Interview

2021.10.15 fri

寄付する文化、風土をつくる秘訣とは

国内国外問わず、さまざまな災害や社会課題があると知ることが容易になった今、自分にもできることはないかと考える人は増えているのではないでしょうか。

2021年6月30日に開催したイベント「寄付のデザイン−寄付から生まれるサステナブルな社会とは?」では、新たな寄付のかたちに挑戦している方々からお話を伺いました。寄付を促進するためのポイントの一つとして上がったのが、「環境・社会課題を自分ごととして捉えられるかどうか」ということでした。

社会課題を身近な問題として捉え、行動に移す人を増やすには、どのようなアプローチがあるとよいのでしょう。今回は三井住友海上火災保険で長年に渡り、社会貢献活動に取り組んできた山ノ川実夏さんに、社員が自分ごととして寄付や社会貢献活動に取り組む文化を育む秘訣について伺います。

  • 1.手づくりで始まった仕組みづくり
  • 2.小さな一歩が、大きな動きに
  • 3.寄付しやすい文化、土壌を育む
  • 4.自分の日常が、社会課題につながっている

1984年に住友海上火災保険に入社して、社長室業務課という部署に配属されました。今でいう経営企画部門でサポート業務の仕事をしていたんです。会社が創業100年を迎えるにあたって、記念事業を推進するチームを発足して、担当することになったのが1991年。チームと言っても、課長と私、2人だけだったんですけどね。

そのなかで若い社員を集めて、創業100年の住友海上に何を期待するかという意見交換を行ったんです。当時、メセナ※1やフィランソロピー※2という言葉が使われ始めていたこともあって、「うちの会社でも社員が社会貢献活動をやるべき」だという意見が出ました。役員会でもすぐに採用されて、積極的に取り組んでいくことになったんです。

当初私は何もわからなかったので、最初は東京都社会福祉協議会のボランティアセンターに行ってお話を聞いたり、使用済み切手を集めてみたり。本当に初歩的なことから始めたんですね。1991年に長崎の雲仙普賢岳の火砕流災害が起こったときには空き缶に穴をあけて、会社の入口や食堂に募金箱を置きました。そこで社員からお金を集めて寄付したのが、当社で今も続く「義援金」の始まりです。

ただ、金融機関は現金の管理を厳格に行わなければならないので、募金箱ではなく給与から天引きして社員から寄付を集める仕組みに切り替えなくてはいけなくなったんです。当時はPCがようやく1人に1台配備された時代です。社内の担当にシステムを組んでもらって、経理や人事の人にお金の流れや労働協約をどうしたらいいか相談して。当時経営企画部門にいたこともあって、さまざまな部署と関係があったんですね。一つ一つ学びながら、仕組みを組み立てていきました。

今は災害が起きて義援金を募る体制が整い次第、申込画面を用意して、社内に案内を流しています。損保会社に勤める社員は災害に対する意識が高いこともあって、みんな習慣になっているのか、翌日朝には100万単位で寄付が集まります。仕組みがグループ会社全体に広がったこともあり、まとまった金額を寄付することができるようになってきました。

社員自身が自分のお金を寄付する義援金に、会社のお金を上乗せして寄付する「マッチングギフト」という仕組みがあります。始めることになったきっかけは、2004年に起こった新潟県・中越地震です。それまで義援金は社員から募ったもののみを寄付しており、会社から義援金を贈ったのは、1995年の阪神・淡路大震災と2001年に起きたニューヨークの同時多発テロのときだけでした。どちらも当社拠点が被災していたのです。それに対して、「自社が被災したときにだけ寄付金を出すというのはどうなんだ」という意見があがりました。CSR(Corporate Social Responsibility)というキーワードが注目されるようになって、2004年に当社も経営企画部にCSR推進室が発足し、企業の社会的責任という観点が社内に浸透していたこともあり、会社からも寄付金を出せる仕組みをつくろうということになりました。

国内で災害があったときには自社が影響を受けたかどうかに関わらず、県レベルで義援金募集が行われるすべての災害に対して、社員の義援金に会社が上乗せして寄付をするマッチングギフトを導入したのがこのタイミングです。

ほかにもお金を寄付するだけでなく、社員の社会貢献活動を促進する仕組みもつくり、運営しています。少しずつではありますが、いろいろなご支援ができるようになってきたと思っています。

当初、友人に社会貢献活動の担当になったことを話したら、「似合わない」って笑われたんです。私、担当になるまでボランティアもやったことがなかったんですね。それで「自分でも何か取り組んでみよう」と考え始めました。

当時、社内では義理チョコを渡す風習があったんです。社内便がチョコだらけになるくらい、ちょっとエスカレートしていたんですね。日頃の感謝の気持ちを表す方法が他にないかと考えていたとき、子どもの絵を貸し出すなど活用して寄付を集め、クレヨンや画材を世界の子どもたちに届ける活動をしているNPOの子供地球基金と出会いました。それで、チャリティーカードをつくって義理チョコの代わりに使ってもらおうと思いついたんです。

あくまでも私個人の活動として、絵のポジフィルム(原画を複写したもの)をかりてきて、社内報の印刷をしている印刷会社さんに相談して。5万円で500枚のカードができました。社内の身近な人たちに「義理チョコの代わりに配りませんか」と声をかけたら、あっという間に売り切れたんです。大量のチョコの代わりにカードが手渡され、NPOにも寄付をすることができました。それが私にとって、最初のボランティア活動です。チャリティーカードは好評で、社内の男性陣から「ホワイトデーカードもつくりたい」という相談をもらったり、会社のクリスマスカードに発展していったんですよ。

クリスマスのチャリティーカードに使う絵を描いてくれたのは、チェルノブイリに程近い養護施設の女の子でした。彼女に何か届けようとNPOを通じて連絡をしたところ、お金はあっても使える場所がないと言われてしまって。それで防寒着やスノーブーツ、画材を揃えて送ることになりました。

それまではお金を集めて送っていて、自分たちの手を動かすことがほとんどなかったんです。そこで今度は、毛糸を調達してセーターを編むボランティアを募ってみようということになりました。声をかけてみたら、社内だけで68人が手をあげてくれたんです。みんなでそれぞれに編んで、ロシアの子どもたちにセーターを送りました。セーターを着ている子どもたちの写真を子供地球基金からいただいたときは、嬉しかったですね。

その活動を新聞で紹介してもらったら、「私もセーターを編みたいです」っていう問い合わせが殺到して、1000人くらい集まっちゃったんですよ。メディアで紹介していただくうちに、編み物の教本を出版している出版社も協力してくださることになって、全国の手芸教室の生徒さんにも活動が広がっていきました。今は、支援を必要としている国の子どもたちに毎年1000着以上を安定して送っていける仕組みになりました。

  • 2000年・セーターを着たコソボの難民の子どもたち

  • 2000年マケドニアにてコソボ難民の子どもたちにセーターを配布

  • マケドニアにてコソボ難民の子どもたちと

やっぱり自分が寄付したお金がどこでどう使われたのか、協力してくれた人は知りたいはずなので、結果報告は大切にしています。セーターを編んでもらったら、送った先の子どもたちの写真と一緒に報告する。そうすると「次も編もう」と思いますよね。やりっぱなしで寄付を募り続けても、そのうちみんなお金を出そうとは思わなくなりますから。

加えて、メディアに紹介してもらうことは、とても効果があると感じています。特に写真は大切ですよね。例えば義援金を送る先が都道府県だとしたら、支店から県庁に交渉し贈呈式をさせてもらうんです。県知事と支店長が一緒に映った写真を地方紙などで紹介してもらうことができますよね。

社員は、会社以外のメディアで自分たちの会社の取り組みを知ることになります。それを見て、「お母さんの会社はいいことやってるね」って家族に言ってもらえたら、やっぱり嬉しいですから。それで、またやってみようかなって思える。そういう積み重ね、本当にこまごまとしたことを愚直にやっていくしかないんですよ。

地道なことで言うと、預り証を発行するのも大切なことだと思っています。寄付金を集めたら、会社の名前で送ることになるので、社員に対して領収書が発行できないんですね。けれど、税務署に対して前もって手続きをしておけば、社員それぞれに対して預り証が発行できるんです。そうすると、それぞれ確定申告するときに使うことができる。地味かもしれませんが、寄付を促す立場として、寄付をしやすい環境を整えてあげることも社員に対しての責任だと思っています。

実際に寄付をするタイミングになったとき、使いやすいシステムを整えることに加えて、タイムリーであることもポイントです。義援金が必要になる自然災害が起きた、じゃあ自分でもできることをしようと感じたときに寄付できる。その都度どうするか考えて、会社で承認をとって、という段階を踏んでいたらできません。当社は募集が始まったらすぐにでも義援金を集められるように、義援金募集のあるすべての災害で寄付をするということを決めているので、そこのハードルはないんです。

地域に開かれた環境コミュニケーションスペース ECOM駿河台にて

そうですね。今は会社で用意しなくても、さまざまな寄付の形があります。そのなかでもクラウドファンディングは若い人たちに浸透していて、いい仕組みだと思いますよ。いろいろなものが出てくる中で気になっているのは、寄付をしたけれど、その先での使われ方が不透明であることでしょうか。ちょっとした情報だけで協力を決めてしまうのは危ないし、寄付の文化が怪しまれてしまうようなことにつながるのはもったいないと感じます。お金を出す側も受け取る側も、責任を持つ必要がありますよね。

「災害義援金を集めます」「余った食品を寄付しませんか?」と毎日のように社内に働きかけていると、何かやりたいと思ったとき、あの部署に相談すればいいんだと思い出してもらえるようになりました。

あるとき社内の軽音楽部の人から「発表の場にチャリティーを絡めたい」という相談をもらったことがあったんですね。ちょうどタイやラオスやカンボジアに奨学金を送っているNPOの話を聞いていて、良い取り組みだなと思っていたので、マッチングしてできることを一緒に考えていきました。その結果として始まったのが、バレンタイン・チャリティーコンサートです。始まった1996年当初は小さな発表会でしたが、今では約580名の子どもたちに奨学金を送る取り組みになっています。

どの取り組みも、はじまりは社員自身の「やってみたい」という個人的な想いからはじまっています。手探りでも愚直に続けていると、思わぬ協力者や活動の広がりに繋がっていきます。チャリティーコンサートも長く続いていますが、寄付先をずっと変えずに、関係性を積み重ねていくことも、大切にしています。

私は実際に会うことを大切にしています。会って、直接話して、合うか合わないか。長年ちゃんとした活動をしている団体でも、合わないことも時にはあります。決まったものにお金を出すというよりも、一緒に仕組みを考えていけるほうが、私たちにはやりやすいんです。分野は絞らず、とにかくいろいろな人にお会いしてお話をするようにしています。

はい、できるだけいろいろな社会課題についてお話を伺うようにしています。環境でもいいし、福祉でも、安全でもいい。社員それぞれ興味を持つことは異なりますから。私たち地球環境・社会貢献室がいろいろな方面の支援先とつながって、その時々でみんなが興味を持つものを提示する。それも担当者の役割の一つだと考えています。そうすることで、社員それぞれが社会課題に興味を持つきっかけをつくれればと思っています。

自分が関心を持ったことに対して深く学んでいくうちに、自分がやっている業務が社会課題と無関係ではないと思うようになり、仕事を通じて課題を解決できる方向に結びつくこともある。長い目で見て、企業としてのCSV(Creating Shared Value)につながっていくこともあります。いろいろなきっかけをつくれるように、さまざまな分野の方とお話することは大切にしています。

一方で企業主体になると、寄付先については分野をある程度絞っておいたほうがいいと感じています。会社が寄付をするのは、たとえば環境と福祉の分野と決めておく。なんでもありになってしまうと、会社の意思が曖昧で、わかりにくくなりますよね。もちろん金額的にも限界がありますから。

いろいろな活動をしてきましたが、私も最初は、ドキドキしながらチャリティーカードをつくってみるところから始まりました。CSRや社会貢献活動の担当になる方には、まず自分でやってみるということも大切にしてもらいたいですね。

それに加えて、私の場合、上司や周りの人があまり否定的なことを言わなかったのもここまで続けてこられた理由の一つです。新しいことを始めたいと思ったときに「何かあったらどうするの?」「前例は?」みたいなことを言う人はほとんどいなかったんですよ。会社を、そして社員を巻き込んで文化をつくっていこうとしている人に対して、周りが前向きに捉えていく環境があるということは、大切なのだと思います。

※1 メセナ:主に企業による芸術や文化への支援活動。日本では1980年代後半から盛んになった。

※2 フィランソロピー:寄付やボランティアなど、公益性のため自主的に社会課題解決に取り組むことを幅広く指す。

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Interview

山ノ川 実夏 MIKA YAMANOKAWA

三井住友海上火災保険株式会社 総務部 地球環境・社会貢献室 勤務

1984年に住友海上火災保険株式会社に入社。創業100年事業の担当となったことを機に、企業の社会貢献活動を推進し続けてきた。MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 総合企画部サステナビリティ推進室を兼務。企業による社会貢献活動の進展のために活動する経団連・1%クラブ座長。