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テリトーリオから考える地域価値の醸成——業種を越えた連携へ

Date: 2023.11.02 THU

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2023628日、GGPはロフトワークと共催で「自然資本と一次産業を核とした地域社会の活性化」シリーズ第1弾を開催しました。テーマは「地域産品、郷土料理、アグリツーリズム、景観の美イタリア・テリトーリオ戦略から学ぶ地域経済の再生」です。ゲストは経営学を専門としテリトーリオ戦略を研究する法政大学経営学部教授の木村純子氏、熊本県の黒川温泉旅館組合事務局長として一次産業との連携を実践する北山元氏、広島県尾道市の離島で宿泊施設を基点にまちに多様なコンテンツをつくり出すStaple代表の岡雄大氏。経済的な資本のみならず、自然資本や文化的資本がもたらす価値について意見を交わしました。

まずはゲストの3氏がそれぞれの活動内容について講演を行いました。
最初に登壇した木村純子氏は冒頭、イタリアでの自身の価値観の変化を語ります。「20世紀型の経営学では、効率化で豊かさが生まれるものでした。でも、ヴェネツィア大学の客員教授としてパルミジャーノ・レッジャーノの生産者を調査で訪ねた時、その価値観が覆りました。生産性向上について質問をしたらきょとんとされたからです。イタリア社会で感じる豊かさは、効率を上げて成長していく世界ではない。それがなぜなのかを知りたくて、テリトーリオ戦略の研究を続けています」。
では、テリトーリオとは何か——。行政区を越えて、共通の経済的・文化的アイデンティティをもち、生産・加工・販売・消費が行われる農村・集落・都市の総体のことです。日本語では「地域圏」と訳されることもあります。イタリアでは地域の競争優位性のキータームとして使われており、まさに地域価値と深い相関関係がある概念と言えます。

農業のタイプをテリトーリオの概念、コモンズ精神の有無ごとに整理したダイアグラム 出所:山内良一「近年のEUにおける農村振興政策と財政支援制度」『熊本学園大学経済論集』24、pp46-86、2018年をもとに木村氏が加筆修正

木村氏は、このテリトーリオの概念を横軸とし、さらにコモンズ(共有財)精神を縦軸として世界各国の農業のタイプを分析。

テリトーリオがありコモンズ精神が濃厚な右上が、イタリアなどEUの農業と位置づけます。季節限定の少量生産で、そこでしか食べることのできないチーズに観光客が殺到する北イタリアのドロミテを例示。その地域の特色のある食の体験は、実は補助金がないと経営は成立しないと言います。しかしEUによるテリトーリオ振興がそれを支え、「農業だけではなく複数のセクターが協力しあって盛り上げていく異業種連携がイタリアの農業の底力を生んでいる」と木村氏。ここで言う底力とは、ツーリズムや景観、食文化など農業の多機能性を指します。
さらに、左下の大量生産型が米国タイプで、右下の6次産業化を日本タイプと木村氏は位置づけました。

また、近年脚光を浴びているアグロエコロジー(生態系に配慮した農業)にも言及。
「日本はグローバル資本からの影響が大きく、それに巻き込まれアグロエコロジーは進んでいません。地域の消費者として私たちが行動しないと、豊かな社会を取り戻せないのではないか」と木村氏は現在の消費行動に警鐘を鳴らします。一次産業と連関した地域の価値を高めていくためには、「流通や消費者を対象としたテリトーリオ教育が必要。そのためには地方行政や中小企業が連携していくことに大きな期待をしている」と締めくくりました。

地域に根ざした農業によるアグロエコロジーグローバル資本に支配されない食の循環システム:食料主権 出所:北野収「シビック・アグリカルチャーとラテンアメリカ学派が教えること:市民とコミュニティ不在の日本で連帯・協同は実を結ぶか」『環境共生研究』16、pp1-16、2023年

黒川温泉の春夏秋冬 写真提供:北山元

次に登壇したのは、熊本県の阿蘇山間地にある黒川温泉組合事務局長を務める北山元氏。旅館30軒、商店34軒からなる同組合の理事は40代が中心で、北山氏も47歳(登壇時)です。地域の意思決定をする組合内の世代交代が進んでおり、将来を見据えた黒川温泉2030年ビジョン「世界を癒す、日本里山の豊かさが循環する温泉地へ」を2021年、発表しました。「先輩たちから継承した地域資源を次の世代に循環させていきたい。健全な状態で温泉地を引き継いでいくために何をするかを整理した」と北山氏はこの指針を説明します。

1986年、バブル経済のまっただ中にありながら衰退しつつあった黒川温泉は、当時の若手世代が組合を再編成し以下の3つの取り組みを行いました。
1)宿泊先以外の露天風呂に入れる入湯手形の発行、2)温泉街の植樹活動、3)千差万別だった旅館の看板を黒を基調としたものに統一、でした。これらの活動は地域への利益還元という好循環を生み出します。間伐材を用いた看板は地元の林業へ、温泉巡りは夜間の雇用創出という具合です。
それらの活動は、温泉地全体をひとつの旅館と見立てる「黒川温泉一旅館」という概念に結びつきます。

黒川温泉の礎を築いた3つの取り組み。1996年には「黒川温泉一旅館」の概念を打ち出す 図提供:北山元

それら30年以上続いた景観づくりや地域資源の活用を、北山氏らは2030年に継承するのでしょうか。具体的な施策は以下の3つです。

1)旅館から出た生ごみを堆肥にし、周辺農家に使ってもらう「黒川温泉一帯地域コンポストプロジェクト」
コンポスト事業は、地元で「上質な里山」を理念に掲げる企業SMO南小国と連携し、現在は堆肥作りの実証実験を進めています。将来的にはその堆肥を使った生産物を旅館で利用していくことを念頭においています。

2)次の100年をつくるあか牛「つぐもプロジェクト」
これは南小国名産のあか牛を子牛で地域外に出さず、地域内で精肉まで行い、黒川温泉で提供するという試みです。“つぐも”は、「継ぐ」と「牛(モー)」を意味する造語で、南小国にある循環の輪を100年後へ「継ぐ」、牛の歩みのようにマイペースでありながら、着実に未来へ向かうためのプロジェクトです。

3)「入湯手形」売り上げの1%を環境保全へ還元
環境保全へ入湯手形を還元するのは、温泉が枯渇しないように適切な森づくりをし、水源涵養を行うことを目的としています。
「黒川温泉は筑後川の源流で、有明まで一級河川が流れている。河口近くの都市の企業にも里山まで来てもらい、一緒に水の管理・保全の仕組みをつくっていきたい」と北山氏は里山の豊かさを循環するための仲間づくりを目指します。

黒川温泉と周辺地域の資源循環のシステム化 図提供:北山元

3人目は、しまなみ街道が通る尾道市・生口島の瀬戸田町と東京・日本橋の2拠点で“ソフトディベロップメント”を手掛けるStaple(ステイプル)の岡雄大氏です。社名のStapleとは、その国や地域の根幹となる主要産物のこと。「自分たちが関わることで、その地域がそれまでとは違う可能性をもつ必要不可欠な存在になろうと思いつけた会社名」と、岡氏は説明します。ソフトディベロップメントは造語で、建物などのハードだけではない企画・開発・運営を行っていく活動です。

「グローバリゼーションで均質化が進み、地域性が失われた。僕たちが関わるまちでは、その土地の唯一無二性や多様性を取り戻し、増幅させたいと思っています」と活動指針を岡氏は語ります。

ソフトデベロッパーの地域に対するアプローチのダイアグラム。Neighborhood Development=密度の高い「20分圏内」の街に多様なコンテンツを集積、New LocalCommunity=ローカルと都市を行き来する人々のコミュニティの生成を示す 図提供:岡雄大

その場所では、住民と旅行者が2分されてしまう観光地化ではなく、何度も瀬戸田を訪れるような関係人口層(ニューローカル)が継続的に増えていく仕組みを目指しています。「ニューローカルを呼び込むには、この町で何か挑戦してみたいと思えるインフラを整備することが大切です。」岡氏の目線の先には、エネルギーの自律、交通や物流、教育・医療・福祉などの将来的な整備があります。

瀬戸田のソフトディベロップは2021年、地元の豪邸を改修したホテル「Azumino Setoda」から始まりました。その後、銭湯宿「yubune」や宿泊施設併設のコワーキングスペース「Soil SETODA」を開業。

「未来を見て起業する人の多くは、経済的資本の最大化だけではなく、自然資本の最大化や文化的資本承継に興味があると思います。そうした起業家が、都会への一極集中ではなく地域にどんどんと分散していく社会像を描いています。都会の豊かな人的リソースを巻き込んで、瀬戸田で彼らとコミュニティをつくっていきたい」と岡氏。

旅館「Azumi Setoda 」兄弟会社であるナル・デベロップメンツ / Azumi Japanによる企画・運営 写真提供:岡雄大

ホテル + レストラン + コワーキングホテル + レストラン + コワーキング「SOIL Setoda 」 写真提供:岡雄大

銭湯「yubune」  写真提供:岡雄大

現在は、商店街の空き家の1階を小商いできる店舗に、2階を宿泊施設とするユニット「ショップハウス」を開発中。現在2棟が完成しており、全10棟に展開していく予定です。
ステイプルが運営する宿泊部分の収入によって店舗部分の家賃を安く抑え、起業家にとってこのまちでの挑戦をしやすくするのが狙いです。

1F小商い + 2F宿泊のユニット「ショップハウス」を10棟開発中 図提供:岡雄大

ショップハウスで 60人の雇用が生まれ、そのうちの40人が移住者です。
アニエスベーと共同して瀬戸田周辺の海洋汚染を調査するなど、さまざまなコンテンツも生まれています。

「歴史的に瀬戸内の島は、海運を通して外から入ってくるものに寛容な土地柄でした。瀬戸田は、ヨソモノ、ワカモノを快く受け入れてくださって、宿泊施設に留まらず多様なコンテンツをつくることができていると思います」(岡)。

 テリトーリオは、農業と観光という要素に限定されるのでしょうか。あるいは、それ以外の分野も掛け合わせられるのでしょうか。

木村 イタリアでは農業だけではなく、都市部を再生させるために博物館などの共有財をネットワーク化するなど様々な動きがありました。それらのプロジェクトでつないでいった結果、現在のテリトーリオが形成されました。

岡 黒川温泉や瀬戸田がテリトーリオ性をもった地域だとしたら、そういう地域同士がつながり何かが起こることはあり得るでしょうか。

木村 ネットワーク化して広域のテリトーリオになる可能性はあると思います。
日本では、播磨と灘五郷が日本酒の広域連携をしている事例があります。テリトーリオ概念の良いところは、行政区を越えてつながっていることです。

棚橋 黒川温泉も瀬戸田も活動主体は自治体ではなく民間ですね。黒川温泉ではなぜ1980年代に地域連携が始まったのでしょうか。

北山 当時は観光客が少なくなっていて、地域で連携して取り組まないと生き残れないと考えたのだと思います。入湯手形は露天風呂がない旅館も集客できるように、地域の社会的な共通資本を活用していくための救済措置でした。手形による入浴は、個々の旅館にとっては売り上げが半分になる仕組みなのですが、そこで得た資金は組合を継続させる資源となっています。その共有資本で、黒川温泉一旅館を支えるという価値観は次世代にも継承されています。
また、旅館だけが潤っても地域全体の経済は強くなりません。地域での経済循環を考え、第一次産業との連携があって初めて地域内の循環が始まる。業種の中で閉ざすより、一緒にやりましょうというのが大きな動きにつながるのかなと思っています。まだまだ課題は多いですが、成功事例をつくっていきたいです。

山北 地域全体の価値を高めていくためのポイントは何でしょうか。

木村 イタリアでは、強い郷土愛が根幹にあると思います。でも、郷土愛がなくてもまちづくりはできます。大事なのは、その土地にある資本を大切にし、社会課題を解決しようという意識をもっているかどうか、参加している人たちが楽しいかどうか、だと思います。日本人特有の価値観を明らかにしていくとよいと思っています。

2023628日、東京・渋谷ロフトワークにて 文:有岡三恵/Studio SETO

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