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DXからGXへ(第2回) ——企業の気候変動対策を支援する米国スタートアップのソリューション紹介

Date: 2022.08.17 WED

  • #グローバル動向

  • #気候変動

  • #イノベーション

日本総合研究所 田谷洋一

本連載の第1回「気候変動対策の鍵はデジタル活用」では、気候変動問題において企業に求められる対応とプロセスについて、デジタル化やDXの潮流の観点を踏まえて考察を行いました。今回は、炭素関連市場とデジタルがもたらす動向や変化を分析するとともに、筆者が駐在する米国を中心に展開される先進の気候変動対策ソリューションの事例を紹介します。

炭素関連市場では、多様で大きな事業機会と投資機会を生む可能性が指摘されています。その理由としては、とりわけデジタルテクノロジーの進展の影響が大きく、気候変動対応におけるイノベーションが加速しています。これは、クラウドやビッグデータ、AIなどのデジタルテクノロジーがより安価で簡便に利用できるようになりつつあるためです。資金力のある大企業だけでなく、気候変動問題に関心がある新規プレイヤーが炭素関連市場に続々と参入し、市場を一層活性化させています[*1]。

炭素排出量のモニタリングやカーボンフットプリントの評価などを行うソフトウェアの市場規模(Carbon Accounting Software Market)を見ると、2020年から2025年までの5年間で市場が64億米ドル拡大し、CAGR(年平均成長率、Compound Average Growth Rate)[*2]は25%になることが予想されています[*3]。また、気候変動に応じた事業戦略の立案や将来のシナリオ予測などを行うソフトウェアの市場規模(Global Carbon Management Software Market)も、同5年間で86億米ドル拡大する[*4]など、気候変動関連のデジタルソリューションの急成長が見込まれています。

すなわちデジタルテクノロジーの活用は、企業がもたらす気候変動への影響の分析や、環境変化に応じた対策の立案を支援する有効な手段の1つになると考えられます。特にデジタル空間の中に現実と同じ環境を再現する手法(デジタルツイン)は、環境に関する様々なデータをインプットし、企業の施策が将来の環境に及ぼす効果を的確にシミュレーションして分析するなど、有用性が高いと言われています。

そうした動向を背景に、①排出量の可視化・把握、②TCFD提言に基づくリスクや機会の分析・財務影響の把握、③排出量削減・カーボンオフセット、の各プロセスで活用が見込める先進のデジタルソリューションを紹介します。

①排出量の可視化・把握—— Persefoni
米国アリゾナ州に本社を置くPersefoni社[*5-6]は、 企業による温室効果ガスの排出量の算出や管理を支援するソリューションを提供しています。同社は、電力やガス、水の使用量など、企業の事業活動に関連する様々なデータを取り込み、企業が排出する温室効果ガスの量を可視化することができます。具体的には、拠点や組織、スコープやカテゴリーごとの排出量のレポートを作成するほか、海外企業やグローバル拠点を含む事業全体の排出量を算出するサービスを提供しています[*7]。

従来、企業が温室効果ガスの排出量を算出する場合、自社の業務に関連する膨大なデータを集め、自社が利用するエネルギーの種類や使い方に応じて精緻に計算をする必要がありました。また企業には、WORLD RESOURCES INSTITUTE(世界資源研究所)が公開している数百ページを超える文書[*8]やガイドラインなどを基に厳密な情報管理をすることが求められており、対応には高度な専門知識と多くの管理コストを要します。一般的には、Excelなどの表計算ツールを利用して排出量を算出する手段が挙げられますが、扱うデータやルールが増えるほど、計算量が膨大になり複雑性が増します。もっとも、企業の本来の目的は排出量の算出に留まらず、計算結果を基に企業の対応を策定していくことにあるため、排出量の管理だけに囚われていては、本来の施策の推進が滞ることにもなりかねません。

このような企業の課題解決に着目したのがPersefoniであり、同社は、多くの人的コストがかかる排出量の計算業務をデジタルで自動化して提供しています。彼らのサービスはクラウドで提供されており、事業の状況やプロトコルの変更などに応じて、ソフトウェア側で自動的にアップデートがなされ、企業は常に最新の事業活動に応じた排出量の管理が可能になります。

Persefoniの強みは、気候変動対策に関するノウハウの蓄積や体制の整備が十分になされていない企業においても、GHGプロトコルに基づいた排出量の管理業務を正確かつ容易に行えるよう支援する点にあります。先進のデジタルソリューションの活用によって、企業は本来の目的であるカーボンニュートラルの推進により人的資源を投入できるようになると考えられます。

②TCFD情報開示——The Climate Service
米国ノースカロライナ州に本社を置くThe Climate Service社(以下TCS )[*9-11]は、TCFDの報告書に沿ったリスクや機会の分析、企業への財務影響を定量化するサービスを提供しています。

近年TCFD に基づく企業による情報開示の義務化が強化されており、気候変動リスクの明確化や、気候変動に対する財務影響を整理して公表することが推奨されています。従来の環境に関する情報開示制度では、製品の省エネ化やリサイクル、廃棄物の削減など、企業が既に着手している施策の情報の公開が求められていました。一方、TCFD提言では、将来の気候変動リスクを加味した施策など、企業の持続可能性を第三者が分析して評価できる情報も開示が求められます。特にこれまでと異なるのが、開示要請項目の一つの「戦略」で示されている気候変動に関する複数のシナリオ分析を用いた気候変動リスク・機会に対する企業のレジリエンスの開示です(図1)。

それを行うために企業は、大量のデータ収集や定量化の手段を検討することが必要で、専門的な知識とIT スキルが求められます。気候変動に対応する企業の人材が不足しているなか、こうした作業を正確に行うことは企業にとっても大きな負担になります。

環境省「TCFD提言に沿った気候変動リスク・機会のシナリオ分析実践ガイド(銀行セクター向け)[*12]」を基に日本総合研究所作成 

このような企業の課題をTCSのソリューションで解決します。TCSの特徴は、気候データや企業が保有する資産データ等に関するビッグデータの活用です。同社は、1,000 以上の独自の関数を用いて、膨大な気候データと企業の資産データを基にTCFD提言が定義する気候変動リスク・機会を網羅する定量的な影響分析を行います。同社のプラットフォームでは、異なるシナリオにおける猛暑や干ばつ、山火事、洪水などの物理的リスクをグローバル規模でシミュレートするため、企業は自社の拠点等がある任意の場所で生じるリスクやその強度などを定量化して表示することができます[*13]。これによって企業は気候変動による自社資産への影響や、サプライチェーンが抱えるリスクや機会の把握などが可能になります。

このサービスはクラウドで提供され、プラットフォーム上では、最新の気候データや衛星データ、公的機関のデータなどが更新されるとともに、財務影響分析の計量化ロジック、モデルの高度化が行われています。専門人材が不足するなか、ビッグデータやクラウドを活用して、様々な気候変動シナリオに応じたリスクや機会の情報を定量化するソリューションは、企業のTCFD対応を大きく後押しする手段になるでしょう。

③カーボンオフセットマーケットプレイス——Nori
次に紹介するのは、ブロックチェーンを活用したカーボンオフセットに関わるソリューションです。

カーボンニュートラルの推進に関する企業の課題において、解決手段の1つとして挙げられるのがカーボンオフセットの活用です。カーボンオフセットとは、企業が自社努力でどうしても賄いきれない排出量については、他社が実施した温室効果ガスの削減活動(以下、プロジェクト)に投資することにより埋め合わせをする、という考え方です。カーボンオフセットは、これまで企業単独では実現が困難であったカーボンニュートラルを後押しする要素として注目されています。そこで本節では、デジタルを活用した先進ソリューションとして、カーボンオフセットを目的とした排出権(以下、クレジット)売買を可能にするサービスに焦点を当てて紹介します。

米国ワシントン州に本社を置くNori社[*14]は、ブロックチェーンを活用したカーボンオフセットを行いたい企業向けのマーケットプレイスを提供しており、炭素ガスの吸収分を排出権として発行して、売買できるようにしています。Noriが扱うのは、主に植林や森林保護、農業などの炭素ガス削減の効果が高いプロジェクトに関連するクレジットです。

Noriが提供するマーケットプレイスではVCSやGold Standardなどの大手認証機関が認証したプロジェクトを多数扱っており、ブロックチェーンを活用してクレジットの発行や管理を行っています。従来のマーケットでは、プロジェクトの登録やクレジットの管理体制の整備等、クレジットの販売にかかる手続きの多くをクレジット販売者(以下、販売者)が対応する必要があり、参入コストが非常に高いという課題がありました。一方、クレジットの購入者(以下、購入者)にとっては、販売者のクレジット管理プロセスが不透明で分かりにくい、販売者に直接連絡をして購入条件を交渉する必要があるなど、多くの課題が顕在していました(図2)。

“A blockchain-based marketplace for removing carbon dioxide from the atmosphere.” [*15]を基に日本総合研究所作成

これらの課題を解決するのがNoriのソリューションであり、同社のマーケットプレイスではプロジェクトの登録やクレジットの検証等、販売者にとって必要なプロセスが全て提供されています。また、ブロックチェーンによってクレジットの正当性や販売者の管理プロセスの透明性を担保しています。これにより、販売者が従来よりも低コストでマーケットに参入できるようになったほか、購入者もマーケットプレイス上で、より信頼性の高いクレジットを安価に購入することが可能になりました。

Noriが提供するマーケットプレイスのように、クレジットの売買にかかるコストの削減は、クレジットの販売量の増加や販売者の収益向上に繋がるなど、企業がより質の高いクレジットを発行するインセンティブになると期待されます。クレジットの取引管理はブロックチェーンとの親和性が高く、参画するプレイヤーの数やマーケットの規模が大きくなるほど、ブロックチェーンのメリットが一層活かされると考えられます。

カーボンニュートラルの推進に向けた動きがグローバルに拡大する中、刻々と変化する気候変動の動向に柔軟かつ迅速に対応していくためには、企業における組織や体制の整備、施策の立案が急がれます。一方で、専門人材をすぐに確保することが難しい、気候変動対策に関するノウハウが十分に蓄積されていないなど、現状は多くの企業が手探り状態で施策を推進せざるを得ない状況だとも言えます。

企業を取り巻く近年の動向に呼応するように、炭素関連市場では、ビッグデータやクラウド、ブロックチェーン、AIなどのデジタル技術を活用して、企業の気候変動対策に関連する膨大かつ複雑な業務を支援するソリューションが登場しています。今回紹介した3社のデジタルソリューションは、企業が気候変動対策を進める上で有効な手段となることが期待されますが、本ソリューションに限らず、デジタルの活用を念頭に置きながら施策の立案を行うことは、今後の気候変動対策のコストやクオリティを大きく左右する要素になると考えています。

次回は本シリーズの最終回として、改めて企業側の施策の視点に立ち、欧米企業の取り組みなどを中心に複数の業界のGX事例について紹介をします。また、デジタル化やDXの観点がGXにどのように役立つのか、検証と考察を行います。

株式会社日本総合研究所 先端技術ラボ エキスパート 兼 JRI America, Inc. Director
2006年、株式会社日本総合研究所入社。銀行やクレジットカードなどのインフラシステム開発のプロジェクトマネジメントや調査部での研究員としての業務経験を経て、現在はSMBCシリコンバレー デジタルイノベーション ラボにおけるR&D業務に従事(2019年より現職)。 

*1 Singularity Group Global Impact Summit、2021年12月8日~9日に開催
*2 年平均成長率。複数の期間に渡る増加率を単位期間あたりの増加率で表したもの
*3 technavio社調べ(2021年12月)
*4 technavio社調べ(2021年6月)
*5 Persefoni社のHP
*6 SMBCは、Persefoni社、日本アイ・ビー・エムと、温室効果ガス排出量可視化サービス提供に関する基本合意書を締結
*7 Persefoni社の日本国内向けサービス(SCSKのHP)
*8 WORLD RESOURCES INSTITUTE による温室効果ガスのプロトコル
*9 The Climate Service社のHP
*10 2022年1月にS&P Globalが買収
*11 SMBCは、TCS社、日本アイ・ビー・エムと共同で、気候変動に伴うリスク・機会分析を 支援するサービスの提供を開始
*12 環境省、「TCFD提言に沿った気候変動リスク・機会のシナリオ分析実践ガイド(銀行セクター向け)」
*13 移行リスクや機会の分析については計量化モデルの標準的手法が未だ確立されていないため、TCSでは独自の科学的アプローチによって財務影響の定量化を行うとともに、分析の高度化にも取り組んでいる。
*14 Nori社のHP
*15 Nori社のWhite paper「A blockchain-based marketplace for removing carbon dioxide from the atmosphere」

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