イベントレポート
クルマもビルも循環型に! NTT データと大成建設、サーキュラーエコノミー支えるデータ連携基盤の構築に挑む
Date: 2025.03.04 TUE
#新規事業
#エネルギー
大成建設 設計本部 先端デザイン部 部長の横溝成人氏(右)、NTTデータ 第一インダストリ統括事業本部 自動車事業部 部長の松枝進介氏(中央)、モデレーターを務めるロフトワークの棚橋弘季氏(左)
2024年12月20日、GGPはロフトワークと共同でトークイベント『循環型社会と企業間データ連携プラットフォーム』を開催しました。
気候変動などサステナビリティ課題への関心が高まるなか、経済成長と資源循環を両立させるサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現が求められています。そのためには、国境を越えるサプライチェーンに参加する様々な企業・組織間でデータ連携を可能にするプラットフォーム(基盤)が必要になります。
本イベントでは、サーキュラーエコノミーを支えるデータ連携基盤の構築に挑戦している先駆者から、取り組みの意義や課題などを学びました。登壇したのは、NTTデータ 第一インダストリ統括事業本部 自動車事業部 部長の松枝進介氏と、大成建設 設計本部 先端デザイン部 部長の横溝成人氏です。松枝氏は電動車向けバッテリーなどのデータ連携基盤、横溝氏は建設物資源に関するデータ基盤の構築に取り組んでいます。
両氏による講演とクロストークに加え、会場参加者を交えたディスカッションも実施しました。モデレーターはロフトワークの棚橋弘季氏が務めました。
先行する欧州、規制強化で「循環型」にシフトへ
サーキュラーエコノミーの実現に向けた企業・組織間のデータ連携基盤の構築で先行するのが欧州です。
2024年7月、欧州連合(EU)は「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(Ecodesign for Sustainable Products Regulation=ESPR)」を施行しました。これにより、「デジタル製品パスポート(DPP)」の本格導入に向けた動きが大きく前進しました。
DPPとは、原材料の調達から製品の生産、流通、消費、廃棄といった製品ライフサイクル全体における温室効果ガスの排出量や材料・部品ごとのリサイクル可能性といった情報を統合的に管理する仕組みです。トレーサビリティを確保するデジタル証明の役割を果たします。環境負荷などに関する情報の透明性を向上させ、サステナブルな製品を消費者が選択しやすくするといった狙いがあります。
日本でもサーキュラーエコノミーを目指す上で不可欠となるデータ連携の取り組みが加速しています。経済産業省が中心となって進める官民連携イニシアティブ「ウラノス・エコシステム」やデータ社会推進協議会(DSA)が提供する「DATA-EX」などです。
複雑な環境課題を解決していくには、問題の構造を可視化し、多様なステークホルダーと連携することが欠かせません。企業間のデータ連携基盤は、それを可能にするインフラともいえます。
では、具体的にデータ連携基盤の構築はどのように進められ、どのような課題が見えてきているのでしょうか。
NTTデータ、電動車バッテリーのライフサイクルを「見える化」
NTTデータ 第一インダストリ統括事業本部 自動車事業部 部長の松枝進介氏
「持続可能な社会を目指す中で、国際競争力をどう高めていくかがポイントだと思っている」——。
NTTデータの松枝氏は、データ連携基盤の構築に取り組む意義を、そう強調します。同社は2024年5月、電動車向けバッテリーのデータ連携基盤「バッテリートレーサビリティプラットフォーム」の提供を始めました。背景にあるのが、2023年8月に発効した欧州電池規則です。
電池規制では2025年から、バッテリーのライフサイクル全体の二酸化炭素(CO2)排出量を計算した「カーボンフットプリント(CFP)値」の公表が義務付けられます。2028年には基準を超えるCFP値の製品は欧州市場から締め出される可能性もあります。「CFP値が製品の競争力に直結する時代になった」と松枝氏は危機感をあらわにします。
NTTデータの電動車向けバッテリーのデータ連携基盤「バッテリートレーサビリティプラットフォーム」の仕組み 図提供:NTTデータ
特に影響が大きいのが電気自動車(EV)をはじめとする電動車です。すでに、消費者は環境負荷が低いクルマを選び始めており、足踏みしているとシェアを失うリスクがあります。
世界の新車販売に占める電動車の割合は2020年の4.2%から2022年には14%へと拡大しました。松枝氏は「企業が連携して環境意識の高い消費者の需要をつかんでいく必要がある」と指摘します。
欧州電池規制のスケジュール 図提供:NTTデータ
松枝氏は「消費者は環境負荷が低いクルマを選び始めており、足踏みしているとシェアを失うリスクがある」と指摘する 図提供:NTTデータ
言うは易し、するは難し
ただ、バッテリーのサプライチェーンに参加する企業や組織は多様で、一気にライフサイクル全体のCFP値を把握するのは難しいという現実があります。
松枝氏はまず、鉱物の採掘からバッテリーをクルマに搭載するところまでの製造プロセスでCFP値を把握することを目指し、段階的に解体なども含めていく考えです。
また、他社とのデータ共有に慎重な企業が多いことも大きな課題です。企業は設計情報などを競合他社に知られ自社製品の競争力が損なわれることを強く警戒しています。それでも松枝氏は、「機密保持契約を結ぶなどして重要な情報を保護しながら共有するのは実世界で当たり前に行われている」とし、デジタル上でも課題を克服できるとの見方を示しました。
データを共有するには利用企業の機密情報保護が欠かせない 図提供:NTTデータ
実際、NTTデータのデータ連携基盤ではブロックチェーンなどのデジタル技術を活用し、共有するデータの種類や方法を設定できるようにすることで、データ所有者の「データ主権」を保護しています。
さらに、他社と共通化するのはあくまでもデータ連携の基盤にとどめ、実際にデータを収集・利用する業務アプリケーションは各社独自に構築できるようにしています。各社の業務における利便性を高めるとともに、NTTデータ以外のIT企業もシステム開発に参加できるオープンなプラットフォームにすることで、普及を加速させることが狙いです。
松枝氏は、「みんなでデータ連携のエコシステムをつくっていきたい」と意気込みます。
オープンなエコシステムの形成が普及のカギに 図提供:NTTデータ
NTTデータは今後5年間で500社以上の参加を目指しており、また、バッテリーだけではなく化学品など他の領域にもデータ連携基盤を順次拡大していくことで、サーキュラーエコノミーの実現をサポートしていく方針です。
大成建設、オランダの建設物資源データ基盤を日本に
大成建設設計本部 先端デザイン部 部長の横溝成人氏
データ連携への取り組みはクルマだけではありません。ビルなど建設分野でも広がり始めています。
そのひとつが、オランダで整備が進む建設物資源の循環データプラットフォーム「Madaster(マダスター)」です。
ビルなどの巨大な建造物には、鉄やコンクリート、木材、ガラスなど多種多様なマテリアルが大量に使われています。
Madasterでは建造物を「Material Bank」と位置付け、建材や設備を再利用やリサイクル可能な資源としてトレーサビリティを確立することを目指しています。
オランダの建設物資源循環データ分析基盤「Madaster」の仕組み 図提供:大成建設
具体的には、建設物の設計情報であるBuilding Information Modeling(BIM)のデータなどを入力することで建材や設備などの情報を統合的に管理。Madasterでは、①材料の重量、②循環性、③分解(可能)性、④エンボディードカーボン(embodied carbon=運用以外のCO2排出量)、⑤正味現在価値の5つが定量評価できます。循環性は「リサイクル率」「長寿命化率」「分解可能性」の3つの観点で評価されます。
このMadasterのような建設物の資源循環プラットフォームを日本でも構築しようと取り組んでいるのが、大成建設の横溝氏です。横溝氏は、「循環型社会における建物の新しい価値を示したい」と語ります。
Madasterで評価できる「循環性」 図提供:大成建設
例えば、これまでは一般的に、建物は使用すればするほど価値が下がると考えられてきました。他方、Madasterでは、長く使用するほど価値が上がると評価します。建物を一時的な「商品」ではなく、永続的な「資源」として捉え直す考え方です。
Madasterで評価される循環性の中で、横溝氏は特に分解可能性に着目します。その理由は、「実は日本の伝統的な木造建築は、完全な解体・再利用が可能な設計方法の先駆けだったのでは」(横溝氏)との考えからです。
大成建設では昨年、創業150周年記念事業として、112年前に創業者・大倉喜八郎氏が建てた蔵春閣という迎賓館を東京から生誕の地である新潟・新発田市に移築しました。その際は、すべての部材を解体し、積雪の多い地域の荷重条件に合うように鉄骨での補強も施しました。
こうした事例からも分かるように、環境や歴史によって建物の設計の方法や建材は異なるため、日本の実情に合わせたデータ連携基盤が必要となります。
日本での資源循環プラットフォームの構築には課題もあります。BIMの分類コードや分解可能性のパラメータが不足しているほか、建材が環境に与える影響を開示する環境認証ラベル「EPD」の登録数が少ないことなどが挙げられます。NTTデータによるバッテリー分野の取り組みにも当てはまりますが、データ連携基盤の構築には必要なデータをいかに集めるかが、大きなハードルになっていると言えそうです。
日本資源循環プラットフォームの課題 図提供:大成建設
「データベースの構築には大成建設だけではなく、同業他社とも協力していくことが必要。しっかりとしたプラットフォームを構築し、その先の豊かな空間デザインは各社で競争するという環境を作っていく」ことを横溝氏は目指しています。
ゼロエネルギーの新たなリゾート「+ZEER」とは
サーキュラーエコノミーの実現に向けて、大成建設ではデータ連携基盤の構築のほか、実際に環境に配慮した建造物でのデータ収集や実証も始めています。その一つが、環境リゾート「+ZEER(プラスジール)」の取り組みです。「ZEER」とは「Zero Energy Environmental Resort(ゼロ・エネルギー・環境リゾート)」の略です。
「+ZEER」の取り組みには3つの柱があります。1つは「エネルギーの循環」。ガラス一体型の太陽光発電システムや、風向きに左右されない垂直軸型の風力発電などリゾート施設の環境にあった再生可能エネルギーを活用し、省エネと創エネによるゼロエネルギー化を目指します。
2つ目が「地域との共生」です。石垣島のリゾート施設では、地域住民が参加して海洋プラスチックを回収し、それを建材に再利用する取り組みなどを始めています。そして3つ目が、「環境のサステナビリティ」の推進です。サンゴ礁の保護や森林資源の保全、水資源の浄化・利活用などを進めていく方針です。
「+ZEER」では「エネルギーの循環」「地域との共生」「環境のサステナビリティ」の3つを軸に環境配慮型のリゾートを実現していく 図提供:大成建設
横溝氏は、「リゾート開発は環境負荷が大きいというイメージがあり、従来はできるだけ環境負荷を抑えるというアプローチだったが、建設行為をポジティブに捉えて、むしろ建物があることで環境が良くなるようなリゾートを目指したい」と語ります。今後、サーキュラーエコノミーに対応した建物のデータなどを収集・分析し、環境負荷などを定量的にランキング評価できる仕組みを構築したい考えです。
循環型の新ビジネス創造を目指す
横溝氏(右)、松枝氏(中央)、棚橋氏(左)
登壇者によるクロストークでは、データ連携に向けた課題や可能性について活発な議論が交わされました。
「業界を越えたプラットフォームを作るのは大変だと思うが、一番苦労したことは?」と横溝氏が問うと、松枝氏は「総論は賛成でも、各社の意見は多様な点。ただ全員の意見を聞くことはできないので、いかに標準化をしていくかが大切」と答えました。サーキュラーエコノミーを実現するためには、他社との「協調領域」と、顧客獲得を競う「競争領域」を切り分けていく地道なルール形成が必要になるのです。
その上で、松枝氏は「(サーキュラーエコノミーの実現という)大義名分だけでプロジェクトを推進していくことは難しい」と話し、横溝氏がプレゼンで紹介したオランダのスキポール空港のリノベーションプロジェクトについて言及しました。
Madasterの共同創設者であるトーマス・ラウ氏の設計事務所Rau Architectsは、turntooというコンサルティング会社も設立して新しいサプライチェーンの構築にも尽力しています。その一例がオランダのスキポール空港のリノベーションプロジェクトで、ラウ氏はフィリップスと協力し、照明の使用時間などに応じて課金する「Light as a Service」という考え方を導入しました。
「電球の販売」から「照明サービス」にビジネスモデルを転換したことで、導入企業に対してもエネルギーや廃棄物の削減といった循環型社会に移行するインセンティブを働かせることに成功したのです。
こうした事例を挙げ、松枝氏は「データ連携基盤もまずは規制対応から始まるが、リユース・リサイクルの新しいビジネスが生まれる可能性がある」と期待をかけました。
横溝氏は「今では当たり前に使われている電車の『乗り換え案内』のように、各社がデータを出し合うことで便利な世界が生まれる」ことにも言及。「データというと『監視社会』が連想されがちだが、みんなが幸せで、楽しく、健康になるような『やわらかいデータ社会』を実現していくような発想にチャンスがあるのでは」と提言しました。
モデレーターを務めるロフトワークの棚橋氏は、「モノを所有する時代からシェアする時代へという大きな流れが起きている。データ連携は、その社会変革を支える重要な基盤となる」と総括しました。
インセンティブづくりや価値の可視化——問題意識を共有
会場参加者は少人数に分かれてディスカッションし、サーキュラーエコノミー実現への思いを共有した
クロストークの後、会場の参加者は登壇者を交えて少人数のグループに分かれてディスカッションしました。データ連携をしていく上で、データ基盤に参加してもらうためのインセンティブをどう設計するか、価値をどのようにわかりやすく可視化していくかといったテーマで活発に意見を交換しました。
データ連携基盤の構築にはまだ解決しなければならない課題がたくさんあります。それでも、ビジョンを共有する仲間を増やしていくことで、サーキュラーエコノミーを一歩ずつ、着実に実現していきたいという思いを共有できたイベントとなりました。
(文:エディットシフト 写真:ロフトワーク)
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動画再生時間:約107分
00:02:29 GGP紹介
00:05:22 イベント本編開始