インタビュー
ウェルビーイングとは何か(前編)——企業と働き手をめぐる対話
Date: 2026.05.19 TUE
#ソーシャル
#新規事業
|
働き手のウェルビーイングが注目される時代だ。企業はどのように従業員のエンゲージメントや生活の満足度を高められるのか、またその問いに企業はどう向き合えばよいのか——。 |
話し手:
山田仁一郎(京都大学経営管理大学院教授)
村上芽(日本総合研究所)
企画・聞き手:
木村智行、瀬名波雅子(日本総合研究所)、岡本めぐみ(三井住友フィナンシャルグループ)
左から村上芽氏、山田仁一郎氏、瀬名波雅子氏、木村智行氏、岡本めぐみ
子どもの視点で見つめ直す生活満足度
——少子高齢化や生成AIの発展が進む中で、今後ますます問われてくるテーマの1つに人間の「ウェルビーイング」があると思います。今回の対談インタビューでは、ウェルビーイングに関連して、3つのトピックを用意しました。
1つ目は、企業は従業員とそのステークホルダーにどう向き合うのか。2つ目は働き手のウェルビーイングが、次世代にどのような影響を及ぼすのか。3つ目は企業が従業員の人間性をいかに事業に採り入れていくのか、です。
村上芽さんが1つ目と2つ目に関わる調査レポート「従業員のウェルビーイングと子どもとの関係の意識・実態調査 —10~18歳の子どもを持つ働く親を対象に、仕事観やウェルビーイングとの関係に注目—」を2025年11月に公開しています。まずはこの調査のねらいと概要についてお話いただけますか。
村上芽氏
村上 私は「子どもの権利とビジネス」というテーマで、この数年間研究をしています。きっかけは、私自身が子育て中に、子どもが企業経営に与える影響を実感したことでした。
子どもが小学生の頃、仕事に専念するためには、なるべく手がかからない子でいてくれた方が有り難いと思っていました。一方で、イノベーティブな人材育成が注目されていて、子どもが自由にのびのびと育つ環境づくりが奨励されていました。そうすると、女性が活躍する社会と画一的ではない人材育成は相反するのではないか……と、疑問を抱いていました。
しかし見方を変えると、子育てから多様な発見があり、それが仕事のヒントにもなることに気づきました。それで、子どもの権利を尊重することとビジネスの関係に興味を抱くようになったのです。
その一環として、働く親のことを子どもがどう見ているか、それが親のウェルビーイングとどう関係するかを知りたいと思って、調査を始めました。10〜18歳の子どもがいて、週に20時間以上働く人約4,700人の回答を集計、分析したものがこのレポートです。
その結果、まず驚いたのは、対象者の9割近くが男性だったこと。男性の平均年齢は52歳で、この世代では父親がフルタイムで働き、子育ては女性中心であったことが浮き彫りになりました。
そして、ウェルビーイングの観点で分析すると、「子どもが自分(親)の仕事を『いい仕事だと思っている』」と回答した人は、生活の満足度が高いことが分かりました。
出所:従業員のウェルビーイングと子どもとの関係の意識・実態調査 —10~18歳の子どもを持つ働く親を対象に、仕事観やウェルビーイングとの関係に注目—
山田 ビジネスと従業員家族に関する研究は世界的にも少なくて、村上さんの調査は、企業が従業員や社会とどう関わるかについて重要な問題を提起していると思います。人文社会科学的には、「Work-family enrichment」(仕事と家庭生活が相互に良い影響を及ぼし、相互に質を高め合う)という考え方があります。ステークホルダー資本主義の視点からも、働く人にとって最大のステークホルダーは家族ですからね。
村上 企業が従業員のステークホルダーや家族について、どこまで想像力を膨らませることができるかは、経営にも影響します。
ただ、経営者の世代によって考えに偏りがあります。70代の経営者を例に挙げると、「自分は単身赴任だったから子どもと喋る機会が少なく、中学生と何を話して良いか分からない」という方がいました。調査した50代前後では、意外にも3割もの人が家族のために転職を考えたことがあり、親密な家族関係を望んでいました。さらに30代くらいになると男性も育児休暇を希望するようになっています。
ここで重要なことは、この調査は子育て支援が目的ではなく、結果を次世代のウェルビーイングにつなげるためのものだということです。
山田仁一郎氏
山田 私の研究室で、日経新聞の「私の履歴書」を素材に、日本の男性経営者がパートナーをどのように位置づけ、語ってきたのかを読み解く研究を進めた学生がいます。そこでは、配偶者が「内助の功」や「陰で支えてくれた存在」として語られる傾向がなお強く、対等なパートナーや意思決定の伴走者として描かれる例は限られていました。組織文化は制度だけでなく、こうした人生の語り方の中にも表れるのだと思います。
経営学者としては、こうした父権性や子どもと企業の関係、Work-family enrichmentの話は、従業員個人だけではなく、社会的ウェルビーイングと根本的につながると考えています。
これは心理学者のエリク・エリクソンが言う世代性[*1]とも関係し、日本で会社員のエンゲージメントやロイヤリティが急速に下がっていることとも深くつながっている気がします。組織は、制度や評価指標だけでできているのではありません。人が誰を前景に置き、誰を背景に退かせながら自分の人生を語るのか、その語りの様式の中にも、組織文化は静かに刻まれているのだと思います。
社会人類学者のティム・インゴルドは、ジェネレーション・ナウという言葉を使って、現世代だけを見ていると視野が狭くなり考えが偏ることを指摘しています。例えば仕事を資本との関係だけで考えるのではなく、そこから生まれる価値が循環して次世代につながると考えることもできます。次世代との関係の視座で見ると、仕事の価値も変わってくるということです。偏ったまなざしで「これが価値だ」と言ってしまうことで、職場での人々の関係性にゆがみが生じている。この現象が、超高速で進む少子高齢化社会では、切実な問題だということを村上さんのレポートは示しているのではないでしょうか。
インクルーシブな社会を再構築できるか
——職場での人間関係にゆがみが生じているというのは、具体的にはどのような現象でしょうか?
山田 経済が成長していた頃の日本社会では、職場で家族の話をしたりなど、プライベートとビジネスがうまく混ざり合っていたと思います。そうした共同体主義が壊れ、現代は極度な個人主義になっています。
私は半ば冗談めかして、今の職場状況を「1 on 1 インフレ」と呼んでいます。管理職は対話の重要性を理解しながらも、ハラスメントへの過度な萎縮の中で、かえって自然な関係を築きにくくなっている面があります。
国際的に職場調査をした『Intimacy: An International Survey of the Sex Lives of People at Work』[*2]という本の中では、文化圏によって違いはあるものの、約60%の人が職場で1人以上の人と親密な関係性を築き、チーム内の人間関係の密接さがキャリアへの意欲も向上させることを明らかにしています。つまり、親密性や共同性があって、自分が組織の一部であると認知することで、リラックスできることを示しています。
夏目漱石みたいに「確固たる個人にならなければ」と自分自身を追い詰めるのは、近代化の病なのかもしれません。だから、職場での対話の方法を再構築や脱構築をすることが必要な段階に入っているのではないでしょうか。
そもそも職場でのウェルビーイングというのはすごく難しい問いですよね。僕自身も、社員のウェルビーイングのために試行錯誤している経営者から悩み相談を受けることがあります。村上さんも、そうした観点で子どもと親のウェルビーイングを調査したのでしょうか?
村上 ユニセフの〈子どもの権利条約〉の中に「子どもの意見の尊重」という項目があります。子どもと教育、子どもと地域社会は比較的関係性が深く、意見を取り入れることもできます。でも、子どもと企業や経済がものすごく遠い関係であることに問題意識をもっています。子どもの存在は、企業や経済に及ぼす影響が大きいはずなのに、そこが結びついていないことに対して、この数年間は活動を続けています。
山田 子どもと経済の距離が一見、表面的には遠いことに関して、その間にあるのは教育機関なので教育者として責任を感じます。ただ、子どもに焦点を当てると、どうしても未来志向になりがちです。未来だけではなく、過去についてもバランスよく考えないといけません。インゴルドの話に戻りますが、前の世代や、その前の世代にも遡ることが重要で、単純な近未来語りで投資意思決定をするとか、資本の論理でPBRのような財務指標は重要ですが、それだけで人や社会の価値を測ろうとすると、私たちの生の厚みがこぼれ落ちてしまう。
人間は本来、起源や原理的には、色々な世代が一緒に居住していないと、快適にウェルビーイングには生きられない設計を抱えている。それをバラバラにしているから、ウェル(Well)ではないビーイングになってしまうわけで、自分で自分の首を絞める社会構造になっています。
村上 どうしてそうなってしまったのでしょうか?
山田 資本主義や市場の論理が加速し、貨幣換算できる価値に偏りすぎた結果、見えなくなっているものが増えているのではないでしょうか。
企業の中では、個人はプライバシーを外に置きプロフェッショナルに関わるという立て付けです。でも実際には、働いているときにも個人はプライバシーを背負っています。自己エスノグラフィーはやはり必要で、公私の関係について自分自身がどのようなことを矜持としているのか、一緒に働く部下や同僚たちに何を求めていくのか、その再デザインが必要です。SNSが炎上する社会の中で、対話のデザインが必要になっているのだと思います。
——企業の中では、対話と生産性や効率性は対立概念のように感じます。
山田 対話は一方通行ではなく、複数の対話者の間で接続することで、価値が生まれます。
ある個人の経験に基づいて、それが価値創造に活かせるのだとしたら、その人だけではなくてあらゆるステークホルダーの中でそれを共有できれば、価値の再分配、再生産に繋げることができます。
安易に聞こえるかもしれませんが、例えば国家や社会を越境して、いろんなエンゲージメントや対話を束ねることが、これからの企業にとっての第一義になるのではないでしょうか?
仕事は多能工の時代へ
——職場に保育園や介護施設、福祉施設を設けてインクルーシブな環境をつくればよいのでしょうか。その中でケアの概念や多様性、多世代性みたいなことを取り入れ、ウェルビーイングを達成できるのでしょうか。
村上 現在でも保育士資格のある会社員はいます。さらに、保育の現場で鍛えられる、子どものつぶやきを拾うような専門性を活かせると思っています。子どもに限らずステークホルダーの声に耳を傾けることが重要な仕事はたくさんあるはずです。
山田 たとえば、午前は企業のCSR・人事部門に関わりながら、午後は社内外の保育・ケアの現場に関わるといった、業務のポートフォリオを組み直す働き方があります。職能ではなく〈関わり方〉で仕事を再定義する時代への移行を指しています。
近年、アイデンティティ・ワークとかジョブ・クラフティングということが言われていて、個人が仕事内容を再設定する方向に向かっていると感じます。心理学が発達する中でアイデンティティ(自己同一性)という言葉が定着していますが、そもそも人間は色々な顔を持っています。
前近代では、多能工的に働くことが当たり前でした。でも19〜20世紀に、1つの組織に対して自分の限定的な属性を求めて、個人と組織の間に過剰適応する関係が生まれました。それが創造的に破壊されているということだと見ています。
AIとの共生時代という視点からも、前近代型に変容しているとも言えるのかな、と思います。
村上 AIの影響で1人が何役もこなす多能工的な働き方がより自然になるということですね。
山田 AIは、社会に対する巨大な鏡の部屋のようなものだと思います。そこには私たちの知性だけでなく、欲望や偏り、関係のあり方まで映し出される。その中で、自分はどう生き、どう学ぶのかを問い続けること自体が、これからの人間にとって大切になるのではないでしょうか。
1人が何役もこなす、そうした共時性が当然になってくるのではないでしょうか。ただそれがどういうかたちなのかというのは、人類レベルで未知の世界ですよね。
——仕事に対する向き合い方を自分自身で決められることが、ウェルビーイングの達成には重要だと思います。その自己決定権があることによって、AIとは異なる人間性や創造性を発揮できるのではないでしょうか?
山田 日本には、豊かな文化や共助の感覚が今も息づいていると思います。とくに地方都市でそれを強く感じます。ですから、自己決定を孤立した個人の選択としてだけ考えすぎないほうが良い。人は、縁や偶然、周囲との関係の中で、自分の働き方を育てていくこともできるからです。それは自己決定の放棄ではなく、関係性の中でかたちづくられる、もう1つの自律だと思います。
だから、自己決定権という言葉に固執しすぎずに、「ご縁がある」くらいに緩く考えた方が良いと学生には話しています。人生はダイナミックに動くものだから、運命論でもなく、自己決定主義でもなく、その間くらいで捉えても良いのではないでしょうか。
組織の中でコミュニティ感覚がもてなければ、サードプレイスで違うコミュニティを作れば良いし、プライベートと公の二項では考えず、色々な場所があって、宇宙にあるエネルギー流動体の一部として自分を考えた方が楽になる気がします。やや哲学的ですが……。
村上 「ウェルビーイング」という言葉はパッとは捉えにくいですが、最初に「それは何だろう」と思わせることが大事だという気がします。分かりづらいことで、人はそれを意識し、深く考えることができるのかなと。
山田さんの話を聞いて、企業は、意識的に遊びをやっている人を批判せず、包摂すると良いのかなと思いました。
山田 『ホモ・ルーデンス』[*3]的思考ですね! 遊びには知恵があり、遊び方を伝えることが教育や世代性にもつながります。
これからの人類は、AIの鏡の前で「楽しんでいるか?」と問われるわけですよね。職場もプライバシーも映してしまう多重鏡の前で、自分の働き方も生活についても、多重知性の一部であることを愛おしく慈しんで感じられるかというレベルのリテラシーが求められるようになります。
——職場での対話も、仕事の話だけに集約せずに、遊びの要素があるとよいのでしょうか? コロナ以降、リモートワークやリモート会議も普及して、コミュニケーションの方法もより多様化しています。これはウェルビーイングにどのような影響をもたらしたのでしょうか?
山田 コロナ禍において、会議室で意思決定をするという日本企業が固執していた習慣が破壊されたのが象徴的な変化です。そして効率的な経営という1つの世界観ではなく、多元的で、多声的な世界観を探すようになっています。関わり合い方の柔軟性が生まれ、「遊び」という意味でも雑談マネジメントは、ワークプレイスや組織のデザインの中で重要な部分になると思います。
そうした良い変化と陰陽の関係で、貧困や地政学的な問題、帝国主義的な世界情勢がコロナショックで露わになったと捉える人たちもいて、学問的な立ち位置からは両方見える感じです。
村上 九州の西部ガスホールディングスは、最近になって在宅勤務の上限撤廃(フルリモート)トライアルを実施しました。「地域とのつながり」「家族とのつながり」を大事にしたいという意向で、社員のニーズに向き合ったかたちだと感じます。ウェルビーイングを実践している、ほっこりする話で、これからも注目していきたいと思っています。
——前編では、働き手のウェルビーイングを中心にお話しいただきました。後編では、社会のウェルビーイングに焦点をあてて、話を展開していきます。
(2026年1月20日、Good Job! センター香芝にて 文・有岡三恵/Studio SETO 特記なき写真:生田将人)
*1 エリク・エリクソンが提唱する「世代性」とは、発達段階の壮年期(40〜65歳)において、次世代を育成し、社会に貢献しようとする心理的・行動的な姿勢
*2 2004年、Palgrave Macmillan刊
*3 歴史家ヨハン・ホイジンガの著書。1938年。ホモ・ルーデンスは「遊ぶ人」の意で、あらゆる文化が遊びの中から生まれたことを記述している
