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DXからGXへ(第1回)——気候変動対策の鍵はデジタル活用

Date: 2022.03.04 FRI

  • #グローバル動向

  • #気候変動

  • #イノベーション

日本総合研究所 田谷洋一

近年、気候変動は世界共通の大きな課題であり、さまざまな産業で脱炭素の実現に向けた施策が求められています。

一方、ビジネスの観点から気候変動対応を捉えると、脱炭素市場は急成長することが予測され、企業にとって新たな事業創出の機会となる点が指摘されています。例えば建物のエネルギー効率化や炭素排出量のモニタリングなど、近年、企業の気候変動対応を支援するさまざまなソリューションが登場していますが、それらを可能にしているのが先進のデジタルテクノロジーです。World Economic Forumが発表した統計[*1]によると、デジタルテクノロジーの活用によって、2030年までに削減が必要とされる炭素排出量50%の内、3分の1にあたる15%の削減が可能になると予測されています。

このような企業を取り巻く近年の動向を背景に、本稿では、従来企業が取り組んできたデジタル化やDXの観点を踏まえて、気候変動対応や企業の成長戦略として注目されるグリーントランスフォーメーション(以下、GX)について考察します。なぜならば、筆者は、気候変動対応やGXについて、従来企業が蓄積してきたデジタル化やDXの経験が大きく生かされる新たな事業創出の機会になると解釈しているからです。その具体的な内容については、Honeywell社やUnilever社など欧米企業の先進事例を用いて検証をすることとします。

図1は、今後、企業に求められる主な気候変動対応の施策とそのプロセスについて、独自の視点で整理したものです。施策は、1. カーボンニュートラルの推進2.TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づく情報開示・対応に大別されます。図は、それぞれのプロセスを2段階に分けて示しています。

TCFDとは、気候変動が企業の財政に与える影響について、ガバナンスやリスク管理、経営戦略、等の観点から企業に情報を開示することを促す国際的な組織のことです。日本では20224月に東京証券取引所の市場区分が再編される予定ですが、最上位となるプライム市場では、上場企業にTCFDに基づいた情報開示が求められています。(関連記事:TCFDとは何か? 前編後編

日本総合研究所作成

  1. 企業にとって、カーボンニュートラル推進の目的は国策やCSRに基づく炭素排出量削減の推進といえます。その中でもサプライチェーンに関してはScope1(直接排出)、Scope2(間接排出)、そしてScope312以外の間接排出)[*2]の種別があり、それぞれの排出量について対策を施すことが求められています。さまざまな文献[*3]を基にカーボンニュートラルに関するアクショプランを整理すると、Scope1からScope3における排出量の可視化・把握(1-STEP 1)と、排出量の削減(自社努力による削減・カーボンオフセット[*4])(1-STEP 2)という2つのステップに分けることができます。
  2. また、企業にはTCFDに基づく気候変動リスクに関する情報開示の義務化も強化されます。本施策の目的は、気候変動や政策の変更などに伴う資産や事業などへのリスクを明確にするとともに、気候変動対応が財務パフォーマンスに与える影響を整理して、投資家などへ情報を公表することです。企業側の対応を整理すると、TCFDに基づく気候変動関連の指標や財務インパクトの整理(2-STEP 1)と、各リスクに応じた対策や経営戦略の見直しなど(2-STEP 2)を行うプロセスに大別できます。

KPMGのレポート[*5]によると、米国ではカーボンニュートラルに関する目標を公表しているフォーチュン500企業[*6]の割合は76% TCFDに関するリスクを認識している同企業の割合が56%となっています(図2)。それぞれ半数以上の企業が気候変動対応に向けたアクションを既に表明しており、その動向は今後もグローバルに拡大し、日本においてもこの潮流が強まることが予想されます。

出典:KPMGレポート「Survey of sustainability reporting at technology companies」を基に日本総合研究所作成

気候変動対応において、近年企業の成長戦略として注目されるのがGXです。一般的にGXとは、「企業が排出する炭素量の削減などを通じて環境保護を実現すると同時に、経済成長にも繋がる施策を推進する」という意味合いで使われています。本稿では、GXの本質について理解を深めるために、これまで多くの企業が進めてきたデジタル化、つまりDXの潮流になぞらえて考察を行っていきます。DXGXという二つの大きなパラダイムシフトには多くの類似点があると考えているからです。

日本総合研究所作成

図3の上段にはデジタル化からDXまでの流れを記載しています[*7]。本プロセスにおいて、まず企業が着手するのは、自社製品の製造やサービス開発、社内の日常業務など、自社のビジネスに関連する業務オペレーションの整理や把握(STEP 1)などです。次に、整理した内容に基づいて、システム開発やデジタルソリューションの活用を通して業務オペレーションのデジタル化や自動化などを図るプロセス(STEP 2)があります。一般的に、ここまでがデジタル化に該当するプロセスです。そして、ビッグデータやAIなど、企業が最新のデジタル技術やデータの活用を一層進めるようになると、企業が顧客の立場に立って、ニーズや課題をより深く理解することが可能になります。そして、顧客が真に求めるサービスを提供するというDX(STEP 3)へと繋がっていきます。以上をまとめると、現状把握(業務オペレーションの整理や把握)、現状把握に基づくアクション(業務オペレーションのデジタル化や自動化)、デジタルテクノロジーやデータを活用した新たな価値の創出(DX)という流れに整理することができます。

一方、図3の下段に示すGXでは、同様に気候変動対応のプロセスについての考察が求められます。まず、環境データの収集やモニタリングなど、自社の置かれた状況を把握するプロセス(STEP 1)があり、次に自社の状況を基に気候変動対応を立案し、企業戦略の見直しなどを図るプロセスが続きます(STEP 2)。そしてDXの潮流から鑑みると、後続のプロセスとして想定されるのが、先進のデジタルテクノロジーの活用などによる気候変動対応に関連した新たな社会価値やサービスの創造などであり、このプロセスがGX(STEP 3)だと考えられます。

ここまで整理した点について、実際に気候変動対応を積極的に推進する欧米企業、Honeywell社とUnilever社の事例を基に内容を検証してみましょう。

ノースカロライナ州に本社を置くHoneywell1886年創業の企業で、軍需産業品や航空宇宙関連製品、家電製品などを幅広く販売するメーカーです。同社は2004年からサステナビリティへの取り組みを推進しており、すでに事業や施設が排出する温室効果ガスを90%以上削減しています。Scope1Scope2に関して、カーボンニュートラルな事業や施設の整備を推進しているほか、スマートウェアハウスやスマートロジスティクスなどの製品の利用を顧客に促すことで、Scope3の間接排出にも対応しています。

近年では、Honeywell社の研究投資の半分が、顧客の事業環境の改善および社会的な事業成果を向上させる製品開発に費やされています。同社は現在、ビルの安全性と省エネルギーを両立させるためのソリューション[*8]や、物流業務をモニタリングし、省エネルギーなサプライチェーン管理を行うソリューション[*9]を提供するなど、顧客の気候変動対応を支援するためのAIやビッグデータを活用したデジタルサービスを幅広く展開しているのです。

次に、ロンドンに本社を置くUnilever[*10]の事例です。1930年設立の同社は、食品や洗剤、ヘアケアなどの家庭用品を製造・販売する世界有数の一般消費財メーカーです。2010年に最初のサステナビリティ目標を設定して以降、次々と新たな気候変動関連施策に取り組んでいます。近年は、植物由来の製品の売上を大幅に拡大する目標を掲げており、製造分野における温室効果ガスの排出量削減を推進中です。また、衛星に搭載されたレーダーを使って森林の状態を分析するなど、環境データの活用にも積極的に取り組んでおり、自社のサプライチェーンが森林に与える影響をリアルタイムに把握し、自然環境を改善するための活動を推進しています。

同社は、予測分析テクノロジーにも投資をしており、廃棄物を最小限に抑えるための生産方法の確立など、消費者に届かない未使用製品を減らす取り組みを行っています。2020年にはテック企業のOrbisk社とパートナーシップを結び、スマートカメラを活用して廃棄物となった食料品を分析するなど、欧州のフードサービスにおける廃棄物の削減に取り組んでいます。他にも欧州では、食料品メーカー向けにToo Good to Goと呼ばれるアプリを通したサービスを展開しており、このアプリ上では、食料品メーカーの製造で発生した余剰製品をリストアップし、割引価格で消費者に販売ができるプラットフォームを提供しています。

Honeywell社やUnilever[*11]は元来、自社業務のエネルギー効率化や排出量削減に注力していた企業です。両社の取り組みには、気候変動対応で培ったデジタル活用のノウハウを活かし、社会課題の解決や顧客の業務革新まで踏み込んだソリューションに展開するという一連のプロセスが見られます。つまり、これは自社の気候変動対応からGXに発展した事例であると考えられます。また、図3で述べたように、本事例をデジタル化からDXの流れになぞらえると、業務オペレーションのデジタル化を進めてきた企業がそのノウハウを基に、デジタルやデータを活用した新たな価値を生み出し、顧客の課題解決に向けたサービスを提供する、というプロセスと同質のものと捉えることができるのです。

すなわち、気候変動対応からGXまでの流れを整理すると、従来、企業がデジタル化やDXの中でノウハウを蓄積してきた〈自社の現状把握→現状把握に基づくアクション→デジタルテクノロジーやデータを活用した新たな価値の創出〉(図3)、というプロセスを実証するもので、GXはデジタル化やDXを推進してきた企業の経験が大きく生かされる新たな事業創出の機会であると解釈することができるのです。気候変動対応においては、まずは自社を取り巻く環境を正確に把握し、環境問題への対応や各種リスクへの対策をしっかり定めるとともに、新たな事業創出の機会の発掘に向けて、具体的な方策を検討していくことが求められるでしょう。

以上述べたように、本稿では気候変動問題において企業に求められる対応とプロセスについて、デジタル化やDXの潮流の観点を踏まえて考察を行いました。次回以降は本内容をもとに、気候変動対応が進む欧米の事例を中心に、図1で示した各プロセスにおける具体的なデジタルソリューションについて紹介をします。また、欧米企業の取り組みなどから他業種のGXの事例についても併せて検証を行うことで、多くの企業の脱炭素実践のヒントとなることを願っています。

株式会社日本総合研究所 先端技術ラボ エキスパート 兼 JRI America, Inc. Director
2006年、株式会社日本総合研究所入社。銀行やクレジットカードなどのインフラシステム開発のプロジェクトマネジメントや調査部での研究員としての業務経験を経て、現在はSMBCシリコンバレー デジタルイノベーション ラボにおけるR&D業務に従事(2019年より現職)。 

*1:Digital technology can cut global emissions by 15%. Here’s how
*2:それぞれ、Scope1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)、Scope2:他社から供給された電気、熱・上記の使用に伴う間接排出、Scope3: Scope1Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)、となる。詳細については次のサイトを参照されたい。環境省:SBT詳細資料202228日更新版)
*3:(参考情報)P&G Accelerates Action on Climate Change Toward Net Zero GHG Emissions by 2040
         Control Union Certifications:PAS 2060-CARBON NEUTRAL
         How Carbon-Neutral Products Are Proving Good for Business—and Investors
*4:人間の経済活動や生活などを通して排出された二酸化炭素などの温室効果ガスについて、どうしても削減できない分の全部または一部を、植林・森林保護・クリーンエネルギー事業(排出権購入)などで、埋め合わせすること
*5:Survey of sustainability reporting at tech companies
*6:2019年のフォーチュン500にランキングされている大企業250
*7:経済産業省などが公表するレポートやDXを推進する企業などの情報を参考に作成
   デジタルトランスフォーメーションの河を渡る~DX推進指標診断後のアプローチ~
   DX認定制度の概要及び申請のポイントについて
*8:
Why Sustainability Will Make the Future Brighter
*9:Honeywell Expands Supply Chain Software Suite To Help Enterprises Better Track And Monitor Operations
*10:How Unilever is turning sustainability into opportunity
*11:両社はともにTCFDに基づく気候変動リスクに関する情報開示も行っている。
   honeywell社の「Corporate Citizenship Report 2020」参照

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