インタビュー
森林経営と企業活動のこれから(前編)——森林クレジットの普及に向けて
Date: 2023.02.24 FRI
#気候変動
#ESG投資・開示
#自然資本
左から浦上尚己氏、塩谷嘉宏氏、村上芽氏 撮影:生田将人
脱炭素や生物多様性、防災など森林の多面的機能を資源として守ることを目的とした2019年の森林経営管理制度スタートから約4年。森林組合系統組織のための森林由来クレジット創出・販売のプラットフォームとなるFC BASE(Forest Credit Base)が2023年3月に設立されることが発表されるなど、森林経営に携わる門戸が幅広く開かれようとしています。新たな民間資金や人材の流入で森林経営はどのように変貌するのでしょうか。かねてより森林クレジット創出に積極的に取り組む日本オフセットデザイン創研の浦上尚己代表(兼務ひょうご森林林業協同組合連合会)、県内で約2万haの分収造林事業[*1]を行うひょうご農林機構の塩谷嘉宏森林緑化部長にお話を伺いました。聞き手は日本総合研究所の村上芽氏です。
先進的に森林クレジット創出に挑む兵庫県
——日本は国土面積の7割が森林で、樹木によるCO2吸収はカーボンオフセットに貢献すると考えられます。いっぽう、林業経営の困難さも指摘されています。
浦上:日本の林業は基本的に赤字が多いという課題があります。しかし、森林には公益的機能が多くあるので、森林施業者に対して、国や自治体が補助金を出して支援する構造になっています。戦後から高度成長期にかけて木材の需要が急増し供給不足となったため、政府は急速に植林を行って、早く育つスギやヒノキといった単一樹種を一斉に育てる拡大造林政策をとりました。広大な面積に植林したため、総森林蓄積は52億㎥とこの50年で2.8倍に増加しました。そのいっぽう、安く、大量に安定供給できる外国産材の輸入に頼る政策をとったために国産材が売れなくなってしまったという背景があります。
木材の販売だけでは赤字なので、CO2の排出権取引を見越して、森林クレジットを売るようになれば、林業の持続性につながると考えています。
クレジット化は持っている財産(木材)を売るわけではなく、あくまでも付加価値的なものですから所有者や事業者にとってマイナス要素はなく、メリットは大きいと思います。
——兵庫県はJ-クレジット制度の森林プロジェクトに積極的に取り組んでいます。具体的な取り組み内容を教えてください。
浦上:J-クレジット制度とは、排出削減したり吸収したりする温室効果ガスの量を認証し、認証分の「クレジット」を発行する国の制度です。その中で「森林経営活動、植林活動、再造林活動」も認証の対象になっています。
兵庫県では、森林経営活動のプロジェクト組成から森林由来J-クレジットの創出・販売までをワンストップで行う仕組みをつくっています[図1]。
森林所有者・管理者の依頼の元に、プロジェクト組成、登録、発行を兵庫県森林組合連合会が担い、クレジットの販売を日本オフセットデザイン創研が担うという仕組みです[*2]。
図1 兵庫県が行うプロジェクト組成・クレジット創出のダイアグラム 出典:日本オフセットデザイン創研
現在、県内では5つのプロジェクトでJ-クレジットを発行済みです。ひょうご農林機構の森づくりプロジェクトも登録済みで、これからクレジットを発行していきます[図2]。
図2 兵庫県の森林吸収系、環境省J-VER・Jクレジットプロジェクト。2008年度よりJ-VER制度、J-クレジット制度を活用した森林環境保全に取り組み、これまでに6つのプロジェクトを組成。合計23,785 CO2-tのクレジットを発行している。 出典:日本オフセットデザイン創研
兵庫県以外でも森林クレジットを普及させていくために、私が代表を務める日本オフセットデザイン創研のノウハウを使って支援する地域を全国に拡大し、新たな森林由来クレジット拡大のための仕組みを展開していきます。
森林クレジットのプラットフォーム設立へ
浦上:冒頭でも言ったように、森林クレジットによる収入も大きいですし、森林クレジット創出にかかる手間とコスト以外に大きなデメリットはありません。海外ではクレジット取引量全体の36%が森林クレジットというデータがありますが、日本では2021年度でたったの1.5%でした。2022年に全国森林組合連合会が日本全国の森林組合にアンケートを行ったところ、制度について知らない人が62%と認知されていないのが大きな理由だと思います。また、取り組む人員・人材がいないという回答が47%ありました。
塩谷:森林クレジットの対象は、適正に間伐作業をしているところだけが認められるので、私たちのような森林経営者にとって、これまで管理してきた森林が、地球温暖化防止対策への貢献度を評価していただける指標となり、付加価値の高い資産として認めていただけるものと思います。また、木材を販売しなくても収益になりますので、高い関心を寄せています。
県内の森林組合は制度のメリットは理解していると思いますが、具体的にどのような作業や手順で認証を受けるのかがイメージできず、また、発行のための必要な経費にも不安があるため、二の足を踏んでいる状況だと思います。
浦上:そうした課題を解決するひとつの手立てとして、全国の森林組合のJ-クレジット制度活用支援のためのFC BACE(Forest Credit Base)を2023年3月末日にオープンします。
運営事務局は、窓口を全国森林組合連合会とし、農林中央金庫と共同運営し、日本オフセットデザイン創研が、図1にある4つのフェーズ(①プロジェクト組成の決定、②計画書作成・登録、③モニタリング・クレジット発行、④活用・販売)のノウハウを提供し、協力していきます[図3]。
FC BACEには、ふたつのプラットフォームがあり、ひとつは全国の森林組合連合会、森林組合を会員として森林由来のJ-クレジット創出を支援するFC BASE-C(Forest Credit Base Create)です。(https://fcbase-c.jp:2023年3月末サイトオープン予定)
もうひとつは、森林由来J-クレジットの購入と販売をサポートするFC BASE-M(Forest Credit Base Market)で、企業、森林所有者、管理者を対象に原則誰もが会員となれるオープンな運営を実施する予定です。(https://fcbase-m.jp:2023年10月末サイトオープン予定)
図3 FC BASEの構成と業務フロー 出典:全国森林組合連合会・農林中央金庫プレス発表資料
——森林クレジットはどのような単位で、どれくらいの価格で販売されているのでしょうか? また、クレジットの単位となるCO2-tはどのように計算されるのでしょうか。
浦上:CO2は1t単位で購入でき、東証では1万5千円程度ですが[*3]、だいたい1万円程度が相場です。企業が購入するJ-クレジットの量は、対象とする製品やサービス、事業活動などにより、数十トンから数百トン単位とさまざまです。
CO2の吸収量については、森林経営活動を対象とした場合、1990年以降に間伐した面積、これから森林経営計画で間伐や主伐、再造林を計画する面積を対象として樹種、林齢別にJ-クレジット制度の森林プロジェクト認証期間(8年から16年)で算定します。森林所有者や管理者がJ-クレジット制度に取り組む前に、自分達が立案している森林経営計画でどの程度のJ-クレジットが発行されるのかを知りたいというニーズに応え、森林組合向けのFC BASE-CではCO2吸収量の簡易計算のサービスを準備し、簡単に概算できるようになっています。そうしたシステムを利用して、ぜひクレジット創出を検討いただきたいと思います。制度全般についてのQ&Aもありますので活用してください。
企業と共同で多様化する森林の価値
浦上:例えばガス会社などのエネルギー会社があります。ガス採掘から燃焼までトータルでのCO2の排出量をその全部はカバーできないとしてもその一部を供給エリアのなどの森林クレジットを購入してカーボン・オフセットすることで地域貢献につなげることができます。他にも旅行会社では、旅行のパンフレットにある〈関西〉、〈東北〉など旅先の地域の森林クレジットを購入して、移動で排出するCO2をオフセットしようとする取り組みをしています。
また、企業が単にクレジットを購入するだけでなく、企業が森林の地域を選択して森林環境保全のための寄附をし、返礼として森林由来のクレジットを受け取るというふるさと納税のような取り組みの可能性もあると思っています。たとえば企業の創業地のクレジットを購入するなどです。
また、FC BACEでは、クレジット購入を検討する企業に対して、地元の森林組合などが、地域のワーケーションの場を提供したり、企業の従業員に対して植林や間伐体験など企業のCSRのためのさまざまなメニューを用意して、積極的に自分たちの森林をPRできる場を提供していきたいと思っています。
——クレジット購入の他にも、森林経営に企業が参加できる場が増えていくということですね。企業と森林とのコミュニティ構築に意義があるということでしょうか。
浦上:そうですね。企業にプロジェクト組成のディベロッパーとしても参加して頂きたいと思います。クレジット創出費用を負担し、山の人たちと関わりながらクレジットの活用方法を考えていければ、林業や地域にとって新しいマーケットが創出できると思います。企業にとってもただの排出権取引ではなく、積極的に環境保全をしながらCO2削減ができるメリットがあります[図4]。
図4 カーボンニュートラルに貢献する森林環境保全 出典:全国森林組合連合会・農林中央金庫プレス発表資料
FC BASEでは、J-クレジットの活用で森林環境保全に協力することを検討する企業が、J-クレジット創出ディベロッパーとして森林組合と協力して森林由来のJ-クレジット創出事業を共同で行い、対象森林から創出されるJ-クレジットを獲得できるマッチングサービスも展開したいと思っています。
——森林が吸収するCO2が測定できるようになったこと、そしてそれに価格が設定されたことで、林業にも新しいビジネスチャンスが生まれているということですね。今後の林業は産業としてさらに成熟するのでしょうか?
浦上:いわゆるマーケターの視点から林業を捉えることが必要になってきているのだと考えています。これまでの林学だけでなく、マーケティングや製品・サービス開発など多様なジャンルの人材が関わってくることが必要だと思います。
塩谷:林業は植林から伐採まで約50年と、長いスパンの仕事なので、この間の多角経営を視野に入れることが重要です。たとえば森林を資源としたセラピーやキャンプ場などの観光ビジネス、ジビエやキノコをつかった食産業など、林業と他の産業を掛け合わせていければよいと思います。また、木を使った新素材の開発なども考えられます。目の前にある資源の使い方、売り方次第によっては、価値や収益が出てくると思います。
林業生産活動を支えていくには、労働力の確保がなにより重要です。林業従事者の統計を見ると、人数は減少傾向にありますが、平均年齢は若返っています。高性能の林業機械の導入やICTの普及により、生産性も上がってきているので、今後の若い人たちに期待したいと思っています。
(2022年11月9日 兵庫県宍粟市にて)
[*1]分収造林事業:土地所有者と造林者(ひょうご農林機構)との契約により、造林者が植林から成林するまで管理し、主伐時に販売して得られた収益を土地所有者と造林者とで分配する事業。植林から伐採までに要する全ての経費は、造林者が負担し(借入金)、配分された収益で借入金を返済する仕組み。
[*2]2023年1月から、兵庫県森林組合連合会のプロジェクト組成、登録、発行業務は、ひょうご森林林業協同組合連合会に事業移管された。
[*3]2022年9月に始まった東京証券取引所のカーボンクレジット市場の実証事業の森林吸収J-クレジットは約15,000円/t-CO2 (2022年9月22日〜12月8日の取引実績での平均単価)。https://japancredit.go.jp/data/pdf/credit_005.pdf