インタビュー
農業と漁業を両立させる、アクアポニックスの先にある未来。――プラントフォーム
Date: 2022.01.21 FRI
#気候変動
#初学者
#新規事業
人口の減少傾向が続き、日本の第一次産業は担い手不足がさらに深刻なものとなりつつあります。食糧自給率が長く40%を割り込む(*1)一方で、食の安全やサステナビリティはより重要性が増しています。また、コロナ禍でグローバルなサプライチェーンの脆さが露呈し、地産地消への期待が高まっています。日本の第一次産業をめぐるこの現状はどうなっていくのでしょうか。
GGPパートナー企業の試みを紹介するシリーズの第一弾として、新潟県長岡市に拠点を置く株式会社プラントフォームの運営する国内最大規模のアクアポニックスプラントを訪ねました。農業と漁業を両立するアクアポニックスとは何か? アクアポニックスを通じたプラントフォームの社会課題解決に向けた取り組みとは? 山本祐二代表取締役CEOに話を聞きます。
CONTENTS
魚と植物を同時に育てる循環型農業
東京駅から新幹線で1時間半。目当てのアクアポニックスプラントがあるのは、都心からのアクセスもよく、夏の花火大会や酒蔵の多さがよく知られる新潟県長岡市です。駅から10分ほど車を走らせ、モダンな家が建ち並ぶ住宅街を抜けた先、子どもたちが走り回る公園の横に、大きな三角屋根を架けたハウスが現れます。
住宅街に隣接するようにして建つプラントフォーム株式会社のアクアポニックス長岡プラント。
「アクアポニックスはその仕組み上、匂いがほとんど出ません。だから住宅街に隣接したこの場所で新しい農業と漁業ができる。それもまたアクアポニックスの大きな利点のひとつです」
そう話すのは、プラントフォームの山本祐二代表取締役CEO。2018年7月に設立した同社は、アクアポニックス参入支援を行う企業です。長岡市にあるこちらの施設は、同社の直営アクアポニックスプラント。モニタリングシステムの開発や加工食品の開発など、アクアポニックスの可能性を広げる研究開発の場ともなっています。
そもそもアクアポニックスとは、水産養殖の「Aquaculture」と、水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語です。同じシステムで魚と植物を同時に育てる全く新しい農法で、1980年代頃のアメリカが発祥とされています。
自然光と循環する水で育つプラントの野菜たち。豆類の連作障害が起きないため、スナップエンドウ等を年に複数回収穫することが可能、ワサビは通常の栽培と比べて約1.5倍の速度で成長(プラントフォーム栽培実績より)など、驚きの連続だ。
一面に青々とした野菜が葉を広げる、プラントフォームの広大なハウス。日光を遮った一角に背丈ほどある高さの大きな水槽が並びます。建物はスチールの柱を組み合わせたシンプルな架構ですが、注意深く見ていると水槽や畑部分に、水の通るパイプが接続されているのが分かります。
「魚を起点に話すと、水槽で生きる魚にとって、排泄物に含まれるアンモニアや硝酸塩は毒素です。そのままにしておくと自身の排泄物で死んでしまう。通常の陸上養殖の場合、水を捨てて完全に交換したり、フィルターを通して濾過を行って水をきれいにしますが、どちらにしても相応の設備やコストがかかります。アクアポニックスでは、バクテリアの力を用いてこれらの毒素を植物が吸える栄養素に変えるんです。これが水耕栽培の水となる。さらに植物がこの栄養を吸い上げることで自然のフィルターとなり、毒素のない、浄化された水として生まれ変わる。これをまた水槽に戻すという仕組みです」
美しい循環を描くこのシステムでは、養殖のための水を換える必要がありません。さらに、化学肥料である液肥が必須となる通常の水耕栽培と大きく異なり、アクアポニックスでの植物栽培は、無農薬・無化学肥料で行うことが可能。いわば水だけで行うオーガニック栽培となるのです。
「味が濃く、野菜そのものの味がするとか、えぐみが少なく子どもたちでも食べやすいというご感想をいただいています」と山本氏。
2019年夏に完成したこの長岡プラントは、広さ約10アールと国内最大規模。魚と野菜にとって健康な環境を維持するため、施設をIoTで管理し、年間を通じてオーガニック野菜を出荷しています。レタス、サンチュ、クレソンなどの葉物やトマトなど各種の有機野菜を県内各所のスーパーや道の駅に卸すほか、水槽ではチョウザメを養殖しており、今後キャビアを出荷予定だといいます。
余熱の用途を探して、新しい農業に出会う
長岡プラントでは現在8人のスタッフが働く。
ハウス内ではお揃いのTシャツを着たスタッフがクレソンの収穫や袋詰めの最中。多くは女性で、子育て中の主婦も少なくないそう。現在、日本の基幹的農業従事者は、65歳以上が69.6%、49歳以下が10.8%(39歳以下は4.9%)と著しい偏りを見せています(*2)。このプラントはその状況とは真逆で、若い世代の担い手ばかり。地元に雇用も生みながら、安心安全な食材をつくる、現在の日本の農業・漁業にとっては理想的な存在といえるでしょう。
そんなプラントを率いる山本氏の前職はマーケティング会社。起業以前は農業・漁業に全く縁はなかったそう。きっかけはまるで関係のなさそうな課題解決についての気づきにあったというから、さらに驚きます。
「元はというと、このプラントに先んじて建てたデータセンターの電気エネルギー削減と、余熱の有効利用を考えたのがスタート地点です。データセンターは大半が都市部に集中していますが、寒冷地に移すことでエアコンの稼働は少なくて済む。さらに冬季の雪を自然エネルギーとして夏季の空調に使うことで、電気使用量を40%削減できるという記録があるんです。地震などの災害時のリスク分散に加え、そこまでの電気使用量の削減はかなりのインパクトになる。それが長岡という土地を選んだ理由でした。その延長線上に余熱利用があります」
プラントフォームHPより。さまざまな施設にアクアポニックスを導入することで、安心安全な食糧の自給を目指すことができる。発電所や下水処理場などで発生する余剰エネルギーや地熱、地下水、太陽光などの自然エネルギーを有効利用すればアクアポニックスはさらにエコロジカルな食糧生産モデルとなりうる。
CSRやSDGsの観点からしばしば企業や自治体の課題として挙がる余熱利用。温水プールや温泉、施設園芸などが行われていますが、なかなか利益を生むまで至らないのが現状と山本氏は話します。
「環境にいいという反面で実はビジネスが赤字なのでは、持続可能性がない。私自身は、日々PCやスマホを使うことから出るエネルギーで食べ物がつくれたら面白いなあ! と思ったんです。そこでデータセンターの余熱は食糧生産につながるものを、という方向性でリサーチを行いました。当然、閉鎖型の植物工場なども調べましたが、閉鎖型工場ではLEDで植物に人工光を当てる。そのLEDの熱を冷やすために1年365日休まず空調が稼働しているんですよね。余熱利用を考えているのに、さらに余熱が出るビジネスにつなげるのはどうも腑に落ちない……。そうこうしているうちに出会ったのがアクアポニックスでした。まさに琴線に触れたというのか、『これだ!』と興奮しましたね。このビジネスは広がると直感できた。そこからどんどん事業策定を進め、今に至ります」
付帯施設として農業・漁業を行うリスクとベネフィット
ハウスで植物を栽培し、より自然の力に頼るシステムであるアクアポニックス。コスト面でも優位性があるのは大きな強みです。
建屋とLEDが必須の閉鎖型工場の場合、1000㎡の植物工場で初期投資は3億程度。さらにランニングコストも電気代だけで600~800万円が見込まれるため、販路が確保できないと経営状況はすぐに厳しくなってしまうのです。一方アクアポニックスの場合、初期コストはその約1/4、ランニングコストも約1/10程度。リスクを抑えて事業をスタートさせやすいといいます。
夢のようなシステムだが、生き物を扱うビジネスだけに当然リスクはある。それでも踏み出すだけの価値はあると山本氏は話す。「サイクルが完璧なだけに、たとえば何かあって魚が全滅してしまったら、あるいは植物が打撃を受けてしまったら、システム全体がダウンする。一度始めたら魚も植物も育て続けなければならないのは、当然のことですがやはり重責です。IoTを導入して水温や気温の想定外の変化があったらアラートが飛ぶようにするなど、テクノロジーで楽にできるところは改善しながら、リスクを摘み取っています。それでもコロナは大打撃でしたね。プラント完成から半年ほど試験稼働をしていざ飲食店向けにいい野菜を販売しようと整ったのが2020年1月! 需要はほぼゼロになってしまいました」
山本氏は当時を振り返って笑うが、長岡プラントは即座に自宅需要に舵を切って販売先を探し、一歩ずつ歩みを進めてきました。課題を見つけ、発展的にクリアすることにとことん喜びを見いだしているようです。
アクアポニックスの水耕栽培では、種々の野菜はもちろん果物やハーブ類、花卉類なども栽培が可能。栽培に美しい水が必要なワサビやクレソンにも最適でしょう。魚も同様で、テナガエビやウナギなど食用魚はもちろん、鯉や金魚などの観賞魚を育てることもできます。生物が本来もつ力を活用した循環は、土地ごとの土壌や水質、気候に左右される部分の大きかった農業や漁業をより自由にするのではないでしょうか。アクアポニックスを付帯施設として持つことは、本体への付加価値になりうると山本氏は話します。
日高のオーベルジュに付属のアクアポニックスプラント。体験型のアグリツーリズムなど、さまざまなポテンシャルが見える。(写真提供:プラントフォーム)
「弊社のアクアポニックス導入実績のひとつに北海道・日高のオーベルジュに併設するプラントがあります。元々オーガニックの食を売りにする一軒でしたが、付帯のアクアポニックスで、各種の野菜とチョウザメを育てておられます。施設があることで、たとえばゲストにファームでの栽培の見学や収穫体験をしてもらい、ディナー時にはさっき収穫した野菜や、ゆくゆくはキャビアを出すといったことができるんです。食の循環を学び、体験できる。ホテル自体が観光の目的地となる、大きなベネフィットになるんです」
手の届く価格のオーガニック野菜の市場をつくる
前述の通り、山本氏率いるプラントフォームの事業の2本の柱は、自社プラントでのアクアポニックス運営や研究開発と、アクアポニックスの導入支援。2つを有機的に結びつけながらより大きな未来を描きます。
「さまざまな協業の話が進んでいて、来期には、この長岡プラントの規模と同等から倍の規模のプラントが4つ完成します。ただし、手放しで利益が生まれるビジネスかというとまだまだ! システムに改善すべき点もありますし、そもそも僕らの売りたいもののマーケット自体をつくる必要がある。
僕らはこの長岡プラントで育てるオーガニック野菜を高く売りたいわけではなく“適正な価格”で売りたい。たとえば今、スーパーでは普通のレタス1玉が150円くらいですが、オーガニックとなると300~400円はする。オーガニックは確かに魅力的でも、価格差がここまであると、一般の方は新鮮でおいしい普通の野菜で十分と考えるでしょう。僕らが狙うのはその中間のレンジ。50円足して200円程度、手の届く価格でより安心安全なものを買える状況をつくりたいんです。このような植物工場で大量に作ることで原価を下げればそれができると思っています」
プラントフォームのアクアポニックスで育てた野菜は『FISH VEGGIES』のブランドで販売している。同社のサポートを受けて新規参入する事業者にとっては、販売チャンネルがすでに確保できていることは大きなメリットだろう。2021年12月15日から新潟県内イオン9店舗にて販売がスタート。生産体制の拡充に合わせて取り扱い店舗が増える予定だ。
新たなマーケットを確立するためのひとつの施策としてプラントフォームが行うのがブランド化と販路の確保。同社が導入支援したアクアポニックスでつくった野菜を“FISH VEGGIES”という同一ブランドで販売する試みです。
「ありがたいことに、この長岡プラントの野菜は全て“FISH VEGGIES”ブランド下での販売先がすでに決まっています。需要に対して供給が足りていない状況です。販売のチャンネルがすでにあれば、たとえば他業態からの新規参入もしやすくなると考えています」
さまざまな業種とのシナジーの可能性
自然が持つ力を取り入れた循環によってオーガニック作物の栽培や魚の養殖を行い、新しい価値の創出も行うプラントフォーム。協業の可能性は多岐にわたります。
「SDGsやESGの視点から、余熱の活用を探しておられる自治体・企業・プラントなどが相当数ある。コンサルティングや事業計画から設計・施工、運営サポートまでをワンストップで行えるのは私たちの強みですね。ほかに、未利用地活用の課題を抱えている自治体からのお話もある。市街地に近い場所にある下水処理場などで、既存設備を入れ替える際にダウンサイジングするなどして土地が余ってしまう。太陽光パネルなども検討されるようですが、それでは雇用も生まない。そういう点で食物をつくることのできるアクアポニックスを検討されるようです」
さらにオーガニックに対してシナジーを発揮できる企業などとも親和性は高いと山本氏は続けます。
「今後は、たとえば化粧品メーカーや製薬会社などとのコラボレーションなども大きな可能性があると思います。人が美しくなる/健やかになるために、まずは地球を美しくしないと意味がない。海外ではそういったブランディングを行うメーカーがどんどん増えていますし、製造のための電気を再生エネルギーにしたり、オーガニックな素材を使うといった事例も少なくありません。国内も今後はそういった方向をより強く意識していくのではないかと思います
一貫として淡々としたロジカルな口調の山本氏ですが、言葉の端々に、日本のそして地球の未来についての希望と使命感がにじむのが印象的です。
「農業も漁業も、子どもに『継がなくていい』と言う親世代が少なくないと聞きます。親世代は使命感を持ってなんとか続けてきたけれど、そもそも構造的に利益率が低く、さらに近年の気候変動でリスクばかりがさらに膨らんでいる。そんな状況でも志高くオーガニックファームを始める方も多いものの、難しくてやめてしまったケースも少なくないのです。IoTを導入したアクアポニックスでリスクをある程度制御しながらオーガニック野菜をつくれたり、陸上養殖ができたりすることには、だからこそ意味があると考えます」
アクアポニックスは、子どもや孫の世代に残すことのできる、面白いからやってみてほしいと誘うことのできる農業・漁業だと話す山本氏。さらに現在は、長岡市に本社をかまえる4社で食品ロスに取り組む「越後ど発酵プロジェクト」を共同で立ち上げるなど、アクアポニックスの生産物を起点にしたビジネスも展開し始めています。この人が、そしてプラントフォームがつくっていく農業と漁業の未来には、働く人々と彼らがつくるものを享受する人々、双方の笑顔が見えています。
(取材・文/阿久根佐和子 特記以外の写真撮影:小野田陽一 図提供:プラントフォーム)
PROFILE
株式会社プラントフォーム 代表取締役CEO 山本 祐二
2003年株式会社リクルートにて企画営業職。06年株式会社メディックスでBtoBに特化したマーケティング支援部隊の立ち上げに参画。12年に同社内に新規事業開発室を立ち上げ、ECコンサルティングサービスの提供を開始。初年度から3期連続で180%超の成長を達成する。14年には韓国の化粧品メーカーに対してリブランディング戦略を起案し、同社初のeコマース事業を立ち上げ、1年で百貨店の売上を超える事業へと成長させる。16年に世界で2例目となる雪冷熱を活用した世界最先端のデータセンターを建設し、インフラからデータマネージメントサービスを提供する、株式会社データドックを創設(取締役CMO就任)。財務担当として総額63億円の資金調達を実施。18年にデータセンターから発生する廃熱と雪冷熱の余剰エネルギーを有効活用してアクアポニックス事業を行う、アグリITベンチャー、株式会社プラントフォームを創業。
<会社情報>
社名:株式会社プラントフォーム(Plant form Inc.)
本社:新潟県長岡市上前島1-1863
HP :https://www.plantform.co.jp/
<GGP事務局よりお知らせ> 株式会社プラントフォームは、GGPの以下イベントにてテーマオーナー(想いを持って解決したい課題を提示する企業・団体・自治体)として参加します。 |