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ネイチャーポジティブ、「地球やばい!」では誰も動かない!——TNFDでNECが「事業機会の創出」にこだわった理由

Date: 2024.02.29 THU

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日本総研創発戦略センターの古賀啓一シニアマネジャー(左)と、NECのエンタープライズビジネスユニット、エンタープライズ企画統括部の平田健二マネージャー(右)

企業がサステナビリティ(持続可能性)に関する取り組みを強化する中、気候変動対策に加えて、生物多様性・自然資本の保全と回復を目指す「ネイチャーポジティブ」も重要な経営課題になりつつあります。
国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」2023年9月、自然環境と関連した依存・影響・リスク・機会の開示に関するフレームワークの最終提言をまとめました。
既に、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」については、東京証券取引所がプライム市場の上場企業に対して開示を実質的に義務付けています。今後、TNFDについても同様の流れが強まる可能性があります。

TNFD2024116日、フレームワークに基づいた情報開示を始めた世界320社のリストを公表しました。
日本企業は80社を占め、国・地域別では世界最多です。その中の1社で、国内IT企業として初めてTNFDレポートを開示したのが日本電気株式会社(NEC)です。

NECはなぜ、そしてどのようにTNFDのレポート作成に取り組んだのでしょうか。
TNFDレポートの作成で事業機会に関する情報開示をリードしたNEC・エンタープライズ企画統括部マネージャーの平田健二氏に、日本総研・創発戦略センターシニアマネジャーの古賀啓一が話を聞きました。

古賀 2023年、TNFDフレームワークの最終提言がまとまり、ネイチャーポジティブへの関心が高まっています。私は気候変動対策と同様に、もっと早く企業経営における主流のテーマになっていると思っていました。生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が日本で開催されたのは2010年、もう15年近く前です。ようやくここまできたか、というのが正直な感想です。

日本総研は2010年に、住友信託銀行、住友アセットマネジメントと共同で「生物多様性企業応援ファンド(愛称:生きものがたり)」を立ち上げ、私も開発に携わりました。生物多様性の保全・回復をビジネスと両立させ、企業の成長にもつなげるというストーリーを打ち出すことが狙いでした。運用期間は10年で、最終的に設定当初の基準価格を上回り、生物多様性の保全・回復が多少なりとも成長に結びつくというストーリーを示せたのではと考えています。

平田さんにお伺いしたいのは、生物多様性の保全・回復がリスクへの備えだけではなく、事業機会の創出にもつながるという視点です。NEC20237月に開示したTNFDレポートは、多くの事業機会を示しているところが特徴です。まずは、TNFDレポートの作成に取り組んだ経緯から教えていただけますか。

平田健二(NECエンタープライズ企画統括部 マネージャー)

平田  NECはパーパスとして安全・安心・効率・公平という社会価値の創造と、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を掲げています。その実現に向けて、NEC 2030VISIONでは、ありたい社会像を環境・社会・暮らしの3層構造でとらえ、すべての営みの土台となる「環境」において「地球と共生して、未来を守る」ことを目指しています。

情報開示において、自然資本に対する依存・影響・リスクを開示することは重要ですが、環境問題や生物の保全・回復の話ばかりをしていると「サステナビリティ関連の部署の仕事だ」と、社内、特に事業部の人たちは「自分ごと」として捉えてくれません。そのため、事業機会の創出につながると時間をかけてコミュニケーションをしてきました。最終的にTNFDレポートに多くの事業機会を盛り込めたのは、その成果だと思います。

事業機会の例(出所:NEC TNFD レポート2023)

古賀啓一(日本総研創発戦略センター)

古賀 Teams を使った社内コミュニティでの議論が生かされたそうですね。

平田 はい。社内に「NEC for Green」というTeams上のコミュニティがあり、1600人ほどが参加しています。当初は環境関連の部署だけでしたが34年ほどかけて参加者が増えました。「最新の市場動向をまとめたので共有します」という若手の投稿に、役員が「良い資料なので他の役員にも共有させてもらいます」と応じるなど、フラットに議論ができるコミュニティになっています。

古賀 組織文化として醸成されてきているのが強みですね。

平田 実は私も、このコミュニティへの参加がきっかけで事業部側から取り込まれました(笑)。新たな事業機会を探索していた時、「カーボンニュートラルの次に来るテーマとして、ネイチャーポジティブもあるよね」という話をしていたら、サステナビリティ関連の部署でネイチャーポジティブへの取り組みとして、TNFDを参照した情報開示に取り組もうとしていると知り、いい機会だと手を挙げました。

当初、コアメンバーは4人ほどでしたが、プレスリリースなどからネイチャーポジティブに関連しそうなソリューションの候補を洗い出し、事業部側に声をかけていきました。最終的に25の部署から80人ほどが自主的に参加し、約3カ月でレポートを書き上げました。

NECには「クライアントゼロ」という言葉があります。自分たちをゼロ番目の顧客と捉え、まずは自分たちで実践し、そこで得られた知見をソリューションとしてお客様に提供しようという考え方です。そんな意識が根付いているので、多くの人を巻き込めたのだと思います。

古賀 レポートには興味深いソリューションがいくつも紹介されています。人工知能(AI)を活用したサービスもその1つです。

平田 例えば、農業をAIで可視化するICTプラットフォーム「CropScope」は、スマート農業を実現するソリューションです。カゴメ様とのジョイントベンチャー、DXAS Agricultural ­Technology(ディクサス社)との取り組みでは、ポルトガルのトマト栽培において「窒素肥料の20%削減」「灌漑量の15%削減と同時に収穫量の20%増」に成功しました。

現状の課題は、事業機会の規模について、定性的な評価しかできていないことです。唯一、定量的な数字を出せたのが、この農業ICT事業です。2025年までに売上高50億円を達成することが目標です。数字で自然資本へのポジティブなインパクトを語るのはまだ難しい。それでも、こうした事例が出てきたことで、多くの社員が実感として自然資本の保全が事業機会の創出につながると理解できるようになってきました。

AIは、直接的にも間接的にもネイチャーポジティブに貢献し得る技術であると捉えています。CropScopeは直接的な貢献に近いと思いますが、例えば「因果分析」という原因と結果の関係を見える化する技術を用いて、過去に実施したネイチャーポジティブに関する政策・施策で、どれが最も生活者ニーズに沿ったものであったか、政策立案と現状政策の定量評価を行うこともできます。

古賀 生物多様性に影響を与える要素として、土地・海洋利用変化、自然資源の奪取、汚染物質、気候変動、侵略的外来種の5つがあると言われています。自社の事業がこれらの要素にどう影響を与えているか、という視点で既存事業を捉え直すと、エビデンスも踏まえた取り組みのきっかけを見出しやすいかもしれません。

平田氏

平田 そうですね。例えば、生物に欠かせないのが水です。弊社の環境パフォーマンス管理ソリューション「GreenGlobeX」は、気候変動の文脈で事業を拡大していますが、工場における水の使用量や排水量を管理することもできます。全く新しいソリューションを作り出さないといけないわけではなく、既存のソリューションをネイチャーポジティブの視点で捉え直し、自然の回復にどうやって貢献できるかを見出す「気づき」が大切でしょう。

古賀 NECでは、その気づきをどのように得ているのですか。

平田 一例として、リスクの分析や評価ができる公開ツールを活用しています。例えば、世界資源研究所(WRI)が提供している水リスクの評価ツール「Aqueduct」では、世界各地の渇水や干ばつなどの水関連リスクを可視化することができます。このツールを用いて、例えば、リスクの高い地域で事業をしている食品メーカーに対して、先ほどご紹介したスマート農業を実現するCropScopeを提供することができるのでは、といった仮説も立てられます。

Aqueduct(https://www.wri.org/aqueduct)で世界の水リスクを調査した。左の地図は水の消費量が地域の水枯渇に及ぼすリスク。右の地図は干ばつが発生するリスク(出所:NEC TNFD レポート2023)

古賀 TNFDレポートの作成プロセスが、マーケティングにもつながるわけですね。

平田 ネイチャーポジティブの分野では、WRIをはじめとした国際機関などから様々な評価ツールが提供されています。自社の情報開示に活用するだけではなく、クライアントが直面するであろう課題を発見したり、新たな市場の開拓に活用したりできるのではないかと思います。

古賀  TNFDの開示は事業機会の創出に大きく貢献し得る一方、NEC自身が環境に与えるリスクの洗い出しはどのように取り組んだのでしょうか。IT企業のNECと聞くと、生物多様性や自然資本との直接的な関わりは薄いようなイメージがあります。

平田 主力事業の1つであるシステム構築やコンサルティング、サポート(保守)といった事業においては、自社の事業範囲では自然資本への依存は限定的と考えます。一方、NECには通信機器などを製造する製造業の側面もあります。

NECの生産拠点では製造過程で水を使用しており、自然資本への依存度はNEC社内の他の事業よりも相対的に高いと考えられたことから、まずは通信機器の製造事業にフォーカスしてリスクの分析を行いました。分析に際しては、先述の評価ツールを活用し、水以外の自然資本として土壌に関するリスクも指摘されていることを把握し、開示に盛り込んでいます。

古賀氏

古賀 リスクの開示は、自社だけではなく、サプライチェーンの上流・下流についても求められます。大変な作業が伴うことから、「まずは先進的な企業がやってから」と様子見の企業も少なくありません。

平田 私たちが開示したレポートは、2023年9月に公開されたフレームワークの最終提言(v1.0)ではなく、2023年3月に公開されたベータ版(v0.4)を参照しており、まずは情報開示に試行してみたという位置づけです。v1.0を参照し、より網羅的なリスク開示に向けて社内で検討を進めていますが、難しさも感じています。

例えば、NECの主力事業であるシステム構築は、自社の事業範囲においては自然資本への依存は限定的、と言いましたが、システムを動かすためにはハードウエアやその中に組み込まれる半導体が必要です。半導体の製造においては、レアメタルなどの鉱物資源が不可欠なほか、大量の電力や水を消費します。そのためサプライチェーンの上流へとスコープを広げれば、実はシステム構築の自然資本への依存は極めて大きいという見方もできます。

古賀 とはいえ、大変だからやるのを後回し、というのでは本末転倒です。NECも2023年7月時点ではあくまでベータ版と認識したうえで、まずやってみる、という判断だったのですよね。

平田 そうです。TNFDという新しい動きに対して、正式版が発表される前のベータ版であっても取り組むことで課題を捉えることができるのでは、と考えました。まずは、自社で取り組める範囲を見定め、なぜその範囲に絞ったのか、というロジックも含めて開示することが重要だと思います。ネイチャーポジティブに向けた取り組みは、気候変動よりも多種多様な自然資本を捉える必要があり、やるべきことも膨大です。単なる情報開示で終わるものではなく、情報開示に資する企業活動に変革していくために継続的に取り組む必要があります。これからTNFDのレポート作成に取り組む企業は、いきなり全てのリスクや機会を洗いざらい深堀していく前に、まずは自社のこの辺りにリスクや機会がありそうだと仮説を立て、仮説を検証しながら進めるのがいいのではないでしょうか。

古賀  2023年12月、経団連は「企業の生物多様性への取組に関するアンケート調査結果概要」を公表しました。経営層の8割以上が「生物多様性」という言葉の意味を知っていると回答し、意外と浸透しているなという印象を受けました。ただ、肌感覚として、経営層でもネイチャーポジティブの必要性がわかっていなかったり、事業部門を巻き込めていなかったりする企業は少なくありません。今後、ネイチャーポジティブへの取り組みを加速するには、何が課題になると思いますか。

平田 1つは、社内外の信頼関係の醸成です。本社から工場に自然資本への依存や影響に関する情報の提供を求めても、信頼関係がないと情報がどのように活用されるのか分からず不安が募り、やりとりはスムーズに進まないでしょう。これは社内だけでなく社外の取引先とのやりとりでも同様です。今後、上流・下流にスコープが広がっていくと、取引先にも自然資本に関わる情報の開示を求めていくことになります。

自然資本に関わる情報開示は、まだ多くの人にとって「得体の知れないもの」です。このままでは自然資本の損失は取返しのつかない状況になってしまうこと、回復のためには単一の企業だけでなくサプライチェーン全体で取り組む必要があることを理解してもらうなど、丁寧なコミュニケーションが求められます。

ただ、もう1つ大切だと考えていることがあります。それは「地球やばい」という危機の煽り方をしても、ボランティアのような単発的な取り組みで終わってしまい、自然資本の回復に向けた継続的な取り組みとなりづらい、という点です。ネイチャーポジティブに向けた取り組みは、ビジネスを継続・加速させるうえで重要なものになりつつあること、かつその流れは不可避なものであることを理解し、ビジネスや経営に紐づけていく必要があるでしょう。

古賀氏(左)と平田氏(右)

古賀 企業として取り組む理由を明確にすることが必要、ということですね。私たち日本総研も、企業がTNFDに関して取り組む理由を見つけるお手伝いに力を注いでいく方針です。

企業への支援策の一例として、2023年、SMBCグループやMS&ADホールディングス、日本政策投資銀行、農林中央金庫などとともに、ネイチャーポジティブの取り組みを支援するアライアンス「FANPS(Finance Alliance for Nature Positive Solutions)」を発足しました。ネイチャーポジティブにいかせるソリューションをカタログにまとめるなどしてハードルを下げ、企業が取り組む理由を見出すところから支援していきます。

平田 ネイチャーポジティブは各社が単独で取り組めるテーマではありません。NECとしても、多くの企業と一緒にチームをつくっていきたいと考えています。

古賀 ぜひ、一緒に仲間を増やしていきましょう。

2024119日、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにて 文:大竹剛/エディットシフト 特記ない写真:村田和聡)

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