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変化の理論で社会的インパクト創出を——課題の捉え方とビジョンの描き方

Date: 2024.11.07 THU

  • #ESG投資・開示

  • #新規事業

加藤有也氏(左)と棚橋弘季氏(右)

2024710日、GGPはロフトワークと共催で「社会的インパクト創出戦略の新標準『変化の理論』——システム思考で課題解決のコレクティブな活動を可能にする」と題したトークイベントを開催しました。

GGPは、変化が激しい時代の中で複雑化する社会課題を解決する方法を探っています。その一環で、本イベントでは世界的に普及している「変化の理論(Theory of Change)」を深掘りしました。

日本ではまだ定着していないこの変化の理論をどう活用すればよいか——
一般財団法人社会変革推進財団(
SIIF)の加藤有也事業部長、GGP連携パートナーであるロフトワークの棚橋弘季氏をゲストスピーカーとして迎え、講演とクロストークを行いました。
インパクト投資の実践と普及に取り組む加藤氏、企業の新規事業開発のコンサルティングを行う棚橋氏。キーワードは「自身のバイアスを超え、
非線形動的に変化の理論を記述せよ!」です。

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  • 1. 社会変革のためのツール「変化の理論」
  • 2. 課題構造分析の解像度を高くする
  • 3. To be 描くループ図で世界の見方を変える
  • 4. TOCによる戦略検討の4つのステップ
  • 5. 複雑な世界の中で、課題をどのように見出し行動するか

一般財団法人社会変革推進財団(SIIF)事業部長の加藤有也氏

「変化の理論(以下、TOC)策定のノウハウそのものよりも、まずは、なぜTOCを使った方が良い課題があるのか、それはビジネスで取り扱う『顧客課題』と同じではないのかという点から考えてみたいと思います」

加藤氏は講演の冒頭、TOCは複雑な課題に向き合うときに有効なツールであることを強調しました。
「社会課題として残されている課題は、往々にしてとても複雑です。もともと『投資』を社会課題の解決に向かわせようとして始まったのがインパクト投資です。それをさらに推し進めるためには、まずは課題の捉え方を変えることが重要だと気づきました。その中で
TOCというツールに出会い、必要に迫られて使うようになりました」(加藤氏)

そもそもTOCとはどのようなものなのでしょうか。
加藤氏は「複雑な課題の解決に関わる事業の企画、そして多様なステークホルダーと協働し、プロセスを改善するための道具」と定義します。
また、本イベント企画の大きなヒントとなったデイヴィッド・ピーター・ストローの著書『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』[*1]の中では「多くの関係者たちの共通理解や調和した行動を導く強力なツール」と位置づけられています。
同書によると、システムとは「『社会』『制度』『仕組み』あるいは『人々の営み』」であり、システム思考を「望ましい目的を達成できるように、要素間のつながりを理解する能力」と定義付けています。
つまり本イベントの主旨は、社会(世界)を構成する要素のつながり方(課題の構造)をTOCというツールを使って描き出し、ステークホルダーと共に解決方法を見出そうということなのです。

加藤氏はTOC策定の目的を「As is(現状)を見極め、To be(ビジョン)を定め、そしてその両者をどう繋げられるのかを明らかにしていくこと」と説明します。単純で線形的なプロセスでは解決できない複雑で非線形な課題に対して、どのような仕組みをつくるのかをTOCでは記述できるのです。

加藤氏が紹介したTOCの描き方の例 「きれいに整えるよりも実際に使えるかどうかが大事。形式は何でもよい」(加藤氏)

TOCの策定プロセスとその前後の課題構造分析、変化を促すためのアクションの流れ 図:講演資料より抜粋

「意外と難しいが重要なのは、自分たちのビジョンを言葉にすることだ。事業を通じて目指す状態を解像度高く捉えることができれば、誰と協働すればよいかを明らかにするヒントになる」と、TOCを描くときの留意点を加藤氏は説明します。

そのためには、課題構造分析をする際に自分たちのバイアスを取り払う必要性があることを強調。
「世界は思っているよりも多様で、関わる人ごとに違う景色が見えています。なるべく多様な視点から課題を捉えることが重要。課題構造の分析に必要なマインドセットは、自分たちは何も知らないと思って挑むことです」。

いわゆる「氷山モデル」の例。課題は4層からなり、見えていることは氷山の一角でしかなく、深層には複雑な要因や暗黙の価値観があることを示す。
出所:『世界はシステムで動く いま起きていることの本質をつかむ考え方』よりSIIF作成

そして加藤氏は、SIIFが現在取り組んでいる課題「大人世代から子供世代への機会格差の連鎖」を事例にあげ、課題構造分析で用いた実際の図を紹介。分析を通じて特定した「レバレッジ・ポイント」にアプローチするためのアクションを検討し実行すると説明しました。
レバレッジ・ポイントとは、より少ないリソースで、より持続的で大きな成果を生むことができる点のことです。
加藤氏は「
TOC策定の前に課題解決のために押すべきツボを探し出し、有効なアプローチを推測していく」と言います。

課題構造分析の成果物イメージ:課題システム図(機会格差課題マップ) 出所:SIIF「ビジョンペーパー機会格差」

「機会の格差」を取り組む課題としてSIIFで策定したTOC  出所:SIIF「ビジョンペーパー機会格差」

最後に加藤氏はTOC策定のメリットについて「目の前のことに引きずられすぎず、常に課題の真因と、目指したい社会の姿に立ち返りながら事業を進められること」と語りました。またそのプロセスを通じて、「自分たちにできることは限られていること、多様なステークホルダーとの共創の必要性に気づきやすいこと」と、TOCがステークホルダーとのコレクティブインパクトの起点となる可能性を強調しました。

そして「TOCは『正解』を表した成果物として申請書に添付するために作るものではない。むしろ、最適解を目指して共に学ぶサイクルを回すときに真価を発揮する。動的に更新し続けながら仮説を磨く道具。そう考えると気軽に取り組めるかもしれません」と結びました。

ロフトワークの棚橋弘季氏

続いて登壇したロフトワークの棚橋氏のパートでは、

1. なぜ、今企業をはじめとする様々な団体が、非線形の戦略マップであるTOCを用いて戦略の可視化をする必要があるのか、
2. ロフトワークでは、具体的にどうやってクライアントと変化の理論を使った戦略策定を行っているのか、
という2点を紹介しました。

相互に依存している非常に多くの要素を、長期にわたって舵取りしなければならない、という複雑性を説明できるような、未来へのロードマップを策定するのだ」(太字は棚橋氏による)

棚橋氏は、『社会変革のためのシステム思考実践ガイド』からデイヴィッド・ピーター・ストローの言葉を引用。「社会が要請する太字部の要素が、企業や諸団体が非線形の戦略マップであるTOCを用いて『未来のロードマップ』を明らかにするべき理由だ」と説明しました。

複雑性を説明する事例として棚橋氏が紹介したのは、農業と生物多様性が複雑に相互依存するために生じた問題でした(下図参照)。
それは1960年代、ヨーロッパ共同体(EC/現EUの前身)による共通農業政策(以下、CAP)が引き起こしたものです。

真田純子『風景をつくるごはん』(農山漁村文化協会、2023)を基に、棚橋氏が問題の構造化のために作成したループ図

1962年以降に進められたCAPは、EC内での「価格支持政策」[*2]によって食料自給率低下の問題解決を狙ったものでした。これにより農家は大量生産を目指すようになり、単位面積あたりの生産性を向上させるため、集約的な大規模農業にシフトしました。その結果、農家の生産量は増加し、収益も増加、食料自給率の向上というCAPの目標は達成されました。

一方で問題も生じました。1つは、平地の大規模農家と中山間地の小規模農家の格差の拡大。そして、もう1つが環境破壊による生物多様性の減少です。
集約型農業への移行による環境破壊とは、肥料の多投入による地下水汚染、家畜とその摂餌量の増加で草地の回復が間に合わず起こった土壌の流出、単一種栽培による伝統種の激減などであり、その結果として遺伝子レベルでの生物多様性が失われました。「食料自給率の向上」という1つの目標だけを見て対策を講じ、その他の影響を鑑みなかったゆえに別の問題が発生したのです。

棚橋氏のループ図では、食糧自給率を上げるために行ったCAPがもたらした新たな社会課題を、図中の緑色のマーカー部分で示しています。様々な要素が相互依存して、社会課題を解決したり、あるいは他の課題を引き起こしたりしていることが分かります。

ESGや社会的インパクトが重視される現代において「相互に依存しあう多くの要素が絡む複雑な関係性を視野にいれた戦略を立案すること、そしてその価値を社会に向けて説明することが求められる。ゆえに、システム思考を用いた問題の構造的把握と、その解決のための変化の理論による戦略の可視化の必要性が増している」と棚橋氏は説明しました。

では、システム思考による問題構造の把握、そして、その解決の方向を示すTOCによる戦略の策定・可視化はどのようなプロセスで進めればよいのでしょうか。

棚橋氏は、ロフトワークで行なっている4つのステップを、人間文化研究機構 総合地球環境学研究所(以下、地球研)と共に行った「窒素問題のアウトリーチ施策検討」プロジェクトを事例に紹介しました。

Step 1:各種リサーチによる問題理解のための情報収集
Step 2:ループ図による情報の構造化
Step 3:問題解決のための介入の方向性と介入後のアウトカムの検討
Step 4:TOCによるアウトカムと施策の関係性の整理(戦略の可視化)

窒素問題とは、本来ならば肥料や燃料として人類に大きな便益を与える窒素が、人類の窒素利用によって意図しない窒素汚染を引き起こし、人や自然に悪影響を及ぼしている問題です。具体的にそのプロセスを見ていきましょう。

Step 1:各種リサーチによる問題理解のための情報収集
このプロジェクトでは、地球研のプロジェクトリーダーである林健太郎教授から得た様々な研究結果を基に、ロフトワークでその情報の整理を行いました。通常のプロジェクトでは、フィールドワークやデスクトップリサーチなどのリサーチを通じて情報収集を行います。

Step 2:ループ図による情報の構造化
Step1の情報分析を基に、ロフトワークが「食品ロスと窒素問題の関連性」などループ図を作成する対象となる10の領域を特定しました。ループ図による問題の構造化を進める際には、ループ図による可視化作業によって問題の関係性を整理し、どのような領域について深い理解を得たいのかを特定することが重要です。

作成したループ図。ワークショップで議論しその場で変更できるようMiroボード上に作成 図提供:ロフトワーク

Step 3:問題解決のための介入の方向性と介入後のアウトカムの検討
プロジェクトメンバーがワークショップ内でループ図を見ながらディスカッション。議論を基にループ図も描き直しながら、問題構造の理解を深めました。
その構造を見ながら、どのポイントにどんな介入を行えば、負の結果を生み出しているループを正の結果を生み出すループに変えられそうか検討します。介入策の参考になる先行事例を集めながら、解決の方向性とその結果生まれて欲しいアウトカムについて議論しました。

ループ図に介入ポイント(=レバレッジ・ポイント)を書き込む。併せて参考になる先行事例の情報も貼り付け 図提供:ロフトワーク

Step 4TOCによるアウトカムと施策の関係性の整理(戦略の可視化)
Step 3で見出した「窒素問題の理解」を浸透させるという介入をどのように実行していくとよいか、戦略を考えるにあたり、まずは個々の戦術として施策案のアイデア出しを実施しました。
施策間の関係性も議論しながら、その結果を基に、最終的に下図のように「窒素フットプリントの低い食生活、食料生産・流通への行動変容」というアウトカムを生み出すための各種施策とステークホルダー、成果としての中間的アウトカムの関係性をループ図型のTOCとして明示しました。

最終的に作成した「窒素フットプリントの低い食生活、食料生産・流通への行動変容」というアウトカムを生み出すためのTOC 図提供:ロフトワーク

加藤氏が示した「機会の格差」のTOCの図は、英国のソーシャル・シンクタンクNew Economics Foundation(NEF)が開発したTOCテンプレートを用いたもので一般的によく使われるスタイルです。
一方ロフトワークでは、「先にTo beをループ図型で図解し、課題が解決されたときの構造を描くことで、施策、ステークホルダー、中間的アウトカムと最終アウトカムの関係性を検討できるようにしている」と棚橋氏は付け加えました。

左から寺田麻里子氏、加藤有也氏、棚橋弘季氏

パネルディスカッションでは、ロフトワークの寺田麻里子氏がモデレーターとなり、TOC策定のためのQ&Aを展開しました。

寺田 課題の捉え方や絞り方はどのように決めているのでしょうか?

加藤 課題のシステムを特定するというのは、星空の中から点と線で星座を切り出すような作業なので、最後は恣意的になることもあります。それだけに悩みながらやっています。また、自分たち自身がどうしてもこだわってしまう価値観や哲学のようなものにプロセスの中で気づくことになります。客観的な重要性だけでなく、そうした自身の考え方への認知も重視しています。ともすると茫漠とした大きな課題に向かっていきがちなので、システムの中でも特に肝となりそうで、かつ具体的なアクションと繋げられるサイズの「サブシステム」を見出せるとよいのではないかと思います。

棚橋 ループ図で可視化した全体の構造をみながら、問題の解決に参加する人たちが取り組めそうな領域をレバレッジ・ポイントにすることが多いです。取り組める人たちが自分たちのアセットを使えるようにするのが選ぶポイントの1つです。

寺田 多主体で社会変化を起こす場合、自分のチームでビジョンを描いた後にステークホルダーを巻き込むのがよいか、あるいは最初からコンソーシアムのようなものをつくりそこでビジョンを考えた方がよいのでしょうか?

加藤 僕たちもまだ手探りですが、ビジョンを出すのは自分たちで、それに人を巻き込むのだという考え方はうまくフィットしないかもしれません。まずは自分たちなりに言語化・可視化してみるとしても、やがて自分たちには感じ取れないことがあることに気づきます。そこから、多くの方の視点や声に触れて課題への理解を深めるのと同時に、関わるステークホルダーと共に目指したい目標としてビジョンを探るのが、多くの力を結集するには必要なのではないかと思います。
ちなみに、多くの人に届く「強いビジョン」は、それが生まれたらすぐに分かるのではないかと思います。例えば岡山のエーゼログループのビジョンで「未来の里山をつくる」という言葉があります。この言葉は、魅力的である一方で大きな余白があります。この余白に向かって多彩なステークホルダーが「自分ならこれができる」「一緒にこれをやれないか?」と集まっています。こうした強いビジョンには、人が自らうっかり巻き込まれてしまうような「磁場」があると思います。

寺田 ビジョンを達成しているかどうかの評価はどうするのですか?

加藤 少し答えがズレるかもしれませんが、ビジョンを「達成しているか」という問いは、あるインプットがあればアウトプットは想定の範囲内で起こる、という場合でないと成り立ちにくいのではないでしょうか。課題の複雑性が高い社会課題のケースでは、全体をくまなく把握して、要素分解していって、個別の解決を足し上げていくというわけにはいかなくなります。
さきほど“動的”という言葉を使いましたが、システム全体を捉えたビジョンは北極星のように皆で目指しながらも、取組の結果から知見を取り出し、アプローチを再検討して次に手を付けるという、学び続けるプロセスとして捉えたほうが、特に取組の初期の実態には近いと思います。もちろん、成果が想定できる個々の事業では入出力を管理しながら評価することは大事だと思います。未来は予測できないけれど、共有する予測について合意することはできます。みんなで合意してやったことに対して、予測とのズレを検証し、次の目標設定をするのがよいのかなと思います。

棚橋 コレクティブな取組の場合、インパクト評価は難しくなります。複数のステークホルダーが一緒に効果を出そうというときに、KPIに対する数値が仮に測定できたとします。でもその効果は誰が出したものか分からない。何も取り組まなかった場合とどう違うのか——。その議論だけでもう1つイベントが開催できそうな大きなテーマなので、今回は答えを出すことはやめておきます。

寺田 レバレッジ・ポイントはどのように見つけるのでしょうか。また、そこにどのようなアクションを起こせばよいのでしょうか。

棚橋 ループ図で言うと、ループが集まっているところを変えると効果があるかもしれません。
問題の構造の背景にある、人々の常識や倫理としてのメンタルモデルを壊すのが最も効果が出やすいと言われています。でもそれはすごく難しい。一方で、それがレバレッジ・ポイントを探す1つの基準になるとも思います。

加藤 レバレッジ・ポイントのパターンはいくつかあると言われていますが、ビジネスで取り組む価値が見つけやすいのは、「ドミノの一枚目を探すこと」ではないかと思います。例えば、子どもの頃に自己効力感を獲得することは、生涯に渡って一人一人の挑戦を支えることになる、といったような例です。また、「情報の流れを変えること」も費用対効果が高いとされています。私が取り組んでいるインパクト投資でも、課題解決に向けた「インパクト」を定量化・可視化して社会に示すことは、その課題の解決のためにより多くの投資や人材が流れ込むことに繋がるのではないかと考えており、インパクト情報が流通することに大きな価値を見ています。

寺田 TOCの描き方についての留意点など、本日のまとめをお願いします。

棚橋 動的というキーワードを何度か出しました。社会的なインパクトを出すためには、状況が常に変化しているのが当たり前という考え方に、人びとの思考の仕方が変わっていくと良いと思います。

加藤 僕たちは子どものころから、課題があったら分解し、1つずつ解決することをしつけられてきました。でも、分解してタスク化するのは、人間が処理しやすくしているだけです。世界は僕たちの処理能力を超えて複雑です。だから、社会変革をする時には、分解して各個撃破していく手法は必ずしも合っていないと思う。システム全体を捉えて、システム全体にアプローチするように見方を変えていけたらいいなと思います。

(2024年7月10 日、ロフトワークにて 写真:ロフトワーク)

*1 「社会変革のためのシステム思考実践ガイド――共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する」デイヴィッド・ピーター・ストロー著、小田理一郎監訳、中小路佳代子訳、 井上英之日本語版まえがき 英治出版、2018
*2 価格支持政策とは、生産量が増えると販売価格が低下してしまう農作物について、農家を守るために下限価格を設定し、それより安く売らなくて済むようにECが助成するという施策

動画再生時間:約107分

00:02:52 GGP紹介
00:05:20 イベント本編開始

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