2021.03.18 thu

社会的インパクト評価入門~第2回 社会的インパクト評価の手法・展望・課題

伊藤 健 特定非営利活動法人ソーシャルバリュージャパン 代表理事/慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

社会的インパクトの定量的評価と指標化の方法

財務的な価値に収れんしない社会的価値を評価しようとするのが「社会的インパクト評価」である。これまでも法人単位の非財務情報開示は、ESG評価の一環として実施され、社会的な価値を評価する志向は存在する。しかし、そこから一歩踏み込み、事業単位での社会的なインパクトの情報を指標化し、経営情報や投資適格性審査の基準として活用するところに、社会的インパクト評価の革新性がある。本稿の第1回目では、定量・定性での社会的インパクトの評価について少し言及したが、今回はその具体的な方法を紹介しよう。

社会的インパクト評価は、これまで政策評価や国際開発等の非営利事業におけるプログラム評価として、研究開発や実践が進んできた。行政や非営利セクターにおける社会的インパクト評価は、教育や福祉等、事業高や収益では測れない社会的価値に対して、事業の単位でその成果を測り、事業の改善や説明責任を履行しようという取り組みである。こうした事業における社会性は、従来の枠組みでは、例えば特定非営利活動促進法における事業領域の定義や利益の配分の制限によって担保されてきた。

社会的インパクト評価は、事業に関係する利害関係者(ステークホルダー)の合意を得て、事業の社会的成果について指標を設定する。その事業の社会的成果は、従来の事業報告では、助成金や寄付金などの資金や受益者人数、事業の実施回数といった直接的な事業のアウトプット(結果)のレベルで報告されてきた。社会的インパクト評価では、こうしたアウトプットのレベルではなく、アウトプットがもたらすアウトカム(成果)を、エビデンスをもとにとらえようという取り組みである。例えば教育の事業であれば、プログラムを受講した人数だけではなく、その内容の理解度、受講によって得られた知識や認知の変化によって起こされた行動、その結果としての社会的な変化等が、事業のアウトカムとしてとらえられる。

営利・非営利に共通して、事業の実施による中長期での社会的な変化を事業成果としてとらえ、社会的価値創出のプロセスを明らかにしようという動きから、評価手法や指標設定に対する研究開発や実践のニーズが高まり、「社会的インパクト評価」の手法に結実したと言える。

社会的インパクト評価のプロセス

社会的インパクト評価は、一般的には以下の図で示す、計画、実行、分析、報告・活用の4段階のプロセスによって実施される。日本語での「評価」という言葉は、一般的に事業の実施後に振り返り型で行う「事後評価」を想起させることが多い。しかしながら、社会的インパクト評価では、事後評価だけではなく、事前評価、期中の評価の実施が特に重要とされる。事前評価では、事業計画の一環として事業のロジックや想定する成果についての設定と評価を行い、想定する事業が実施された場合にどのような社会的価値を創出するのか、アウトカム(成果)を想定し、事業の戦略を策定する。また、こうした事業設計や成果のとらえ方についても、事業開始前の計画段階で、ステークホルダーとコミュニケーションをとり、コンセンサスを得ることが、事業実施の実現可能性を高めるためにも重要である。

社会的インパクト評価のプロセス

出典:G8社会的インパクト投資国内諮問委員会 社会的インパクト評価ワーキング・グループ(2016) 『社会的インパクト評価ツールセット実践マニュアル』よりGGP作成

事前評価と、評価計画のステークホルダーとの合意は、評価指標のベンチマークとして事業実施前の状況のデータを収集するためにも必要である。

例えば教育事業の場合、3年間の事業実施後に、学生の入学前の学力や自己肯定感についてのデータを振り返りで取得することを考えてみよう。当時プログラムに参加した学生に、「3年前のあなたの状況について教えてください」といったアンケートを実施しても、当時の記憶があいまいで、正確な回答が難しいことが想定され、データの取得が難しいことが想定できる。事業実施後のデータ分析の際には、事前に収集したデータを、事業実施後のデータと比較することで初めて評価が可能になる。

また、事前評価においては、想定するアウトカムが、実際の事業によって本当に実現する可能性があるか、ロジックモデルによる分析を実施し、事業の戦略が実施の目的にかない、的を射たものであるかについて検証することができる。ロジックモデルとは、事業の実施と事業のもたらす社会的成果の因果関係を検証するためのフレームワークである。(図3)

ロジックモデルの概念

出典:「社会イノベーションの科学」、玉村雅敏編、高橋武俊、伊藤健、杉田一真、白川展之著、勁草書房(2014)P56よりGGP作成

例えば、「生徒の人間的成長」を謳う教育プログラムの社会的インパクトを測るのであれば、プログラムの関係者間で、生徒の人間的成長はどのように定義され、どのような指標で評価されるのかを議論し、合意しておくことが必要となる。さらに、具体的な活動の計画においては、どのようなプロセスをもって、そのプログラムが目標とする人間的成長を実現するかの戦略が、合意されたゴールと指標に基づいて構築されることが必要である。また、事前評価の一環として、設定した指標に基づき、事業の開始前に生徒へアンケートやインタビューを行い、事前の生徒の状態を定性・定量の両面で評価し、ベースラインとすることが必要である。

また、データの収集においては、事業の実施を行う対象者と同様な条件を備え、事業に参加しないグループを対照群として確保し、事業の対象者と同様なデータを入手しておくことが望ましい。実行のフェーズで収集されたデータは、分析のフェーズにおいて比較対照群と比較する。

実際には、事業実施の環境や、事業の性格上、比較対照群の設定が難しい場合もある。その場合には、公的データ(例えば学区の成績の平均データ)との比較や、前後比較によって、プログラムの実施による影響を評価することになる。こうして得られた評価上の知見を、報告・活用のフェーズで事業計画の修正や次期の事業計画に反映していくことが、一般的な社会的インパクト評価のプロセスである。

社会的インパクト評価から社会的インパクト・マネジメントへ

社会的インパクト評価の重要性について認知が広がってきたものの、評価の実務においてはまだ課題が多い。評価が単にレポーティングのみを目的としていたり、事業への十分なフィードバックが行われないことが多いことなどが指摘されている。そのような状況の中で、マネジメント・サイクルの一環としての社会的インパクト評価を導入することが、「社会的インパクト・マネジメント」として提唱されはじめている。

社会的インパクト・マネジメントでは、前述の計画から報告までの4つのフェーズで完了するのではなく、事業計画時、実施期間と終了後に渡り、継続的に実施することで、事業にフィードバックすることが、事業が目標とする社会的インパクトの実現に必要であるとしている。

社会的インパクト・マネジメントの概念図

出典:筆者提供の図をもとにGGPにて作図

グローバルにこの社会的インパクト・マネジメントの推進を進める中心的な存在が、2018年に設立されたImpact Management Project (IMP)である。IMPは、国連開発計画(UNDP)、国際金融公社(IFC)、経済協力開発機構(OECD)、国連責任投資原則(PRI)等が参画するインパクト・マネジメントに関する国際イニシアティブであり、企業、金融機関、投資家の意思決定に、社会的インパクトを活用するためのフレームワークを定め、ガイドラインとして公開している。

特に社会的投資の文脈では、こうした社会的インパクト・マネジメントの取り組みはImpact Measurement and Management (IMM)と呼ばれている。社会的投資の適格性の審査やモニタリングの段階で社会的インパクトの情報を加味し、投資ポートフォリオの社会性を担保するためのツールとして期待が高まっている。

日本における現状とインパクト志向の社会構築に向けて

日本における社会的インパクト評価についての検討は、内閣府による2015年度の共助社会づくり懇談会「社会的インパクト評価検討ワーキング・グループ」の設置が、行政による初めての取り組みとして挙げられる。ワーキング・グループの報告書として「社会的インパクト評価の推進に向けて-社会的課題解決に向けた社会的インパクト評価の基本的概念と今後の対応策について-」が、20163月に発行され、その後の議論の基礎となっている。

また、2016年に経済財政諮問会議が発表した「骨太方針2016」において、「社会的成果(インパクト)評価」の促進が明記され、「まち・ひと・しごと創生基本方針2016」、「日本再興戦略2016」、「未来投資戦略」等においても社会的インパクト評価・投資が政府の基本方針として位置付けられた。

こうした動きと期を同じくして、民間においても150以上の企業や財団、非営利組織等が加盟する「社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ」が2016年に設立され、社会的インパクト評価やマネジメントについてのガイドラインやケーススタディの作成、セミナーやワークショップの開催等の活動が行われている。

公的な性格をもつ資金においても、社会的インパクト・マネジメントを実装する取り組みが開始された。年間800億円以上発生する休眠預金を社会課題解決に活用することを目的として設立された、「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」が2016年に成立、2019年から資金分配が開始されている。この取り組みにおいては、休眠預金等活用のすべての事業で社会的インパクト評価を実施することが義務付けられている。

また、社会的インパクト投資においても、こうした社会的インパクト評価が実行され、各種のインパクト・レポートが発行されている。社会的インパクト投資の残高は、2019年時点の残高で約4480億円(*1)とされ、生命保険会社や金融機関といった機関投資家、政府系金融機関、プライベート・エクイティ投資会社等の多様な主体による実績がある。

こうした社会的インパクト志向の高まりは、単に行政の政策に対する企業セクターの協力や、あるいは事業活動や投資活動に社会性を加味し、付加価値を増加させようという動きだけではない。少子高齢化、人口減少社会を迎えた日本にとって、限られた予算やリソースをもとに、社会課題を営利・非営利の事業活動によって効果的に解決するためにも、またそのために必要な革新的な事業手法を継続的に生み出していくためにも、こうした社会的インパクトの評価、インパクト志向のマネジメント、そして社会的インパクトを基軸に据えた市場メカニズムの構築が急務とされている。

(*1)「日本におけるインパクト投資の現状2019, GSG国内諮問委員会, 2019

  • TOPに戻る

伊藤健(いとう・けん)

ソーシャルバリュージャパン 代表理事/慶應義塾大学SFC研究所 上席所員

卒業後、日系メーカー勤務を経て、米国Thunderbird Global School of Management にて経営学修士課程を修了後、GE International に入社。シックス・シグマ手法を使った業務改善や、コーポレート・ファイナンス部門で企業買収後の事業統合等を行う。2008年GE社を退職、NPO法人ISL 社会イノベーションセンターを経て、2010 年より慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任助教。2016年より2020年まで特任講師。
主に社会的インパクト評価を中心に研究し、2014~15年には、G8社会的インパクト投資タスクフォース日本諮問委員会の事務局、2015年経済産業省「ヘルスケア分野におけるソーシャル・インパクト・ボンドに関する検討会」委員長、内閣府「共助社会づくり懇談会 社会的インパクト評価検討WG」委員会主査、2016年には内閣府「社会的インパクト評価の普及促進に係る調査」有識者委員を務めるなど、日本の社会的インパクト評価、ソーシャル・インパクト・ボンド、社会的投資の普及促進に尽力している。