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水害大国・日本の防災戦略の要──流域治水の最前線に迫る

Date: 2023.01.25 WED

  • #気候変動

  • #自然資本

左から石川智優氏、安部大介氏、岸田潔氏、石田直美氏、山北絵美氏 撮影:スペルプラーツ

近年日本では、水害──洪水、浸水、冠水、土石流、高潮等々──についての危機意識が高まっています。地球規模の気象変動の影響とも考えられる事態は年々激甚化し、過去10年の間に起きた事例は枚挙に暇がありません。20127月の九州北部豪雨では月間降水量の2倍以上となる記録的雨量となり、20159月の関東・東北豪雨災害は台風と線状降水帯の発生による広域災害をもたらし、20186月の西日本豪雨では多くの死者、行方不明者を含む人的被害の発生を記録するなど、全国規模での水害を経験してきました。国土交通省によれば、21世紀末の洪水発生頻度は現在の約2倍と想定されています。

現在、日本はその地理的、地形的条件から「水害大国」としての認識を深めつつ、防災戦略を積み上げていく必要があります。逼迫する状況を背景に、日本政府は202111月に「流域治水関連法(特定都市河川浸水被害対策法等の一部を改正する法律)」[*1]を施行しました。

GGPでは202210月、防災戦略の現場と流域治水の最前線を学ぶべく、石川智優氏(日本総合研究所)、安部大介氏(ウェザーニューズ常務執行役員)、岸田潔氏(京都大学工学研究科教授)、石田直美氏(日本総合研究所)によるレポートとディスカッションを行いました。

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石川智優氏は、自身の出身地である福岡県で2012年に経験した九州北部豪雨を通じて災害の実態に触れ、また2019年の国内水害被害総額2.1兆円超という統計上最大の数字を受けて、確実に頻発化、激甚化している水害防災戦略を大きなテーマとして捉えるようになったと言います。

1時間降水量が50mm以上の年間発生回数。30年前と比較して1.4倍に増加している。国土交通省水管理・国土保全局資料をもとに日本総合研究所作成

現在国内には、558基の治水ダム(洪水の際に上流からの水流を溜め込み、下流への流量を調節するダム)と892基の利水ダム(河川の水を水道、灌漑、発電、工業用などに利用するための貯水ダム)が整備されています。洪水被害の軽減を担う治水ダムは過去30年間に倍増するほど整備されたものの、ダムの全体数の4割弱にとどまり、昨今の水害の頻発化、激甚化への対応が急務となっています。そこで、利水ダムを治水ダムとして利用し、さらに企業や住民を含む「あらゆる関係者が協働して取り組む」ことを目指す「流域治水関連法」に則った流域治水政策への転換が進められています。改正された9つの流域治水関連法は生活域の広範な領域に及び、新たな総合的防災戦略の枠組みを構築する改正であると、石川氏は評価します。

作成:日本総合研究所

また一方で石川氏は、利水ダムを治水ダムとして利用する、あるいは「あらゆる関係者が協働して取り組む」流域治水施策には、以下のような潜在的な課題が存在するとも指摘します。

❶「流域」を単位とした情報関連の具体策の検討
❷インフラの維持管理を支える財源・人材の確保
❸インフラの多目的利用策の充実
❹協力者へのインセンティブの設計

現在、内閣府や国土交通省によって、多目的利用策やインセンティブ設計に基づく「ハイブリッドダム」(ひとつのダムで治水、利水の役割を兼ねるダム)の施策を推進するフェーズを迎えています。官民、そして地域の連携によるハイブリッドダムの展開として、治水機能の強化はもちろん、発電機能を促進し、地域振興にも活用していく。結果、発電に新たに参画する企業が脱炭素化施策を牽引する、次世代の事業体制の構築が共有されていく。こうした運用の多方向の高度化によって新たな安全網の構築と、さらには投資を呼び込む取り組みをかたちにしていきたいとするビジョンを示しました。

石川氏からは、こうしたビジョンをより具体的に描き、ダムの治水・利水双方の運用効率を最大化するためには、特に気象予測技術、電力需要予測技術等の精度を上げて情報を共有し、ダムの容量を逐次調節することが要になると提案します。「ハイブリッド」施策では、安全を確保し、特に「❹協力者へのインセンティブの設計」を創出するための「データ取得・連携」「既存インフラ活用」「コミュニティ」の3層が成す Win-Win-Winな関係を目指すことになります。「ハイブリッド」施策の財務価値を適正に評価していくことがビジネスモデルの拡大に通じるだろうと、議論を開きました。

治水施策のブレイクスルー 作成:日本総合研究所

次は、気象予測事業を行うウェザーニューズ常務執行役員の安部大介氏によるレポートです。ウェザーニューズ社は日本以外にも世界7カ所に運営拠点を置き、現在は、道路、鉄道、航空、航海、河川、ダム、スポーツ祭典等々、44にわたる気象情報市場の中で活動しています。気象予測情報にコストをかける上で大事なことは、利用者がリスクを抑えメリットを最適化し、そのマージンを最小化することが費用対効果につながるということです。安部氏は、そうした視点から見ると、本日のテーマである「流域治水」「ハイブリッド」という考え方はマージンが大きいのではないか、と指摘します。

流域の中での降雨状況の正確な把握は何よりも肝心です。ウェザーニューズ社は気象庁の国内観測ポイント(約1,700カ所)に加え、民間セクターの観測ポイントを組み合わせて、合計約15,000カ所からなる流域の精度の高い解析雨量情報を提供しています。こうした精度評価を基礎としつつ、その利用者に対しては費用対効果、またリスクの確率分布を情報の利用目的ごとに伝えていくことが大事だと考えています。つまり、リスクコミュニケーションにおいては、一方通行の情報伝達である「天気予報の提供」ではなく、双方向の情報交換のうえで成り立つ顧客価値の実現をめざす「対応策支援サービス」が求められていると認識しています。

提供:ウェザーニューズ

そして、利用者自らが情報提供に参加し、天気予報を作ることも新しい重要な価値創造に繋がり、現在では1日に13万通のウェザーレポートを受信し、台風の際には25万通のレポートを得て、情報提供のリソースとして活用しています。日々気象を感じるみなさんとのコミュニケーションを大事にし、自ら対応する行動が取れるようになる情報提供を目指していると語りました。

提供:ウェザーニューズ

つづいて、京都大学で河川マネジメントや岩盤、地盤、斜面などを研究、指導する工学研究科教授・岸田潔氏が工学的視点から参加しました。当日はまず、ダムという巨大構造物の建設それ自体がさまざまな人々の職能やネットワークによって構築されていることを伝えるべく、岸田氏の研究者としての足跡「ジャーニーズ・マップ」を披露しました。大学進学志願者である高校生や中学生が、大学という学びの場を理解するためにも役立つであろうひとつのガイドラインとして、進学説明会などでもこのマップを利用していると言います。

岸田氏は、自身が大学3年生の実習で琵琶湖西岸に高速道路を作る場面に出合い、それをきっかけに地盤工学を学ぶことになります。その後、修士課程の研究生活を送る途中で1995年に阪神・淡路大震災が発災し、多くの土木構造物、地下構造物が倒壊する様子を見聞しましました。このような数年を経て、自然災害の被害を小さく抑える技術研究を重ね、成果を社会に実装し、貢献している実感を得るようになったと綴ります。その後、アメリカのローレンス・バークレー国立研究所で放射性廃棄物の地層処分や地下水に関連する研究を行いました。

現在いくつもの分野で研究を行いながら、例えば、大雨と地下水の状態を一体的に把握する斜面計画・規制管理をはじめ、地盤、岩盤構造物の安定・防災、エネルギー生成後の副産物の地中貯留・固定、水力・地熱による再生可能エネルギーの開発などに重きを置いた研究内容を紹介しました。

「私たちにとっての工学とは……」のG教授 出典:京都大学工学部・大学院工学研究科(https://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/admissions/faculty/invitation

最後に、日本総合研究所から石田直美氏がスピーカーとして参加しました。入社以来継続して官民連携に関する仕事に携わり、2019年からの3年間は内閣府成果連動型事業推室進参事官を努めた石田氏は、上下水道や廃棄物、地域エネルギーなどの事業調査や戦略策定に関わる経験の中から、流域マネジメントの議論を幅広く行なってきました。

本日のテーマである流域治水における官民連携では、近年のひとつのトレンドとして、成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay for Success)があることを紹介しました。PFSは、国または地方公共団体が民間事業者に委託等をして実施する事業において、解決を目指す行政課題や事業目標に対応した成果指標を設定し、民間事業者に支払う額等を当該成果指標の改善状況に連動させる事業方式です。官民が指標についての一致した認識を持ちながら、従来型の委託事業の「検査」に代わって「成果の評価」を行い、「予め定めた額の支払い」に代わって「成果連動払い」を採用することが特徴と言えます。そうすることでイノベーションを誘発し、より多くの成果を築いていくことが志向されるのです。

内閣府資料(https://www8.cao.go.jp/pfs/pamphlet.pdf)よりGGP作成

石田氏は、防災でも評価の可視化と合意形成が得やすくなれば、PFSで効果を向上できるだろうと展望します。本日のテーマである「流域治水」を含む流域マネジメントに関わる関心事項では、

・上下水道事業の経営問題/水源開発に要した費用負担と、これからの扱い/官民双方の「水資源」の集約・再編・強靭化
・健全な水循環の形成/下流が上流に関心を持ちコミットする仕組み/森林保全・水源涵養の成果の可視化/雨水浸透、グリーンインフラ → 分散型貯水機能の普及

2系統を挙げることができると整理し、すでにこうしたさまざまな取り組み方がある中で、民はどのような役割を果たし、官はそれをどう支援できるかという問題を今後も考えていきたいと語りました。

撮影:スペルプラーツ

以上3者によるプレゼンテーションの後、「流域治水関連法」施行後の課題や次世代の防災について、それぞれの「流域治水」をめぐる知見に基づく展望が示され、本日の議論を締め括りました。

安部:気象情報の最高度の精緻化をゴールとするのではなく、最適な治水や利水のオペレーションのかたちを設定したうえで、気象解析、気象予報サービスの仕方、使い方を普及させていく。こういう順番ではないかと考えている。具体的に、ダムのオペレーションで言えば、メンテナンスの1週間をどのタイミングに設定したらいいのか。そうした個別の問題とともに情報を提供し、利用者に活用していただくこと、つまり問題の押さえどころに合わせた情報の設計が大事なのだと思うと述べます。

岸田現在、原子力や火力のへ発電依存割合が減って再生可能エネルギーのひとつである水力発電の安定供給が求められています。また、治水ダムのオペレーションは「匠の技」のような難度を求められています。この状況においてこそ、高精度の気象予想技術と電力の需要予測、流域治水のコントロール、「ハイブリッド」施策、あるいはダムの長寿命化と機能向上に資するリニューアル、遊水池事業や地下河川の便益的活用など、官民のさまざまな知見による運用改善と維持管理が求められると考えます。

石田一方で、水害による被害総額の予測は確率論的でもあり、投資家を呼び込むことの困難さにつながります。アメリカでは、PFSのひとつであるソーシャル・インパクト・ボンドの一環として、水害防止効果ではなく雨水流出削減量のシミュレーションを指標とした事例もあります。官民、投資家などの広い連携が求められる社会的な事業であるだけに、最適解の探究は今後の研究テーマとして大きな価値を持つだろうと投げかけました。

最後に岸田氏から、水害大国日本を生きる次世代の人々へのメッセージが送られました。次世代の人々の意見を現時点での合意形成に組み込むことは、流域治水と同じく、上流と下流のメリットのバランスをつくり、将来の豊かな環境を築いていくことに通じます。一方、社会は複雑性を増し、その中で防災も内閣府や国土交通省を長として総合的に行われています。官民学それぞれさまざまな立場やスキルから課題解決に臨み、個々のミッションに向き合って具体的な一歩を踏み出し、実行していくことの大切さを感じる本日の議論だった、と結びました。

(文=スペルプラーツ)

1国土交通省流域治水関連法
関連記事:「水害大国・日本の防災戦略の要──気候変動で求められる流域治水」(GREEN×GLOBE Partners)

動画再生時間:約91分

00:02:29 GGP紹介
00:05:05 Session1:治水事業のビジネス化をめぐる動き
00:57:40 Session2:クロストーク~産学官連携の流域治水ビジネスはこう進める~

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