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生物多様性のデータが生む新たなビジネスチャンス

Date: 2024.12.05 THU

  • #自然資本

  • #新規事業

積水ハウス ESG経営推進本部 環境推進部長 兼 環境マネジメント室長の井阪由紀氏(左)とシンク・ネイチャー 代表取締役の久保田康裕氏(右)

企業はどのようにネイチャーポジティブ(自然再興)に取り組めばよいのでしょうか——。
そうした課題への取り組みを紹介するイベント企画「生物多様性を手繰り寄せるシリーズ」のvol.2「続・生物多様性とデータとビジネス」を2024年8月6日、GGPとロフトワークの共同で開催しました。

ゲストは、具体的なデータを基に生物多様性の価値を“見える化”し、都市のネイチャーポジティブを推進する2名です。
積水ハウス ESG経営推進本部 環境推進部長 兼 環境マネジメント室長の井阪由紀氏とシンク・ネイチャー 代表取締役の久保田康裕氏に、積水ハウスが展開する庭づくり「5本の樹」計画を話題の中心に据え、お話を伺いました。
お二方はプレゼンテーションとクロストークを通じて、生物多様性が新たなビジネスチャンスであることを示しました。

  • ネイチャーポジティブな暮らしの価値を創造・発信——「5本の樹」計画の定量評価と見える化
  • 生物多様性科学を基に市場や産業をつくる
  • 自然資本への投資で新しいビジネスチャンスを
  • アーカイブ

戦後日本の住宅供給を牽引してきた積水ハウスは1960年の創業以降、累計で266万戸の住宅を建設してきました。この実績は、同社が都市環境に大きなインパクトを与えていることを示しています。

井阪氏はまず、そのような影響力をもつ積水ハウスが長年取り組んできた環境への取り組みを概説しました。ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)やエシカルな暮らしができる住まい、木造住宅「シャーウッド」での国産材活用など、住宅メーカーの事業として地球環境に貢献している側面が明らかになりました。[*1

井阪由紀氏

その中でも本イベントのテーマ「生物多様性」に大きく貢献するのが、同社が2001年から継続している地域の生態系に配慮した庭づくり「5本の樹」計画です。

これは、同社によると“3本は鳥のため、2本は蝶のために、地域の在来樹種をという思いを込めたもの。住宅建設の時、庭にその地域の在来樹種を中心とした植栽を提案する同社の庭づくり・まちづくり事業です。

5本の樹」計画では、20244月までに累積で全国に2,000万本の植樹をし、ネットワーク型の緑化活動を行ってきました。つまり、どこにどのような樹種を植えたかというデータを蓄積してきたのです。

ネットワーク化する「5本の樹」計画の概念図 図提供:積水ハウス

このビッグデータを基に生物多様性にどの程度貢献しているのかを検証した内容を「ネイチャー・ポジティブ方法論として積水ハウスは2021年に発表。
共同で検証に挑んだのが、久保田氏が代表を務めるシンク・ネイチャーです。同社が管理運営する「日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP」[*2]と積水ハウスの樹木データを掛け合わせ、生物多様性の保全再生について、定量的な実効性の評価を行い、 “見える化”に成功しました。

「5本の樹」計画による生物多様性への貢献を地図上に可視化。「ネイチャー・ポジティブ方法論」より 図提供:積水ハウス

井阪氏は「『5本の樹』計画を続けていくためには、どのような効果があるかを調べてアピールする必要があった」と振り返ります。

また、庭を提案する際に用いるネイチャーポジティブを最大化するための「生物多様性可視化提案ツール」も久保田氏と共同開発。建設地の住所を入力すると、生物多様性保全効果が高い植栽樹種の組み合わせがシミュレーションできるというもので、20247月から試験運用を始めています。

さらに積水ハウスでは「5本の樹」計画による生物多様性の豊かな庭が、居住者のウェルビーイングにも貢献していることも東京大学との共同研究により明らかにしました。

  • 生物多様性可視化提案ツール開発。積水ハウスでは「5本の樹」計画の効果を定量評価することを継続して行っている。

  • 東京大学と共同で行った「5本の樹」計画とウェルビーイングの関係調査。 図提供:積水ハウス


「お客様にとって『5本の樹』計画がどのような効果をもたらしているのかをきちんと調べたかった」と井阪氏。実際の住人へのインタビュー動画を紹介し、「お客様の心にも実際に響いていることが分かってきた。今後もぶれずに『5本の樹』計画を推進したい」と方針を語りました。

最後に井阪氏は大阪梅田にある同社の企業緑地「新・里山」での取り組みにも触れ、「小さな庭かもしれないけれど、そこを生物の拠点としてネットワーク化できれば、多様な生物が暮らせる環境となり、生物多様性の回復につながると思う」と締めくくりました。

積水ハウスがウェスティンホテル大阪、ダイハツディーゼル新梅田シティ、野村不動産と保有・管理する企業緑地「新・里山」。2023年10月6日に、環境省による「自然共生サイト」の認定評価を取得 図・写真提供:積水ハウス

生物多様性を可視化する研究を行う琉球大学教授の久保田康裕氏は、学者であると同時にシンク・ネイチャーの代表として世界中の生物多様性に関わるデータを新規ビジネスに役立てる活動を行う第一人者です。

「フィールドワークなどで研究者が得た生物多様性に関するデータは、アカデミアの世界で留まりがち。研究成果が社会で役立ち実装されるように“見える化”を志した。専門的な知見を基に市場や産業をつくっていきたい」と、久保田氏はシンク・ネイチャーの起業動機を説明しました。

久保田康裕氏

最初にサイエンスの世界から見た生物多様性に関わるデータの信頼性についての説明をした後、「科学的視点ではこれらのデータがパーフェクトになることはありません。でも……」と、久保田氏。「生物多様性が消失していて自然資本が危機であることは明白。今あるデータを基になるべく高解像度で見える化を進め、それを活用してネイチャーポジティブを進めることを考えるべき」と、生物多様性回復のための方向性を示しました。

生物多様性の見える化において、どれくらい信頼性が高いかを評価する「漸近式手法」の説明を元に、過去と現在のデータを比較し、年代間の生物多様性地図の一致度が高いほど信頼性が高いと判断できることを解説した。「分類群によって異なるが、日本のデータは比較的信頼度が高い」と久保田氏は言います。

ではシンク・ネイチャーでは具体的にどのようなビジネス支援を行っているのでしょうか。

「アカデミアとビジネスではデータに関するニーズが違う。生物多様性に関するデータをビジネスの市場にフィットしたプロダクトにするため、多数の連携企業と共に数年間考えてきた」と久保田氏は試行錯誤があったことを明かしました。その結果生まれたのが企業の生物多様性に関する対応を支援するGBNATGlobal Biodiversity and Nature Assessment Tool)というWEBサービスです。

シンク・ネイチャーHPよりGBNATのサービスを紹介するサイト

「生物多様性はロケーションに応じて特徴が異なるため、全世界のあらゆる事業拠点に関して、自然との関係を評価するレポートを出力できます。企業のTNFD対応などに活用できるデータプロバイドのシステムです」と久保田氏は説明しました。
GBNATの動画はこちら

そして最後に積水ハウスと共に取り組む「5本の樹」計画に対する定量評価を実例として示しました。井阪氏が紹介した「ネイチャー・ポジティブ方法論」や「生物多様性可視化提案ツール」に触れ、それらがビジネスのニーズにフィットさせたサービスであると位置づけます。

「こうしたツールを使うと、今後、都市や宅地を再開発する時に、より効果的に生物多様性を再生できるように緑地や庭を、自然の観点でデザインできます」と、住宅開発の事業が都市の生物多様性の回復支援に貢献できることを強調しました。

図提供:シンク・ネイチャー

図提供:シンク・ネイチャー

左から浦野奈美氏、井阪氏、久保田氏

後半はロフトワークの浦野奈美氏をモデレーターとしたクロストークです。

浦野 積水ハウスはなぜ「5本の樹」計画を始めたのでしょうか。またシンク・ネイチャーと協働した経緯を教えてください。

井阪
 宅地開発は地域にインパクトを与えるので、それぞれの敷地にあった植栽を選ぼうという動きがあり、そこから「5本の樹」計画のコンセプトが20年前に生まれました。
なぜ「5本の樹」計画を進める必要があるのか、当社が目指すものは何なのかという勉強会を外構業者と一緒にやり、まずは商流をつくるところから取り組みました。
15年くらい前から生き物調査をやっていて、生物の種が増えているということが分かっていました。それをきちんと調べようとしていた時に久保田さんを紹介いただきました。

久保田 積水ハウスさんは植栽に関する高い意識をお持ちで「5本の樹」計画による生物多様性の再生を数値的に定量評価できたらよいという話をいただきました。
CSR活動ですよね」と私が言ったら、「違います、事業としてやっています」ということをおっしゃったのが印象的でした。顧客に新しい価値を提供する、他社よりも付加価値のある住宅を提供するビジネスとして取り組む姿勢を感じました。

浦野 ネイチャーポジティブは、脱炭素に比べると実感が伴っていないと感じます。企業はどのように事業の糸口を見つけていけばよいでしょうか?

井阪 「積水ハウスさんは庭というテーマがあっていいよね」とよく言われます(笑)。他の企業も、空気や水など自然資本に依存していると思いますので、その観点で考えるとよいのかなと思います。自然資本を当たり前だと今は思っていますが、実は生態系サービスを受けていることにまず気づくことが肝要だと思います。

久保田 TNFDなどに沿って、情報開示のための開示を目的に生物多様性対応をやっても、実効性がないと私は思います。また、自然保護がゴールになるとビジネスの世界では主流化しません。
生物多様性に関与するということが、自分たちの企業の事業継続性に直結し、きちんと対応すればお金になるし、しなかったら損失を生むという理解が進むと、社員も自分ごとになると思います。ビジネスという観点で生物多様性について認識をすることです。

浦野 今回は生物多様性に関するデータ活用がテーマです。それをいかにビジネスに接続していくとよいでしょうか。また、どのようなチームで挑むとよいでしょうか。

井阪 当社ではもともと“どこにどのような木を植えたか”のデータがありました。自社でそのデータを拾い上げ、私たちなりにやろうとしていたのですが、久保田さんのような専門家と接点を持てたことでその効果が明らかに見えてきました。他の企業でも、社内で眠っているデータがもしかしたら宝になるのではないかと思います。

久保田 これまで自然関連の産業がありませんでした。つまり、生物多様性の知見を生かせるビジネスの場がなければ人もいないのが現状だと思っています。このギャップを埋めるのが私たちシンク・ネイチャーのミッションです。
生物多様性に関する市場や産業をつくるためには、プレイヤーを育てるということからまずやらないとだめかなと思っています

参加者A GBNATを利用して自然資本を金銭評価するために、今後どのような研究や実証実験が必要ですか?

久保田 カーボンクレジットのように、自然資本もクレジット化されて金銭評価されるということが念頭にあっての質問かと思います。生物多様性は多面的な価値をもっているので、直接的に金銭評価は難しく、それを拙速にやるべきではないと思います。
一方で企業によっては、生物多様性のこの要素に事業が依存しているということが容易に特定できます。そうすると、今のような生産・調達の仕方をしていると、今後環境が変化したときに、これだけ収穫が下がり金銭的なリスクがありますよということは、十分に金銭価値評価ができます。これは企業の意思決定を変えるデータになると思います。

参加者B 環境アセスメントが形骸化している状況に対してどのようにお考えでしょうか? 

久保田 環境アセスメントのように、環境規制に関する対応が「手続き」としてやられてしまうと、自然環境に対する事業インパクトを回避・緩和するという点で、実効性がありませんでした。TNFDもその方向に行く可能性が十分にあります。
我々としては「規制に対する情報開示」という形で適合するだけではなく、自然資本に投資をすることで新しいビジネスチャンスを生み出す意識を醸成し、実際の実例も作っていきたいです。そうすると実効性をもたらすアクションが推進され、そこに投資をする動機も与えられ、経済循環を通して自然資本の保全再生を促すことが可能になります。

202486日、ロフトワークにて 文:有岡三恵/Studio SETO 写真:ロフトワーク)

*1 環境への取り組みが総合的に高く評価され、グローバルな環境情報開示システムを運営する国際NGOCDPより「気候変動」「フォレスト」「水セキュリティ」の3部門全てで最高評価となる「トリプルA」に選ばれた。2023年のトリプルAは世界で10社、国内では積水ハウスと花王が獲得
*2 生物多様性の保全に関連する50項目以上の地理情報を高解像度(1km x 1km)で可視化している

動画再生時間:約93分

00:02:32 GGP紹介
00:04:54 イベント本編開始

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