このように、企業に対する情報開示要請が急速に高まる一方で、何をどのように開示したらよいか悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。ここで注意しなければならないのは、国から情報開示が望ましいとされたデータ項目を一律に開示すればよい訳ではないことです。サステナビリティ情報開示のこれまでの歩みを振り返ると、2013年12月に国際統合報告評議会(IIRC)[*1]が示した「国際統合報告フレームワーク」や、2016年頃からGRI(Global Reporting Initiative)が広めた「マテリアリティ(優先課題、重要課題)」の考え方が参考になります。情報を総花的に開示するのではなく、企業の中長期的な価値創造能力を分析するために、重大な影響を与え得ると判断される情報のみを取捨選択して開示すべきという考えです。例えば、中外製薬株式会社では、アニュアルレポート[*2]を中長期の価値創造ストーリーと進捗の共有を目的とした冊子として位置づけ、革新的な医薬品・サービスの創出を通じて、高度で持続可能な医療を実現するというビジネスモデルを簡潔に示しています。また、価値創造に向けて資源投下する重要テーマの一つに人材(人的資本)を挙げ、ダイバーシティ&インクルージョン指標や人材育成関連指標(サーベイ・投資)等を開示しています。
持続的な企業価値向上に向けて組織がどのような経営戦略をとるかは、各企業の置かれている状況によって異なります。企業固有の経営戦略の実現にあたり、必要な人材を確保・育成するためにどのように投資すべきか、何に取り組むべきかはそれぞれ異なるはずです。さらに、企業ごとに取り組みが異なれば、その進捗を測るための目標指標(KPI)も異なります。このため単なる人材関連データの網羅的な情報開示ではなく、人材をどのように企業価値向上につなげようとしているのかという企業固有のストーリー(経営戦略に連動した人材戦略)と、その実現に向けた具体的な取り組み、企業価値につながるKPIを開示することが求められていると言えるでしょう。