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ビジネスと自然資本——生物多様性をめぐる動き

Date: 2022.10.11 TUE

  • #グローバル動向

  • #自然資本

  • #ESG投資・開示

日本総合研究所 二宮昌恵

自然資本(豊かな生物多様性の状況などを含む)の毀損防止や回復に向けた、国際的な流れが加速しています。20216月のG7コーンウォール・サミットでは、「ネイチャ―ポジティブ」に向けた国際的な決意表明として「2030年自然協約」[*1]が合意され、生物多様性の減少傾向を食い止め、回復に向かわせるためにG7諸国が協力して取り組むべき内容が盛り込まれました。また、202212月に開催予定のCOP15(国連生物多様性条約第15回締約国会議)第二部では、「愛知目標」[*2]に代わる新たな国際目標「ポスト2020⽣物多様性枠組」が採択されることに期待が集まっています。

こうした潮流は、企業活動にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。ポスト2020生物多様性枠組案では、生物多様性のビジネス等への主流化を促す目標を盛り込むことが検討されています。また、民間サイドの動きとして、TNFDを始め企業の自然資本開示に向けた検討が進んでいることは、「自然資本の開示とは—TNFDフレームワーク」で既にご紹介の通りです。

従来、自然資本の価値は、企業・経済活動に反映されてきませんでした。安価で便利な製品を作る代償に自然資本が生み出す生態系サービスを乱用したとしても財務上のコストにはならず、自然資本の利活用は長らく「無料」とみなされてきました。逆に、自然資本保全に投資したとしても必ずしも金銭的利益を得られるわけではなく、企業にとっての自然資本保全は、あくまで倫理的な慈善活動としての側面が強かったのではないでしょうか。

しかし、環境許容量を超えた経済活動が自然に及ぼす悪影響や、それらが翻って経済・ビジネスにもたらすリスクが顕在化している今、自然資本は事業に関する意思決定を行う際の重要な要素の一つとして存在感を高めつつあります。

英国財務省が発表したダスグプタレビュー

出典:The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review

また、経済的利益という概念そのものも変わりつつあります。2021年に英国財務省から生物多様性と経済の関係を分析したレポート、通称「ダスグプタレビュー」が発表されました。執筆者である経済学者でケンブリッジ大学名誉教授のダスグプタ氏は、「自然環境の劣化など資産価値の下落を含まないGDPで
経済パフォーマンスを判断することは『誤用』である」と踏み込み、自然資本を含む「包括的な富」を指標に組み込む提言を行いました。

この様に、ビジネスや利益の概念と自然資本との相互依存関係が認識されつつある中、自然資本は「余力があればコストをかけて守るもの」というビジネスの外側としての扱いから、「事業判断に組み込み、保全に向けて投資するもの」「その結果、見返りが受けられるもの」としてビジネスへの統合が求められつつあるのです。

とはいえ、ビジネスに自然資本の観点を取り入れる試みは始まったばかりです。中でも、本業が直接的には生態系サービスに依存しない企業においては、自然資本の毀損防止や回復にどの様に貢献していけばいいのか、手探りとなる点も多いでしょう。こうした国際社会からの要請と個別企業との取り組みの間を埋め、生態系サービスとの直接の関わりが希薄な企業においても自然資本への投資インセンティブを引き出すべく、国が検討している施策の一つとして、「生物多様性保全のクレジット創出」があります。以下にその動向をご紹介します。

現在、環境省においては、生物多様性保全で生じた環境価値を切り出し、市場で売買する仕組みの検討を始めています。いわば、カーボン・クレジットの生物多様性バージョンです。

2021年のG7サミットでは、2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」などが合意され、その目標達成に向けて20224月に「30by30アライアンス」が発足しました。参加企業や自治体が所有・管理する緑地などの保全活動を促し、「保護地域以外に生物多様性保全に貢献している場所(OECM)」として環境省が認定するという枠組みです。

この取り組みに対して数多くの参加を促すべく、上記の認定地域の環境価値を切り出し、クレジットとして売却できる仕組みを検討しています。制度の構築に当たっては、生物多様性の保全効果を測定して見える化する作業や適切な売買手法などを調査・検討の上、20232月を目途に基本的な枠組みを取りまとめる予定です。

生物多様性のための多様なステークホルダーの関わり

出典:生物多様性国家戦略関係省庁連絡会議「30by30ロードマップ」

また、環境省は「⽣物多様性ビジネス貢献プロジェクト」と題して、ポスト2020生物多様性枠組の各目標の達成に寄与する技術や製品・サービスなどの取組事例を紹介しています。こうした取り組みについても、自然資本の毀損防止や回復への向き合い方を模索する上で一つの足掛かりとなるでしょう。

上記のようなクレジット制度を通じて、自然への投資が金銭的利益として目に見えやすいものとなり、事業内容と生態系との直接的な関連性が低い企業も含めて、自然資本への投資に取り組みやすくなるでしょう。一方で、金銭的利益のみを求めての投資決定は、従来型の意思決定の延長でもあり、今後ますます求められていく自然資本の毀損防止や回復の観点をビジネスそのものに組み込むという点に必ずしも十分に応えるものとは言い難い側面も否定はできません。

中長期的に自然資本の要素をビジネスに統合していくためには、その相互依存関係を把握した上で、金銭的利益のみならず自然資本への負荷も加味した意思決定を行うなど、従来とは異なる価値尺度の導入が必要になってきます。例えば、世界大手の化学企業である米ダウ・ケミカルは自然資本の考え方を経営の中に組み込み、事業投資などの意思決定時には、必ず自然資本観点での評価を実施するというプロセスを定めています。

また、世界の企業の中では、持続的な原料調達やネイチャーポジティブを通じたカーボンニュートラル達成を見据えて「リジェネラティブ(再生)」な農業などに投資資金を投じる事例[*3]も増えつつあります。自然資本である生物多様性の要素を事業判断に組み込み、事業の基礎となる資本と位置付けて投資を行うことで、ネイチャーポジティブの達成にも寄与する、このような自然資本ベースのビジネスモデルや経営のあり方を考えていく必要があります。

*1 外務省:G7・2030「自然協約」
*2 愛知目標とは、COP10で採択された、「生物多様性を保全するための戦略計画2011-2020」の中核となる世界目標。2020年までに生物多様性の損失を食い止めるための緊急かつ効果的な行動をとることが合意された。WWF Japan
*3 「環境再生型農業」とも呼ばれ、農地の土壌を修復・改善しながら自然環境の回復に繋げることを目指す。例えば、土を耕さずに農作物を栽培する不耕起栽培や合成肥料の不使用などが挙げられる。土壌が健康であるほど多くの炭素を吸収するため、リジェネラティブ農業は気候変動抑制に有用な手法と考えられている。
企業が取り入れた一例として、米アウトドア用品のパタゴニアでは、従来から取り組んでいた100%オーガニックコットンの活用取組を一歩進め、リジェネラティブ・オーガニック農業に取り組んでいる。「リジェネラティブ・オーガニック認証プログラム」の設定を支援すると共に、最も厳しいオーガニック基準であるリジェネラティブ・オーガニック農法に取り組むインドの農家でパイロット・コットン栽培に着手し、参加農家は2,200件を超える。2022年には、初のリジェネラティブ・オーガニック・サーティファイド・コットン製品を発表している。パタゴニアホームページ 

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