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DXからGXへ(第3回) ——GXはDXの経験が活かされる新たな価値創出の機会

Date: 2022.08.30 TUE

  • #グローバル動向

  • #気候変動

  • #イノベーション

日本総合研究所 田谷洋一

3回となる今回(最終回)は、GXを推進する企業や機関などの具体的な事例を紹介します。第1回(DXからGXへ(第1回)——気候変動対策の鍵はデジタル活用 | GREEN×GLOBE Partners (ggpartners.jp))では、GXの概念について筆者の考察を述べるとともに、欧米メーカーの事例を基に内容を検証しましたが、本稿では他業界の事例(欧米の金融業界、ファッション業界、医療業界)も検証することで、GXの本質を多角的に考察していきます。

金融業界のGX事例として、BNP Paribas Banco Santanderの取り組みを紹介します。

パリに本社を置くBNP Paribasは、5年以上前からサステナブルファイナンスに関連する目標を掲げており、近年は気候変動対策ソリューションを提供するスタートアップとの連携による新しい金融サービスの開発に取組んでいます。

BNP Paribas グループのBank of the Westは、スウェーデンのスタートアップDoconomyと協業してサステナブルファイナンスに関連するカードサービスを提供しています。本サービスでは、デビットカードを利用した際のCO2排出量を表示する機能が提供されており、利用者はレストランやスーパーマーケットなどで支払いをした際に、自身の支出に対するCO2排出量をウェブやアプリを通して確認することができます[*1]。また、BNP Paribas Securities ServicesNYのスタートアップClarity AIとの連携による機関投資家向けの新サービスを提供しています。本サービスでは、Clarity AIのデータ分析ソリューションを活用し、投資ポートフォリオにおけるESGリスク[*2]やSDGsへの貢献度の評価など、投資商品に関する様々なインサイトを含む分析レポートを表示する機能が提供されています[*3]。

スペインに本社を置くBanco Santanderもサステナビリティ戦略を推進するという目標のもと、気候変動対策ソリューションを提供するスタートアップ等と連携した新サービスの開発を積極的に推進しています[*4]。Banco Santanderは、カード利用時の支出におけるCO2排出量の可視化サービスや排出量を削減するためのヒント集などを提供しており、スペインやチリのほか、欧州を中心に同サービスを順次リリースする予定です。また、スペインのスタートアップClimateTradeとの提携により、カード利用者がカーボンクレジットを購入できるプラットフォームを展開しており、顧客がCO2の削減に貢献できるサービスを提供しています。

BNP Paribas Banco Santanderの施策に共通するのは、顧客の経済活動が気候変動へ与える影響をデジタルやデータを活用して可視化し、顧客が気候変動対策に携わる手段を金融サービスに組み込んで提供するという点です。これは世界の情勢や企業が対応すべき事項をいち早く察知し、具体的な目標を掲げて中長期的に施策を推進するとともに、顧客の気候変動対策への関心を認識し、デジタルを活用して新しい価値を創出したGXの実現であると言えます。金融業界では、持続可能性への関心や顧客の気候変動対策へのニーズの高まりとともに、さらに多様化した金融サービスが登場することも期待されます。

次に紹介するのは、ファッション業界に関するGXの事例です。LAを拠点にファッション事業を展開するFred Segalはメディアテック企業のSubnationと提携し、202112月にLAの小売店やメタバース[*5]で提供されるサービスArtcadeを開発しました[*6]。ArtcadeNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)[*7]ギャラリーでは、衣料品やアクセサリーなどのバーチャル商品が公開されており、顧客は店舗やメタバース内で仮想通貨を利用して商品を購入することができます。また、同店では、複数の著名なアーティストとコラボレーションしたNFTやデジタル・スキン[*8]などの商品なども紹介されています。Fred Segalの事例に限らず、近年は老舗のファッションブランドによるデジタルサービスの展開も増えており、Dolce & Gabbanaが高級なデジタルファッションを販売しているほか、Marniがメタバースに参入、Gucci がeスポーツのイベントを立ち上げるなど、様々な企業がデジタルサービスへの参入を図っています。

とりわけファッション業界において、サステナブルな取り組みを推進する強力な要素として注目されているのがNFTやメタバースです。ファッション業界では、商品の生産工程で発生する温室効果ガスの環境への影響が懸念されており、デジタル商品の製造や販売は、廃棄物や過剰消費を削減する有効な方法として捉えられています。今後、メタバース内におけるバーチャル商品やデジタルサービスが増えることで、衣料品の製造過程で起こる環境破壊を大きく減らすことができると期待されているのです[*9]。

NFTやメタバースを活用したデジタル商品は、企業が実際に商品を作る前に、新作コレクションの売れ行きや顧客の反応を予測するためにも有効な施策であると言えます。ファッション関連のNFTマーケットプレイスを展開するDressXによると、デジタル衣料の生産は、物理的な衣料の生産よりもCO2の排出量が97%少なく、デジタル衣料1着あたり平均3,300リットルの水を節約することができるとされています[*10]。また、デザインや生産の工程で利用される物理サンプルをデジタルに置き換えることも、CO2排出量の削減に大きく寄与すると言われています。デジタル衣料は、デザインやサンプリング、マーケティングといった商品製造の複数のプロセスにおいて活用できる範囲が広く、ファッション業界では気候変動対策を推進する上で有効な施策として注目が集まっています。

NFTやメタバースを利用したバーチャル商品は気候変動対策に関心を持つ顧客層の共感を獲得し、新しいファッションの価値として顧客の支持を得られる可能性があります。NFTによってデジタル商品の価値が担保されることで、企業は希少な商品や高級なブランドなどをデジタルチャネルを介して提供することが可能になり、デジタル商品の販売による収益化も見込めるようになりました。ファッション業界におけるNFTやメタバースの活用は企業のGX推進を支える重要な要素であるとともに、従来のサプライチェーンやサービスの在り方を大きく変える可能性もあるため、今後の動向には注視が必要です。

次は医療業界に関するGXの事例を紹介します。米国の医療セクターは、米国全体の年間の温室効果ガス排出量の10%を占めると言われており[*11]、医療業界にはサプライチェーンを含めた排出量の削減など、気候変動対策を推進する大きな機会があると指摘されています。医療機関が推進する一般的な施策として挙げられるのは、エネルギー効率の高い医療設備への投資やリサイクル素材の導入、遠隔医療の推進など、環境への影響を考慮した設備や運用の導入です。本節ではこれらの施策の中でも、GXの推進という観点から、近年注目が集まる遠隔医療における事例を紹介します。

遠隔医療は、主に患者や医療従事者の移動に関連する温室効果ガスを削減する効果が大きいと言われています。The Journal of Climate Change and Healthに掲載された米国北西部における大規模な研究[*12]によると、医療機関への移動による温室効果ガス排出量は、2019年の約2万トンから2020年には約11千トンと約半分に減少したことが発表されています。 本研究では、遠隔医療の増加が排出量減少の主な要因であると分析されており、遠隔医療が医療機関の気候変動対策に大きく寄与する可能性が指摘されています。

遠隔医療とGXに関連する医療機関の具体的な事例についても併せて紹介します。オハイオ州立大学Wexner Medical Centerは、遠隔医療が環境に与える影響を可視化して評価するために専用のダッシュボードを開発して分析を行いました[*13]。同センターは、遠隔医療によって削減された移動時間やガソリンの使用量などを基に炭素排出量を算出したほか、処置や診察で利用された紙などの廃棄物の削減量も併せて算出しました。結果として、2019年から2020年の間に行われた約800件の遠隔健康診断によって、約220万ガロンのガソリン、25トンの廃棄物、二酸化炭素17500トン(2,500世帯の1年間のエネルギー使用量)が削減されたことが分かりました。

Wexner Medical Centerの施策は、デジタルツールや医療を取り巻く多くのデータを活用して気候変動対策の効果を精緻に把握して分析している点が特徴です。しかし、同センターの取り組みで注目されるのは、遠隔医療の推進がもたらす結果が温室効果ガスの削減に留まらないという可能性です。同センターの施策では、遠隔医療の拡大によって医療サービスが非常に高い患者の満足度を達成したことも示されています。研究結果によると、医療機関への交通利便性が医療サービスの大きな障壁となることが分かり、遠隔医療などを活用して患者に幅広く医療サービスを提供することが患者の満足度を左右する要素になるというものでした。

実際に、Wexner Medical Centerは調査結果に基づき、患者の遠隔モニタリングや在宅医療など、バーチャルヘルスを一層充実させる経営戦略を検討しています。遠隔医療を前提にした業務オペレーションの見直しや医療設備の有効活用、レイアウトの見直しなど、医療機関におけるGXの推進は温室効果ガスの削減に留まらず、より広範に医療サービスを届けるためのパラダイムシフトとなる可能性もあります。Wexner Medical Centerの事例からは、デジタルやデータを活用して気候変動対策の効果を精緻に分析するとともに、医療サービスの充実に向けて経営戦略の強化を図る点など、気候変動対策からGXまでの一連の流れを確認することができます。

本稿では金融業界、ファッション業界、医療業界の3つの異なる業界のGXに関連する事例を検証しました。これらの事例に共通するのは、企業が自社の気候変動対策に留まらず、顧客が抱えている課題やニーズを十分に認識し、デジタル技術やデータを活用して新たな価値やサービスを創出しているという点です。第1回から第3回までの検証を通して、筆者は、GXの目的が、サービスのデジタル化や気候変動対策で培ったノウハウなどを基に、企業が顧客の気候変動対策への関心やニーズをしっかりと汲み取り、顧客の課題解決に向けた価値を創出し続ける点にあると考えています。

すなわち、DXGXは本質的に同等のものであり、GXはデジタル化からDXのプロセスの中で蓄積してきた企業の経験や知見が大きく活かされる機会であると認識しています。GXを推進する企業には、自社を取り巻く環境を正確に把握し、環境問題への対応や各種リスクへの対策をしっかり定めるとともに、新たな事業創出の機会に向けて、早い段階から具体的な方策を検討していくことが求められるでしょう。

株式会社日本総合研究所 先端技術ラボ エキスパート 兼 JRI America, Inc. Director
2006年、株式会社日本総合研究所入社。銀行やクレジットカードなどのインフラシステム開発のプロジェクトマネジメントや調査部での研究員としての業務経験を経て、現在はSMBCシリコンバレー デジタルイノベーション ラボにおけるR&D業務に従事(2019年より現職)。 

*1 Bank of the WestとDoconomyの提携を伝えるBoulder Weekly の記事、Doconomyのサイト
*2 ESG要素が取引先や投資資産に与える現在または将来の影響に起因する、金融機関へのあらゆる財務上のマイナスの影響のリスク。
*3 BNP Paribas Securities Services とClarity AI の提携を伝えるFinextraの記事
*4 Santanderのサイト
*5 コンピュータやネットワークの中に構築された現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービスのことを指す。利用者はオンライン上に構築された3Dの仮想空間にアバターとして参加し、相互にコミュニケーションしながら経済活動や生活を送ったりすることが想定されている。
*6 ファッション業界と消費者コミュニケーション、カーボンオフセットに関するRetail TouchPointsの記事
*7 日本総合研究所「NFT(Non-Fungible Token)に関する動向」Artcadeのサイト
*8 ウェアラブルデバイスを体に装着することでAR(拡張現実)を介して、自身が選択した外見に変更することができる技術。
*9 Intelによると、メタバースを実現するためのコンピューティング能力は従来のシステムよりも数桁以上の性能が必要と言われている。一般的には、物理的な衣料の生産に必要なエネルギーよりもバーチャル衣料の開発に消費されるエネルギーの方が少ないとされるが、その内容について扱った研究は現時点では確認できていない。
*10 メタバースファッションのサステナビリティを伝えるfashionabcの記事
*11 査読付き医療ジャーナルHealth Affairsの記事
*
12 査読付き医療ジャーナル ELSEVIERの記事
*13 The Ohio State University Wexner Medical Centerの記事

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