インタビュー
ウェルビーイングとは何か(後編)——企業と働き手をめぐる対話
Date: 2026.05.19 TUE
#ソーシャル
#新規事業
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働き手のウェルビーイングが注目される時代だ。企業はどのように従業員のエンゲージメントや生活の満足度を高められるのか、またその問いに企業はどう向き合えばよいのか——。
経営学者として社会と組織の変化を研究する京都大学経営管理大学院教授の山田仁一郎氏、日本総合研究所で企業のESG(環境・社会・ガバナンス)調査などを手掛ける村上芽氏にお話を伺いました。 |
話し手:
山田仁一郎(京都大学経営管理大学院教授)
村上芽(日本総合研究所)
企画・聞き手:
木村智行、瀬名波雅子(日本総合研究所)、岡本めぐみ(三井住友フィナンシャルグループ)
左から村上芽氏、山田仁一郎氏
縮退する社会のウェルビーイングに企業は貢献できるか
——前編では働き手のウェルビーイングについてお話いただきましたが、後編は社会のウェルビーイングと企業活動の関係について議論を深めたいと思います。
山田 前編は、10〜18歳の子を持つ親を対象とした村上さんの調査の話から始まりました。この調査の主題は、企業が多次元のステークホルダーとどう関わるのかということで、会社が社会をどのような世界観で捉え、どのような未来社会を作ろうとしているかに直結する話です。
私自身も企業の重役向けの研修をする時には「会社と社会の関係について考えてください」という話をまずします。でもそこでは「社員だけではなく、社会的なウェルビーイングまで考えなければならないのでしょうか」という反応に接することが多いのですが(苦笑)。
村上 今、日本では少子化や人口減少が大きな社会問題として注目されています。人口が少なくなり経済規模が小さくなると困るという論調ですが、でも世界的に見ると地球環境のためには人口が増え過ぎない方が良いわけです。
縮小するならば、小さいなりの勝ち方や儲け方があるのではないかと考えています。小規模の方が向いている事業や、ダウンサイズする過程でいかに儲けるかを知りたい。企業の人にそう話すと共感してもらえることが多いです。
一方で、企業の経営者は、スケールアップという言葉をポジティブに使うことが多いですよね。
山田 私の研究の専門分野はアントレプレナーシップですが、規模の拡大だけを成功の物差しにする考え方には限界があると感じています。1つのベクトルに固執せずに事業の継続が可能で、社会や地域との関係の中で“ちょうどよい規模”を見いだすことも、本来は重要な価値提案の1つです。
村上芽氏
村上 ダウンサイズすることで事業が良くなる事例を2つ紹介します。
まず1つ目は三陸のカキ養殖です。東日本大震災前は他の事業者と競って養殖用の筏をたくさん並べていたのが、津波で流されたあとの復興過程で筏の数を減らしたそうです。そうすると、漁師さんは世話をする数が減って作業が楽になり、労働時間も短くなった。カキは、1個あたりの面積が増えて大きく育ち、値段が上がった。それでカキ漁に若い人も戻ってきて、今では20〜30歳代が中心になったとのことです。
2つ目は、北海道下川町の木質バイオマスエネルギー事業です。人口約3,000人の小さな町で、面積のうち9割を森林が占めることから、森林資源を核とした産業に力を入れていて、木質バイオマスのエネルギー供給をやっています。一般的に発電所は大きい方が効率が良いとされていますが、それは火力発電の場合であって、バイオマスの場合は小さなボイラーを分散させて設置すれば良いそうです。2025年6月の段階で11基の発電設備があり、町内の公共施設に電力や熱(温水)を供給しています。自然資源を使って、必要な量のエネルギーを供給している、腑に落ちやすい事例だと思います。
小規模であることの納得感が高まると、面白いことが起こるのではないかなと期待しています。
山田 生産量の拡大や人口増を一方向的な進歩として捉える見方は、20世紀半ば以降、繰り返し問い直され、批判もなされてきましたよね。
企業は大きくなると、生産量やサービス、雇用などがオーバーしてコングロマリット・ディスカウント(複数の事業を持つ企業グループの企業価値が、事業ごとの価値の合計よりも低く評価されること)が起こります。そうすると、事業部を売却したりして、適正な大きさに縮小していきます。そうしたM&Aは中小企業にも急速に広まっていて、常識化してきました。そこで起きている流動性は、企業の適正サイズを探すプロセスですよね。
村上 温かみがあって良い企業だなと思っても、統合報告書を読むとPBR(株価純資産倍率)を上げていくと書いてありがっかりすることがあります。これはなぜなのでしょうか?
山田 統合報告書を読んでいると、使われる語彙の幅が、そのまま企業の思考の幅にも関わっていると感じることがあります。PBR向上について書かれた内容自体が問題なのではなく、その数字がどのような価値創造の物語に支えられているのかまで説得的に語れているかどうかが、共感を生む分かれ目になるのではないでしょうか。
日本企業の多くは、35〜40年の間にグローバルな株主が急増し、所有構造が圧倒的に変わりました。それに伴って、説明しなければならない相手が急に増えたわけです。しかもグローバル化して多言語で多様な価値観をベースにする人たちに向けて、自分たちがやっていることの意味を社会的正義も込みで語らなくてはならなくなりました。そうした時の教養の度合いが統合報告書に出てしまうということですよね。
村上 無理して進歩主義を語っている可能性もあるのではないでしょうか。
山田 そうですね。日本が成長している時代には、今とは違う文脈で成長とか価値という言葉を使っていたように思います。それに比べて現代は未来が見えづらくて不安で、理解や洞察が不十分であったり、背後にある思考として浅いまま成長という言葉を使っている可能性はあると思います。
経営者が短絡的な語り口調になっているのは、経営学者の我々が、もうちょっと粒度の高い語彙を提供する責任があると感じています。起業家のエコシステムや世代性の研究をしている立場からも、ただスケールするだけではない新しい価値の提案をしなければならないと思います。
多様な人間性をビジネスに生かす
Good Job! センター香芝にて、張り子のオブジェ製作の現場を視察。 立位の左から山田氏、村上氏、岡本、Good Job! センター香芝スタッフの池田永遠氏、小林大祐氏。壁面の絵画は、Good Job! センター香芝に所属するアーティストの作品
——ウェルビーイングな社会と関連すると考え、対談に先立ち「Good Job! センター香芝」を見学いただきました。ここは、「障がいのある人とともに、アート・デザイン・ビジネスの分野をこえ、社会に新しい仕事をつくりだすことをめざしている」場です。
山田仁一郎氏
山田 今日この場でウェルビーイングについて話すことの意味は、何かが正常とか普通だとか標準化だけで世界を見ると取りこぼす何かがあって、それを忘れていませんか、ということに帰結すると思います。
人間性とか人権についても、ビジネスの世界では語彙に乏しい。ヒューマンリソースという言葉は、人間を資源として活かすという表現になっていますが、これはデリケートな問題を孕んでいます。
人間性というのは石炭のように掘り出される資源ではなく、日々の関係性の中で生成するものです。21世紀の経営学的には、組織は名詞ではなく動詞だと考えています。そうすると、ウェルビーイングとは、満たされた静止画的な状況ではなく、社員がステークホルダーなどの他者と紡ぎだす流転のメカニズムです。流転するリズムが、企業の営業ベースだと四半期とか短いリズムで刻むことになりかねません。でも命のリズムは、もっと長い。
長い時間軸の中で、この動的な関係性の構築を考えると、自分たちの家族構造とか社会構造とか、そして福祉のことも当然考えるようになりますよね。ただ、市場や企業のガバナンスと福祉やウェルビーイングのガバナンスは、そもそも原理が異なるものです。一般的に民間企業では、ウェルビーイングのガバナンスを主要な考え方としていないので、企業がどうやってウェルビーイングや福祉と向き合うかというのは、両サイドが本気にならないとなかなかうまくいかないと思います。
——現在、日本総研では発達障がいのある人の活躍機会の創出に注力しています。でも、標準的なジェネラリストを求める経営者にはなかなか言葉が通じません。1人ひとりの人間性を経営の根幹に取り入れる仕組みづくりは可能でしょうか。
山田 企業はどうしても決められた目的に効率的に進むイメージですが、本来は多様なステークホルダーと共にもっと探索的で、複雑な螺旋を描いて進むと良いと思います。複数の世代や、多様な価値観が重なり合う中で起きてくる新しい流れがあると考えるべきですよね。
もちろん、社会の複雑さをよく見ているビジネス・リーダーは少なくありません。ただ一方で、成果指標や業務合理性に強く最適化されたキャリアを歩んできた人ほど、見える世界がどうしても限定されやすい面はあるのかもしれません。
村上 予測不能なVUCA時代において、一般的に「企業は大変だ」という認識になりがちです。でも個人的には、状況がごちゃごちゃしている方が面白いと思っています。多様であることが問題視されるのはなぜなのでしょうか。
山田 簡単に言ってしまうと、認知のあり方の問題だと思います。親密な関係性を維持できる人数のことをダンバー数といいますが、それはだいたい150人くらいと言われています。それに加えて、我々が関わるメディアデバイスは拡張し、情報処理が過激にオーバーフローしているのではないでしょうか。
それに加えて、年代によって経営者の生活経験の厚みの乏しさもあると思います。コーポレート・マーケティングではフィールドワークが重要だと位置づけています。前編のWork-family enrichmentの話に戻ると、自分の子どもや上の世代のケアとの関わりが持てないということは、自分の人生のフィールドワークをしていないことになります。
生成AIの時代になるほど、人間の側にどれだけ多様な経験の蓄積があるかが問われます。生活の現場に根ざしたフィールドワークを欠いたままでは、AIに向き合う人間の想像力そのものが痩せてしまう。AIと共に考え、生きる時代だからこそ、人間はより多くの関わりの中で生きる必要があるのだと思います。そういうものをカットするライフスタイルや働き方を社員に強いることにならないように、経営者は考えるべきですよね。
村上 そうした経営者も、別の視点に立ったりものさしを変えたりすると面白くなることは理解していると思います。けれども、実践しようとすると課題が多すぎるということなのでしょうか。
山田 ティム・インゴルドの視点を借りれば、企業も家庭も地域も、いまや切り離された別個の領域ではなく、蜘蛛と蜘蛛の糸の網のような意味で一体化し、互いに影響を及ぼし合う網の目の流れの一部です。だからこそ、その連鎖を遮断せず、企業のナラティブの中に生きたかたちで取り込んでいこうとする企業は、これから確実に増えていくでしょう。そうした企業こそが、混乱し縮退する時代にふさわしい、新しい価値の語り口を切り開いていくのだと私は思います。
企業の価値とは、何をどれだけ表面的に生産したかだけではなく、どのような関係を育て、大切な過去を守りながら、どのような未来を語れるかによっても測られるべきだと思います。そして、それに取り組もうとしている企業は今後増えると感じています。
(2026年1月20日、Good Job! センター香芝にて 文:有岡三恵/Studio SETO 写真:生田将人)
