解説記事
エクイティの観点から考えるクオータ制
Date: 2025.02.25 TUE
#ソーシャル
#ESG投資・開示
日本総合研究所 山名景子
管理職への女性登用を推進するクオータ制度
本稿では、エクイティ(公平性)の観点から、組織の指導的な地位における女性の割合を増やす取り組みについて考えます。
2024年11月26日、女性の管理職比率について、従業員101人以上の企業に公表を義務付ける方針であることが報じられました[*1]。これが実現すれば、企業はより一層女性の積極的な登用が求められるようになります。本稿では、企業が女性管理職比率や、さらに役員比率の向上に向けて取り組む際の手段の1つとして、「クオータ制」の事例やポイントを紹介します。
クオータ制とは、自然体では解消しにくいような格差是正のためにマイノリティに割り当てを行う制度です。発祥の地とされるのはノルウェーで、政治など公的な意思決定の場でのクオータ制がまず導入されました。「男女の少ない方が40%を下回らない」とされます。5:5は難しくても6:4までは頑張りましょう、ということです。
企業役員での女性のクオータ制もノルウェーで初めて導入されました。2008年までに企業の取締役会の40%を女性にする法律が2002年に施行(違反企業には改善勧告)され、2008年には目標通りすべての上場企業で、女性役員比率40%が達成されました。この動きに、フランス、イギリス、ドイツ等が追随し、これらの国々では、2021年時点で役員の女性比率が30%台後半から40%台半ばとなっています[*2](日本は、2023年10.6%[*3]、全上場企業)。
出所:内閣府「共同参画」2024年2月号を基にGGP作成
日本でも政府が女性管理職比率等の目標を掲げてはいるものの、努力目標に留まっています。
しかし、個々の企業単位で、目標達成を着実に進めるためにクオータ制度の導入に着手している例があります。
例えば、三州製菓[*4]では2020年までに女性管理職比率を35%にする目標を立てました。クオータ制を導入し「一人男性管理職を登用する際に、女性も一人登用するルール」を制定しました。その結果、2020年時点で女性管理職比率は41%を達成しました。
また、大東建託[*5]では、2021年度にクオータ制度を導入し、女性管理職比率を4.6%(2020年度)から6.0%(2023年度)に引き上げることを発表しました。これに伴い、女性教育プログラムや女性活躍推進委員会の設置、女性部下育成研修等、様々な取り組みを実施し、2024年時点で同社の女性管理職比率は6.5%となりました。現在、2030年に向けて16%を目標に掲げており、女性の割合が少ない建築業界において、女性が管理職として活躍できる環境を着実に整えていることが推察されます。
こうしたクオータ制の取り組みに対しては、「経験値の少ない女性を登用することで業績や組織にマイナスの影響を与える」、「環境が整っていない中での無理な登用は当事者のモチベーション低下につながる」等の理由から躊躇する経営者も少なくありません。当事者の女性についても「自分に務まるのか」「周りにどう思われるのか」等様々な不安を感じる方もいます。
しかし、仮に一時的な負の影響が生じたとしても、変化のスピードを加速する手段や、長期目線での成長戦略の手段として、クオータ制を支持する声もあります。例えば、女性役員比率が高い企業の方が、女性役員がいない企業よりも自己資本利益率や企業の収益性を評価するEBITマージン等の経営指標が高い傾向が示されています[*6]。
また、内閣府の調査によると、約65%の投資家が、投資判断に「女性活躍情報を活用している」と答え、投資や業務において活用している女性活躍情報は「女性取締役比率(79.0%)」と最も多く、次いで「女性管理職比率(65.4%)」となっています[*7]。前述の通りクオータ制度を導入している国々が増えてきている中、企業の女性管理職や役員の比率は、投資判断やビジネスパートナー選定の軸の一つとして今後より厳しい目で評価されるようになっていくでしょう。
女性の管理職志向を高めるために
これまで複数の企業で女性管理職の登用に携わってきた筆者の経験では、近しい上司のサポートが重要なポイントの1つと考えます。近しい上司が、管理職登用の対象となる女性の「強みや能力」を把握し、「今後の期待」を伝え、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を通して育成とサポートを行うことで部下の女性も自信をもって管理職として活躍できるようになります。
実際にクオータ制度の一環として登用された女性管理職にヒアリングをした際に、「登用の話を受けた際は、下駄をはかされていると感じ、管理職になりたくなかったが、上司の熱心な説得とサポートの姿勢に背中を押され、今では管理職として自信をもって働けている」というお話を伺うことがあります。また、国立女性教育会館の調査によると、「上司の育成熱意」や「職場の期待」が高い職場では、低い職場に比べて女性の管理職志向が高くなることを示しています[*8]。
近年、ダイバーシティ推進が広まるにつれて、「女性活躍とは必ずしも管理職登用だけではなく、多様な活躍があり得る」という意見も見られるようになりました。もちろん、多様な活躍の仕方があることは、女性に限らずダイバーシティを推進する上で重要な前提です。
しかし、個人の考え方や選択を尊重することが重要である一方で、「社会の不平等な構造を是正しよう」というエクイティ(公平性)の側面も忘れてはいけません。女性のロールモデルの不在、意思決定者や評価者に男性が多い、男女の家庭内労働の差など、女性が管理職を目指す上では複数のハードルが存在しています。「女性が管理職になることを望んでいない」と個人の問題に転嫁するのではなく、上司のサポート等を通して女性が管理職を目指しづらい状況を改善し、管理職以上の女性を増やしていくことは、企業がジェンダー平等を目指す上で重要な取り組みと言えます。
*記事は執筆者の個人的見解であり、GGPおよびSMBCグループの公式見解を示すものではありません。
著者プロフィール
山名景子
株式会社日本総合研究所人事組織・ダイバーシティ戦略グループ コンサルタント
豪州クイーンランド大学国際関係学修士卒業。民間コンサルティング会社を経て日本総合研究所に入社。組織・人事・業務領域のコンサルティングに従事。専門はダイバーシティ&インクルージョンの視点を取り入れた制度・組織風土改革、人材育成体系の構築。
*1 日本経済新聞「女性の管理職比率、従業員101人以上に公表義務へ」
*2 内閣府男女共同参画局「共同参画」2022年6月号
*3 内閣府男女共同参画局「共同参画」2024年2月号
*4 女性が輝く先進企業2020 内閣府匿名大臣表彰 三州製菓、受賞の言葉と取組の紹介
*5 大東建託 【女性活躍推進】建設業界初「クォータ制」を導入した女性育成プログラム始動
*6 内閣府男女共同参画局「令和3年度 女性の役員への登用に関する課題と取組事例」
*7 内閣府男女共同参画局「ジェンダー投資に関する調査研究報告書」 令和5年4月
*8 国立女性教育会館(令和2年)「男女の初期キャリア形成と活躍推進に関する調査」結果