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「障害のある人」はもはや「特別な人」ではない! 多様性こそ社会の本質、Web3が拓く自立への道

Date: 2024.04.19 FRI

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右から、東京大学国際オープンイノベーション機構・統括クリエイティブマネージャーの上條健氏、日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャーの木村智行氏、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の松井彰彦氏、GGP事務局の山北絵美、フリーアナウンサーの三宅民夫氏

202437日、GGPは東京大学国際オープンイノベーション機構と共同で、「サステナブルな社会に向けた産学連携 みんなが変われば社会は変わる~障害のある人と共創するNFTアートから考える」と題したイベントを開催しました。

20244月から民間企業における障害者の法定雇用率が現在の2.3%から2.5%2026年7月に2.7%)に引き上げられ[*1]、障害者に対する「合理的配慮」が企業の努力義務ではなく義務となりました[*2]。多様な働き手が社会で活躍できる環境づくりが、これまで以上に強く求められることになります。

本イベントでは、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の松井彰彦氏、日本総合研究所創発戦略センター・シニアマネジャーの木村智行氏を招き、障害の有無にかかわらず多様な人が活躍できる社会の実現に向けた方策について議論しました。松井氏は東京大学で障害者雇用の推進と研究を手掛けてきた第一人者。木村氏はNFT(非代替性トークン)などWeb3技術を活用して発達障害のある人が活躍できるプラットフォームづくりに取り組んでいます。モデレーターはフリーアナウンサーの三宅民夫氏が務めました。

そもそも、「障害」とはなんでしょうか。東京大学国際オープンイノベーション機構の上條健統括クリエイティブマネージャーは、次のように問いかけます。
「私たちは『障害者』と呼ぶけれど、実は社会の側が『障害』になっていると認識すべきケースが少なくないのでは」

例えば、「歩道橋」について考えてみましょう。
歩道橋は人がクルマを避けて道路を横断するためにつくられています。道路はクルマ優先で設計されているからです。
しかし、ベビーカーを押す人や足が不自由な人、高齢者など、歩道橋を使うことが難しい人もいます。つまり、歩道橋という存在が一部の人にとっては障害となり、「渡れない人=障害者」という構図をつくり出しているとも言えるわけです。

このように、大多数の人ができることに不自由さを感じる人は、社会から「障害のある人」と見られがちです。しかし、「障害者」はもはや「特別な人」ではありません。
国内の障害者数は1,160万人、人口の1割に近づいています。内訳は、身体障害者が436万人で、それを上回る数の知的・精神障害を持つ人がいます[*3]。

上條氏は、「誰もが自分の適性に合わせて学んだり働いたりする権利がある。それは基本的人権の1つであり、社会全体としてどう実現するかを議論していきたい」と訴えました。

松井彰彦氏

上條氏の問いを受けて、東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授の松井彰彦氏が登壇し、同大学で取り組んできた障害者雇用と、そこでの気づきについて講演しました。松井氏は2003年に総長補佐になり、バリアフリー支援室で障害者雇用推進を担当。当時、国立大学の法定雇用率は2.1%[*4]でしたが、東大は1.4%と対応が大きく遅れていました。

松井氏は、自身が所属する経済学部をパイロット部局と定め、研究チームを創設。「数合わせの障害者雇用はやめよう!」を合言葉に、障害者雇用の研究と実践に取り組みました。

落ち葉拾いなど大学構内の環境整備チームで障害者を雇用するほか、在宅就労制度を導入するなどして経済学研究科での障害者雇用率を2010年以降、10%超に引き上げました。東大としては2011年に当時の大学における法定雇用率2.1%を達成しています。

障害者は一般的に「ふつうでない人々」と捉えられているが、本当だろうか? 出典:松井彰彦

障害者は一般的に、「ふつうではない人々」と捉えられ、福祉や医療の対象として考えられてきました。特別な施設や学校、病院などが支援し、そのための予算も国や自治体が提供します。

松井氏は、「これ自体は素晴らしいこと」と評価しつつ、「そこから離れて就労して自立を目指そうとすると、大きな壁=バリアが立ちはだかる」と指摘。「『障害=相対的なもの』と捉え、バリアをいかに低くしていくかが大切」と述べました。

例えば、建物の2階に上がるのに、筋肉隆々の人なら棒が1本あれば登っていけるかもしれません。しかし、高齢者にとっては階段があっても難しい場合もあります。階段をつくるのはコストがかかりますが、安いからといって棒1本ですませたら社会は成り立ちません。エレベーターができたことにより、車椅子ユーザーだけでなく階段で不自由さを感じていた様々な方の「障害」が取り除かれたという事例もあります。

松井氏は、東大で障害者雇用を推進するにあたり「仕事をするのに本当に必要な能力とは何か」を問い直しました。2010年に在宅就労制度を導入し、自身の研究室で3人の車椅子ユーザーを雇用したのはその成果です。それは、「通勤ができない人=就労できない人」という従来の考え方を問い直し、「通勤は就労の本質部分ではないかもしれない」と考えたことがきっかけとなりました。

「本質」を問い直した東大の在宅就労制度 出典:松井彰彦

さらに松井氏は、精神障害を抱える人を出勤と在宅のハイブリッド就労で採用しました。松井氏は、「本質を問い直すことで、障害者雇用を『普通の雇用』として導入できる。この考え方は、ルーティーンの作業を黙々とこなすのが得意な知的障害の人を雇用するといった、様々な場面で通用する」と強調しました。

木村智行氏

直接的な「雇用」という方法でなくとも、障害者が活躍できる環境はつくることができます。次に登壇した日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャーの木村智行氏は、デジタル技術を活用し、発達障害の人たちが生き生きと働き、しっかりと報酬も得られるプラットフォームの構築に挑むプロジェクトを紹介しました。

木村氏が取り組むのは、NFT(非代替性トークン)と呼ばれるWeb3技術を活用した、障害のある人が仕事を得られるコミュニティ創出プロジェクト「Good Job! Digital Factory」です。Good Job! Digital Factoryは、社会福祉法人わたぼうしの会と日本総研、ブロックチェーンベンチャーであるTart(NEORT)などが協力して立ち上げました。

Web3などデジタル技術で多様な働き方の実現を目指す 出典:木村智行

日本総研の試算によると、発達障害がある人の非就職者数は約240万人(推計)にも達しています。大卒の就職率が73.1%である一方、発達障害がある人の就職率は43.5%とかなり低い状況にあります。

木村氏は、「例えば、(発達障害の1つである)自閉症スペクトラムの人は一般的に高い集中力や論理的思考があるものの、コミュニケーションが苦手な人も多い。こうした〇〇ができない、という『弱み』に注目が集まってしまい、安定した就労につながりにくい」と指摘します。

「Good Job! Digital Factory」の仕組み。発達障害がある人が報酬を得られる 出典:木村智行、画像出所:社会福祉法人わたぼうしの会・日本総研

Good Job! Digital Factoryは、こうした状況をNFTアートで解決することを目指しています。NFTはデジタル画像の不正なコピーや改ざんを防ぎ、唯一性を証明できる技術。これをデジタルアートに活用し、発達障害のある人たちの作品をネット上で売買できるようにし、報酬(ロイヤルティー)を得られる仕組みです。

例えば、キャラクターの顔や手のパーツを障害のある人とない人が一緒になって描き、服のデザインを障害のあるアーティストが担当して1つの作品をつくり上げます。作品が売れると、それぞれに報酬が支払われます。20242月から1000体の販売を開始しており、今までに100人ほどが購入しました。

顔や手を障害のある人とない人が一緒になって描き、服は障害のあるアーティストの作品を使って、それらを組み合わせて販売する 出典:木村智行、画像出所:社会福祉法人わたぼうしの会・日本総研

さらに、こうした活動を通じて、オンラインのコミュニティも構築。木村氏は、「障害のある人が匿名で参加できるため、コミュニケーションのハードルを下げられる」とデジタル技術のメリットを強調。「デジタル技術をうまく使うことで社会的な障害を解消できると信じている。インクルーシブで自律分散的な社会の実現を目指したい」と抱負を語りました。

松井氏、木村氏によるパネルディスカッションでは、障害の有無にかかわらず、多様な人が自身の適性に合わせた活躍ができる社会の実現に向けた課題などについて議論を交わしました。司会はフリーアナウンサーの三宅民夫氏が務めました。主なやりとりは以下の通りです。

パネルディスカッションでは活発な議論が交わされた

三宅:改めて、いま何が問われているのでしょうか

松井:今の世の中は、色々なことが「人並み」にできないと「仕事ができない」とレッテルを貼られ、社会で生きていくのが難しくなります。しかし、本当にそうでしょうか。いろいろな「生きづらさ」を抱えていても、できることを持ちよることで誰もが生きやすい社会に変えていかなければなりません。
そもそも、障害の有無は社会参加において本質的なことではありません。歴史的には身分や性別などで様々な差別がありましたが、解消に向けた努力がなされてきました。障害の有無で社会参加を差別することを禁じた「障害者差別解消法」も、こうした流れにあります。

差別解消は、「本質」と無関係の部分を取り除いてきた歴史だ 出典:松井彰彦

木村智行氏

木村:匿名・非対面という特徴があるデジタル技術を使うことで、障害の有無にかかわらずアウトプットだけで判断できるメリットがあります。つまり、松井さんがおっしゃる「本質部分」にフォーカスを当てやすくなります。
例えば、多くの企業が発達障害がある人をうまく活躍させられていないのは、そもそも本質部分にフォーカスできておらず、多様性を受け入れられる組織になっていないということでしょう。
効率ばかりを追求すると、人間は歯車になってしまいます。本質部分にフォーカスして、効率追求の外側にある多様性をどう受け入れるかを考えていくべきではないでしょうか。

松井:経済学は効率を追求する学問と思われがちですが、実はそうではありません。人間を歯車にすると批判されがちな分業の考え方も、本来はできる人ができることをやり、チームとして人間らしい社会をつくる、という発想が根底にあります。人間を部品化しては、とても幸せな社会はつくれません。
そもそもアダム・スミスはキリスト教の権威に対抗して、誰もがやりたいことをできる社会を目指しました。教会の権威から抜け出すためのものが市場だったのです。しかし、今は市場ばかりが重視されるようになり、みんなを苦しめてしまっています。

木村:オルタナティブ(代替策)をどうつくっていくか、が大切ですね。もちろん、市場は重要ですが、その外にある多様性とどのようにつなげて、新たな価値をつくっていくか。そこにWeb3のような分散型システムの出番があるのではないでしょうか。

松井:それをロジカルに考えていく学問が必要でしょうね。「きれいごとを言っているけど、儲からないところにお金を出せ」という話だと思われないよう、理論的な裏付けを経済学者として考えていきたいです。

三宅:デジタル技術などを使って多様性を生かした働き方が実現できれば、障害者が自立していくことにもつながるでしょうね。

デジタルコミュニティで「依存先」が増える 出典: 木村智行、画像出所:社会福祉法人わたぼうしの会・日本総研

松井彰彦氏

松井:「自立」は「依存」の対義語であると考えている人が多いのですが、むしろ依存先を増やすことが自立につながると考えることもできます。市場のいいところは、さまざまなオルタナティブと市場での取引を介してつながれることです。障害者が自立するための依存先を確保するためにも、市場をうまく活用する手もあるでしょう。

木村:その発想は、私たちが取り組む障害がある人たちと協生するNFTアートのコミュニティにもつながるものです。デジタルなら物理的な距離などに左右されず、コミュニティを無数につくれますし、働き方も多様です。

三宅:障害のある方たちだけではなく、私たち全員の幸せにもつながる話ですね。

松井:みんな一人では生きていけません。依存し合っているのですから。

(文:大竹剛/エディットシフト 特記なき写真:工藤朋子

*1 障害者雇用促進法 厚生労働省
*2 障害者差別解消法 政府広報オンライン
*3 厚生労働省「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」資料
*4 国・地方公共団体などの法定雇用率は20244月に2.6%から2.8%に引き上げられ、20267月には3.0%となる

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