GREEN×GLOBE Partners

ARTICLES

サステナビリティについて知る

未来X(mirai cross) GREEN×GLOBE Partners賞記念連載:ソラリス発のミミズはどこに向かうのか?

Date: 2022.08.30 TUE

  • #イノベーション

  • #新規事業

中央大学教授の中村 太郎氏(左)とソラリス代表取締役の梅田 清氏(右)。中央大学の中村研究室にて

本連載は、ぐにゃぐにゃと曲がりくねった管の中を走行して社会貢献をするミミズ型ロボットの未来を展望するものです。

こうした柔らかいロボットの製品化、製造・販売で、さまざまなニーズに応え解決しようとするのが株式会社ソラリス。中央大学から生まれた初のベンチャー企業で、SMBCグループによるインキュベーション・アクセラレーションプログラム「未来X(mirai cross) 2022」にて、「配管のお困りごとを解決!」と社会インフラ更新などへのビジョンを披露し、GREEN×GLOBE Partners賞を獲得しました。

1回目は、ミミズ型ロボットの開発者で中央大学教授の中村 太郎・ソラリス取締役会長と、それを社会に実装する事業化に取り組む梅田 清・ソラリス代表取締役社長のお二人に、開発秘話と今後の展望を伺いました。

20年前、中村氏がふと目にしたミミズの動きに興味を持ったことが始まりでした。

「田んぼに囲まれた秋田県立大学で教鞭を執っていました。ある日、畦道でミミズを見ていると、ヘビや尺取虫と違って動きが独特で、よく見ないとどうやって動いているのか分からない。そこから解剖学や筋肉に関する本を読んだりしました。それで分かったのは、ミミズの体は150くらいの体節から成っていて、その一つ一つが〈太く短く〉も〈細く長く〉もなれる。〈太く短く〉なる動きを前から後ろに伝搬させて、前進するというスタイルです。これを蠕動(ぜんどう)運動と言いますが、それで本当に動くかどうか、ロボット化してみようというところから始まりました」

当初は、モーターで動きを再現し、人を楽しませるためのアミューズメント・ロボットとして開発していました。それがテレビや新聞で報道されたところ、さまざまな企業から「ミミズ型ロボットを使って困りごとを解決したい」という具体的な要望が寄せられ、共同研究が増えたそうです。

「ただ動いていたミミズの工業的な利用を追求し始めたのが応用へのきっかけ。工学は技術を使って社会の幸福を追求しなければならない学問ですから」と、中村氏は研究に留まらず、社会へ実装していく意気込みを語ります。

ミミズ型ロボットと並行して、中村氏は空気圧で動く人工筋肉の研究も進めていました。当時の課題は、「どうすればきちんとアクチュエータ(ロボット等の駆動装置)として使える高強度のものをつくれるか——」ということでした。その時に目を付けたのが、ワルシャワ型と呼ばれる複数の節から成るゴムチューブでした。ひとつの節から成るMcKibben(マッキベン)型というメジャーな人工筋肉がすでに存在していたものの、収縮率が低いこと、耐久性が低いことなどいくつかの課題がありました。そこでより実用的な人工筋肉を追求していたのです。

「理論的にはワルシャワ型の方が大きな力が出るので、つくってはみたけれど、大きな力をかけると壊れてしまった。それを強くするための試行錯誤を重ね、今の繊維補強型ができ上がりました」(中村氏)。

軸方向繊維強化型は、中央大学が特許をもつ世界初の機構です。ゴムチューブの軸方向に繊維層を内包することで、空気を入れた時に軸方向には膨らまずに半径方向にのみ膨らませる仕組みで、最大2000Nという高い収縮力を実現しています。さらに、軽量で柔らかいため、ウェアラブルなアシストスーツや人間の腕のように動くマニピュレータ等、幅広い活用が期待される技術です。

中央大学が特許を持つ軸方向繊維強化型の空気圧人工筋肉

ミミズの蠕動運動に中村氏が興味を抱いてから約10年後、いよいよミミズと空気圧人工筋肉の運命の出会いが起こります。

「ミミズの蠕動運動の長所をしっかりと押さえると、その利点を最大限に引き上げるアクチュエータが軸方向繊維強化型人工筋肉だと分かってきて、ミミズや蠕動運動ポンプに使う構想が生まれました」(中村氏)。

その長所とは次の4つです。

①狭い領域を移動できる
ヘビの場合は横に、尺取虫の場合は縦に、移動するときにスペースが必要だが、ミミズは直線の伸縮運動のため、最小限のスペースで移動が可能

②中が空洞
ミミズの中はほとんどが食道と腸であるように、ミミズ型ロボットも中を空洞にすることができ、カメラや水を噴射する装置などを入れることが可能

③引張り(牽引)力が強い
体全体を使って張り付いて移動するため、軸方向の引張力に強い。ミミズ型ロボットの節が膨張すると、管に大きな力で張り付くことが可能

④柔らかい
骨がなくてふにゃふにゃしていることがソフトロボットにつながった

「最初モーターで動かしていたミミズですが、人工筋肉が有用であると分かってきて、それが合体したところから、ただのアミューズメントではなく、一気に応用の幅が広がりました。ラッキーというか、かなり奇跡的な出会いでした」と、中村氏はさも偶然だったかのように語ります。しかし、人工筋肉とミミズ型ロボットそれぞれを実用化するための丹念な研究の結果、ミミズの生態に近いかたちにロボットが進化したことは明々白々です。

かたちにするときに問題となったのは、空気の供給口でした。ひとつひとつの節から管が外に出ていては、細い管の中を進めません。そこでブレークスルーとなったのが、ゴムを2重構造にし、空気を送り込むチューブをすべて中に入れるというアイデア。

「今考えるととてもシンプルなことなのですが、この発想がなかなか思いつかず、意外とたいへんでした」と中村氏は振り返ります。ミミズの空洞構造が、ここでも役だったということです。

空気を注入するとゴムが膨らむ原理について、実物を使って説明する中村氏(右)と梅田氏(左)

斬新な技術を製品化する

ソラリスは2017年、中村氏と当時中央大学で助教をしていた山田泰之氏(現法政大学准教授)の二人が、「斬新な原理を使って、社会の役に立ちたい」という強い思いで大学初のベンチャーとして創業しました。その背景には、2つの動機がありました。

ひとつは、企業との共同研究の場合は、先方の都合に事業化を委ねることになってしまうこと。「自分で事業化して、ソフトロボットがどう役立つかを社会に問うてみたかった」と中村教授は言います。

もうひとつは、〈開発者〉と〈ユーザー〉の間に必要な、〈つくる人〉が不足していたことです。他のメーカーに試作を依頼しても、まだ歴史の浅いソフトロボティクスの技術は専門家が少ないという課題がありました。そこで専門の技術者を育て、さまざまなニーズに応えられる製品をきちんとつくる会社としてソラリスを立ち上げたのです。

「こういう集団がないと新しい技術は成立しないと思った」と中村氏は創業時を振り返ります。

現在は、「学生を巻き込みながら、大学で研究開発した技術をリアルタイムでソラリスに移転できている。最先端の技術を現場の技術者と議論しながらよりよくし、仕様にたいして厳しいところを現実的なところに設定するなど顧客のニーズに対する性能を上げている」と中村氏。大学と事業、研究と実践に橋渡しすることで、よい循環が生まれているようです。

ちなみにソフトロボットとは、ソフトウェアではなく、柔らかな動きをするロボットのことで、あくまでもハードウェア。アクチュエータとリンクが柔らかいのが定義なのだとか。固い産業ロボットは掴めなかった豆腐をソフトロボットは柔らかいことによって掴むことができます。

「緻密な計算や高度な制御がなくても比較的容易に動かすことができるのがソフトロボットのよいところ。環境適応性がよい面でソフトロボットは注目されています」(中村氏)。

品質を追求し、技術を社会に出す

「アナログの極みだと思った」。ソラリスのロボットについてそう語るのは、代表取締役の梅田清氏です。大手メーカーでインクジェットプリンタの製品開発を長年手がけ、その後ベンチャーのロボット会社に転職。そこで、困難なプロジェクトを実稼働まで導いた手腕が高く評価され、ソラリスのCEOに着任することになったという人物。

プリンタの開発に携わっていたとき、プリントヘッドから吐出された極小のインク液滴を、紙の上に正確に着弾する技術に触れ、長年の研究開発によってアナログを極める事で、長く世の中に必要とされる事業になることを身をもって実感。そんな梅田氏の目にソラリスのロボットは、「これこそアナログの極み。デジタル全盛の時代だけど逆に新しい。これはだれも真似できない素晴らしい技術になる」と映り、ソラリスへの参画を決意したと言います。

まずソラリスで手がけたのが、それぞれの事業のロードマップを描いたことでした。

空気圧人工筋肉をつかったソラリスのロボット事業はミミズ型の他、蠕動運動ポンプやパワーアシストロボットがあります(図1)。梅田氏の着任前は、ヒトの大腸のような動きで運びづらいものを運んだり、混ぜづらいものを混ぜることができる蠕動運動ポンプに力を入れていました。

ソラリスでは独自の空気圧人工筋肉(ソフトアクチュエータ)とその技術を応用し、様々な分野で世界初のソフトロボティクスソリューションを提供

「蠕動運動ポンプはとても魅力的なデバイスだけど、あくまでも「設備」なので、お客様の設備更新に合わせるとなると導入まで数年間という時間がかかってしまう。そのため、中長期のプロジェクトとして考えなければならない」と梅田氏は判断。

いっぽうのミミズ型ロボットは、「細く曲がった管の中を自立走行できる唯一の技術であり、比較的気軽に買って、試してみようというお客様がいるはずだ」と睨み、まずはサニタリー配管など100mmφ以下の管の調査に使える仕様のものを展開していく計画を立てました。長期的には、より長距離で管内環境も過酷な上下水道といったインフラ配管なども念頭に入れ、事業展開をしていく計画です。

さまざまな口径の配管に対応するミミズ形ロボット

「梅田の参画で研究と事業がはっきりと概念整理された。どうやってミミズを事業化して社会に出していくかを作り込んでくれた」と中村氏も感謝の意を示します。

ブームやアイデアに終わらず事業として成立させる

世界初の技術を洗練させ、信頼性を高めながら、さまざまな課題を解決するソラリス。どのような未来を描いているのでしょうか。

中村氏は「サステナブルな生活を人間が送るための今後のロボットのあり方を考えると、人間と共生していくことが大事。ひとつは、ウェアラブルだったり、人間と一緒に何かを動かしていくかたちがあります。もうひとつは、複雑な環境に対応していくこと。例えば被災地の瓦礫など、柔らかいものや形が複雑なものなど、いろいろなものにロボットが対応していかなければならない。その要望をかなえていくのがソフトロボット」と、これからのソフトロボットの役割を明確に位置づけます。

梅田氏は「ソフトロボティクスは、世界的に見ても日本がリードできる可能性があるという新技術の領域。ソフトロボティクスといえばソラリスと言ってもらえるようなブランディングを目指していきたい。PoC(概念実証)といわれる部分は、まだ足りない部分もあります。ですから、我々と一緒にこの技術を育ててくれる、本気でPoCに挑んでくれる会社や自治体と協力していきたい」と、新しい技術が拓く世界に期待を込めます。

ところで、ソラリスと言えば『惑星ソラリス』を思い浮かべる人も多いでしょう。「ミミズは宇宙に行っちゃいますか?」と伺うと、「もちろん、宇宙探査もにらんでいます!」と中村氏は即答。実際に蠕動運動ポンプに関しては、JAXAと共同で宇宙での利用を見据えた研究もあるのだとか。

社名は名作SFのタイトルを冠に掲げただけではありません。実は、Soft Linear Actuator and Robotics for Innovation Systemの頭文字を並べ、会社の中身と技術が分かるようにSoLARISとしたとのこと。

「まだまだソフトロボットはよちよち歩き。このよい技術を世界に広めていくためには、事業として成立していることを証明していく必要があります。単なるブームやアイデアだけでは技術が消えてしまうから、きちんと応用・適応したものとして確立させることがソラリスのひとつの使命だと思っています。それが我々が目標としているところです」(中村氏)。

次回は、事業として成立させるための取り組み事例を紹介します。ソフトロボットと共生した未来を展望するために。

  • TOPに戻る

関連記事

NEWS LETTER

GGPの最新情報をお届けするNews Letterです。
News Letterの登録は以下からお願いいたします。
(三井住友フィナンシャルグループのサイトに遷移します。)