解説記事
地方創生の基盤である「公共交通」のあり方を考える
Date: 2025.02.07 FRI
#地域共創
#ソーシャル
#新規事業
日本総合研究所 西本恒
地方創生を進める上で公共交通に求められる役割
石破茂首相の所信表明演説で地方創生の推進が表明され、「地域交通は地方創生の基盤」と語られるなど、地方における「移動の自由の確保」が注目されています。
交通は単なる移動の手段ではありません。人や社会、コミュニティとのつながりを維持し、豊かで安心できる暮らしを実現するものです。人や社会とのつながりを保持する移動手段の確保、特に誰もが自由に移動できるための「公共交通」を維持することが、地方創生には必要不可欠であると考えます。
公共交通にまつわる課題
ところが、公共交通の担い手である鉄道事業、乗合バス事業者の9割近くは赤字の状況で、経営が脆弱な状態にあります[*1]。
乗合バス事業の経費の半分以上は人件費と言われており、固定的な収益構造にあることが課題に挙げられます。一方、運転手の高齢化や新たな担い手不足は深刻で、人手不足による路線バスの減便・廃線が続いています。乗合バスは、地域内の移動に適した輸送量の大きな移動手段であり、減便・廃線は地域内の自由な移動を制約することになります。
出所:国土交通省「2024年度交通政策白書」を基に筆者作成
交通サービスの供給力が縮小する一方、運転免許を自主返納した高齢者や、学校の統廃合により徒歩通学が困難になった就学者の移動ニーズを満たすため、地域の足を維持するための公共交通の役割は、むしろ増す傾向にあります。
公共交通の減便・廃線が続く中、バス停や駅が近隣にない地域、いわゆる「交通空白地」解消のため、国土交通省では「交通空白」解消本部を設立し、その対応を進めています。
出所:警察庁「運転免許統計」を基に筆者作成
出所:文部科学省「学校基本調査」を基に筆者作成
交通空白の解消にむけた自家用有償旅客輸送の拡大
移動の足を維持する上では、需要と供給がマッチした移動手段であることが必要です。需要がない中で大型の輸送力の高い交通手段を残しても過大なコストが生じるばかりになります。
例えば、鉄道跡地をBRT (Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)やLRT(Light Rail Transit:次世代型路面電車システム)で活用する場合、切り替えに相応のコストがかかります。資金回収を見込むにも相応の需要量が必要であることから、導入に適した地域は限られます。
近年、運転手が減少する解題に対する供給効率の向上策として、自動運転のような新技術も注目されていますが、現時点ではレベル4(限定条件下での完全自動運転)で営業運行を行っている地域は、日立市などほんの一握りです。全国各地で本格的に自動運転の車両が使われ、また運転手不足の解消に繋げるにはまだ時間がかかると考えられます[*2]。
そういった中、すでにある資源の利活用による課題解決に向けたアプローチとして、公共ライドシェアといった自家用有償旅客運送が注目されています。
自家用有償旅客運送とは、バス・タクシー事業者のサービス提供が難しい地域において、自治体やNPO団体が主体となり、自家用車などを活用して有償で住民の輸送を行うものです[*3]。新規に大規模な設備投資を必要としないため、導入ハードルは他の移動手段と比べ高くないことから、導入数は増加傾向にあり、全国自治体の約1/3で導入済です[*4]。
自家用有償旅客輸送を継続させるには
自家用有償旅客運送は、地域に移動の足を残し、住民が自由な移動をする上では有効な手段である一方、大きく儲かる事業ではありません。また、地域によっては高齢者が他の高齢者を輸送するなど、事業の継続面の課題も多くあります。
自家用有償旅客運送を継続させる上では、利用者である住民の理解・意識づけが重要であると筆者は考えます。供給力にはもともと限界があり、タクシーのような自由な使い方では事業が継続できません。限られた供給力を地域住民が受け入れ、その中で快適に利用するための工夫や発想が必要です。
自治体の役割も重要です。まちづくりの俯瞰的な視点から、自家用有償旅客運送と他の交通手段との使い分けや適切な接続を考える必要があります。
一方で、住民にとって使う価値があるものでなくては、利用者がいなくなり、公共交通を維持することができません。例えば、徳島県神山町では、町営バスは需要が見込めず廃止しましたが、移動の足がなくなると困るという住民の声を聴き、町民限定で運賃の大半を助成するタクシー・自家用有償旅客運送に切り替えました[*5][*6]。前述の通り、需要と供給がマッチする形での交通手段を維持することが移動の足を残す上では大切です。そういった意味でも、自治体と住民が会話を継続し、需要の正確な把握とそれに対する適切な供給の選択が重要だと考えます。
*1 国土交通省 令和6年版交通政策白書
*2 政府は2025年度目途で50箇所、2027年度で100箇所以上での自動運転移動サービスの実現を目指している
*3 いわゆる交通空白地での有償輸送。自家用有償旅客運送には他に、福祉有償運送もある
*4 国土交通省 交通政策審議会陸上交通分科会自動車部会(第7回)説明資料
*5 日経BP社「新・公民連携最前線 PPPまちづくり」 地方創生とモビリティ「第28回 神山町:利用率低下の町営バスを廃止し、タクシー運賃を85%まで助成」
*6 デジタル田園都市国家構想 地域の交通を支える『まちのクルマアプリ』|Digi田(デジでん)甲子園2023 インターネット投票対象事例一覧
神山町では、町営バス廃止前はバス・タクシーへの助成事業の年間予算が3200万円だったが、今後6000万円程度の運行費が見込まれている。予算は2倍近くに増加するが、運用開始半年での利用者数は、これまでの高齢者などタクシー補助制度の利用者、町営バスの利用者数の約2倍に増加し、費用対効果は大きいと言う