GREEN×GLOBE Partners

ARTICLES

サステナビリティについて知る

子育て支援の施策をデザイン・アプローチで立案——西之表市×武蔵美×日本総研

Date: 2023.07.18 TUE

  • #ソーシャル

  • #地域共創

左から武蔵野美術大学教授の岩嵜博論氏、同大学院を修了した五十嵐悠氏、西之表市の久留康平氏、日本総合研究所の水嶋輝元氏

政策立案にデザイン・アプローチは有効なのか——。鹿児島県西之表市で2022年度、子育て支援の施策づくりにデザイン思考を取り入れる取り組みが実施され、そのためのファシリテーションを武蔵野美術大学(以下武蔵美)ソーシャルクリエイティブ研究所と日本総合研究所(以下日本総研)が連携して担当しました[*1]。
同年6月〜10月の4カ月間に渡って市職員と共に子育て世代が抱える課題に共に向き合い、子育てに関する情報環境を改善するアイデアに至りました。

種子島の北側に位置する鹿児島県西之表市の人口は、1959年の約33,600人をピークに減少しはじめ現在はその半数の約15,000人。今後も人口減少が推計されています。そうした中、人口減少に歯止めをかけるためにも、子どもを産み育てる環境を整備するという課題があります。第6次西之表市長期振興計画後期基本計画(202225年度)では「西之表市まち・ひと・しごと創生総合戦略」という重点プロジェクトを掲げ、それを具現化するための戦略プロジェクトのひとつとして、「子ども・子育て支援の充実」が位置づけられています。

西之表市の将来人口推計(2015年設定) 出典:西之表市第6次長期振興計画基本構想(2018年8月)

この子育て支援の新規施策検討に携わった各氏に、デザイン思考の有用性や今後の課題について語っていただきました。戦略プロジェクトメンバーで西之表市の久留康平氏、ストラテジックデザイン研究の第一人者で武蔵美教授の岩嵜博論氏、現地で同大学大学院生としてワークショップなどを担当した五十嵐悠氏、日本総研リサーチ・コンサルティング部門マネジャー水嶋輝元氏の4氏です。


——デザイン思考を用いた施策へのアプローチとはどのようなものでしょうか?

岩嵜 一般的に「デザイン思考」というと、スタンフォード大学のデザイン・スクールが提唱する5つのステップを指すことが多いです。共感(Empathize)、問題提起(Define)、創造(Ideate)、プロトタイプ(Prototype)、テスト(Test)でイノベーションにつなげていくというプロセスです。
私自身は、共感・統合・試行という言い方をよくします。共感というのは、人間中心的な考えでまず人に寄り添うところから始まります。統合は、複雑なアイデアを組み合わせていく創造的な段階です。試行は、プロトタイプをつくりそれを試しながら次の段階へ進んでいく段階です。これらは直線的なものではなく、行ったり来たりしながらよりよい解を導き出していく方法論です。
政策にこの方法論を適用することに興味を抱いたきっかけは、博報堂に勤務していたときに、農業関連物流のソーシャルイノベーション「やさいバス」のサービスデザインに関わったことです。これは民間のスタートアップですが、生産者と消費者を直接つなげる共同配送システムで公共性がある事業です。そこから行政にもデザインが貢献できるのではないかとリサーチし、行政とデザインの関係を研究しています。

水嶋 民間企業では新規サービスの開発でデザイン思考が実践されていてその有効性も認識されています。また、北米やヨーロッパなどでは行政でデザイン思考を活用し、デザイナーを登用する事例も増えています。
一方、日本の行政機関でのデザイン思考の認知度は低く、武蔵美と共同で調査したところ、2022年時点で、自治体職員で知っていたのはたったの8%でした。

デザイン思考認知度(作成:武蔵野美術大学・日本総合研究所)

水嶋 自治体が抱える課題が複雑化する時代の中で、市民からの新たな要望に対して公共サービスが応えるための手段として「デザイン思考」のアプローチがもっと普及するとよいと思っています。日本の行政機関でもデザイン・アプローチで課題解決することができるのか、どのような方向性があるのか研究・調査するのが、西之表市との協働の目的でした。日本総研は政策提言をしたり、官公庁自治体に対するコンサルティングをやっていますが、今回は市民にインタビューするなど多様なステークホルダーと共に新しい公共サービスを提言できるのか、新しい取り組みとなりました。

——どのように西之表市との協働が実現したのでしょうか?

五十嵐 2015年から西之表市役所で3年間、地域おこし協力隊として大学連携や産学官連携の仕事をしていました。しかしそれが大きなうねりにならないと感じ、東京に戻ってからもその理由を悶々と考え続けていました。その頃、武蔵美のソーシャルクリエイティブ研究所が主催する「政策デザインラボ :行政と政策デザイン 」というイベントに参加し、海外では行政職員がMBA同様にデザイン・スクールに通っていることを知り衝撃を受けました。それまでデザインとはまったく縁がなかったのですが、それを契機に武蔵美の修士課程に入り、岩嵜さんのラボで産学官連携の研究をしています。
そうしたら、西之表市の久留さんから、戦略プロジェクトについてご相談を頂くことになりました。

久留 戦略プロジェクトに取り組み始め、まずは生活に密着したところから実践しようと、テーマは子育て環境の整備に決まっていました。けれど、それをどのように進めればよいか分からず五十嵐さんに相談したことから、武蔵美と日本総研との協働が始まりました。お互いがお互いを求めていた状況だったのかな。
ただし、五十嵐さんからデザイン・アプローチの説明を受けても、当初は何をどうやればよいのか想像がつかなかったのが正直なところです。

水嶋 先ほどデザイン思考の認知度が低いと言いましたが、調査によると行政職員の中で「期待できる」という割合は多かった。西之表市でも戦略プロジェクトのメンバーと実際にワークショップをしたところ、皆さん前向きで真摯に取り組まれていました。

——政策検討は、市民へインタビューを行い、そこから職員がワークショップでニーズを抽出し、アイデアを出したそうですね。そのフローの詳細を教えてください。

久留 戦略プロジェクトのメンバーは、入庁10年くらいの若手が7名、6つの課から横断的に集まってもらいました。私と私の上司が事務局で、総勢9名です。
最初の宿題が、市内で子育てしているお父さんお母さんへのインタビューでした。その結果を持ち寄り、ワークショップを通して潜在的なニーズを抽出していきました。そこから具体的なアイデアを出し、8月半ばに行った中間発表で参加した市民や子育て関連課の職員に公開し、意見をいただくという流れでした。

STEP1、STEP2

STEP3

五十嵐 6月〜10月にかけて、私と日本総研が現地で行ったワークショップは9回。
インタビューでは、私の方でコミュニケーションシートをつくり、それを元にヒアリングを行っていただきました。シートは、子育てのステージごとの感情マップを記入してもらうもので、どの時に大変だったかを手がかりにして話を広げていってもらいました。インタビュアーには、自分の中の仮説検証の場にしないでほしい、と伝えました。頭の良い職員ほど自分の中に答えがある、それを確かめさえすれば良いと思ってしまう傾向があります。一度、フラットに色々な課題などをすくい上げほしいとお願いしました。

久留 ワークショップ含め15回程度のミーティングを行いました。通常はひとりで施策をつくり上司に提案することが多いので、課を横断して多くの人と気づきを共有し、施策を検討することはこれまでになく、よい経験でした。
住民アンケートはこれまでもやっていたけれど、住民の意見を政策に生かすにはどうすればよいか、日頃から悩んでいました。今回、職員が自分たちの親しい人に23人くらいずつ話を聞くインタビュー形式を体験し、そこから気づきを得たられたことは、自分たちの自信につながったと感じています。

五十嵐 インタビューで得た情報は宝の山ですが、そこから何を抽出するかが難しかったと思います。
マーケティングでよく言われることですが、「馬車が欲しい」というニーズがあったとして、それは速さが重要なのか快適な移動手段なのかという解釈が必要になります。市民から出たキーワードを適切な情報として見える化するために、日本総研に情報整理用のシートをつくってもらいました。

水嶋 戦略プロジェクトのメンバーが約20人くらいにインタビューをし、50枚くらいの資料がありました。それを整理するためのフレームづくりをお手伝いをさせて頂きました。
具体的な困りごとのエピソードとそこから得られる気づきや示唆を分けて書くなど、定性的な情報と定量的なものを整理する形式を提案しました。皆さんには、ホワイトボード上で頑張って整理して頂きました。

——インタビューからどのような気づきを得たのでしょうか。また、そこから出た実際の施策を教えてください。

久留 子育て情報を市のHPや紙媒体で発信していますが、伝えたい情報が伝わってなかったことが分かりました。また検診、経済支援、教育委員会など担当の課ごとに情報が分散していて市民が情報を探さなければならない不便さが顕在化しました。それで子育て情報をワンストップ化し、伝えたい情報が伝わるようにしなければならないということが私たちの大きな気づきでした。
その他には遊び場が不足していること、外から移住してきた人は子どもが幼稚園に入るまでコミュニティに参加できないなどの課題にも気づきました。

五十嵐 中間報告では大きく13個の気づきを市民に披露したところ、これに関しては概ね共感して頂きました。
一方で、子育て情報を一元化できる新聞をプロトタイプとしてつくったのですが、こちらに対しては厳しい反応でした。「子育てで忙しいのでゆっくり紙媒体を読む時間がない」とか、「スマホなら片手で持てて自分の欲しい情報を取得できる」など具体的な指摘を頂きました。

水嶋 13の気づきをジャンルごとに分けて見える化するための大きなMAPをつくりました。例えば遊び場はハードの整備ですが、情報の一元化はソフトで対応できますので、行政側がどのように対応できるかも同時に整理し、着手しやすいところから施策を実行することにもつながります。

——中間発表で市民からの反響を受け、どのように施策を改善したのでしょうか?

久留 他の自治体の子育てメディアの情報をメンバーで集め、それぞれの良いポイントをまとめるなど、次のプロトタイプ案を考えるための情報収集をしました。
最終的には、ポータルサイトの構築とLINEを使ったプッシュ型の通知という方法に落ち着きました。ポータルサイトは来年度の予算で、LINEもやる方向で検討しています。

STEP4

STEP5

五十嵐 このポータルサイト案では、イベントを一覧で見られたり、子どもの年齢別に情報を整理したりできるような構成です。ホーム画面では地域の子どもの写真を載せ、地域ぐるみで子育てに臨む主旨を強調したデザインにしています。
10月にプレゼンしたこれらの案は市民から好評で、市長からは積極的に実施して欲しいとのご意見をいただきました。

——西之表市での経験を通じて、政策にデザイン・アプローチを生かしていく場合にどのような課題が見えてきたでしょうか?

久留 プロセスを体験したことで、以降の政策立案にデザイン思考を生かすことはできると思いました。一方でデザイン・アプローチは時間がかかるのが課題です。行政はある時点で予算を組むので、それまでに施策を決めなければなりません。ですから他の手法がよい場合もあると思います。
また、デザイン・アプローチを実施したから必ずよい施策になるとは限りません。それに加えて、データ分析などの方法を用いることで、より密度の高い政策立案につながると思います。

五十嵐 有用性と障壁について、修士論文としてまとめさせて頂きました。

Design Council(2019)を参考に五十嵐悠氏が作成

五十嵐 日本総研と共に戦略プロジェクトメンバーに1時間ずつのインタビューを行って事後調査を行いました。市民の声を聞くことから始まり、途中評価を経て施策を改善していくプロセスは、市民に寄り添いながらだんだん良くなるので、職員がその施策に自信が持てるという面が調査から見えてきました。
一方、いくつかの障壁があることも分かりました。中でも一番大きな壁は、行政はチャレンジしにくいという慣習です。デザイン・アプローチは試行錯誤をしながら考えを広げていくので、失敗は付きものです。でも、日本では「行政は無謬である」という文化があるので、これが根深い問題だと感じました。

水嶋 戦略プロジェクトメンバーの皆さんの意見をまとめると、一番のメリットとして、複数の部署の人と子育てというひとつの課題に対してフラットに自由に意見を言い合えたことを挙げた方が多かったです。同時に市民から意見を深く聞くことで解像度を高めることができたのがよかったというご意見がありました。
デメリットとしては、やはり時間がかかること。通常の業務+αでヒアリングや議論など行うため残業が出て、そこに税金がかかってしまうことに対して、皆さん共通して抵抗感を抱えている印象でした。
これは手前味噌になりますが、外部からデザイン・アプローチのガイドをするファシリテータがいないと、これまでの施策立案のやり方以外を試すのは難しいという意見もありました。われわれのような外部の専門家をうまく使っていただけると、可能性が広がるのかなと思いました。

久留 デザイン・アプローチは自分たちだけでは心許ないので、協力してくださる方がいれば取り入れていきたいと思います。時間がかかることについては、例えば公共施設の新設など、最初から時間がかかることが前提のプロジェクトならば相性がよいかもしれません。

岩嵜 デザイン・アプローチのよいところは、大きくふたつあります。最初に言ったように、人に共感し理解するところから始まるアプローチであるため、共感を政策立案に生かすことができることです。行政機関は近代的な制度に基づいているので、制度からは共感が外れてしまう傾向にあります。でも、西之表市の規模であれば、行政職員が分人化しているから、市民としての顔を持っています。それで今回のインタビューもよい情報を得て、共感度の高い立案につながったと思います。
もうひとつは、デザイン・アプローチは領域・組織横断に役に立つということです。
現在の行政組織は担当領域が決まっていて、決まった行政サービスを効率的に提供する近代的モデルになっています。でも現代は課題が複雑化していて、子育てに関しても担当部署が分かれている問題がありました。リサーチしたフィンランドの行政組織も同じ課題を抱えていて、クロス・アドミニストレーションが重要だと言っていました。
デザイン・アプローチを行政に生かすには、時間がかかるとか、専門家がいないなど様々な課題があります。それを突破するためのキーワードは、メディエーター(仲介者)としてのデザイン人材ではないかと考えています。それは人と人をうまくつなぐことができ、ファシリテーターができる人材です。
組織の境界の外になだらかに公的サービスを担う人材が出てくるイメージです。行政と市民がはっきり分断されるのではなく、市民側からメディエーターが出てきてアイデアを出したり、行政職員側からも興味がある人がそういう役割を担うなど。その公的なゾーンを海水と川の水が混じる“汽水域”になぞらえてそう呼んでいます。デザイン・アプローチが、行政も市民もお互いに歩み寄りながら新しいパブリックをつくるためのツールになるとよいと思っています。

2023316日 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにて 文:有岡三恵 特記なき写真:徳岡永子)

*1 武蔵美のソーシャルクリエイティブ研究所と日本総研は、202211月に自律協生社会の実現を目指す共同研究拠点「自律協生スタジオ(英名:Convivial Design Studio/通称: コンヴィヴィ)」を立ち上げている。

  • TOPに戻る

岩嵜 博論 Hironori Iwasaki

武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科教授

リベラルアーツと建築・都市デザインを学んだ後、博報堂においてマーケティング、ブランディング、イノベーション、事業開発、投資などに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任し、ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。

五十嵐 悠 Yu Igarashi

東京大学 総括プロジェクト機構「プラチナ社会」総括寄付講座 学術専門職員

出版関連企業を経て、2015年から3年間種子島に居住し、地域おこし協力隊として大学連携業務に携わる。現在は東京大学にて、産学官連携のプロジェクトに取り組む。業務経験から、産学官連携の方法論としてのデザイン、特に身近で協働していた行政分野に関心を持つ。2021年、デザインのバックグラウンドを持っていなかったが、武蔵野美術大学造形構想研究科に社会人大学院生として入学、2023年3月修士過程修了。

久留 康平 Kohei Hisadome

西之表市農林水産課主査

2011年西之表市入庁。特産品振興や大学連携など経験した後、鹿児島県庁に出向。出向中は、鹿児島県全体の観光振興について取り組む。2021年4月〜23年3月同市企画課主査として総合計画の作成や行政評価など事業の進捗管理を行う。23年4月より現職。

水嶋 輝元 Terumoto Mizushima

株式会社日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門 マネジャー/デザインストラテジスト

ロンドン芸術大学卒業、慶應義塾大学大学院修了後、株式会社日建設計にて国内外の都市開発・都市デザイン業務に従事。その後、日本総研に入社し企業や官公庁向けのリサーチ、コンサルティング業務を行う。事業開発における戦略とデザインの橋渡し、および先端技術と社会課題の掛け合わせを行い、計画立案や組織内での実行を促すプロトタイプ作成等を支援する。研究・専門分野はデザイン思考、Web3.0(ブロックチェーン)等。

関連記事

NEWS LETTER

GGPの最新情報をお届けするNews Letterです。
News Letterの登録は以下からお願いいたします。
(三井住友フィナンシャルグループのサイトに遷移します。)