解説記事
注目される人的資本経営 -人材戦略の策定・実践のポイント-
Date: 2023.03.08 WED
#ソーシャル
#ESG投資・開示
企業経営におけるサステナビリティや人材の重要性が叫ばれる中、昨今、人的資本経営が注目されています。経済産業省のホームページ[*1]によれば、人的資本経営とは、「人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義されていますが、「これまでの人事施策や人材に関する取組と何が異なるのか?」「何から始めれば良いのか?」との声も多く聞こえており、企業経営者、実務担当者の悩みは多いようです。
人的資本経営のふたつの側面
人的資本経営は、「①人材戦略の策定と実践」「②人的資本の可視化と開示」のふたつの側面に分けて考えることができ、最近では、「②人的資本の可視化と開示」に注目が集まっています。ここには、内閣官房の非財務情報可視化研究会が人的資本可視化指針[*2]を発表したこと、また、企業内容等の開示に関する内閣府令の一部改正[*3]により、有価証券報告書において人的資本の開示が求められるようになることなど、国としての動きが影響しています。しかしながら、本来の流れとしては、人材戦略を策定し、それを実践することによって、可視化・開示できるプロセスや実績、目標等ができるものです。つまり、「①人材戦略の策定と実践」こそが人的資本経営を考えるスタートと言えるでしょう。
人的資本経営を進める上で本当に必要なこと
ところで、経済産業省の人材版伊藤レポート[*4]では、人材戦略の策定・実践する上での3つの視点と5つの共通要素が挙げられており(表1)、これらの視点・要素を満たすための企業の取り組みとして、多数の例が紹介されています。こうした例は、今後、各企業が取り組みを進める上での参考になるでしょう。しかしながら、一方では、この例が豊富であるゆえに、「(結局)何から取り組み始めれば良いのか?」という声も聞こえてくるところです。
表1 人材戦略を策定・実践する上での3つの視点と5つの共通要素
3つの視点 |
経営戦略と人材戦略を連動させるための取組 |
「As is - To beギャップ」の定量把握のための取組 |
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企業文化への定着のための取組 |
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5つの共通要素 |
動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用 |
知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組 |
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リスキル・学び直しのための取組 |
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社員エンゲージメントを高めるための取組 |
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時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組 |
それでは、人材戦略を策定し実践する上でのポイントはどこにあるのでしょうか。ここで、人的資本経営が重視されるようになったふたつの背景を考えてみると分かりやすいと思います。
第1の背景は、企業価値を決定する要因が有形資産から無形資産に変化していることです。特に人的資本は知的財産等その他の無形資産を生み出すための資本であり、無形資産の中核を担う存在と言えるでしょう。
第2の背景は、生産年齢人口の減少です。人材獲得競争の激化が必至となる今、人材を確保し、維持することはもはや容易ではなく、経営課題の大きな柱として取り組むべき問題となっています。
こうした第1の背景と第2の背景を考えれば、人材戦略の策定・実践とは、「これからの持続的な企業経営を実現するための人的資本を確保し、維持すること」がポイントであると言えます。
経営戦略を実現するための人的資本
この「これからの持続的な企業経営を実現するための人的資本」とは、言い換えれば、「中長期的な経営戦略を実現するために必要となる人材」です。多くの企業が長期ビジョン、中長期の経営計画を掲げる中、長期ビジョン等を今の人材で実現できるのかを考える必要があります。変化の激しい昨今において、今の人材群のままで長期ビジョンなどを実現できる企業はそう多くありません。将来ありたい企業の姿をふまえ、経営戦略や事業戦略を見直し、その戦略を実現するための人材を確保・維持することが必要となります。なお、「確保」とは、新規に採用することのみならず、内部で育成するリスキルも含まれます。
人材ポートフォリオの策定と人材課題の特定
「中長期的な経営戦略を実現するために必要となる人材」を考える際、社内の人材を複数の人材群として考え、現在・将来それぞれの人材群の質と量を整理・分析するという手法があります。この人材群の考え方を「人材ポートフォリオ」と呼びます。将来の事業戦略を実現すべく、必要となる人材の特徴毎に人材ポートフォリオを検討することは、まさに人的資本経営において求められるところです。しかしながら、現実的には、人材ポートフォリオ実現のために人材を新規採用し、社内の配置転換等を行うことはそう簡単ではありません。
そう考えると、人材戦略実践の最初のステップとしては、人材ポートフォリオの実現に向けて必要な施策を実行するよりも、人材課題を特定し、その課題を解決するアプローチが適しています。人材課題とは、例えば「管理職層におけるリーダーシップ不足」「若手層のエンゲージメントの低下」など、将来ありたい企業の姿に向けた人材面の課題のことです。こうした課題の解決が、中長期的な経営戦略実現のために不可欠であれば、それは人的資本経営の本質に沿う取り組みであると言えるでしょう。
人材戦略の策定・実践には多くの内容が含まれますが、このように、未来を志向しつつも無理はせず、各企業が現状に応じた取り組みを「始める」ことが重要です。
[*1]経済産業省ホームページ「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
[*2]人的資本可視化指針
[*3]金融庁ホームページ「「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の公表について」
[*4]人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~