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ウェルビーイングのためのデータと指標 ——「創造するウェルビーイング」シリーズVol.1 開催レポート

Date: 2022.08.30 TUE

  • #ソーシャル

  • #イノベーション

経済成長一辺倒だった価値基準からWell-being(ウェルビーイング)へ——。SDGsや「成長戦略(*1)骨太の方針」(*2)でも謳われ、新しい資本主義の主軸として政府をはじめ企業や自治体も注目するウェルビーイング。では、どうすれば私たちはそれを実感できる社会を築くことができるのでしょうか。

そのための具体的なアクションを展望すべく、GGPは「創造するウェルビーイング」と題するシリーズイベントを開始。第1弾として「ウェルビーイングのためのデータと指標」を202275日に開催しました。

ゲストは幸福学研究の第一人者でウェルビーイング指標の策定にも取り組む前野隆司・慶應大学教授と、前橋市で共助型未来社会の実現に挑む前橋市役所未来政策課の谷内田修・スマートシティ推進監。ウェルビーイングとは何かを基礎から学ぶと同時に、地域社会の幸福度向上のためにDX(デジタルトランスフォーメーション)を取り入れ、切磋琢磨する事例を知る機会となりました。

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Session1

ウェルビーイングの過去・現在・未来
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野 隆司

Session2

デジタルグリーンシティ〜前橋市の取組〜
前橋市 スマートシティ推進監 未来創造部参事 谷内田 修

Panel
discussion

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野 隆司
前橋市 スマートシティ推進監 未来創造部参事 谷内田 修
株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー 棚橋 弘季
三井住友フィナンシャルグループ サステナビリティ企画部 部長 竹田 達哉

幸福学(Well-being study)を探求する前野氏は、「一般的には、健康(身体)、幸福(心)、福祉(社会環境)がよい状態」と前置きをした上で、自らの研究で明らかにした“幸せの4因子”を次のように解説しました。

「幸福は、他人と比較できる「地位財型」と環境や健康・心的要因と関わる「非地位財型」に分類されます。前者はお金や社会的地位によるもので長続きしないけれど、後者は①自己実現と成長(やってみよう因子)、②つながりと感謝(ありがとう因子)③前向きと楽観(なんとかなる因子)④独立と自分らしさ(ありのままに因子)によるもので、長続きします」

地位財型は、産業革命以降の貨幣経済が右肩上がりする時代に重視されてきた幸福の尺度でした。しかし、定常型社会に移行しつつある現代では、非地位財型へと価値観が転換し、この4つが個人の幸福を高める重要な因子であると前野氏は分析します。

前野氏は、広範囲にわたるアンケートなど、徹底したヒアリングとデータ分析でさまざまな角度から幸福の因子を探求しています。個人の幸福因子と同様に、働く人の幸福についてもサーベイを行い、その結果、7つの幸せ因子、7つの不幸せ因子が見つかったと言います(図1)。幸福のメカニズムを顕在化し、人々の意識化を促すことで、ウェルビーイング向上につなげているのです。

近年は、地域が幸せになるための因子分析も行っています。100以上の質問を作成し、さまざまな地域でアンケートを行った結果、「ダイナミズムと誇り」「過干渉と不寛容(のなさ)」「地域との相性」など10の指標が見つかりました(図2)。

こうした各自治体の幸福の因子分析の調査結果がレーダーチャートとして視覚化されると、ランキングして地域に優劣をつけようとする風潮もあります。しかし「指標は偏差値のように1つの軸で測ったり他者と比較したりするためのものではありません」と前野氏は眉をひそめます。「すべての人やまち、企業にはそれぞれの良さがあるので、その良いところを伸ばすために利用して欲しい」と、幸せの指標が多様な価値観の醸成につながることを示唆します。

まちの人を幸せにするのが自分たちの仕事。

そうきっぱりと語るのは、前橋市職員の谷内田氏です。自らを「ファースト・ペンギン」と位置づける谷内田氏のプレゼンテーションからは、 “やってみよう”“なんとかなる”といった幸せ因子があふれ出します。そこで描かれていた前橋市の青写真は、官民連携で目指す共助型社会です。そのために試行錯誤中の先進的な事業を紹介しました。

そのひとつが、デジタル田園都市国家構想推進交付金の対象となった「まえばし暮らしテック推進事業」です。デジタル田園都市国家構想とは、5.7兆円の国家予算が投じられて注目を集める岸田文雄総理の目玉政策*3。サステナビリティ、ウェルビーイング、イノベーションを大きな目標として掲げ、「デジタル化によって、各地域のさまざまな社会課題を解決しながら、地域の魅力を向上させよう」(*4と、地方自治体でのデジタル基盤の実装とそれを活用した課題解決の実践を促しています(図3)。

出典:デジタル庁「第2回デジタル田園都市国家構想実現会議」2021年12月

この事業を支えるのが「まえばしID」(仮称)と言われる市独自のデジタル個人認証システムです。マイナンバーカードによる本人確認を実施した上で、スマートフォン上に電子署名法の認定証明書を発行し、独自のIDとして使用する仕組みです。そうすることで行政手続きや医療や教育などの民間のサービスが受けられ、さらに決済もできるという革新的なシステムです。

本人の同意のもと、自分に関するデータをサービス提供者にオプトイン(利用許諾)することで個別最適化したサービスを受けることができるようになります。

例えば「まえばし暮らしテック」では、母子手帳とソーシャルワーカーによる子育てサポートを紐付けたり、個人のアレルギー情報を多角的な連携でサポートしたり、また電力データを利用した高齢者の地域見守りなど、さまざまなサービスを予定しています。「まえばしIDを使えば、みんなに同じサービスを提供する必要がなくなる」と谷内田氏。

近代化の中では公共サービスもまた人の個性を置き去りにし、画一的な基準で行われてきました。前橋市では、デジタル技術を活用し、より多様なニーズに肌理細やかに応えることでウェルビーイングを実現しようとしています。「単なるデジタル化ではなく、あるビジョンを実現するためにデジタル技術で社会に変容をもたらすのがDX」と谷内田氏はまえばしID導入の意図を説明します。そのビジョンとは「誰一人取り残されない、個別最適化したサービスを提供すること」です。

さらに、まえばしIDにより市民はデジタル市民権を獲得し、いつでもどこでもまちづくりに参加することができるという構想を掲げています。その結果、市民のコミュニケーションや共助を促すというものです。

「多様な人がつながりながら、一生学び、育ち、新たな価値が“めぶく”まちにしていきたい」と谷内田氏。「めぶく。」(*5)というのは、2016年に前橋市が官民協働で掲げたまちのビジョンで、「良いものが育つまち」という将来像を描いたものです(図4)。

図提供:前橋市

まえばしIDの発行主体となる「めぶくグラウンド」もまた、官民連携で株式会社として10月に設立を予定しています。デジタル技術を活用したEBPMEvidence-ased policy making)証拠に基づく政策立案)の支援や、資金循環型モデルの構築、民間会社と連携した事業開発などを行っていくまちづくり会社です。

さらに、自治体間でDXに関わる情報を共有して横展開していく活動も始まっています。デジタルの最先端技術と民間の資本を活用した未来型政策協議会20222月に発足。30の自治体が参画し、連携団体には日本PFIPPP協会、世界経済フォーラム第4次産業革命日本センターなども名を連ねます。公民連携による新しいファイナンス、サービス展開に期待が高まります。

後半は、三井住友フィナンシャルグループの竹田達哉サステナビリティ企画部部長とモデレーターを務めるロフトワークの棚橋弘季氏が加わりパネルディスカッションを行いました。ここで議論の的となったのは、ウェルビーイングであるために指標やデジタル基盤をいかに活用していくかということでした。

実は、デジタル田園都市国家構想では、「地域ごとにウェルビーイング指標を定期的に測定、KPI(重要業績評価指標)を設けて恒常的に改善」することが求められているのです。

このウェルビーイング指標は、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートがデジタル庁に協力して作成しており、Liveable Well-Being City(LWC)指標(*6)として、7月に第一版が公表されました。

前述の前野氏の10の因子が個人因子の指標となっています。その他にも京都大学の内田由紀子教授が作成した協調因子、日立東大Labが作成した行動因子などがあり、それぞれの自治体が指標を選択できる仕組みになっています。各地域に合った指標を適切に活用していくためには、「ウェルビーイングに対するリテラシーを高めることが必要だ」と前野氏は言います。

デジタル庁によるとこの指標の導入は「各エリアでの取組間の好循環と政策評価(EBPM)を進めることが目的」(*7)としています。EBPMについて谷内田氏は、「人口減少や空き家問題など現代の複雑な社会課題に対しては、総合的に取り組む必要がある。そのときにはEBPMなどのデータ活用が必要」と見ています。

また、まえばしIDで個人データを取り扱うにあたっての課題は、情報セキュリティだと言います。そのために現在は保険の導入を検討中だとか。「これまではセキュリティを守りますとしか言えなかったけれど、保険ができるとリスクの分析と管理ができるようになる。データを扱う意義と同時に、データを扱う責任を明確にしないと、データを使った新しい社会にはならない」と、ファーストペンギンの挑戦は多岐にわたります。

そうした新しい試みに対して、「あらゆる技術にはメリットとデメリットがある。デジタル化も自律分散型になるメリットもあるけれど、結果的に巨大IT企業に富が一極集中するデメリットを引き起こしている。デジタル庁がウェルビーイングを掲げているのは、デメリットの大きい技術利用になるのを抑制するためではないか」と前野氏は指摘します。

また、前橋市の取り組みについて前野氏は「大手のIT企業は利益を求めて個人情報を利用してきたけれど、前橋市は市民のために、官だけでも民だけでもできなかったことをやろうとしている」と高く評価。「個人がボランティアやプロボノ、起業など多様なかたちで力を合わせてくことも可能。一人一人の良さを生かすとすごいパワーになるから、そこに未来の可能性がある。GAFAじゃなく、前橋市から始まるのがいいね(笑)」。と締めくくりました。

*1 内閣官房 成長戦略実行計画
*2 経済財政運営と改革の基本方針2021
*3 内閣官房 デジタル田園都市国家構想関連施策の全体像
*4 内閣官房 デジタル田園都市国家構想実現会議
*5
 前橋市 前橋ビジョン「めぶく。」
*6 Smart City Institute Japan、Liveable Well-Being City 指標
*7 デジタル庁 デジタル田園都市におけるWell-Being指標の活用について

動画再生時間:約95分

00:01:39 イベント開始
00:04:02 GGP紹介
00:13:07 Session1
00:28:32 Session2
00:43:35 Panel discussion
※動画内で谷内田氏のプロフィールを「前橋市 スマートシティ推進課 未来創造部参事」と紹介しておりますが、正しくは「前橋市 スマートシティ推進監 未来創造部参事」です。

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