解説記事
~連載第3回~気候変動と物理リスクー気温上昇とレジリエンス
Date: 2020.12.11 FRI
#気候変動
#イノベーション
豪雨、河川の氾濫、高潮、高波が企業の脅威となっていて、それに呼応する適応ビジネスが生まれていることを前回述べましたが、今回は、気温上昇そのものがもたらす経済活動への影響を考えます。
建設現場の熱中症とその対策
毎年のように夏季には猛暑予報がなされるようになりました。酷暑が続く毎日のなかで、深刻な問題となっていることに、「建設現場における熱中症」の発生があります。厚生労働省が発表している「2019年職場における熱中症による死傷災害の発生状況(確定値)」で、2015年からの5年間で業種別に熱中症による死傷者数を見ると、そのトップは「建設業」が続いています。年々、夏場の気温上昇が続く中で、建設業界の熱中症は、社会問題になっています。
熱中症による業種別死傷者数(2015-2019年)
建設現場における熱中症対策としては、以下のことがあげられます。
①適切な気象情報の入手が、その第一歩であると言われます。当日、その建設現場がどの程度の気温になるのか、湿度や風の状況によって対策や休憩の間隔などを調節していく判断が行われます。
②高温・多湿で無風な状態を改善するものとして、大型扇風機やドライミスト、遮光ネットなどを活用することが有効です。散水による地面の温度低下などの措置も取られます。
③作業員の休憩に関する配慮も欠かせません。1時間に1回の休憩をとる指示は一般的になっており、作業場所の近隣に冷房やシャワー等、身体を適度に冷やすことのできる設備を設置したり、冷蔵庫や製氷機の備品の設置、経口保水液等効果的な飲料水を常備するなどの配慮が行われています。
④さらに、通気性の良い服装を着用することも有効な対策となっています。建設現場では、労働安全衛生の観点から長袖作業服やヘルメット、安全チョッキを着用する必要があります。これらは通常、通気性が劣るものですが、通気性を確保したヘルメットや作業服、熱を吸収しにくい安全チョッキなどが開発されています。
新日化エア・ウォーターは、エア・ウォーターと日鉄ケミカル&マテリアルの共同出資により2004年10月に設立されました。製鉄所内のオンサイトプラントで生産する酸素、窒素、アルゴン、水素、炭酸ガス等を各製鉄所に安定供給するとともに、一般市場に販売する事業を行っていますが、同社が取り扱う製品に「ドライアイスベスト」があります。
ダブルメッシュ構造のドライアイスベスト
ベストの9箇所のポケットにドライアイスを入れ、内側のダブルメッシュ構造を通して冷気を取り込むことで、人体を優しく冷やす製品です。蓄冷剤のように凍らせる手間がない点が特徴です。もともとは工場や工事現場等の高温作業所用に作られたものですが、近年は熱中症防止にも使われています。
作業環境温度/約45℃に対し身体各部において15℃~25℃の冷却効果を発揮するといいます。こうした熱中症対策のための製品は、今後も裾野を拡大させていくでしょう。
ドライアイスベストによる冷却効果
安定的な牛乳生産のための技術開発
乳牛は温度や湿度の変化に敏感であることが知られています。もともと、酪農が冷涼な地域で盛んであった理由もここにあります。乳牛が最も快適な温度は13℃~18℃で、気温が22℃を超えるとストレスを受け始めると言われます。気温25℃以上だと湿度に関係なく、代謝に影響を受けるようになるといわれます。
最近では夏季のあいだ特に問題となっているのが乳量の低下で、乳量が最大となる4月に比べて夏季には1割程度も乳量が低下するとの指摘もあります。牛乳を作るために牛は多量の代謝熱を発生させますが、高い気温が代謝を阻害するのです。乳量だけでなく、乳脂肪率が低下するという影響も発生しています。例えば、乳脂肪率が低い生乳では、美味しいアイスクリームを作りにくくなるというような弊害も生じるのです。
最近では、夏のあいだ、牛舎で牛にミスト(細かい霧)を散布したり、送風機を置いて牛の体を冷やすことが、かなり一般的になってきました。
全国の一年間の生乳生産量(日均量)
こうした問題に対して、ヒト用の冷感素材を応用した家畜用衣料を京都府農林水産技術センターや日本の企業が共同開発した事例があります。実際に、暑熱ストレス低減効果や乳量の減少率の抑制を明らかにすることができました。具体的には、乳牛の頸部から前駆を覆うストレッチ性のある冷感素材に適量の水を含ませて、気化熱が牛体を冷やす効果で 体表面温度が5 ℃程度低下したといいます。また、5日間の乳量の減少率は、着用時が3.46 %、無着用時が7.93%だったといいます。
建設現場や酪農現場のほかにも、気温上昇そのものがもたらす経済活動への影響は様々に存在します。それぞれにおいて悪影響を緩和するための対策が講じられ、それに呼応して新たなビジネスの萌芽もまた出現しているといえるのです。