Interview

2021.12.14 tue

【2021年を振り返る】足達英一郎氏が見る2021年とは?

昨年のサステナ注目トレンドTOP10に続き、今年も日本総合研究所の足達英一郎常務理事に「サステナ注目トレンド2022―ゲームチェンジを読み解く」と題して、国際的な視点から、今後の動向について伺います。1222日のトークイベントの前に、まずは2021年を振り返っていただきました。

足達英一郎 日本総合研究所常務理事、三井住友銀行本店東館にて(本記事撮影:稲垣純也)

  • 1.新型コロナウイルス感染症と社会の調和
  • 2.明治維新、敗戦に次ぐ大変革が2022年に起こる?
  • 3.“やはり来た!” サステナ情報開示の国際基準が一本化へ
  • 4.日本の脱炭素化は進む?
  • 5.国際的に財政は健全化に向かうか?
  • 6.束の間の調和から激動の2022へ?

まず最初に取り上げるべきは、新型コロナウイルス感染症の終息がなかなか困難だったことです。この感染症の蔓延によって人々の意識がどのように変わっていくかを2021年は注視していました。

2008年のリーマンショックを振り返ると、失業者が増えたり貧富の格差が広がったり、世界経済が停滞してしまいました。当時すでにサステナビリティやESG投資の必要性が謳われていましたが、人々の思考は「それどころではない」と近視眼的になり、長期的な視点が吹っ飛んでしまった。2021年も同様にならないかと懸念していました。

しかしコロナ禍のもとでは予想外に近視眼的にならず、むしろ感染症によって人々が思索を深めたのが2021年だったと思います。「生命や健康」と「経済や人の自由」という対立軸での議論は依然存在していますが、相反する価値観を目の前にしながらも、社会がひとつのものになるよう、何とか調和に向け努力し始めた側面に、敢えて注目したいと思います。

ただし、調和をどうしたら実現できるのか。日本国内では、「新しい資本主義実現会議」も発足しましたが、何を処方箋としてよいかという解は具体的には未だ見えていない状況だと思います。

感染症とは関係なく、気候変動に関する物理的リスクは顕在化し、より一層深刻になっています。また、未だ経験則に過ぎないかもしれませんが、ロックダウンによる感染収束と人の往来による感染拡大という局面を通じて、経済活動と感染症拡大の間にある因果関係が人々に感覚的に理解されるようになりました。人間の活動が環境にどんな影響を与えるのかに関する認識の深化とも言えるでしょう。生物多様性の毀損や自然環境の悪化が生態系を変化させ、さらに新たな感染症の要因となるという学説も出ています。今までは当たり前だった人の移動を伴う経済活動や暮らしが簡単ではなくなることで、自分達自身が、隣人や世の中や、ひいては環境にどれほどの影響を与えるのか、視野が拡大されることになったのだと思います。

私個人の見解ですが、日本の社会構造について「77年周期説」というのを唱えています。1868年に明治維新があり、1945年に第二次世界大戦の敗戦を迎えます。その間が77年。そして1945年の77年後が2022年です。たかだか二つの点をとって、77年周期というのは大げさかもしれませんが……。

77年周期で日本のレジームを見ると、二世代前が明治維新で、開国をして江戸幕府が終わり、社会システムが大きく変わる。その後富国強兵で、日本は成長しますが、戦争で負けて財閥解体・農地解放でまた日本が大きく変わりました。77年周期で来るのだとすると、この辺で日本はまた外圧によって大きく変わるのではないか、その外圧がサステナビリティではないかという気がしています。

識者の方からよく耳にするのは「日本は内発的には変わらない」と。日本に住む多くの人は、昨日と同じように今日が過ごせ、今日と同じように明日が来ることが幸せでよいことだと思っている。一方、欧米に住む人と話しをしていると、彼らにとって変化はチャンスで、ワクワクすると。それは、農耕民族と狩猟民族の違いだと言う人もいます。こうした理由から、日本が変化しない間に、海外の情勢は大きく変化していて、そのギャップが閾値を超えたあたりで周期的に外圧として日本に到来し、世の中が変わっていくのではないかと思います。

私自身も30年近く前から、今で言う気候変動、当時の言葉では地球温暖化に関心を持ち、自分の仕事の中で何ができるか試行錯誤してきました。金融と気候変動について言うと、可視化し、課題解決の方法論を見いだし、国際的に合意する方向に動いていかなければならなのだと思います。

2015年、当時のイングランド銀行総裁マーク・カーニー氏が気候変動と金融の安定性について語った「時間軸の悲劇」という有名なスピーチの中で、「An old adage is that which is measured can be managed(計測できなければ人間は管理・制御ができない)」(*1)という名言を残しています。また人間は、名前が付いて、初めて対象を認識できると言われます。つまり、名前をつけて認識をし、測定することでそれを管理・制御できるようになるというわけです。

CO2に関して言うと、カーボンフットプリントという言葉は認知されつつあります。ある製品の製造工程で排出するCO2の量を測定する概念はスコープ1とかスコープ2という言い方で共有されつつあります。ただ、その製品のライフサイクルのカーボンフットプリントは、まだまだ正確に測定できる領域に入っていません。さらに言うと、人々の幸福度やウェルビーイングについて、何がその要素なのかを言語化し、測定できる状況にはほとんど至っていません。最終的には、これらの合意をつくっていくことが、地球と社会のサステナビリティに向けて必要になってくると思います。

『清貧の思想』の中で中野孝次さんは、鴨長明や良寛ら日本古来の清貧なライフスタイルを再評価しています。あることよりもないことが価値を持つ、侘び寂びの思想が日本文化の中には根付いています。また、ひとつの事象をあらゆる角度から見ることによって、複数の価値観で評価できるのが日本の得意技です。モノが役目を終えた段階で、次の役目が登場するカスケード型の利用方法も日本の特色です。日本的なサステナビリティという考え方があるとすれば、引き算とか、慎ましさとか、居住まいを正すとか、質素倹約とか、そういうことだと思います。そこに現代人の精神が回帰できるのか? ということだと思います。

期待感が持てるとすると、今の若い人には、たくさんのモノを所有しない、断捨離に抵抗がないなどのライフスタイルが垣間見えます。不要品をネット上で売買するプラットフォームもすっかり定着しました。そのパイオニアとなった日本の企業には、モノの命を長引かせるビジネスに共感した東南アジアの若者が就職を希望してくるそうです。「自分の国にも、このプラットフォームを作りたい」と。これはいい話だなと思います。

グラスゴーのCOP26の会場で11月、IFRS財団が主導する国際サステナビリティ基準審議会(ISSB: International Sustainability Standard Board)が正式発足しました。情報開示の国際的な標準づくりがいよいよ大詰めを迎えます。正式発足の発表当日にこの先の設計図がオープンとなりました。Climate-related Disclosures Prototype Supplement: Technical Protocols for Disclosure Requirementsと題された業種別の補足資料を見ると、このセクターでは気候変動関連でこういうことを開示すべしというのが、600頁近い文書にびっしり書いてあるわけです。かねてから米国のサステナビリティ会計基準審議会(SASB: Sustainability Accounting Standards Board)が進めてきた基準づくりの内容が下敷きとなっていますが、それにしても、その周到さは「速いな〜、来たか〜」という印象でした。

2021年にSASBと国際統合報告評議会(IIRC: International Integrated Reporting Council)が合併して価値報告財団(VRF: Value Reporting Foundation)となりましたが、20226月までにISSBの傘下に統合されます。これまではNGONPOとしての草の根活動だったものから、世界の標準ができていくダイナミズムは、さすがだなと思います。

ここから学ぶべきことがあります。かつて、SASBでは約70の業種について、サステナビリティの着眼点がどうあるべきかを長らく議論し、ガイドラインをつくりました。そのときに功を奏したのが、ボランティアを活用したいわゆるオープン・アーキテクチュアの手法です。業種別に、リスクと機会を分析するから、プロジェクトへの参加希望者は手を挙げてくれと言うので、私の周りの同僚も参加しました。作業部会をつくり、案がまとまった部会からどんどんと出来上がった内容を発表し、世の中の意見を求めていく。人々の危機感を背景に、権威とか予算を超越して、インターネットを駆使してやる、その一気呵成さは圧巻でした。

日本の常識からすると、学識者を集めて検討委員会をつくり、検討内容は役所が作成して……と。誰からも文句が出ないようにするために、ときには骨抜きになったり、必要な文言を横からくっつけたり……、時間がかかる作り方ですよね。

走りながら考えるのは、従来の日本のやり方だったのかもしれません。でも、変化を好まない構造の中で、いつしかダイナミックなシステムを受け入れられない体制になっているのかもしれませんね。

昨年10月、菅前総理が所信表明演説で我が国のカーボンニュートラルを宣言しました。こうして、看板はかけられたけれど、中身の詰めが遅々として進まないのが日本の課題です。今年4月の気候サミットで日本は2030年に2013年比マイナス46%減宣言をしましたが、目の前の問題になるほど「変わりたくない」、「変われない」という反応が支配的だと感じています。

「『今の延長線上に未来はない』と切り捨てることは簡単です。でも、日本の人々の仕事と生命を守るためには(…中略…)『これまでの延長線上に未来を持っていく努力』も必要だと思っております」(*3)という産業界トップの声も耳にします。

日本が世界と戦えるのは、まず製造業だと私も思います。しかし、SDGsではTransforming our world、つまり今のやり方ではダメだと謳っています。それで、世界的に脱炭素やEV車とか、今までにないやり方でこの危機を突破しようとしているわけです。雇用についても、これまで通りではダメなんです。海外では人材の流動性が高いのが一般的なので、言葉は悪いですが「余剰人員」になってしまう人が現れても、平気でよそに移っていく。それが、我が国では、人の流動性がないことが国全体のハンデとなっているのです。

現在、経済産業省は脱炭素への移行に向けたトランジション・ファイナンスの推進を目指し、分野別の技術ロードマップを策定しています。10月に発表された鉄鋼業界の文書を見ると、ある時期までにこういう技術が実用化されるなどの技術カタログにはなっています。ただ、CO2排出量をいつまでに、どれだけ削減するかという具体策は書いていない。2050年のネットゼロに至る道筋を示す資料としては、十分とは言えないという反応が出てこざるをえないと思います。「止める」「変える」を年限付で口にするのは、実にハードルの高い国だと言えます。

最近の私の持論ですが、日本がモノづくりの国としてこの先もいくなら、胸を張って「世界のしんがりを日本が務めます」と言えばいい。「モノづくりをやるからにはCO2が出てしまうけれど、とことん効率化してよい製品をつくります!」と。

でも、次世代を担う若い人は、それでは満足できないですよね。京都大学の諸富徹教授が言う「資本主義の非物質主義的転回」の中で、新機軸をつくることにチャレンジしていきたいと思って当然です。

荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、ひとつはインバウンドです。日本の自然とか観光サービス、ひいては精神文化を世界に売っていく方向はあると思います。コロナで渡航制限の障壁がありますが、たとえばかつてブータンが年間数千人と上限をつけて外国人観光客を制限していたように、仮に門戸を狭めても、日本の観光資源に対する関心や共感は世界的に高く、十分に需要はあると思います。

次は、食品などベーシックなものの輸出。日本酒はすでに世界で評価されていますし、野菜などの一次産品、畳や布団など日本では少なくなっていますが、そういうライフスタイルに関わる領域もあります。また、漫画などのサブカルチャーもあります。フランスで若者と『ONE PIECE』の話をすると、それはまぁ盛り上がります(笑)。

一言で言うと税金の問題ですね。

まず、OECDが法人税の最低税率を15%で合意をしました。タックスヘブンは許さないという明確なメッセージが出たということで、これほど速い展開になるとは予測していませんでした。これまでは、アイルランドなど、とにかく法人税を安くして世界から成長企業を招致し、自国の経済を発展させる動きがありました。

自由主義を前提としつつも、放任主義がよいのか、政府がある程度コントロールした方がよいのかという意見の対立が長年あります。コロナ禍で、各国において大きな財政出動があり、財政赤字に対してナーバスになった海外の国が、法人税を上げようということでまとまったわけです。日本では世界的にも突出した財政赤字が続いていますが……。

自由経済か規制かという論点で言うと、欧州委員会が7月、炭素国境調整メカニズム(CBAM)の設置規則案を発表したことも象徴的出来事でした。これは、EU内の事業者がCBAMが対象とする製品をEU外から輸入する場合、EU排出量取引制度(EU ETS)に基づいて、域内で製造したときと同じ炭素価格の支払いを義務付けるものです。これもWTOなどから自由貿易を阻害するという声がもっと大きく出るかと思いましたが、必ずしもそうではありませんでした。

中国でも不動産に関する税の話が出ていて、貧富の差を解消する手段として扱われています。これまで、資本主義の中で税金は「善きもの」とされていませんでしたが、その感覚が変わってきているように思います。次の段階では、各国の政府がどれだけ財政的に健全で効率的であるかということが重視されるようになると思います。いずれにせよ、政府やパブリック(公共的なるもの)に対する期待感が、コロナ禍で、人々からここまで高まってくるとは思ってもみませんでした。

う〜ん、センチメンタルな言い方かもしれませんが、「束の間の希望を持った年」でしょうか。気候変動やサステナビリティに関しては、かろうじて世界の協調体制が機能した。コロナ禍でワクチンや人の往来など国際協調をしなくてはならない面もありました。一旦世界を分断しているように見えた対立が、バイデン政権の誕生で、いくつかの領域では国際協調の方向に戻り、サステナビリティへの意識も高まったと私の目には映っています。

ただ、束の間と申し上げるのは、本質的な問題は解決したわけではないからです。協調よりも、自由が最も尊ばれるという価値観や国益が最優先されるべきだという価値観を持っている人たち、今の資本主義のままで変わらなくてもよいという価値観の人も存在したままです。国際協調とか、問題解決に向けての道筋の光明が見えたと思っていても、コロナ禍と同じで油断すると、瞬く間に、それはかき消されるでしょう。2022年はもっと協調の方向に振り子がふれるかもしれませんが、逆の方向に振り子が戻り、激動の年になるかもしれません。少なくとも、2050年まではこういう緊張感が続くんでしょうね。

これから30年、若い人たちは激甚な困難の時代を生きることになります。国内の今年の出来事で残念だったのは、彼らの心に寄り添わない、あるいは踏みにじるような発言が年嵩の人間から相次いだことです。シルバー民主主義の弊害かもしれませんが、年寄りこそが経験を積んでいるとか、多様であることは決定に時間がかかり手間だというような発想は止めにしなければなりません。

これからは、意見が異なる人たちとどうやって合意をつくれるか、仲間をつくれるか、そういう能力を高めることが重要だと思います。また、災害時に自力で家を修繕できる能力、自宅で野菜をつくれる能力、自分自身でウェルビーイングな環境をつくることができる能力を養っていくことも求められるのかもしれません。

20211110日三井住友銀行本店東館にて。聞き手:木村 智行/三井住友フィナンシャルグループ 企画部サステナビリティ推進室 室長代理)

*2:SECIモデル 経営学者の野中郁次郎氏らが提唱した組織的な知識創造プロセスのモデル
*3:日本自動車工業会

サステナ注目トレンド2022ーゲームチェンジを読み解く

2021年の総決算としてサステナビリティにまつわるグローバルトレンドを振り返ります。そして、2022年の注目トピックスも紹介しながら、どのようなゲームチェンジが起こっていくのか、そして何に備えるべきなのかを考えていきます。

日時:2021年12月22日 16:30-17:40
定員:100名
配信:zoom(ウェビナー)

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