解説記事
フューチャーズ・リテラシーで、未来への想像力を耕す
Date: 2023.12.19 TUE
#初学者
#ソーシャル
本稿では、未来を建設的に考える能力である「フューチャーズ・リテラシー」について紹介します。若者にも大人にも、未来を長期的に考えようと思ったときに、役に立つ考え方です。
遠い未来を考えることは難しい?
社会心理学者のロイ・バウマイスター(Roy Baumeister)は、シカゴ在住の500人を対象にスマートフォンのアプリを通じて、1日に複数回、ランダムに何を考えているかを尋ねる実験を行いました。その結果、過去のことを考えている時間は1日のうちわずか4%、いっぽうで未来のことを考えている割合は約14%でした。未来を考えている内訳は、当日または翌日のことを考えている割合が80%、1年以上先のことを考えている割合は14%、10年以上先のことを考えているのは6%でした。つまり、私たちは近い未来のことは頻繁に考えていますが、長期的な未来を考えることはどうやら得意ではないようです。
フューチャーズ・リテラシーとは未来を使いこなす能力である
フューチャーズ・リテラシーとは、文脈に応じて異なる理由や方法で未来を使うことができる能力です。UNESCO(国際教育科学文化機関)のリール・ミラー(Riel Miller)を中心に、2012年から研究されているケイパビリティです。フューチャーズ・リテラシーを通じて、未来に対する恐れや希望を抱く際に、自分が前提としていることに気づき、不確実性を計画の敵ではなく、資源として捉えることができるようになります。加えて、生まれながらに備え持っている未来を想像する力を回復させる狙いがあります。
また、注目して欲しいのは未来を複数形で表現していることです。「フューチャーズ」とあえて複数形で表記している理由は、人間が想像することができる多数の未来を強調するためです。フューチャーズ・リテラシーに精通したデコロナイジング・ザ・フューチャー・イニシアティブの創設者であるププル・ビシュト(Pupul Bishit) は、行く先々でコミュニティの人びとに 「あなたが望む未来は何ですか?」と問いかけていたそうです。そのときに、おおよそ返ってくる答えは、「そんな質問をされたのは初めてだ」であったといいます。未来について考えることは誰もがその能力を保持しています。しかし、問い、問われる機会がまだまだ不足していると言えるでしょう。
未来を構想する力を養う
UNESCOはこれまでに35カ国70を超える地域で、フューチャーズ・リテラシーを学ぶ場であるフューチャーズ・リテラシー・ラボラトリーズ(以下、FLL)を各地域の指導者と協働し、展開しています。FLLでは、大まかに3つのプロセスで、未来を使う方法を学びます。
STEP1.自分の未来を考える前提や癖を明らかにする。普段、自分がどのように未来を使っているかを理解する
STEP2.未来を考える前提を書き換える。そのために、新規性や革新性のある情報に基づいて、創発的に考える
STEP3.自分の望む未来を想像しなおす
未来の可能性を図式化したフューチャー・コーンと照らし合わせて3つのステップを整理すると、STEP1では、起こりそうな未来(Probable Futures)や望ましい未来(Preferable)について考えます。STEP2の段階では、起こってもおかしくない未来(Plausible)や起こりうる未来(Possible) を考える素材に、未来に対して「ひょっとしたら」や「もし〇〇だったら」と問いかけ、自分の前提を揺り動かします。そしてSTEP3で改めて望ましい未来を考え直します。可能性の異なる未来を意識的に考え用いることで、文脈に応じて未来を使えるようになることも意図されています。
( フューチャー・コーンは、ジョゼフ・ヴォロスが提唱した未来の可能性を視覚化するモデル)図:An Overview of the Futures Literacy Laboratory on The Futures of Climate Responses, 2040(https://www.woah.org/app/uploads/2023/01/futuresliteracylab1report.pdf)を基にGGP作成
FLL以外でも、未来を自由に使いこなそうとする教育の取り組みは行われています。いくつかの例を列記します。
・スコットランド:教師が生徒の長期思考を促すために利用できる教材「Futures Thinking Teachers Pack」を展開している。学校の地理や市民権教育などの授業でシナリオ・プランニングなどを行っています。
・ハワイ大学:「21世紀中旬に、もし火星に5万人が住むとしたら、どんな統治システム(基本的な価値観、憲法など)をデザインするのがよいか」を検討する授業を実践しています。
・日本・河合塾:河合塾で開発された未来研究プログラムは、中学・高校生が進路選択をきっかけに未来のことを広く深く考える授業を展開しています。ここでは手法として、未来洞察や意思決定の理論を用いています。
日本の若者は未来が良くなるとは考えていない
日本財団が2022年に行った18歳意識調査「第46回 –国や社会に対する意識(6カ国調査)–」では、日本は「良くなる」が13.9%と、他の国に大きな差をつけ、6カ国中最下位となりました。
図:日本財団18歳調査(https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2022/03/new_pr_20220323_03.pdf)を基にGGP作成
また、「自分の人生には目標や方向性がある」という問いに対して、イエスと答えた割合がイギリス、アメリカ、韓国は70%台、今後の発展が見込まれるインド、中国は80%台であるのに対し、日本は60.6%と他国と比較して低くなっています。
先に登場したププル・ビシュトの考えを踏襲すれば、未来について問われる機会が少ないだけかもしれません。長期的な未来を傍観し、悲観するのではなく、未来を自由に想像する学びをデザインし、フューチャーズ・リテラシーの考えに触れる機会をつくっていく必要があると言えるでしょう。