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企業に求められる人的資本の開示とは

Date: 2022.11.15 TUE

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日本総合研究所 長谷直子

投資家による企業評価の視点の一つとして、社内の人材への取り組みが改めて注目されています。従業員の持つ能力等を資本として捉え、「人的資本」について情報開示するよう企業に対して義務付ける動きが広がっているのです。

米証券取引委員会(SEC)は2020年8月、人的資本の情報開示を上場企業に対し義務付けることを発表しました。具体的な開示項目までは定められておらず、人材育成(development)や人材の惹きつけ(attraction)、維持・確保(retention)が例示されるに留まっていますが、経営する上で重視すべき項目を開示すべきとしています。

欧州の上場企業では、さらに前から非財務情報の開示の一環として義務付けられてきました。2014年、欧州委員会は「非財務情報開示指令(NFRD)」を公表し、従業員数が500名を超える大企業に対して、従業員の労働環境や人権、取締役会の多様性などを含む情報開示を義務付けました。また、2021年4月には、既存のNFRDから対象企業を拡大した「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)案」を公表しました。CSRD は2022年秋に採択される予定となっており、採択されれば対象企業は2024年会計年度から情報開示が義務付けられます。

こうした海外の人的資本情報開示義務化の動きを受け、日本でも、人的資本の情報開示の枠組みや、取得すべき人事データの方向性が各省庁から相次いで示されています。

経済産業省は2020年9月、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書(いわゆる「人材版伊藤レポート」)」を公表し、経営戦略と人材戦略の連動の重要性を示しました。2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいても、上場企業は自社の経営戦略等との整合性を意識しつつ、人的資本の情報を具体的に開示すべきであると明記されました。

また、内閣官房は「人的資本可視化指針」を2022年8月に公表し、開示事項の例として「育成」「エンゲージメント」「流動性」「ダイバーシティ」「健康・安全」「労働慣行」「コンプライアンス/倫理」を示しました。さらに金融庁でも、有価証券報告書での人的資本情報開示について議論しており、早ければ2023年度から上場企業に開示が義務付けられる可能性があります。

「人的資本可視化指針」(非財務情報可視化研究会)資料をもとにGGP作成

このように、企業に対する情報開示要請が急速に高まる一方で、何をどのように開示したらよいか悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。ここで注意しなければならないのは、国から情報開示が望ましいとされたデータ項目を一律に開示すればよい訳ではないことです。サステナビリティ情報開示のこれまでの歩みを振り返ると、2013年12月に国際統合報告評議会(IIRC)[*1]が示した「国際統合報告フレームワーク」や、2016年頃からGRI(Global Reporting Initiative)が広めた「マテリアリティ(優先課題、重要課題)」の考え方が参考になります。情報を総花的に開示するのではなく、企業の中長期的な価値創造能力を分析するために、重大な影響を与え得ると判断される情報のみを取捨選択して開示すべきという考えです。例えば、中外製薬株式会社では、アニュアルレポート[*2]を中長期の価値創造ストーリーと進捗の共有を目的とした冊子として位置づけ、革新的な医薬品・サービスの創出を通じて、高度で持続可能な医療を実現するというビジネスモデルを簡潔に示しています。また、価値創造に向けて資源投下する重要テーマの一つに人材(人的資本)を挙げ、ダイバーシティ&インクルージョン指標や人材育成関連指標(サーベイ・投資)等を開示しています。

持続的な企業価値向上に向けて組織がどのような経営戦略をとるかは、各企業の置かれている状況によって異なります。企業固有の経営戦略の実現にあたり、必要な人材を確保・育成するためにどのように投資すべきか、何に取り組むべきかはそれぞれ異なるはずです。さらに、企業ごとに取り組みが異なれば、その進捗を測るための目標指標(KPI)も異なります。このため単なる人材関連データの網羅的な情報開示ではなく、人材をどのように企業価値向上につなげようとしているのかという企業固有のストーリー(経営戦略に連動した人材戦略)と、その実現に向けた具体的な取り組み、企業価値につながるKPIを開示することが求められていると言えるでしょう。

*1 現在は、IFRS財団(国際財務報告基準財団)に統合
*2 中外製薬の株主・投資家向け アニュアルレポート

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