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貧困・格差、虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチとは?

Date: 2024.09.24 TUE

  • #ソーシャル

  • #新規事業

日本総合研究所 山本尚毅

社会課題が拡大・深刻化する中、企業には経済的価値の創出だけでなく、社会的価値の創造も求められるようになっています。
SMBCグループが考える社会的価値創造のかたちについて、様々な具体例を交えながら紹介する「社会的価値創造」シリーズ第2回では、貧困・格差、虐待の連鎖を乗り越えるための新たな教育アプローチの実践例を紹介します。

筆者は現在、京都大学・三井住友フィナンシャルグループ・日本総合研究所が共同で設置した「SMBC京大スタジオ」で「貧困・格差、虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチの研究開発と普及」に取り組んでいます。

日本において貧困状態にある子どもは7人に1人、さらにひとり親世帯となると2人に1人です。
特に相対的貧困は、絶対的貧困に比べて目には見えにくいため、その対応が難しいと言われています。貧困家庭に育った子どもが、大人になってもその境遇から抜け出せず、場合によってはそのまま貧困な家庭を築かざるを得ないような状態を「貧困の連鎖」と言います。

このような連鎖を断ち切るための有効な手段の1つが、子どもたちの学習をサポートし進学を支援する取り組みです。
子どもたちが将来貧困に陥ることを防ぎ、貧困の連鎖を断ち切る上で一定の効果があるといわれています。
また、国際子ども虐待防止学会の元会長リチャード・クルーグマン氏[*1]は、虐待の連鎖を断ち切る上での一番の方策は「虐待を受けている子どもたちを早期に保護して適切な養育環境や心理的なケアを提供し、社会が一丸となって彼らが子どもを虐待しない親に育つ仕組みをつくることだ」と述べています。虐待の連鎖を断ち切るために目の前の子どもたちに加えて、次世代を見据えた教育に取り組む意義を指摘しています。

貧困がもたらす各種の困難に直面する子どもたちの課題に対しては、国や地方自治体の支援があります。
それに加えて、NPOや地域コミュニティなどが、居場所の提供や相談支援、子ども向けの学習環境の確保や学習の支援などを行っています。
また、学校現場では、教員とスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等が協働して、子どもや保護者の心のケアに取り組んできました。しかし、学校のカリキュラムにおいては多くの場合、子どもたちの課題に直接的に対応する授業や体系的な支援プログラムは実践されてきていませんでした。

そこで、SMBC京大スタジオでは、大阪市立生野南小学校(現 田島南小学校)・田島中学校で開発・実践されてきた「『生きる』教育」に注目し、貧困・格差・虐待の連鎖を乗り越える教育アプローチの研究開発と普及に取り組みます[*2]。
「『生きる』教育」とは、生野南小学校で約14年間、田島中学校では約5年間にわたって様々な研究的知見を生かして教材研究を重ねて生まれたものです[*3]。

「『生きる』教育」では、障害理解教育、プライベートゾーンを学ぶ性教育、デートDVといったように、社会課題を授業の中心に据えています。その中で子どもたちが現実の課題に向き合い、「人生の困難」を解決するために必要な知識や価値観を身につけていく教育プログラムです。他者と適切な距離をとることや、自己のアイデンティティを形成すること、困ったときに助けを求められる力を身につけることなどが目指されています。

資料提供:生野南小学校(現・田島南小学校)・田島中学校

SMBC京大スタジオでは、教育によって一人ひとりの認識と行動を変えていくことで、社会全体を変革するムーブメントを生み出していきたいと考えています。

撮影および資料提供:生野南小学校(現・田島南小学校)・田島中学校

さらに、プログラムを継続しつつ学校改善に取り組んできた結果、要医療件数のうち対人関係が原因で生じた件数(対人件数)がゼロになる、学力が向上するといった成果が見られています。

SMBC京大スタジオで取り組む本研究では、生野南小学校で開発された「『生きる』教育」の実績に学び、その普及に取り組むとともに、子どもたちや教育実践者・各種支援者のニーズに応じた新たなプログラムの開発・普及にも取り組みます。

「『生きる』教育」では、支配にも依存にも陥らない人間関係の作り方を学ぶことや、自分の過去・現在・未来をつないでアイデンティティを形成することなどが取り組まれています。その中でも、重要だと考えることは、子ども自身が自ら持つ権利を学び、助けや支援を求め、助けを受け入れる心構えとスキルを身につけることです。

このように周囲に助けを求め、頼る力は「受援力」[*5]として、2010年に内閣府が作成した防災パンフレットで提唱されました。現在では、神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーションスクールの吉田穂波教授などが書籍や講演などを通じて、普及啓発を行っています。

「『生きる』教育」を受けている田島南小学校の生徒は、クラスメイトに困っていることをしっかりと伝えることができています。また、困りごとを聞いた生徒も、その声に耳を傾け、共感を示して寄り添い、やさしい応答をしていました。困っていることを開示し、それに耳を傾けることは大人でも容易ではありません。

このプログラムは、大学に属する教育学の専門家が考えたものではありません。現場で奮闘する教員から生まれた草の根から生まれた教育アプローチです。さらに、教員が自ら専門家にアドバイスを仰ぎ、理論的な観点からのフィードバックを受けながら、磨きをかけてきました。

私はこの教育アプローチが生まれたプロセス自体に価値があると考えています。『被抑圧者の教育学』を著したパウロ・フレイレは教師が自ら専有する「知」を一方的に生徒に注ぎ込む銀行型教育を批判しました。いっぽう、教師と生徒が水平的な関係で、世界・社会の課題に向き合い、解決するために現実を改変していくアプローチを「課題提起教育」と呼び、その普及に力を注ぎました。教師が生徒の抱える問題に降りてゆき、それを授業の題材として編み、現実の問題に変化を生み出そうとする。とても勇気のある果敢な取り組みです。

貧困・格差・虐待という課題はひとつの言葉でまとめられる単純な問題ではありません。子ども一人ひとり、家庭ごと、地域ごとによって異なる事情があります。学校及びそこに属する教員は子どもたちに日常的に接し、子どもたちが困難な状況に陥ってしまう環境について、相対的に把握しやすい立場にいます。しかし、その立場にいても、実際に課題を把握し、行動・対処することは、十分なリソースがなければ、難しいものです。また、自治体においても、複数の部門を横断して対応する必要があるテーマです。

田島南小学校で教員が果たした役割は、一種のポジティブ・デビアンス(すでに現場に存在する「片隅の成功者」に着目するアプローチ)としても捉えられます。田島南小学校の先生方にも協力いただきながら、SMBC京大スタジオでの共同研究を通じ、これからの時代に地域で学校とそこで働く教員が果たすことができる役割についても、議論していきたいと考えています。

ぜひ、全国でも類似したアプローチを取られている事例をご存じでしたら、ご連絡いただけるとありがたいです。

[*1]2030アジェンダ | 国連広報センター
[*2]「SMBC京大スタジオ」開設について
 関連ニュース
[*3]生野南小学校教育実践シリーズ第1巻「『生きる』教育」 日本標準刊、2022年
[*4]生野南小学校教育実践シリーズ第3巻 子どもたちの「今」を輝かせる学校づくり 日本標準刊、2024年
[*5]地域の「受援力』を高めるために パンフレットについて

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