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IPCC第6次評価報告書を読み解く(後編) ——3つの視点から見えるIPCCの真意とは

Date: 2023.07.07 FRI

  • #グローバル動向

  • #気候変動

  • #初学者

日本総合研究所 新美 陽大

前編で紹介したAR6の特徴を踏まえ、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が統合報告書[*1]に込めた真意を、3つの視点から読み解いてみましょう。

まず、IPCCが統合報告書の公開時に発表したプレスリリース[*2]を採り上げます。さまざまな研究結果をパズルのように組み合わせて報告書を作成するIPCCにとって、プレスリリースはIPCCが直接“本音”を伝えられる貴重な機会と考えられるからです。

リリース文は、大きく3つの章で構成されています。まず序盤に現れるのは、「損失と損害(losses and damages)」です。気候変動による自然や人間への被害のうち、すでに観測された影響や今後予測されるリスクを意味する用語で、202211月のCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)では議論の中心に据えられました。IPCCCOPでの議論も踏まえ、単なる気候変動による変化だけでなく、実際に発生している、あるいは今後発生する影響に対する懸念を、一層高めていると捉えることができます。

中盤では、「気候レジリエントな開発(CRD: climate resilient development)」が、「損失と損害」への解決策として示されています。IPCCの定義によれば、温室効果ガスを削減する緩和策と、気候変動による影響を抑える適応策の実施により、すべての人々の持続可能な開発を支援するプロセスをCRDとしています。さらにIPCCは、CRDは時間が経過し温暖化が進むほど困難となるため、「今後10年間」に行う選択が極めて重要だとの認識を示しています。10年間という期間は統合報告書でも繰り返し言及されており、例えば「この10年間に行う選択や実施する対策は、現在から数千年先まで影響を持つ」という一節には、IPCCの危機感がよく現れています。

そして終盤には、気候変動対策への投資が拡大することで、温室効果ガスの排出量削減とCRDを両立することは十分に可能だ、という期待が示されています。ただし統合報告書を辿ると、ここで示されたIPCCの期待は、気候変動対策に必要な資金は依然として不足しているという現状認識の裏返しとも取れます。気候変動に関する科学的知見を担当するIPCCから、各国政府や民間企業に向けての精一杯のメッセージではないか、と筆者は捉えています。

AR6統合報告書には、全体を通して7つの図が使われています。図を使った説明は読者の関心を惹き、アピール効果も高められます。統合報告書で図が掲載されている箇所は、IPCCから読者への強いメッセージが込められているのではないか、と筆者は捉えています。今回は図の中から、筆者が注目した3点を紹介します。

まず、気候変動による影響に関する図を見てみましょう(図1)。
a)b)は、「損失と損害」で示されるような、気候変動によるさまざまな影響を整理してまとめています。従来から言及されている内容ですが、近年の研究成果を反映して、より具体的あるいは確度の高い評価に“アップデート”された結果と見ることができ、興味深い内容です。

いっぽう、c)AR6で新たに示された図です。現在(2020年)に04070歳を迎えたそれぞれの世代を例に、これまで、あるいは今後どのような気候を経験するのかを表現しています。将来的に程度の差はあっても地球温暖化が進むと予測されているので、将来世代が気候変動の影響を大きく受けるであろうことは自明と言えます。筆者が注目したのは、その表現方法です。読者が自分自身や家族の年齢に当てはめて、人類が文字通り「経験したことのない」気候を経験するかもしれない、その可能性を考えるきっかけとなるよう、このような表現方法を用いたと考えます。

図 1 人為起源の気候変動による影響悪化 出所:文科省・経産省・気象庁・環境省「IPCC AR6統合報告書 政策決定者向け要約(暫定訳)」図SPM.1

次に、気候変動の影響を抑えるための温室効果ガスの排出量削減、いわゆる「緩和策」に関する図を採り上げます(図2)。気候変動による影響をできるだけ抑えるには、産業革命以前と比べた温度上昇幅を1.5℃以下とする必要があり、そのためにはできるだけ早い時期に温室効果ガス排出量を実質ゼロにしなければならない、というメッセージは、これまでIPCCが発信してきたメッセージの中でも特に有名なものと言えるでしょう。
しかし、図に示されているように、すでに実施されている政策だけでなく、各国が示した2030年時点の目標値を加えても、温暖化は1.5℃はもちろん2℃の上昇幅にも収まらない可能性が高いと予測されています。IPCCとしては、1.5℃目標を達成するために未だ埋まらないギャップを見せることで、危機感を示す狙いがあるのではないかと考えます。

図 2 温暖化を抑えるために必要な温室効果ガス排出量の削減予測 出所:文科省・経産省・気象庁・環境省「IPCC AR6統合報告書 政策決定者向け要約(暫定訳)」図SPM.5

さらに、IPCCCRDに関して模式図を示しています(図3)。この図では、政府・民間部門・市民社会などが取るさまざまな選択や対策が相互作用する結果、CRDを進展させたり後退させたりすることで、将来に向けた経路が分岐する様子を表しています。一見複雑に見えますが、ポイントは緩和策・適応策とも遅れれば遅れるほど効果が薄れ、全ての人々にとって住みやすく持続可能な将来を確保することが難しくなる、という関係性を示していることです。
3が示唆している緩和策の遅れはCRDを後退させ(図3では赤色・下側の経路)、持続可能な将来に向けた開発経路(図3では最も上側の点線)への復帰をますます困難にすると考えられます。このような危機感から、IPCCは「今後10 年間」という期間を示し、この期間に大幅・急速・持続的な緩和策と適応策を実施できれば、人間・生態系への損失と損害を軽減できるとして、短期集中型の対策強化を訴えていると筆者は見ています。

図 3 さまざまな選択・行動の相互作用がCRDに影響を与えるイメージ 出所:文科省・経産省・気象庁・環境省「IPCC AR6統合報告書 政策決定者向け要約(暫定訳)」図SPM.6

2014年のAR5統合報告書の公開から9年を経て、あらゆる分野で気候変動に関する研究が進んだだけでなく、社会情勢も大きく変化しました。前回(AR5:第5次評価)と今回(AR6)の統合報告書を比べてみることでも、IPCCが込めたメッセージが見えてきます。

統合報告書は、いくつかの章で区切られた構造を取っています。AR63つの章で構成されており、それぞれ「現在まで」「長期的将来」「短期的将来」の3つの時間軸に対応していると見ることができます。一方、AR54つの章で構成されていますが、必ずしも時間軸で区切られているのではなく、観測実績から将来予測、それを踏まえた対応策の道筋および具体策と、気候変動問題に対する検討順序を踏んだ構成であると見ることができます。

報告書の内容を踏まえ、AR5を構成するそれぞれの章がAR6のどの章に相当するかを分析すると、AR6の特徴が浮かび上がってきます(図4)。第1章にあたる部分が観測実績を基にした分析を採り上げているのは同じですが、第2章以降ではAR5が検討順序に沿った構成であったのに対して、AR6では将来の変化や影響、その対策までを「長期的」「短期的」に分類して再構成したと見ることができます。

特にAR6で特徴的なのは、「短期的な対応」を意図的に切り出して、新たな章として位置づけたことです。この背景には、報告書の中で何度も言及されており、また図3でも示唆しているように、AR5以降も温室効果ガス排出量は増加の一途を辿っており、その対策としての緩和策も適応策も十分に進んでいないとの、IPCCの危機感の現れと推測します。社会的には大きな影響を及ぼした新型コロナウイルス感染症についても、一時的な温室効果ガス排出量の減少は見られたものの、自然変動の幅を超えるような変化ではないと結論づけています[*3]。また、「短期的な対応」の章では、プレスリリースや図3で触れた「今後10年間」が繰り返し言及されています。一刻も早く対策を実施に移しCRDを進展させる必要性を、報告書の構成からも訴えたいIPCCの意図が窺えます。

ちなみに、ページ数で比較すると、統合報告書のSPMAR5AR6とも約30ページでほぼ同じです。政策決定者向けという性質上、一定の分量に抑えなくてはならない一方、いかに現状を踏まえた危機感を伝えるか、IPCCの葛藤が見えてくるように思われます。

図 4 AR5・AR6における統合報告書の関連性 出所:文科省・経産省・気象庁・環境省「IPCC AR6統合報告書 政策決定者向け要約(暫定訳)」「IPCC AR5統合報告書 政策決定者向け要約(確定訳)」を基に筆者作成

AR6の評価サイクルは、統合報告書の公開をもって完了となりましたが、IPCCはすでに7回目の評価サイクルとなるAR7に着手しています。これまでと同じスケジュールで評価が進むとすれば、AR7における統合報告書が公開されるのは2030年前後と予想されます。
2030年は、日本にとっては温室効果ガス排出量を2013年比46%減とした目標年でもあり、国際的にはSDGsが掲げる目標達成年にも当たる、節目の年でもあります。
それまでの間、気候変動による影響拡大は抑えられるのか、温室効果ガス排出量の削減は進むのか、気候変動の将来予測に関する研究はどの程度進むのか、そして私たちの社会生活はどのように変化するのか-IPCCAR6統合報告書で示した「今後10年間」を経て、AR7統合報告書はどのような内容で公開されるのか、皆さんはどのように想像されるでしょうか。


*1
 IPCCが公開している統合報告書には複数のバージョンがありますが、以下では統合報告書のSPM(政策決定者向け要約)を「統合報告書」として表記します。
*2 国際連合広報センター「緊急の気候行動により、すべての人々が住み続けられる未来を(2023320日付 IPCC プレスリリース・日本語訳)」
*3 IPCC6次評価報告書第1作業部会報告書

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