解説記事
発達障がいがある人の高度・先端IT人材としての活躍可能性
Date: 2024.10.31 THU
#ソーシャル
#初学者
日本総合研究所 木村智行
発達障がいという言葉は社会において一定の認知が得られつつあります。加えて、発達障がいがある人の新たな活躍の場として高度・先端IT領域に注目が集まっていることはご存知でしょうか。
本稿では、発達障がいがある人が強みを活かして高度・先端IT人材として活躍することの可能性についてお伝えします。
まだまだ少ない発達障がい者の就労機会
発達障がいは、いわゆる定型発達とは異なる脳・神経の発達をしている人が社会との接点において何らかの困難な状態に置かれていることを指します。実は人口の1割程度がその傾向・可能性があるとされる非常に身近なものです。そうした脳・神経の発達に対する医学的な診断名として主に、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)などに分類され、一般的には以下のような特性と強みがあるとされます。
出典:LITALICO ジュニア・経済産業省 イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査を基に日本総研作成
このような特性はその強弱はあるものの多くの人に傾向が見られます。
そして、定型発達と発達障がいは、何らかの境界において二分されるものではありません。特性には強弱のグラデーションがあり、定型発達も含め誰もがそのグラデーションのどこかに位置するものです。
実際に上記の特性について共感できるところがある人も多いのではないでしょうか。
このように定型発達と発達障がいはひとつながりである一方で、就労においては定型発達や他の障がい種別と比較して、発達障がいがある人はとりわけ困難な状況に置かれています。
例えば一般の大卒者と比べると就職率は30ポイント近く低い。また他の障がい種別と比較しても雇用数はかなり低い。さらには発達障がいがある人の平均賃金は13万円であり、身体障がいがある人の23万5千円との乖離も大きい。これらのデータは発達障がいがある人の強みや意欲が活かされる就労機会が十分ではないことを示しています。
*1 出典:文部科学省2022年度大学等卒業予定者の就職状況調査 より 日本総研算出
*2 出典:日本学生支援機構 2021年度大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書
図作成:日本総研*3 出典:厚生労働省 2023年度障害者雇用実態調査
図作成:日本総研
国内のこのような状況に対して、海外では高度・先端IT人材としての採用事例が生まれています。
例えば、米国の大手金融機関であるJP Morgan Chaseはソフトウェアテスターとしてトライアル雇用をした発達障がいがある人材が定型発達の人材と比較し92%も生産性が高かったとして、発達障がいがある人を250人採用するに至っています。
また、同じく米国金融機関であるBank of Americaでは発達障がいがある人材をエンジニアとして数十人規模で採用しています。きっかけは高度・先端IT領域でもともと活躍していた人材が、自身に発達障がいがあると打ち明けたところからだといいます。この採用はChief Information Security Officer(最高情報セキュリティ責任者)が主導しています。
さらに、オーストラリア内務省はApollo Neurodiversity Program(アポロ・ニューロダイバーシティ・プログラム)と称して高度・先端IT領域における発達障がいがある人材の募集を開始しています。
日本国内でも少しずつ先進事例が生まれつつあります。例えばプラント大手の日揮の特例子会社である日揮パラレルテクノロジーズでは、20人以上の発達障がいがある人がデータ分析等の高度・先端IT業務で活躍しているといいます。実は国内では大企業に留まらず、従業員50~200人規模の企業においても発達障がいがある人を積極的に採用する例が出てきているのです。
特性を生かした就労支援を——ニューロダイバーシティマネジメント研究会を設立
発達障がいがある人たちが高い能力を発揮して活躍する事例が増えているにも関わらず、日本国内では雇用が十分に進んでいないのはなぜでしょうか。
厚生労働省の「障害者雇用実態調査」によると、障がい者を雇用していない企業が雇用を行わない理由としては「当該障がい者に適した業務がないから」が最も多い。また、日本総研において30社以上の企業にヒアリングを行ったところ、高度・先端IT人材としての活躍可能性への理解は示しながらも、そのような人材としての採用を検討するまでは至っていない企業がほとんどでした。
出典:厚生労働省 障害者雇用実態調査(2023年度)
実はここにこそ日本において発達障がいがある人の雇用が進まない隠れたボトルネックがあると筆者は考えています。
それは「適した業務がない」のではなく、「適した業務が特定できていない」という点です。
多くの企業では発達障がいがある人の採用は人事部または障がい者雇用を所管する部署が担っています。これらの部署では、歴史的経緯から身体障がい者・知的障がい者の採用や、軽作業・事務を担う特例子会社での採用を中心に行っています。この状況下では、発達障がいがある人を高度・先端IT関連の業務とマッチングするための社内体制や採用ノウハウ・プロセスが未整備である場合がほとんどです。
また実際の採用部署となる高度・先端IT業務を担う部署も発達障がいがある人材が活躍するイメージを十分に持っていません。
つまり、人事部・採用部署ともに、高度・先端IT人材として発達障がいがある人たちが活躍する可能性を漠然とは理解しながらも、具体的なイメージは描けていないのです。
そして、こうした企業側の認識は発達障がいがある人や、彼ら・彼女らを支援する組織にも影響を与えます。つまり、これまでと変わらず軽作業・事務といった求人情報ばかりが市場に供給されるため、発達障がいがある人や彼ら・彼女らを支援する組織も軽作業・事務という就職機会を目指さねばならないという認識になりやすいのです。
そこで、日本総研が主宰となり、この社会全体のボトルネックを解消するために三井住友フィナンシャルグループをはじめ、民間企業7社とともに「ニューロダイバーシティマネジメント研究会」を2024年8月に立ち上げ、同年9月から本格的に活動を開始しました。
この研究会は、発達障がいがある人が能力を発揮しやすい高度・先端IT領域の特定とそのためのマネジメント手法の共有を目指したものです。
研究会を通じて、発達障がいがある人の具体的な活躍事例が身近に生まれることと、能力発揮のためのマネジメント手法が多くの企業に共有されることが重要であると考えています。
こうした動きをきっかけに、社会全体において発達障がいがある人の活躍可能性が広く認識され、個々人の持つ能力が存分に発揮される社会となっていくことを期待しています。
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