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働くことと場所の新しい関係——「創造するウェルビーイング」シリーズ Vol.2

Date: 2022.09.12 MON

  • #ソーシャル

  • #地域共創

写真:スペルプラーツ

経済成長を是とする価値基準から、クリエイティブな個々人が自律分散的に創造力を発揮し、Well-being(ウェルビーイング)を実現させ、〈共創〉する社会を目指すために──。1947年、世界保健機関(WHO)憲章の前文は「well-being すべてが満たされた状態」という言葉を使って「Health 健康」の概念を次のように定義しました。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。

日本WHO協会訳[*1

21世紀に入り世界中で個人にとって何が「ウェルビーイング」であるかが追い求められています。わが国でも内閣府が主導する調査に基づき、経済社会の構造をさまざまな満足度の観点から計量化して「満足度・生活の質を表す指標群(Well-beingダッシュボード)」を作成し、政策運営への活用が進められています[*2]。

「創造するウェルビーイング」シリーズ Vol.2では、「働くことと場所の新しい関係」に注目します。ゲストは、モバイルメディア時代のワークプレイス、ワークスタイルを研究する松下慶太・関西大学社会学部教授と、柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)の三牧浩也・副センター長。コロナ禍において多様化しアップデートされる、時間や場所にとらわれない働き方、住居・職場・余暇の新しいかたちなどについて、2022年7月28日、柏の葉オープンイノベーションラボKOILにて、GGPと連携パートナーのロフトワークによる共同企画で開催しました。

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松下慶太氏。撮影:GGP

「ウェルビーイング」をめぐる上記のような状況を松下氏は近年の「ワーケーション」の傾向から展望しました。ワーケーションはコロナ禍以前から世界的にワーカーの関心を集めていた、仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を重ねることで可能になったり、価値を生み出したりするワークスタイルおよびライフスタイルを指します。先行する欧米圏では、「Work From HomeWFH):限られた場所(自宅)から」型や「Work From AnywhereWFA):いつでも・どこでも」型のワーケーション・スタイルが多様化しています。これに対して松下氏は「Work From XWFX):組み合わせる価値」、つまり、組織的に色々な場所で働いている人々がいる、あるいは自分が進んで色々な場所に赴いて働く、そうした場所の価値を組み合わせることがこれからのウェルビーイングにつながるのではないか、と提唱しています。欧米型のワーケーションでは、いわゆるデジタルノマドたちによる自発的活動がその牽引役を担いますが、日本では企業や地域が制度を推進し社員が利用するスタイルが浸透し始めています。こうした中で心身の健康や社会問題への取り組みの促進がなされていくという、世界とは異なるワーケーションのかたちが日本型ワーケーションの特徴になっていくことが好ましいという考えです。

日本でも2022年になると非従来型の、オフィスではできないことを行うための「非日常型ワーケーション」個人の心身のメンテナンスのためのワーケーションなど、活動類型に拡張性が見られるようになってきました。松下氏はこうした拡張性を3つの類型として示しました。すなわち、都市型(都市8:地域:2)の「城の崎にて」型/移動型(都市5:地域:5)の「日々旅にして旅を栖とす」型/地域型(都市2:地域:8)の「いざ鎌倉」型で、国や地方の政策や支援傾向としては、都市型から地域型へという流れがあると整理します。

図提供:松下慶太

図提供:松下慶太

また松下氏は、海外のデジタルノマドが求めるワーケーションの3要素をCafe(コミュニティや空間)/Surfing(身体性と自然)/Yoga(メンタルや文化・伝統)」のメタファーで示し、「ウェルビーイング」を構成するこうした要素はこれからの地域や都市のデザインにとって新たに必要なものであることを提唱します。

さて、こうして求められる「ウェルビーイング」のスタイルですが、じつは生物の世界で営まれるモデルにも学ぶことができます。例えば2019年に翻訳書でもテーマになり話題となった「マツタケ」です(*3)。松下氏は、マツタケ栽培の資質を大規模農園型の「スケーラビリティ(規格不変性)」ではなく、多様性・不確定性が高い「ノンスケーラビリティ(規格不能性)」と位置づけ、そこに見出される生産価値の高さに気づくことの意味を紹介しました。

アフターコロナに向けて、オフィスや都市といった確定的な領域を凌駕するワークスタイル、ライフスタイルの多様性を築いていくこと、さらにそうした境界の中だけでは成立しない、より広範な周縁領域を含むさまざまな要素同士の関係性、潜在的コモンズと共にあるネットワークとしての地域をデザインすること。これからの「ウェルビーイング」はこうした評価とともにあることを説明しました。

三牧浩也氏。撮影:GGP

次に、都市デザインや景観マネジメントなどを専門とする三牧副センター長が10年以上にわたって取り組まれている柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)の実例と共に、変わりゆく働き方と暮らし方について考えました。

柏の葉は、柏たなか駅周辺128ha、柏の葉キャンパス駅周辺273haからなる広大な開発エリアで、東京から約30kmに位置する横浜、大宮、千葉などとほぼ等距離、2005年に開通したつくばエクスプレス沿線に位置し、開発事業は2029年まで続く予定です。

柏の葉は、千葉県、柏市の公」、三井不動産や地元企業、地域住民の民」、東京大学や千葉大学などの学」の連携によるまちづくりをテーマとしてきました。2006年にそのコアとして組織されたUDCKはさまざまなステークホルダーとともに、学び・提案─実践・事業化─継続・定着のサイクルを回し、現在進行形でまちの将来を一緒に考え、進化させていこうと活動しています。このように公・民・学のステークホルダーを横断的につなぐ活動とともに、「スマートシティ」「アーバンデザイン」「コミュニティ」の形成、促進に総合的に取り組む様子が解説されました。

図提供:三牧浩也

大学とまちの融合=キャンパスタウン構想の側面からは、スマートシティ(新産業を生み出しながら先端的な技術を実装する都市)×アーバンデザイン(暮らしやすく働きやすい快適な空間)というビジョンとその実践が語られました。駅前の大街区で進む高密な建物の開発において、緑地帯の軸をネットワークして外部空間を充実させ、駅前および街路空間を単なる交通空間ではない、人々が滞留できる居心地のよい空間を展開するまちのあり方を継続的な議論と共につくってきた綿密な計画の実行と、関係者たちとの信頼の構築は、他の都市でのまちづくりにおいても共有可能な貴重なコメンタリーです。

こうした計画を継承する「イノベーション・キャンパス」構想(2014)では、次世代型のワークスタイル、ライフスタイルを実現するべく、3つのコンセプトを掲げました。1つめは、研究開発・業務機能、住宅、商業などの複合的な機能が混ざり合う「新産業創造都市」2つめは、街区の中心に位置するアクアテラスの豊かな水辺の景観や緑の環境と共生してゆく「環境共生都市」3つめは、外に出たくなる、歩きたくなる空間を実現する「健康長寿都市」です。先に松下教授が掲げたワーケーションの3要素「CafeSurfingYoga」とも共鳴するコンセプトです。

このように新しい空間が次々に立ち上がるエリアですが、居住者や就労者からすると綺麗で快適だが他方でほっとする「気軽に立ち寄れる飲み屋」が欲しいという要望が上がってきます。大規模開発ではなかなか実現することが困難な内容ですが、大学が主導してオリジナルの屋台をつくり、利用のされ方、採算計画などを図るべく、1年半ほど実証実験を行いました。その結果として、沿線高架下の駐輪場を移設して「柏の葉かけだし横丁」というアフター5の多様な居場所が生まれました。

図提供:三牧浩也

その後、私たちの働き方と暮らしはコロナ禍を受けて大きく変わっていくことになりました。柏の葉のまちの評価やニーズについてのアンケートでは、駅前に大型スーパーがありコンパクトな生活環境が保証されている、豊かな公共空間・自然環境が気分転換や体調維持を促している、という回答が多く寄せられました。この結果は、街区のアーバンデザインが多くの方々に享受されていることを改めて示しています。いまでは街区全体で平日日中もワーカーや子連れのファミリーなどが混ざり合う様子が見られると同時に、公共空間に個室型のサテライトオフィスが設置されるなど新しいサービスも展開されています。暮らしのコミュニティと仕事のコミュニティが重なり合う「暮らし働く郊外」の先進的なモデルとして情報を発信していきたいと、UDCKの思いが綴られました。

写真:スペルプラーツ

続いて、モデレーターを務めるロフトワークの棚橋弘季氏が加わり、コロナ禍で進行するワーケーション、職住コミュニティの一体化などについてパネルディスカッションを行いました。

松下氏は、住民がどこかに定住することが国や地方の政策に利するという意図は理解しつつも、地元に帰る「Uターン」や移住を選ぶ「Iターン」志向ではなく、「いくつかの選択肢を重ね合わせること、つまり循環する『サークル』志向が本当の多様性ではないか」と言います。「たとえば、ここ柏の葉をベッドタウンとして夜間を過ごすだけでなく、日中もサテライトオフィスを使って暮らす時間を長くするように、選択肢を少しずつ拡張していく。その時間軸を、地域を広げることによって長くとることも可能ではないか。たとえば、花粉症で苦しむ時期は花粉が飛来しない地方で働き暮らしてみるなど、これからは定住の縛りを解いて、ソフト、ハード両面の保証を考えていくことがワーケーションにとって大事な観点になる」と制度上の整備の必要性も指摘しました。

三牧氏は、同時に長野県のUDC信州の副センター長を務める経験から、しなの鉄道沿線におけるワーケーションの推進にかかわる取り組みも紹介しました。東京からも比較的近いことを利点としながら、恵まれた自然と食を求めて訪れる「サークル」志向のワーカーに、まずは働き方を醸成しながら、「徐々に地域との接点を増やし、議論する機会をつくっていくことが重要」と言います。郊外型まちづくりの柏の葉との類似点もありますが、沿線全体の回遊を促す移動サービスの実証などに取り組みながら、自然や食などの地域資源をどのようにワーケーションの中に活用していくかという、新しい試みに挑戦しています。

最後に棚橋氏から、新しい地域で関係性を築き、ウェルビーイングの実現を目指すために、「公共」という概念が図らずも意図してきた「公」というトップダウンの空間モデルやライフスタイルを脱し、目の前にすでにあるリビング・ラボとしての環境や資源や情報と「共」に未来の選択肢を押し広げ多様性を生み出していくこと、個々人がクリエイティブに意識を変えていくことの本質的な大切さが語られました。

(文=飯尾次郎/スペルプラーツ)

1:世界保健機関(WHO)憲章とは
2:満足度・生活の質を表す指標群(well-beingダッシュボード)
3:アナ・チン『マツタケ──不確定な時代を生きる術』(赤嶺淳訳、みすず書房、2019/原著=2015

動画再生時間:約124分

00:02:30 GGP紹介
00:04:25 イントロダクション:創造するウェルビーイングシリーズについて
00:10:35 ゲストトーク1:関西大学社会学部 教授 松下 慶太
00:25:42 ゲストトーク2:柏の葉アーバンデザインセンターUDCK 三牧 浩也
00:42:47 パネルディスカッション

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