GREEN×GLOBE Partners

ARTICLES

サステナビリティについて知る

ジェンダーレンズ投資の導入——日本のスタートアップ業界のさらなるポテンシャル発揮のために

Date: 2024.04.19 FRI

  • #初学者

  • #ソーシャル

日本総合研究所 水野ウィザースプーン希

2023年10月、米国サンフランシスコでSOCAP(Social Capital Market)という大規模な国際イベントが行われ、世界中のインパクト投資機関、社会起業家、企業、非営利団体などから3,500人を超える先駆的なリーダーが集まりました。
日本ブースは、経済産業省主催の起業家育成・海外派遣プログラム「
J-StarX」の社会起業家コースで選ばれたスタートアップが出展していました。
しかし、訪れた人が目にしたのは会場の多様性にはそぐわない「男性のみで構成された日本チーム」。ジェンダーバランスがごく自然に取れている海外のイベントで、展示内容は素晴らしいにも関わらず、意図しない印象を残す結果となりました。このエピソードを聞いて、読者の皆様はどう思われたでしょうか。

30年以上海外に滞在した筆者の印象は「もったいない」です。日本のスタートアップ・エコシステムが「国際舞台に立ちうる実力とやる気のある女性起業家が創出されにくい」と評価されかねないからです。筆者の経験上、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)[*1]について海外が日本に向ける眼差しは厳しく、国内で感じる危機感よりもはるかに大きいものです。本稿では、国内スタートアップのジェンダーギャップの実情を認識し、海外での実践事例を紹介します。

世界経済フォーラムが発表したグローバルジェンダーギャップ指数(2023)で日本は125位とOECD諸国の中で最も低いランクで、アジアの隣国からも大きく離されています。ランキングを構成する4つのカテゴリ「健康」「教育」「経済」「政治」のうち、「経済」と「政治」で女性が活躍できていないことが大きな要因です。ジェンダーに対する認識も時代と共に変わってきたものの、結果を数字で見ると海外諸国に比べ実態が追い付いていないのが現状です。

出典:内閣府男女参画局 世界経済フォーラム「グローバルジェンダーギャップ報告書2023」よりを基にGGP作成

順位

国名

1

アイスランド

0.912

2

ノルウェー

0.879

3

フィンランド

0.863

4

ニュージーランド

0.856

5

スウェーデン

0.815

6

ドイツ

0.815

15

英国

0.792

105

韓国

0.680

107

中国

0.678

124

モルディブ

0.649

125

日本

0.647

126

ヨルダン

0.646

127

インド

0.643

出典:内閣府男女参画局 世界経済フォーラム「グローバルジェンダーギャップ報告書2023

では、日本のスタートアップ・エコシステムにおけるジェンダー課題の現状はどうでしょう。
2022年に金融庁が発表した「
スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案(以下、金融庁2022年レポート)」によると[*2]、資金調達上位50社のうち創業者か社長に女性が含まれる企業の資金調達額は全体の2%です。
新規上場企業に占める女性社長の比率も1%とかなり低い値です。スタートアップ企業が外部資金を得てスケールアップする過程で男女間に大きな格差が存在していることが明らかです。さらに独立・起業を志す女性比率は34.2%、全国の企業に占める女性社長比率は14.2%とそもそもの母数が大きくないことにも注目すべきです。

これらの数字を改善するにはどのような介入が効果的でしょうか。このままでは勢いのある新興国などに抜かれ、国際社会における日本のポジションは弱体化してしまうと危惧しています。

出典:金融庁(2022)「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」を基にGGP作成

そもそもDE&Iとは何を目的にするべきでしょうか。「新卒女性採用比率を上げる」や「女性管理職の数を増やす」といった表面的なKPIではなく、誰もが働きがいを感じ、やる気のある人にチャンスが平等に与えられる社会を実現することこそDE&Iが推進すべきことです。
ジェンダーに限定して言えば、女性が少ないから優遇して増やそうということではなく、「ジェンダーバランスが取れないような組織、社会の仕組みを正す」ことが根本であるということです。

スタートアップ・エコシステムに当てはめてみると何が言えるでしょうか。
先ほどのJ-StarXを例に取ると、選抜されたのはテーマも実力も基準を満たし、競争に勝ち抜いた正当な実力者ですから、そこにただ「女性枠」を作るだけでは課題解決にはなりません。
前述のグローバルジェンダーギャップ指数では、日本は「教育」における男女差がほとんどなく世界トップクラスであり、男女間で大きな能力差が生まれにくいはずです。したがって、スタートアップ・エコシステムにおいては、実力と成長する意思の両方を備えた女性起業家の母数を増やすことがまず必要です。

金融庁2022年レポートによると、女性起業家が直面している最大のボトルネックは資金調達の困難です。その背景には①ベンチャーキャピタル(VC)や起業家ネットワーク内に女性起業家が少ない→②経営に対するアドバイスを受けにくい→③スケールアップに向けた事業推進が実施されない→④女性起業家への支援や投資が少ないというループがあり、結局女性起業家が増えにくく、①に繋がってしまうという負の連鎖(Vicious Circle)があります。
さらにこの連鎖がスタートアップ・エコシステムの中での無自覚なバイアスを増大させ、女性によるVCや起業家ネットワークへのアクセスの低さに拍車をかけています。

上記①~④の負の連鎖を断ち切るために参考になるのが、アジア圏で効果を上げているオレンジボンド・イニシアティブ[*3](通称:オレンジボンド)です。
これはシンガポールの
IIX Global[*4]という民間ファンドが発案したジェンダーレンズ投資を中心としたファイナンスプログラムです。
ジェンダーレンズ投資[*5]
とは、投資判断の要素としてジェンダーの視点を取り入れ、ジェンダー平等の推進を目指し、投資決定により良い情報を提供することを目的とした投資手法で、近年世界的に注目が集まっています。
オレンジボンドが実施する投融資も多様性、公平性、包括性などの評価基準を取り入れ
ており、ICMA(国際資本市場協会)などの既存の市場基準も満たしています。オレンジボンドは2014年に立ち上がって以降、総額2億2,800万ドルの投融資等を行い、合わせて200万人の女性(起業家を含む)の支援を行う[*6]など、女性起業家の事業成長を支援するだけでなく、女性起業家の母数を増やすことにも貢献。毎年国際機関やスタートアップ業界などから数々の賞を受賞しています。

出典:オレンジボンドグローバルムーブメント(https://orangemovement.global/orange-bonds)

日本にも女性起業家育成に特化したVC、アクセラレーターや支援組織は存在しますが、実際には日本のスタートアップ業界における女性比率や資金調達額は低迷しています。
その解消には上記のようなジェンダーレンズ投資の視点を積極的に取り入れることは肝要でしょう。そのためには投資機関、キャピタリストVC、アクセラレーターなど、様々な関係者がDE&Iの本質を議論し、理解することが必須です。
より平等に(Equality)に公平に(Equity)なスタートアップ・エコシステムを築くことで、競争原理も働いて日本のスタートアップのポテンシャルは飛躍的に高まる可能性があると筆者は考えます。

*1 ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)とは? おさえておきたいキーワードとポイント解説 日本生産性本部
*2  「スタートアップエコシステムのジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」 金融庁(2022)
*3 Orange Bond Initiative™   IIX Global
*4  Gender Lens Investing Initiative The GIIN
*5 ジェンダーレンズ投資とは・意味 HEDGE GUIDE
*6 World’s Largest Orange Bond: Financing Global Gender Equality SHEARMAN & STERLING

  • TOPに戻る

関連記事

NEWS LETTER

GGPの最新情報をお届けするNews Letterです。
News Letterの登録は以下からお願いいたします。
(三井住友フィナンシャルグループのサイトに遷移します。)