GREEN×GLOBE Partners

記事

サステナブルな食・農の未来のデザインvol. 1 スマート農業化で安定供給の実現とビジネスチャンス拡大へ

Date: 2025.06.20 FRI

  • #新規事業

  • #自然資本

  • #イノベーション

クロストーク。左からモデレーターの岡山史興氏、日本総合研究所創発戦略センターチーフスペシャリストの三輪泰史氏、舞台ファーム 未来戦略部の吉永圭吾氏

米や葉物野菜価格の高騰、農産物への輸入関税などが連日ニュースとなり、食料安全保障への関心が高まっています。
日常生活と切り離せない食・農の将来について、GGPはロフトワークと共催で「サステナブルな食・農の未来のデザイン」と題したイベントを2回に分けて開催し、深掘りしました。
2月18日に開催した1回目のテーマは「持続可能な未来を耕す スマート農業×環境との調和」です。2022年に施行された「みどりの食料システム法」や2024年に改正された「食料・農業・農村基本法」などの政策動向を踏まえつつ、国内で実践されている新しい農業ビジネスの現在に迫りました。

ゲストは、日本総合研究所創発戦略センターチーフスペシャリストの三輪泰史氏と舞台ファーム 未来戦略部の吉永圭吾氏です。モデレーターに,too代表取締役の岡山史興氏を迎え、スマート農業が抱える課題と可能性について語り合いました。

  • “環境に優しい”=“儲かる” スマート農業に向けて
  • “未来の美味しいを共に創る” 食料供給企業の舞台ファーム
  • スマート農業が拓く未来
  • アーカイブ

三輪泰史氏

最初に登壇したのは日本総合研究所の三輪氏です。
三輪氏は、かねてより農業のスマート化を推進する活動に取り組み、内閣府や農林水産省の政策に関わる委員も数多く務めています。

これまで低迷していた国内の農業生産について「V字回復できる明るい兆しも出てきている」と今後の展望を語ります。
その根拠のひとつが、気候変動や国際紛争など農業に関わる外部環境が複雑化する中での大幅な政策転換です。

三輪氏は25年ぶりに改正された食料・農業・農村基本法やみどりの食料システム戦略の概要を説明した後、「個別の課題を少しずつ解決しても変革は進まない。政策転換で目指す目標が自然と実践されるようなメカニズムやエコシステムをつくらなければいけない。そのキーとなるのがスマート農業だ」と語りました。

図提供:三輪泰史

出所:農林水産省 図提供:三輪泰史

ではスマート農業とはどういうものなのでしょうか。
三輪氏は「匠の眼(情報収集・センシング)」、「匠の頭脳(AI・データ解析)」、「匠の手(ロボット)」の3つに分類して説明しました。

図提供:三輪泰史

その具体例として、日本総合研究所が関わったワイン用ブドウ畑の事例を紹介。ここでは栽培管理のアプリケーションや農業用ロボットMY DONKEY[1]、気象や土壌のセンシングなどの技術を導入しています。
中でも特筆すべきが「根圏制御栽培」という技術で、「スマート農業でワイン用のブドウづくりに最適な環境を整備できた」と三輪氏は説明します。

図提供:三輪泰史

こうしたスマート農業を支える制度として「特に重要なのが農業支援サービスだ」と三輪氏は強調します。
農業支援サービスとは、従来の農作業に対して機械や人材を提供したり、データ分析を行ったりして対価を得る事業のことです。
例えばドローンによるセンシングなどの先端技術をもつ業者が農業に参入することで、大きなビジネスチャンスがあることを三輪氏は説明しました。

出所:農林水産省

「この動きを加速するため、2024年10月にスマート農業技術活用促進法が新しく施行されました。ポイントは、農家だけでなくスマート農業に関わる多くの事業者が金融などの支援措置を受けられることになったこと」。審議会委員として自ら法制定に関わった三輪氏はそう説明します。
そして「これからの農業には、事業・環境・社会の3つのサステナビリティが不可欠。農業の収益が環境配慮や社会貢献と相反していた時代から、スマート農業によって“環境に優しい”=“儲かる”が可能になる時代に変化しつつある」と強調しました。

最後に、SMBCグループが取り組む“Sustana-Agri実証プロジェクト” [2]を紹介。これは農産物の温室効果ガス排出量を精緻に算定・可視化することができるクラウドサービスの開発に向けた取り組みです。また、島根県美郷町で行っている「美郷カーボンゼロ農業モデル」を挙げ、再生可能エネルギーや電動スマート農業を駆使しながら地域ならではの「ゼロカーボン農業モデル」と当該モデルを核とした地域振興施策の研究を推進する取り組みも紹介しました。

「農業の可能性は生産だけではなく、地域全体に貢献できるところにある。そのときのキーワードがデジタルと環境」と三輪氏は締めくくりました。

吉永圭吾氏

続いて登壇したのは仙台を拠点にさまざまな農業事業を展開している舞台ファームの吉永圭吾氏です。
舞台ファームは、社員数約230名、年商は60億円の企業で、その祖は江戸時代から続く農家です。15代目となる針生信夫代表取締役が1989年に地元スーパーと取引を始めるなど6次産業に着手。その後舞台ファームを設立して業務用カット野菜の事業を展開し、東北のセブンイレブン約1,500店舗にカットサラダを供給しています。
現在は日本最大級の野菜工場を稼働させるなど、スマート農業を積極的に進め、生産から販売まで一貫したバリューチェーンを展開しています。

吉永氏は自らが所属する未来戦略部を「農業者ほか様々なステークホルダーとの共創をはじめ、これまでにない新たな取り組みにチャレンジする部署」と位置づけ、「ミッションは“未来の美味しいを共に創る”こと。どうやって持続的に食料を生産していくかを大事にしてDXやGXにも取り組んでいます」と同社が目指す農業を表明しました。

舞台ファームのミッション 図提供:舞台ファーム

食料ソリューションカンパニー「食と農の“持続可能性”を追求する企業」 図提供:舞台ファーム

さらに「農業でイノベーションを起こすために、他の産業の当たり前を取り込んでいく」と、物流や大学など他産業と積極的にコラボレーションしていく姿勢を示しました。

また、同社が取り組むスマート農業は「地元の農家を淘汰するのではなく、地域のネットワークを構築しながら強力に牽引し、共創していくことを強く意識している」と吉永氏。
福島県浪江町においては、東日本大震災、原発災害により大きな被害を受けた農業復興のため先駆的に営農を再開。さらには追随する地域農業者のために「ラック式カントリーエレベーター」を管理運営し実需者と結びつけたほか、茨城県境町では、町からの委託で今年9年目となる地域農業者向けに経営コンサルティングを実施。2025年には農業者の出荷団体「グリーンカラー生産組合」を旗揚げしGAP認証を団体取得したほか、地域農作物の集荷施設「グリーンステーション境」も稼働し実需者と繋げることで、オープン後半年で、3億円の販売実績を生み出しました。
さらに将来的には、宮城県美里町にて現在稼働している野菜工場の近隣農業者と連携して農地の上で太陽光発電を行う営農型ソーラーシェアを展開し、地元農業者にスマート農業を推進するため無償で電力を供給する等、地域とエネルギーをシェアするこれまで前例にない構想も明かしました。

「私たちは日本最大級の野菜工場でレタスを作っていますが、この工場ではロボットやAIを活用し90%自動化しています。ロボットやAIはもちろん電気で動いていますから、“この電力も農地で作ってしまおう”というアイデアです。野菜工場で食料を生産すると同時に、その食料を自動で作ってくれるロボットやAIの食料(=電気エネルギー)も一緒に農地で作ってしまう、さらにはそれを地域農業者へ有効利用してもらおう、全く新しい取り組みにチャレンジしています」(吉永氏)。

舞台ファームの主力事業の1つが2021年から稼働している「美里グリーンベース」というレタス工場です。7.6haの敷地に建つ延べ床面積5.1haの工場では太陽光とLEDを併用し、1日最大4~5万株のレタスを生産しています。(動画でみる美里グリーンベース

同施設では、工場由来のCO2を再活用しレタスの成長のために使用するほか、生育に使用する雨水を溜めて活性炭で濾過、殺菌の上、さらに工場内で循環することで水資源を最大限有効活用しています。つまり、先述の電力の取組みと合わせ、舞台ファームの運営する野菜工場は高品質で安定的に食料を供給するのみならず、同時にSDGsの理念を具現化している施設であることを吉永氏は強調します。

図提供:舞台ファーム

さらにここで出荷する“つみたてサラダ”は、根に土がついたまま出荷することで新鮮で美味しいだけに留まらない付加価値があると言います。「自分でちぎって食べるという新しい経験を提供し、コトづくりにも貢献しています」と。
さらにスーパーでもレタスは成長し続けるため、先に出荷したものの方が大きくなります。これは吉永氏による「古いものがお買い得という、鮮度革命」なのです。

写真提供:舞台ファーム

最後に舞台ファームでは若手の人材育成にも力を入れていることにも触れ、今後の農業変革に寄与する会社としてのビジョンを示しました。

ゲストによる講演の後、モデレーターに岡山史興氏を迎えクロストークを行いました。岡山氏が代表を務める,tooは「次の70年に何をのこす?」というテーマを掲げた70seedsというWEBメディアを運営し、農業に関わる事業noumを展開しています。
クロストークでは、①スマート農業・循環型農業のあり方、②生活者・消費者へのアプローチ、③共創・コラボレーションの可能性の3つの視点で議論を交わしました。

——スマート農業は今後の世の中で求められるものだと思います。単純な収益アップや作業の効率化だけでなく、どのように環境改善や持続可能性に寄与していくとお考えでしょうか。(岡山)

三輪 10年以上スマート農業に関わる仕事をしていますが、最初は効率化と利益を出すことを重視していました。でもあるとき、私の地元の広島県で農業を営むおじいさんに「農業がハイテク化するだけでは面白くない!」と真剣に言われました。それで、地域を支えたり環境を良くしたりなど、どの課題のために農業を改革するのかという視点が重要だと気づかされました。
今は気候変動などの課題があり、農業を持続するためには環境に優しいことがマストとなりました。そのためのスマート化も当たり前になりつつあります。一方で、 “儲かる”はやはり外せない。環境に優しい=儲かるというベクトルが一致したのが今の時代で、私自身もその方向に向かって今頑張っています。

吉永 私たちは工場でつくるレタスの培地に“土”を使っています。通常、野菜工場は石油由来ウレタンなどを活用していますので、自然に戻ることができる“土”を活用することは環境に良いことです。さらに何より大切なことは、土を使うことでより野菜の鮮度が長持ちし味が良くなるので、その付加価値がまさに儲かることに繋がっています。今後は、周辺農業者と連携し、この“土”の培地やレタスの残渣を再活用し、肥料や土壌改良剤として地域循環する「堆肥化設備」の建設も検討しています。環境と儲かるというのは両立できると感じています。

——舞台ファームでは地域との連関を重視しています。一方で伝統的な農業をやっている人とからの反発があったりすることも想像できます。どのように共創しているのでしょうか。(岡山)

吉永 美里グリーンベースは、いきなり巨大な工場をつくったわけではありません。建設の10年くらい前から地元の営農支援をしたり、一緒に販路拡大をしたり信頼関係を構築してきました。その上で、植物工場の必要性を理解してもらって「ぜひやって欲しい」と言っていただきました。
地域の大切な行事である水路の草刈りにも、美里グリーンベースから若い人材を派遣してもいます。舞台ファームが営農支援してきた4つの農事組合法人は、舞台ファームと販路を共有することでライスセンターなどの効率化を推進しており、今後は合併して農地面積200haもの東北最大級の農事組合法人が誕生する予定です。

三輪 スマート農業に関わる仕事をしていて面白いのは、若い農業従事者から「自分が評価されるようになった」とお礼を言われることです。これまでは経験のあるベテランがいて、いわば年功序列だったのが、大学を卒業して1年目の人でも、デジタルネイティブでドローンが飛ばせたりシステムに詳しかったり、従来の農業とは違う資質が重宝されるようになりました。
農業法人の中で活躍する人材が多様化し、そこで従来の農業との共創が生まれていることを、勉強させていただいています。

——スマート農業が生産者だけではなく消費者に対して果たす役割は何でしょうか。(岡山)

三輪 技術を集めることで、やはり本当に美味しいものを効率的安定的に供給できることが大きなポイントだと思います。食料の安定供給がやはり重要で、今後はスマート農業がないと食文化が消えてしまうのではないかという危機感を持っています。

吉永 野菜工場は環境問題に対しても適切な方法だと思います。雨水を使用して循環することで水資源を守ることができ、肥料の溶出をなくしたり、工場内のボイラーから出たCO2を野菜が吸収したり、カーボンニュートラルに貢献しています。さらに電力も自然エネルギーで賄えるとなれば、野菜工場は食料を生産しながら、CO2を野菜に利用するという、SDGsを体現する新しいステージに進むことになると考えます。

三輪 舞台ファームの野菜を販売するとき、工場生産を強調しているのでしょうか?

吉永 工場生産というプロセスは強調していません。やはり新鮮さとか美味しさとか商品の本質をお客様に見て頂きたいと思っています。

三輪 エシカルを強調しすぎるのは私も違和感があります。環境に優しいから高くても良いというのでは消費者に生産者の負担を肩代わりしてもらっていることになりかねません。舞台ファームでは、工場生産することで商品の価値が上がり、さらに環境という付加価値がついているのが良いですよね。
個人的な見解ですが、生産者・消費者という二項対立ではなく、消費者も農家の一部を担っているという考え方を推奨しています。つみたてレタスも、消費者が収穫することで農家の0.5%くらいを代替していることになりますよね。
海外ではCSACommunity Support Agriculture)という考え方があります。日本では生産と消費の距離が遠いので根付いていないですが、消費と生産の距離が近くなる共創の場をデザインできれば、新しい価値観が生まれてくるのではないかと思っています。

——お二人とも農業従事者とそれ以外の人の共創をデザインしていると思います。それを実践していくためのヒントをお伺いしたいです。(岡山)

吉永 異業種コラボについての質問を頂くことが多いですが、そのときにお答えしているのは、行政からのトップダウンではなく、その地域でキーとなるメガファームや農家さんとコラボする方が、成功事例が多いということです。実際に農業に従事している現場の人の方が、技術などの知見が深いからです。
例えば外国からセンシング技術を輸入しても、実際には日本の気候に合わなかったりします。そうしたときに長くその地域で営農してきた農家さんの知見を入れることでうまくいくこともあります。

三輪 大企業から、自社の先端技術を使って技術的に遅れている農業を支援したいという話をいただくこともありますが、私は農業へのリスペクトがないリクエストは断るようにしています。その時点でなんだか共創になる気がしないからです。
農業は歴史的にもコラボレーションで新たな取り組みが生まれる産業だったと思うので、企業であれ個人であれ、オープンマインドでフラットにやっていけば、自然と共創の場が生まれると信じています。

クロストーク後、植物工場の将来性やスマート農業導入のためのコストなど視聴者からの質疑応答に対し、ゲストによる具体的かつ実践的な意見が述べられました。

2025218日、ロフトワークにて 文:有岡三恵/Studio SETO 特記なき写真:ロフトワーク)

トークイベントの後の懇親会風景。舞台ファームの“つみたてサラダ”を使った料理が振る舞われた

*1 日本総研が企業や大学と共同開発した農業用ロボット。複数企業の出資により株式会社DONKEYを設立し製造販売を行っている。
*2 農産物を調達する企業や消費者が、農業生産者のGHG 排出量削減に関する貢献を適切に評価することにつながり、サプライチェーン全体で環境負荷低減を推進することが可能とするサービス。現在複数の食品関連企業やJA、農業関係者と実証実験中。

動画再生時間:約95分

00:02:38 GGP紹介
00:04:56 イベント本編開始

関連記事