インタビュー
未来X(mirai cross) GREEN×GLOBE Partners賞記念連載:最終回 ミミズ、赤ちゃん品質に貢献する——ソラリス×ピジョンホームプロダクツ
Date: 2023.05.18 THU
#ソーシャル
#イノベーション
2023年8月に開業するピジョンホームプロダクツ本社・新工場にて 左から矢作一朗氏、渡邉淳一氏、風間裕人氏、梅田清氏
商品の品質に絶大な自信を持ちたい——。ピジョンホームプロダクツによるミミズ型ロボットの配管点検実装は、矢作一朗代表取締役のその信念から始まりました。「衛生管理のため、これまで目視確認ができなかった製造ラインの配管の中をなんとかして見たい」という矢作氏の強い思いを受け、同社品質管理部品質管理グループの渡邉淳一マネージャーが奔走し、行き着いたのがソラリスのミミズ型ロボットにカメラを搭載し内部撮影をする方法でした。
ソフトロボットの製品化、製造・販売を行うソラリスは、SMBCが主催するピッチコンテスト未来X(mirai cross) 2022で初のGGP賞を受賞したベンチャー企業です。これまで同社の梅田清代表取締役社長と開発者の中央大学中村太郎教授との対談、三井住友海上火災保険と挑む老朽化した建築物の配管点検への挑戦をレポートしてきました。最終回となる今回は、ついに実用化されるミミズ型ロボットに焦点をあてます。
静岡県富士市に新設されたピジョンホームプロダクツの工場で、ミミズ型ロボットがいよいよ出動します。ピジョンホームプロダクツの矢作氏と渡邉氏、そして実用化に向けたミミズ型ロボット1号の開発を手がけたソラリスの梅田氏、設計開発部アシスト・ミミズGrリーダーの風間裕人氏の4名に開発秘話と今後の展望について語っていただきました。
ミミズ型ロボットついに実用化
旧工場内の配管にロボットを侵入させ実証実験を行った。実際の配管に入れる前に透明配管の中で動作確認を行っている
ピジョンホームプロダクツの矢作一朗代表取締役
矢作 ソラリスと約1年半の共同開発が成功し、新工場にようやくミミズ型ロボットを導入予定です。使用するのはスキンケア商品の製造過程で、内容液を保管タンクから充填機に送る配管部分です。ヘッドの部分に取り付けたカメラで配管の内部を撮影し、内部に内容液の残存や汚れがないかを確認する長年の夢が叶いました。
なぜそれが必要だったというと、当社が掲げる「赤ちゃんをいつも真に見つめ続け、この世界をもっと赤ちゃんにやさしい場所にします」というパーパス(存在意義)を実践するためです。当社の製品は赤ちゃんが最初に触れる工業製品ですから品質管理を徹底して行っています。品質管理部が、衛生管理のために様々な化学的方法でバリデーション(正当性保証)を行っております。分解洗浄できない配管の中はリンス法という手法を用いてバリデーションを行っていましたが、リンスする液に溶けずに流せない異物は検出することができないという問題点がありました。そのため、私自身は配管の中を目視確認したいという悩みを抱えていました。そこで社長に就任したとき、「とにかく中を見られるようにして欲しい」と品質管理部の渡邉に頼みました。
ピジョンホームプロダクツの品質管理部品質管理グループ渡邉淳一マネージャー
渡邉 最初はファイバースコープを中に入れる方法もトライしたのですが、押込式の装置だったので、屈曲に対応しきれず奥まで押し込むことができずに結局断念しました。
矢作 それでもなんとかして欲しいと言い続けていたら、2018年頃に渡邉が中央大学の中村太郎教授との共同研究を提案してくれました。偶然私も中村教授が出演するテレビ番組を観て、ミミズなどの生物の動きや機能を参考にしたソフトロボットのアイデアに共感していました。ピジョンも、赤ちゃんがおっぱいを飲む吸啜(きゅうてつ)の動作から哺乳瓶のかたちを開発したり、生物の動きをもとに製品を開発しているからです。
渡邉 中央大学に赴き中村教授に相談すると、親身に「協力できるかもしれない」と言ってくださいました。でも当時は当社の工場で使っている内径1.5インチ(約4cm)といった細い配管サイズに対応できるミミズ型ロボットはありませんでした。そこでまずは実現可能性を大学で検証して頂く基礎的な研究が始まりました。2年くらい研究が続き、実用化のためのベータ版をソラリスと共同開発することになったのが2021年9月頃でした。
梅田 中村教授はソラリスの創業者のひとりで、大学での研究内容を踏まえて実用化のための設計改良や製造・販売はソラリスの方で行うことにしています。
ソラリス設計開発部の風間裕人アシスト・ミミズGrリーダー
風間 ロボットの径を細くするためにはまず、部品を小さくしなければなりません。そうすると組み立てが難しくなり、耐久性や力強い動きなど、求められる品質が担保できなくなります。そこが一番苦労したところでした。
例えば、ロボットの空洞部分に入っている配線です。径が細くなると空気を通す管も細くしなければなりません。さらにカメラの線も入れるので中がパンパンにならないように内径と配線の太さ、ロボットの動きのバランスをとる必要がありました。
渡邉 富士市にある当社の工場に毎月来て頂いて、実証実験をしながら曲がった配管の中をロボットが動いていけるように改良を繰り返しました。開発当初はロボットに清掃機能を持たせることも検討しましたが、多機能にはせず、まずは「中を見る」ことを重視して、カメラをロボットの先頭につけることを優先しました。ですから、カメラの性能や動画の安定性も同時に検討しました。
風間 最初のモデルからは、ほとんど全部様変わりましたね(笑)。
基本は、空気を入れると伸びる伸張ユニットと、空気で膨らませて配管を摩擦力でつかむ把持(はじ)ユニットで構成しています。最初は伸張ユニットが2つで把持ユニットは3つでしたが、それぞれ一つずつ増やすことで力強く進むことができることが中央大学の研究で分かり、複数回にわたる屈曲に対応できるようにしました。
伸張ユニットによる身延と把持ユニットによる配管への接着を繰り返し、ロボットは前後に動くことができる
矢作 防水性能はどうなっているのですか?
風間 空気圧がロボットの動力ですから、空気がもれなければ必然的に防水になっちゃうという仕組みです。ただヘッドのカメラやLED照明の防水は注意深く行っています。
カメラを搭載したヘッド部分。ネック部分の長さは実際の配管の曲がりに合わせて調整された
梅田 昨年、水没しながら進ませる試験をして無事に走行できました。
矢作 配管の中はどうしても水がたまっていることがあるので、それを聞いて嬉しかったです。
カメラ画像のAI検証が可能に
ソラリスの梅田清代表取締役
渡邉 カメラの頭の位置がぶれることなくロボットが進むことができているところが、とても気に入っています。
梅田 映像を安定させるためにヘッドを常にセンタリングするのが重要なポイントでした。なぜ映像の安定が必要かと言うと、将来的にAIによる画像処理がやりやすく、AIで配管内部のバイオフィルムなどの有無を認識することにつながるからです。
矢作 私たちにとっては、配管の不良を発見できるかどうかが最も重要なことですから、その技術をぜひ実現して欲しいです。
画像判断は熟練が必要で難易度が高いものです。それをAIが自動で処理してくれて、チェックすべき配管のポイントを教えてくれたら衛生管理を重視する企業にとっては最高の製品と言えると思います。
梅田 細い配管の奥というのは前人未踏の地でしたから、その中の画像解析および自動診断は新しいビジネスチャンスでもあります。
矢作 この先ミミズ型ロボットをピジョングループの中で展開するとしたら、画像判断できる人材確保や育成が課題になりますが、AIでそれができるとしたら、実用性の確度がぐっと上がると思います。今後は、当社が使わなくなった古い配管にわざと菌を繁殖させてAIに学習させるということもあり得ますね。
生まれたてのロボット育み品質向上
梅田 ミミズ型ロボットが、社会実装として生まれるところに最初にご協力いただいたのがピジョンホームプロダクツさんでした。
これからもっと成長させるように今は品質向上に一生懸命取り組んでいる段階です。今年移転した新オフィス内にラボを設置し、様々な配管コースを実際に組みながら品質評価ができる環境をつくりました。
何十時間、何百時間という長時間の走行耐久動作試験や、後ろにおもりをつけてぐいぐい進める負荷試験などをしています。今後、いっそう高い品質を確保していきます。
渡邉 今後のミミズ型ロボットの進化が楽しみです。現在は7回まで曲がることが可能ですが、もっと奥まで長距離を進めるようになると嬉しいです。
梅田 直角カーブを7回曲がれるというのは、ソフトロボットの学会レベルでも非常にハイレベルの性能と自負しています。でも、もっと高みを目指したいですね。
配管の内径に関していうと、今回新工場に入れて頂く1.5インチ対応のロボットが今は最小の径ですが、大学では25Aなどより細いものの研究もしています。その他にも50A、100Aまで対応できるようになってきましたし、ニーズに合わせてソラリスでいろいろと実用化していきたいです。
工場内で配管に入ったミミズ型ロボットは、全長50mの配管内を両方の入り口から25mずつ探索する。最大屈曲回数は7回
渡邉 現在の速度は、1mを進むのに約3分かかります。走行距離が今のところ最大25mなので1時間以上かかります。検査後にロボットが撮影した画像を見ながらの診断になりますので、やはり時間短縮できると有り難いですね。
風間 走行速度に関しては、私ももっと速くしたいと考えています。1回の空気注入で進む長さを伸ばすか、注入回数を増やすかのどちらかですが、それを調整しながら挑戦していきたいです。
矢作 新工場で実績が上がれば、ピジョングループの海外にも展開できる可能性があります。配管にはいろいろな規格がありますので、今後どういうことが可能になるか、ソラリスと相談していきたいです。
梅田 ミミズ型ロボットは世の中に「おぎゃあ」と生まれたばかりのまさに赤ちゃんです。前職で取り組んでいたインクジェットプリンタが生まれたおよそ40年前には、カラー印刷もできませんでしたし、印刷結果も現在ほど高品質ではありませんでしたが、今や当時では想像もできないほど高性能になりました。ミミズ型ロボットも顧客のニーズに応えながら、今後どんどんと進化してゆくでしょう。普及し生産量が上がればコストを下げることもできます。
矢作 将来的には工場が稼働していない時間にミミズが自動的に検査して画像データを取り、AIがそれを画像処理・診断して、配管の図面に指摘事項を記入するようになれば、完璧ですね。
梅田 ミミズ型ロボットが配管のいろいろなところに潜んでいて、何かあったら自動的に出動して検査をやるような将来が、まさに私たちが目指すところです。
矢作 最初に中村教授のお話を聞いたとき、生物由来のロボットには普遍的で必然性のある機能があると直感しました。ミミズの機能やかたちは何億年も変わらず、それが地球上で生き残っているということは、その動きや構造に利点があるからですよね。だからミミズ型ロボットは社会インフラとして必要なものに育っていくと思っています。ロボットの動画を社内で見せると、品質管理の効果もさることながら、ロボットの動きに感動する人が多い。ミミズさながらの動きが人を引きつける魅力になっているのでしょうね。
オープンイノベーションで業界スタンダードに
風間 多くの企業は短期の投資採算性で判断し、撤退してしまうこともあります。でもピジョンホームプロダクツは、中村教授に最初にアプローチしてから足かけ5年にわたる研究開発を粘り強く続けてくださり、感謝しかありません。
矢作 商品の品質に絶大な自信を持ちたいという自分たちの理想を実現するために、非財務のKPIとして続け、ソラリスのアイデアや技術を活用させてもらうに至りました。配管内を目視できる世界初の技術は、目先の損得だけではなく企業価値を高めていくことに繋がっていくと思います。
梅田 イノベーションが生まれにくい現在の日本社会の中で、ミミズ型ロボットの実用化は、志のあるピジョンホームプロダクツと大学発ベンチャーによるコラボレーションの賜物です。オープンイノベーションの成功事例として広めたいですね。
矢作 これはアイデアで終わらせてはいけなくて、誰かがやらなければならなかったこと。ここまでやってこられたのは、みんなの情熱があったからです。当社だけではなく食品など衛生を重視している会社のために、業界スタンダードを目指してミミズ型ロボットが進化して欲しいです。そして配管洗浄の世界標準になってくれたら、協力させていただいた甲斐があって私たちも嬉しいです。
(2023年3月4日 ピジョンホームプロダクツ本社にて/文・有岡三恵/写真・稲継泰介)