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食と農の社会課題にどう挑むか vol.01 ——多重インパクトもたらす共創でフードバリューチェーンを変革

Date: 2025.12.08 MON

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GGPが主催する「食と農の社会課題にどう挑むか」プロジェクトのキックオフとして2025919日、東京・丸の内にある三井住友銀行の事業共創施設HOOPSLINKにてトークイベントを開催しました。
これは、事業機会の創出を目指すオープンコミュニティであるGGP2025年度に実施している共創プロジェクトの1つです。

まず、日本総合研究所 創発戦略センター チーフスペシャリストの三輪泰史氏が基調講演を行いました。
農林水産省の委員などを務め政策にも関わる三輪氏は、食と農を取り巻く外部環境が大きく変化し、農業就業人口が減少する中で、環境との調和、食料安全保障、食の多様化への対応などさまざまな社会課題解決が求められている状況を説明。
社会課題解決の要請を足かせではなく、いかにチャンスにできるかが重要だと指摘しました。そのうえで、これからの「フードバリューチェーンのありたい姿」の仮説として、「グリーン」、「レジリエント」、「パーソナライズドバリュー」の3つの方向性を示しました。
続いて、食・農の社会課題に向き合う企業がそれぞれの事業内容を紹介。その後パネルディスカッションを行いました。

環境との調和については、クボタのカスタマーソリューション事業部アグリソリューション事業企画推進部営業推進課の三浦萌子氏。食料安全保障については、敷島製パン常務取締役でマーケティング・R&D本部長の根本力氏。食の多様化については西鉄ストア営業企画部兼メディア戦略課、兼マーケティング室課長の坂本大輔氏が登壇しました。

「食と農の社会課題にどう挑むか」プロジェクトがこの先に目指すものとは——? 
企画を立ち上げたGGP事務局の秋山峻亮と日本総合研究所の今泉翔一朗のインタビュー「新時代のフードバリューチェーン構築を目指す、食と農の事業共創」公開しています。

左から日本総合研究所の三輪泰史氏、クボタの三浦萌子氏、敷島製パンの根本力氏、西鉄ストアの坂本大輔氏

日本総合研究所の三輪泰史氏

「食と農に関わる社会課題解決の要請を足かせと見るか、チャンスと見るか」。基調講演の中で三輪氏はそう問いかけます。

農家数の激減、食料自給率と安全保障の問題、環境配慮や災害リスクへの対応など課題は山積しています。
それに対し先端技術で立ち向かい、新しいビジネスを生む未来を三輪氏は構想します。そしてチャンスを掴む秘訣として「1つの施策が複合的な効果〈多重インパクト〉を生み出すこと」を三輪氏は位置づけます。

その一例として、スマート農業による多重インパクトを紹介。
肥料散布方法の改革により、これまでの一様な散布から、ドローンや人工衛星画像を用いたモニタリングにより最適化できるようになった事例を挙げました。散布量を必要最小限に抑えることで、環境負荷低減と同時に費用削減を達成し「一石二鳥」の効果を上げています。
さらに環境配慮型の農産物としてのブランド化や肥料の輸入依存度の低下につながるなど、まさに多重インパクトを生み出しています。

図作成:日本総合研究所 写真出所:農水省、DONKEY、一般社団法人セキュアドローン協議会

そして、三輪氏は「フードバリューチェーンのありたい姿」3つを示しました。
1つめはサステナビリティの観点から、環境配慮への価値を可視化して消費者に伝え、新たな価値を流通させる「グリーン」。
次いで気候変動や食料安全保障に対応して品目や品種転換をする「レジリエント」。
3つめが消費者のデータを活用し、個人の健康状態などにも合わせた最適な供給環境に向けた「パーソナライズドバリュー」です。

図3点作成:日本総合研究所、出所は図中に記載

三輪氏は「あくまでも仮説」と前置きし、「明確な答えはないので、新たなアイデアを企業のみなさんと一緒に創出していきたい」と、本プロジェクトへの期待を語りました。

続いて、先駆的に食と農の社会課題に向き合う企業から、現場の声や実践例をお話いただきました。

三浦萌子氏

農機具メーカーとして世界で3位の市場シェアを持つクボタ。
ハードの開発では、無人コンバインで農業の省力化に貢献しています。それに加え、データを活用したPDCA(計画・実行・評価・改善)型農業の支援にも注力しています。
アグリソリューション事業企画推進部の三浦萌子氏が同社の「環境負荷低減ソリューション」を解説し、デジタルの力で農家を支援する取り組みを披露しました。

それはクボタが2014年から提供している営農支援システム「KSAS」です。KSASは生産者向けのクラウドシステムで、農作業の進捗を管理できます。
さらに、衛星リモートセンシングを使って成育状況を把握したり、AI(人工知能)チャットを用いた営農判断をサポートしたりする機能があります。

このクラウドシステムを用いれば、農家は温室効果ガス(GHG)の排出量を取引するJ-クレジットの創出を容易にでき、副収入を得られます。さらに、農産物の環境負荷低減の取り組みを伝える「みえるらべる」の取得も簡易になります。

「農家が取り組む環境負荷軽減を消費者に伝え、新たな価値を循環させる」(三浦氏)。これがクボタのKSASなのです。

図提供:クボタ

クボタによる農家のJ-クレジット創出支援は、水稲栽培の行程で行う「中干し期間」を7日延長すると、メタン排出量を3割程度削減できることを利用したもの。中干し期間とは、稲の根を生育するために一旦水田から水を抜く行程で、KSASのデータを用いれば信頼度の高いデータが得られるといいます。クボタはJ-クレジットの創出と販売の両面を支援するサービスを提供しています。

図提供:クボタ

環境負荷低減の取組の「見える化」、つまり「みえるらべる」とは、食料システムの中でGHGの排出量削減への取り組みの等級を星の数で表示するもの。消費者が農産物を選択できるように農林⽔産省が推進する施策です。
KSASが農産物の栽培データを一本化し、ラベル取得のための手間を大幅に簡素化します。

図2点提供:クボタ

「環境負荷低減への取り組みを生産者に普及し、そこで生まれる価値を消費者理解につなげたい。そのためには制度による強制化と同時にステークホルダーの自発力が必要です。生産者を長年支えてきたクボタだからできる支援を続けていきたい」と三浦氏は話します。

根本力氏

Pascoの名で知られる敷島製パンは、1920年の米騒動を契機に食糧難を解決するために創業。
「事業は社会に貢献するところがあればこそ発展する」という創業者の理念を大切にしている会社です。
その主力商品の「超熟」は国内の食パン市場でNo.1のシェア(*)を誇っています。そのPasco20252月、「和小麦」というブランドを「にほんの小麦と生きてゆく。」というキャッチコピーと共に発表しました。
2030年までに自社 で使用する小麦粉20%に国産小麦を使うことを目標に掲げていると、同社の根本力氏はいいます。

*インテージ・SCIデータ「食パン」全国市場における2022年1月~2025年10月のブランドシェア(金額ベース)

Pascoが国産小麦の活用に初めて着手したのは2003年、農水省の「ブランド・ニッポン」プロジェクトに参加し、北海道産小麦「春よ恋」を使ったパン製造への挑戦でした。商品化に漕ぎ着けたものの、翌年に小麦が不作で原材料不足となりやむなく生産終了に。
その苦い経験を根本氏は「教訓となった」と振り返り、国産小麦を使った継続的なパン製造と供給を行うためには、「小麦の生産者だけでなく、品種改良の研究者や製粉会社、販売業者を含めたさまざまなステークホルダーが参加するフードバリューチェーンを築く必要がある」と力説します。

その後、同社が製パンのレジリエントのための国産小麦活用に大きく舵を切ったのは2008年でした。国際的な食糧危機のため輸入小麦の価格が高騰し、食料安全保障の問題に向き合うことを会社の指針としたからです。

図提供:敷島製パン 出典は図中に記載

機を同じくして、北海道農業研究センターがパンづくりに適した超強力小麦「北海261号(後の“ゆめちから”)」を開発。
Pascoは、その小麦を使って製粉から製パンまで試作を繰り返し、その結果もっちりとした国産小麦100%のパンが完成しました。

図提供:敷島製パン

当時、開発部長に就任したばかりだった根本氏は以前の教訓を生かし、安定した「ゆめちから」の供給に向けたパートナーシップの構築に奔走します。生産者、研究者、行政などに働きかけ、協働して国産小麦の安定供給を実現。それにより国産小麦を使用した商品の継続的な販売が可能になりました。

図提供:敷島製パン

消費者に国産小麦を浸透させる販路の拡大にも努めます。ゆめちからを使用した商品のラインナップを拡充したり、北海道産小麦にこだわった直営ベーカリー「Pasco夢パン工房」を北海道内に開店させるなど、消費者に国産小麦の価値を伝える試行錯誤を重ねます。

同時に国産小麦に対する知見を高め、技術を研鑽し続けて、2015年には 主力商品の「超熟」 にゆめちからを8%配合してリニューアル。続いて国産小麦100%の「超熟 国産小麦」を発売しました。「主力商品に国産小麦を使用することは大きな決断で、エポックメイキングだった」と根本氏は話します。

そしてついに2025年、「和小麦」というブランドに辿り着いたのです。

図提供:敷島製パン

「おいしい国産小麦のパンをお客様に味わってもらうことが、生産者や研究者の励みとなり、日本の農業が元気になると信じています」。根本氏はそう締めくくりました。

坂本大輔氏

小売店で商品の売り文句となる「ポップ」を生成AIで作成し、売上げ向上を実現させて注目を浴びている西鉄ストア。その仕掛け人である営業企画部兼メディア戦略課、兼マーケティング室課長の坂本大輔氏は冒頭、スーパーマーケットがコンビニやドラッグストアの台頭により衰退傾向にあることを示します。

そうした中、これまでの小品目大量販売ではなく、多様な顧客ニーズに寄り添う商品展開が重要であることを指摘しました。

そこで坂本氏が取り入れたのがID-POS(個人の販売時点情報)です。それは「何が何個売れたか」ではなく「誰が・いつ・どのように買ったか」を把握し、「なぜ売れたか」「誰に売るべきか」という戦略に繋げるためのもの。リピート買いや、商品購入の年齢層などが明確になると坂本氏は言います。

図提供:西鉄ストア

坂本氏はある日、ポップに生成AIの力を借りることを思いつきました。
ある商品の購買層などをAIに学習させ、宣伝文句を生成。それをポップとして掲げて1カ月ほど実証実験をしたところ、売上が約5%上昇したといいます。

図提供:西鉄ストア

西鉄ストアによるDXへの挑戦は、さらに続きます。

インバウンド消費の多い店舗では購入者が西鉄ストアの会員ではないため購買実績の分析が困難でした。そこで外国人購入の可能性が高いレシートに「インバウンドスコア」というものを導入。ここで「協調フィルタリング」という操作を加えたところ、チョコレートとコーヒー、インスタント麺とペットフードが同時に購入されている実態が浮かび上がりました。

このことは、個人の購買に関するデータを収集してビッグデータ化することで、西鉄ストアだけではなく生産者や輸送業者など他の業者のメリットにつながることを示しています。小売店によるDXが多重の社会的インパクトを生み出すことにつながると言えます。

図提供:西鉄ストア

ID-POSは、数字ではなくお客様のストーリー」と坂本氏。多様性への対応を得意とするAIを使ったパーソナライズの可能性を、今後も探っていく方針を語りました。

各登壇者のプレゼンテーション後にパネルディスカッションが行われた。左から、日本総合研究所の三輪泰史氏、クボタの三浦萌子氏、敷島製パンの根本力氏、西鉄ストアの坂本大輔氏

パネルディスカッションでは、モデレータの三輪氏が登壇者に質問を投げかけ、クボタ、敷島製パン、西鉄ストア3社の社会課題解決への取り組みや想いを明らかにしていきました。

クボタの三浦氏は「J-クレジットは生産者の取り組みを消費者に努力として伝える意味合いもありますが、主に努力を金銭的な価値に変えるものです」と事業の目的を明らかにしました。
さらに三輪氏から長期的な展望を聞かれると「支援することで、生産者の収入向上をもたらし、それが農業の活性化につながる。仕組みづくりはコストとなるが、最終的にクボタの収益にもつながる。投資として位置づけている」と農業と自社の間に生まれる好循環に言及しました。

敷島製パンの根本氏は「食料安全保障の観点から、多くの食品メーカーが国産農作物を使うことが望ましい」としながらも、「他の企業と同質化しないために商品の差別化が必要。小麦に関する技術研鑽を重ねてきた結果として〈和小麦〉ブランドを立ち上げ、差別化を狙う」と独自性を打ち出していくことを宣言。
また、三輪氏から今後の品種改良の可能性を尋ねられると「消費者が価値を認めないと新種は育たない。ゆめちからが花開いたのは、超熟の貢献もあった。今後、気候変動などに対応した小麦の品種改良や新種が必要になると思う。フードチェーン全体でそうした小麦を買い支えていくことが大事」と、消費者理解の必要性を説きました。

西鉄ストアの坂本氏は、消費者ニーズに寄り添う効果について「ID-POSによって店舗毎の違いが分かる。ニーズを把握することで、ひとつでもよい商品を購入してもらい、お客様にとって利便性の高い店舗を目指している」と説明しました。
三輪氏がAIによる宣伝文句と西鉄ストアらしさの関係性について質問すると「われわれらしさについては議論中。バイヤーがこだわって良い商品を仕入れ、農業や製造の物語を理解して伝えて行くのが小売店なので、AIがつくる宣伝文句とは別に自分たちがやるべきことがある」と坂本氏。商品の陳列の仕方などを工夫し、買い物しやすい店舗の雰囲気づくりに日々知恵を絞っていることを明かしました。

食にまつわる新たな価値を消費者に伝えるフードバリューチェーンをどのように構築していくのか——。「食と農の社会課題にどう挑むか vol.02 」では、ワークショップ形式でその答えを探ります。

2025919HOOPSLINKにて、文:有岡三恵/Studio SETO 特記なき写真:村田和総)

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