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知られざる「森の力」————科学が照らす脱炭素への道と産学連携

Date: 2023.08.09 WED

  • #気候変動

  • #自然資本

2023年3月8日、三井住友フィナンシャルグループと三井住友銀行、東京大学国際オープンイノベーション機構は共同で「サステナブルな社会に向けた産学連携~森と炭素のサイエンス~」と題したイベントを開催しました。
サステナブルな社会を実現するには、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」や、生物多様性など自然資本の回復を目指す「ネイチャーポジティブ」の推進が欠かせません。企業は科学的根拠に基づいて経営戦略を立案し、実行していく必要があります。
イベントでは、学術的な研究成果を企業活動に結びつける産学連携の課題と展望について、東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻教授の熊谷朝臣氏、日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門シニアマネジャーの古賀啓一氏にお話を伺いました。

まず、東京大学国際オープンイノベーション機構・統括クリエイティブマネージャーの上條健氏が、本セミナーシリーズ「サステナブルな社会に向けた産学連携」を開催する狙いを説明しました。

上條氏は「気候変動問題は人類史上最大の危機。これまでの経済成長はエネルギー革命と大量消費に依存してきました。これから人類は初めて、カーボンニュートラルという条件の下で、経済成長と生活の質の向上を同時に目指すことになります」との見方を示しました。今後待ち受ける試練を克服するには、大学を中心とするアカデミアは産業育成のための技術開発から、環境など社会全体への影響を踏まえた多様な知の蓄積へとパラダイムシフトする必要があると訴えました。

東京大学国際オープンイノベーション機構は、全体最適を実現する産業構造を形成する新たな産学連携モデルの創出に取り組んでいます。上條氏は「イノベーションの源泉となる知識や技術を広く知ってもらうには、エコシステム(生態系)型の産業構造を作り上げていく必要があります。企業同士の連携を進めると同時に、地球全体を1つのシステムとして考えることが大切です」と指摘しました。そのうえで、「東京大学にあるサステナビリティに関する多様な知の蓄積を生かして、産学連携を進めていきたい」と抱負を語りました。

次に、日本総合研究所のリサーチ・コンサルティング部門でシニアマネジャーを務める古賀啓一氏が、「ネイチャーポジティブ実現に向け産学に求められるもの」と題して講演しました。「生物多様性に関する取り組みは気候変動対策と比べて20〜30年遅れていましたが、ここにきて世界的に進んでいます」と、ネイチャーポジティブに脚光を浴びている経緯を解説しました。

カーボンニュートラルやネイチャーポジティブを巡る動き

2022年12月に生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)が開催されたほか、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)などでサステナブル経営に関する情報開示を求める動きが加速しています。古賀氏は「開示基準の策定を進めているISSB(国際サステナビリティ基準審議会)でも、従来の気候変動関連だけではなく、COP15を踏まえて自然資本(森林・水・生物多様性など)との関連も組み込んでいく計画になっています」と説明しました。

機関投資家グループが、自然資本に関するコミットメントを世界の主要企業100社に求める「ネイチャーアクション100」という活動も紹介しました。古賀氏は「情報開示を求めて企業行動を変えていこうという動きが広がっています。特に、自然資本と密接に関わる農業や食品といった分野ではビジネスのスタイルを変えていくことが大切です。こうした動きを支援する金融機関などにはビジネスチャンスにもなります」と指摘しました。

ネイチャーポジティブ経済への移行に向けた事業機会 出典: THE FUTURE OF NATURE AND BUSINESS(2020、世界経済フォーラム)をもとに環境省作成

一方で、気候変動対策と生物多様性の回復を同時に進める際の課題も提示しました。例えば、植林は気候変動対策にはプラスに作用するものの、特定の種類の木々に偏ると生物多様性の観点ではマイナスの影響を及ぼす可能性もあります。また、二酸化炭素の排出量削減は世界共通の目標にしやすい半面、生物多様性については地域性の違いが重要な観点となります。古賀氏は「企業は『あるべき姿』を目指して、最新の科学的な知見をベースに進むべき方向性を判断していくことが求められます。それには産学連携が欠かせません」と述べました。

次に登壇した東京大学大学院農学生命科学研究科で森林科学を研究する熊谷朝臣教授は、より具体的にサステナブルな社会の実現に向けて森林が果たす役割について講演しました。熊谷氏は森林が二酸化炭素を吸収し、地球の気候変動に影響を及ぼすメカニズムについての最新の研究を紹介。「森と炭素の話をしますが、実は『水』が重要な役割が果たしています」と解説しました。

植物は、葉の裏にある「気孔」から二酸化炭素を取り入れて光合成をします。一枚一枚の葉にある気孔が開く際に、水が蒸発する「蒸散」という現象が起きます。これが、地球全体の大気の状態に大きな影響を及ぼします。

また、蒸散に加えて、葉や幹についた水が蒸発する現象と合わせた「蒸発散」に太陽エネルギーが使われると、その分、空気を温めることに使われる太陽エネルギーが減少します。つまり、森林を保全することは二酸化炭素の吸収につながるだけではなく、蒸発散の効果で地球上の大気を循環させて雨を降らせ、気温の上昇も抑制する効果もあります。熊谷氏は「(森林による)脱炭素は脱炭素以上」と強調しました。

地球上の二酸化炭素の排出量は、人類の直接的な活動によるものが年間9.5ギガトン、森林破壊によるものが1.1ギガトンあるとし、その46%が大気、28%が陸地、25%が海洋で吸収されることを明らかにした最新の研究を紹介しました。「森林を守ることで(森林破壊による)排出量を減らし、植林することで吸収量を増やすことができます」

「2100年までに地球上の気温は最大6℃、最低でも3℃上昇すると言われています。予測に幅があるのは植物の光合成の状況次第だからです。つまり、森林、植生の管理次第で、地球の未来を変えられるかもしれません」と語りました。

現在、森林破壊により気候が変化し、乾燥地帯が増えてさらに森林が破壊されるという負のスパイラルが起きています。しかし、熊谷氏は「希望はある」と指摘します。森林の蒸発散によって水を含んだ大気が他の地域に循環すれば、そこで雨を降らせます。熊谷氏は、地球全体では植林の効果により全陸地の53%で雨が増えているとの研究を紹介しました。ただし、乾燥地や高地では植林によって水資源が減ってしまう場所もあると注意を促しました。

こうした森林が環境に与える影響を解明するには、地道な研究が欠かせません。熊谷氏は森林に高いタワーを建てて二酸化炭素の吸収具合を測定する「タワーフラックス観測」や衛生データの解析、森の木1本ずつの活動を測定する「毎木調査」といった取り組みを紹介しました。「森の中で起きているあらゆることをシミュレーションするには、『Ground Truth(地上の真実)』を解明する毎木調査が必要なのです」と説明します。

タワーフラックス観測。森林にタワー設置し、上下方向のCO2の流れ(フラックス)を測定する。気流が下向きの場合はCO2が吸収されている 図提供:東京大学熊谷研究室

マレーシア、ボルネオ島で熊谷研究室が行っている調査の様子。森林の中に入り、1枚1枚の葉の光合成の様子などを測定 写真提供:東京大学熊谷研究室

1本1本の木にセンサーを取り付け蒸散の様子を測定 写真提供:東京大学熊谷研究室

コンピュータ・シミュレーションモデル。調査結果をもとに森林による蒸散やCO2吸収量を具体的に解析 図提供:東京大学熊谷研究室

調査結果をもとに、樹種毎の木の成長をシミュレーションするCG「Bornean tropical rainforest(100m×100m)」 提供:東京大学熊谷研究室

森林の状況を解明できれば、適正な伐採や植林の量がわかります。さらに、伐採した木を燃やさず大型の木造建築などに活用できれば、効果的に二酸化炭素を貯蔵でき、温暖化対策につながるとの期待を表明しました。「研究の現場で何をしているかを広く知っていただき、サステナブルな社会を皆さんと一緒に実現していきたい」と企業の理解と協力を求めました。

「将来の森林による総炭素吸収量推定」。森林の伐採・植林量や伐採時期によるCO2吸収量の比較。Case2-2が最適化した場合 図提供:静岡大学・江藤智弘

最後に熊谷氏と古賀氏が対談。古賀氏は、「Ground Truth」を探ることが重要という熊谷氏の指摘が興味深かったと感想を述べました。熊谷氏は、かつて植物油の原料となるオイルパームの栽培について企業と共同研究した経験を例に挙げつつ、「研究者というのは、真実を知りたいだけです。研究成果をどう活用するか、企業と一緒に考えていきたい」と応じました。

古賀氏はTNFDなどで求められる情報開示に研究成果を活かす可能性についても質問しました。熊谷氏は「まだ難しい面も多いと思います。まだ見えていないことが山ほどあり、研究が全く足りません」との見解を述べました。

研究と企業活動とのあるべき関係についても議論しました。熊谷氏は「例えば、植林はとても大切ですが我々研究者にはできません。企業のみなさんには、私たちに研究成果を話すチャンスを作っていただきたいのです。我々はエビデンス(証拠)を示すので、それを経営に生かしてほしい。私たちは人類のために研究しています。ぜひ、助けてください」と、企業に協力を求めました。

古賀氏は、「先生のような研究者の知見を生かして産学連携を進めていきましょう。植林も古くから取り組まれてきましたが、最新の知見で新しい可能性が次々と出てきています。企業はTNFDなどで求められる情報開示に応じるだけでなく、もう少し先を見て、ネイチャーポジティブを達成するために自ら行動していくことが大切です」と締めくくりました。

(文:大竹 剛、写真:工藤朋子

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