンに集まって議論を進めているISSBは22年に、「マテリアル(material)」に加えて「シグニフィカント(significant)」という言葉も使うようになりました。つまり、ここでは情報をたくさん開示すればいいということではなく、投資家などステークホルダーの意思決定にとって重要な情報を過不足なく出すことが求められています。

つまり、マテリアリティという言葉には、少なくとも「環境や社会にとっての重要課題」「会計上重要な情報」「ステークホルダーの意思決定にとって特に重要な情報」という3つの層があるということです。投資家などと話す際は、これらをしっかり区別しないと途中で議論が噛み合わなくなる可能性があります。
細かい話のようにも思えるかもしれませんが、私たちとしては、社内でこのような概念をしっかり整理し、それを自社のビジネスモデルに結びつけて議論できるサステナビリティ人材を育成していくことが目標です。

足達:仰る通り、確かに細かい話ではありますが、こういう議論を面白がれる人材を育てるべきですね。ただ、残念ながら日本では「和魂洋才」とは言うものの、実態は変えずに見栄えや対話する際の作法を身につけておけば十分だろうという意識もまだ根強いでしょう。
社会課題の現場への関心自体が希薄で、自身の頭で考えることもなく、「何を着たらいい?」「どう振舞ったらいい?」とコンサルタントに質問しているような企業がまだ多いのが日本の現状ではないでしょうか。

笹埜:経営者層にとって、サステナブル経営に関するキーワードの理解は前提になってきましたが、分かった気になっているだけなのではないかと不安を感じている場合も多いのではないでしょうか。管理職層も、サステナビリティに関しては、「リスク管理の部署など誰かがやるだろう」と他人事のことも多いと聞きます。従業員層も、「上司に言われたからやる」と受け身の場合が多いと聞きます。上司から「うまくやっておいてよ」と言われるだけ、というトップダウンの良くないスパイラルが生じているように思います。

既存のCxOがサステナビリティを経営戦略として明確に位置付け、サステナビリティの担当者が将来は経営戦略の立案・実行に関わっていく「最高サステナビリティ責任者(CSO, CSuO)」になるというキャリアパスをつくることが重要だと思います。

私はサステナビリティ学を極めるためには、社会福祉学のようなソーシャルワークの知見も大いに役に立つと考えています。ちなみに「社会福祉士」の国家資格も持っています。サステナビリティの取り組みを企業内で推進するためにも、「サステナビリティ」というキーワードでつながる他学問の知見との連携が必要不可欠であると考えています。例えば、社会福祉士は、高齢者や障がい者の方々を含むあらゆるステークホルダーとエンゲージメントを行い、行政や企業などとも連携しながら支援する役割を担います。サステナビリティを推進するには、社内の各部署と友好的な関係を結び、相談に乗りながらデータや情報を集めて経営者層につなぐことが欠かせません。

サステナビリティの取り組みは、まだまだ枠組みがしっかりとできあがってはいません。繰り返しになりますが、視野を広げて他の分野から役立つ知見を学び、取り入れていく必要があります。今こそ、「最高サステナビリティ責任者(CSO, CSuO)」の役割を定義し、キャリアパス、育成プログラムを考えるべき時が来ました。日本総合研究所の皆様は企業向けにサステナビリティ人材育成プログラム「SAKISustainability Action and Knowledge Immersion)」を提供されていますが、こうした取り組みを広げることがとても重要だと思います。

足達:企業横断で「チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSuO)連盟」のような組織を立ち上げるのもいいかもしれません。信念を持ってサステナビリティを推進する経営者を育てていく仕組みが求められています。Scrumyさんと共に、デジタル技術などを使いながらサステナビリティ人材の育成に取り組んでいくこともできたらと思います。

橋爪:日本総研がSAKIを立ち上げたのは、これまでサステナビリティ関連の一方向の講演や研修を実施してその場では意識が高まっても、なかなかその後の行動や実践に結びつく持続的な取り組みにならないという問題意識を感じていたからです。そこで、双方向のワークショップやダイアログなどを通じて理解することで参加頂いた方々にサステナビリティの考え方を体験してもらうことで理解を深め、実際のアクションにつなげていきたいという狙いがSAKIにはあります。過去の取り組みと比較して、参加者の反応からも徐々に成果が出てきていると感じています

笹埜さんが社会福祉士の資格を持っているというお話には驚きました。サステナビリティを学際的な視点を取り入れて推進していくというのは、重要な指摘だと思います。サステナビリティをブームで終わらせないためには、幅広い分野から知恵を持ち寄り、取り組みを未来につなげる社会の仕組みをしっかりと作り上げていく必要があります。そのためにも、笹埜さん率いるScrumyが取り組むルール作りや人材育成といったサステナビリティを支える基盤整備は、今後ますます重要になると思います。

本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。

左から橋爪氏、笹埜氏、足達氏 特記なき写真:稲継泰介

(2023年4月21日/三井住友銀行本店にて)

*1 Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)
*2 ISSBは国際会計基準(IFRS)における気候変動リスクの情報開示基準を策定している
*3 サステナビリティに関する国際基準を策定する国連環境計画公認の非営利団体。サステナビリティに関する報告のガイドラインGRIスタンダードを公表している。
*4 企業が非財務情報を財務報告書で開示するための基準を設定する米国の非営利団体。SASBスタンダードとして開示項目を規定している。

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サステナビリティ学者(慶應義塾大学SFC研究所所員、サステナビリティ総合研究所所長)。SDGs社会起業家として株式会社Scrumyを設立、代表取締役。学生時代には国際哲学オリンピック出場。京都大学法学部、東京大学大学院情報学環・学際情報学府を経て、各業界の最高サステナビリティ責任者やSDGs戦略顧問を歴任。現在、SDGs(持続可能な開発目標)を経営や教育に応用するための「サステナビリティ学」の第一人者として、持続可能な社会の実現に向けた共同研究やChatGPTを活用したプロンプトエンジニアリング等の技術開発をリードする。主な単著論文に「持続可能なIoMTセキュリティに向けた法政策―サステイナビリティ学の視座からの政策提言―」など。
写真提供:Scrumy

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